軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第102話 ただ飯食らいの大飯食らい

『陸地』というベリエット帝国勇者とたまたま出会って、少し経った現在。

今の俺は、すごく予想外の状況に陥っていると言ってよかった。

あまりにも想定とは違う方向へ進む物事。果たしてどうしたものかと、頭をひねらせていた。

「ごゆっくりと」

目の前のテーブルに、食事を並べた店員がそういって去っていく。

「出揃ったし、そろそろ食うか?」

「はい!! クーガーさん、ありがとうございます!」

陸地の言葉にアウレンくんが元気よく返事をする。

「フッ……。今日は腹一杯食え、ガキンチョ共。俺の奢りだからな。遠慮するんじゃないぞ? アキ、お前もだ」

「アハハ……はい。ご馳走になります」

陸地は頷いて、テーブルに並んだ料理をのぞきこんだ。

「……これが噂の『苔』、か。すごいな……。苔で味付けしてるなんて、前代未聞だぜ……」

陸地に続いて、全員が料理へ目を向ける。

苔か……。

今更好き嫌いなんてどうでもいい話だが、終焉の大陸ですら好き好んで苔を口に入れたことはない。

だが料理自体はおいしそうだった。スパイシーに調理をしているのか、色合いは全体的に赤色と緑色だけど、果物や新鮮な植物を使ったものが多かった出店や屋台に対して、ここはどの料理にもゴロゴロと食べ応えのありそうな肉をふんだんに使っていて、すごい食欲がそそられるようになっている。

「え……苔がすごいんですか? 僕は普通、だと思いますけど……。外国では『香苔』がないんですか?」

「俺は、あんまり聞かないな。『苔料理』なんて昔ここいらに一度来たときすらも無かった。やはり『樹海』が出来てかなり文化が変わってるんだろう、ここいらも。ま、それよりも思ったより良さそうなんじゃないかぁ〜? 食欲がそそられる、いーい匂いをしてやがる。これが苔の威力か……」

果たしてどうして、こうなったのだろう?

俺と千夏とアウレンくんと陸地の奇妙な四人で、今まさに食事をしようとしている。

好ましい状況では当然ながら、ない。陸地にどこでどう『灰色の勇者』だとバレるか、わかったものではないからだ。

おそらく勇者好きだったアウレンくんは、ベリエット帝国の勇者である陸地の存在に気づき俺と出会う前にはもう、声をかけて知り合っていたのだろう。そんな二人の仲は想像以上に良く、弾んだ話にテンションがあがった陸地が「このまま飯に行こう」と言い始めた。最初はやんわりと断っていたが、諦めない陸地に、これ以上断りすぎると逆に怪しく見えるところまで追い込まれてしまっていくことになってしまった。

アウレンくんがすごく行きたそうにしていたというのもあるが……。

だが「いいところに連れってってやる」といって陸地がつれてきた場所は、言うだけあっていい店だった。食堂? レストラン? 経験が少ないからよくわからないが、気負わずに入れる店の中では、トップランクの店だと思う。

雰囲気とか、格調高さが程よく整えられていながらも、気圧される感じがない。でかでかと壁にいくつも飾られてる、一体まるごと形を残して干したような魔物の肉塊が、少し気になるけども。だけどそのおかげで何に自信を持ってる店なのかの想像は容易く、店は夕飯にはまだ早い時間だというのに結構な賑わいを見せている。

だから料理だけに絞れば、意外にも結構楽しみだった。

だが食べる前に、千夏にもお礼を言うように促す。おずおずとした様子でお礼をいう千夏に陸地が、気取った様子で「フッ」と笑った。

「それじゃあ、いただきますっと。

お前らも、食べろ。遠慮せずにな」

陸地が両手を合わせて、そう言った。

そのあとに食器を持ち始める。

「……いた、だき、ます」

そんな陸地のあとに、千夏も手を合わせて言った。

……それを見て、頭を抱えたくなったが寸前で堪える。

「ん……?」

「…………?」

陸地が、千夏へ目を向ける。千夏はよくわからなさそうにチラチラと陸地を見返した。だが、だんだんプレッシャーを感じ始めたのかオロオロと落ち着かない様子になってくる。そんな千夏を気遣ってかどうなのかはわからないが、陸地は視線を滑るように俺へと移した。俺はその視線を受けて、ただ不思議そうに首を横に傾げてすっとぼけることしかできなかった。

……昨日宿で千夏と一緒にご飯を食べたとき、食前と食後の挨拶を千夏に教えてしまったのはまずかったな。文化が違うから教えるべきか迷ったが、礼儀に厳しい母親を思い出して、俺自身気になってしまったからつい教えてしまった。千夏をどうするべきかの参考にできるものがあまりにも無さすぎて、母親のやり方に縋ってしまったというのもあるかもしれない。

「い、いただきます……ッ!」

千夏と陸地を見ていたアウレンくんが、真似をするように手を合わせて言った。

ここらへんではそういう文化が無いからだろう。言ったあとのアウレンくんは少し恥ずかしそうだった。

それを見て「フッ」と陸地が笑う。そして「上手く出来てるぜ」と言って、陸地はアウレンの頭を雑に撫でた。

「どうかしたんですか?」

空気が変わったのを見計らって、陸地に声をかけた。

陸地は俺の目をもう一度だけ一瞬、覗きこんだあと、首を振った。

「んー。いや──。ま、ガキのやることだしな。髪が『灰色』ってわけじゃ、あるまいし。なんでもない。飯が冷えちまうし、とっとと食おうぜ」

「……? そうですね」

果たしてうまく演技が出来ているだろうか?

分からないが、どこか不安なまま継続するしかない。とりあえず人間状態の髪の色が黒で良かった。髪以外は、完全に前の世界の俺そのものだけど……。もしかして前の世界の状態になっているのだろうか。ふとそう考えたが、確かめようもないし、今更どうでも良い話か。

そうして不穏な空気もなくなり、全員で食事を食べ始める。

幸いなことに食器はスプーンとフォークだった。

ここにきて特殊な食器を出されたらたまらなかっただろう。

「ふーむ、いいな、これ。うまい!」

「わっ、すっごいおいしーですね、これ!」

陸地とアウレンくんは、舌鼓を打ったように声をあげた。

「ほら、千夏。スプーンはこう持って」

「…………」

そんな陸地たちを他所に、スープをこぼしそうになっていた千夏へスプーンの持ち方を注意していた。千夏は相当常識的なことですら、かなりのことを、わかっていない。食器の持ち方とか使い方、食べ物の食べ方とか、簡単な行儀なんかも。

きっと、そういうのを教える必要がある……のだろう。たぶん。

「あー、しっかしなぁ、くっ……。

旨いんだが、コーラがのみたくなってくるな、これは……」

「……コーラ? 飲みたいって、飲み物なんですか?」

「そうだ。俺の故郷にかつてあった、神聖な飲み物の一つだ。高度な職人の技術を駆使しって作られたものでな、今はもうあらゆる技術を駆使しても再現が不可能で、世界から失われたまま。俺はもう長い間そいつを見ちゃいないのさ」

「えっ、そんな……。神聖って、『ニア・ヘイヴ』の聖水みたいなものですよね?」

「……あぁ、そうだな」

「そんなに大切なものが、もうずっとないなんて、悲しいですね……」

「……まあな」

千夏に教えていた傍で、食事を進めるアウレンくんと陸地がそんな会話をしている。

陸地……この人、随分と適当に話してるなぁ……。

チラチラと陸地がアウレンくんに目を向けているが、深刻なアウレンくんは気づいていない。 真剣に同情して悲しんでいるアウレンくんが不憫だった。教えてあげたいけれど、正体を明かすことになってしまうのでそれもできない。見ていてもどかしいやりとりだった。

「クーガーさんは……故郷には戻らないんですか?」

「……なんだ? どうしたんだ? 急に」

「僕、『勇者』になりたいんです。でもそうするとこの街をでなくちゃいけなくて、それがとても寂しいときがあるんです……。だからどうしようか悩んでます。クーガーさんは寂しくなったりとか……故郷に戻りたくなったりとか、することないんですか?」

「ふーむ。寂しい、ね。急におセンチな話になってきたな。俺の故郷は、戻ろうと思って戻れる場所じゃないからなぁー。それにあまりにも長いこと離れすぎて、忘れてることも多い。確かに時々無性に懐かしく感じたり、昔を考えるときはあるがな」

思いがけず話題は気になるものへと移り、千夏に教えながら聞き耳を立てる。

「えっ、あ、そ、そうなんですね。戻れない……んですね……。それなのに、僕……変なこときいちゃって。すいません、クーガーさん……」

「フッ、坊主なのに、一丁前に気を使いやがって。別に気にしちゃあいない。俺はな、どちらかといえば酒飲んで、面白おかしく、楽しければいい。そういうタイプだ。どこだろうがなんだろうがな。それに故郷と言っても、既に互いに変わりすぎてるだろう。俺も故郷も。戻れたところでもう前と同じように元通りっていうのは、この時点でありえないわけだな。だったら深く考えたり、無駄に悩んだり、そういうことをいちいちしたりしてもしょうがないのさ」

大体同じような考えなのだな、と耳を傾けていて感じた。

ある程度思い出すことはあっても、異世界にきたこと自体は割り切っている。陸地のそれと同じだ。

そしておそらく帝国内でもそれが割と普通の考え方寄りなのだろう。ベリエット帝国の勇者と会うのはこれが初めてなので推測でしかないが、日暮が馴染めずに出てきてしまっているのがその裏付けになっていると思う。日暮のように、元の世界に執着する生き方は……決して楽では無い。

「それに戻れないといっても、今じゃ故郷にあったものがたくさん再現できてるしな。さらに新しくも作られてもいるし、そういう過程を見るってのは、結構面白いもんだ。坊主も、人生で巣立ちの一回や二回、やっとくってのが男の華だぜ。挫折なり、成功して落ち着いたり、節目っていうのはいやでも勝手に訪れる。だから一度何かをしてみて、節目のとき戻りたくなったらまた戻ってくればいい。戻れる場所に故郷があるんだし、やってみてから考えたって遅くはない」

「確かに……そうですねっ! 僕、頑張ってみることにします!」

「フッ」

そう言って笑みを浮かべる陸地。

だが一瞬で表情を真剣な物に変えて、言葉を続けた。

「だが坊主。『勇者』になりたいなら、『ニア・ヘイヴ』はやめときな。シープエット一つに絞ってなれ。あそこは、まともじゃない」

「え……? そう、なんですか? ……クーガーさんがそういうなら、そう、しますけど……」

「あぁ、そうしろ。俺を信じとけ。それなら悪いようには、ならない」

「……はいっ。わかりました!」

ようやく、千夏がちゃんと食べられるようになって食事にありつく。

口に含めた食事の味は……確かに、すごいおいしい。辛そうな見た目だが、実際は風味の強いマイルドな味わいだった。無理やり表現すれば胡麻に近い気がするが、やはり異世界だから前の世界で似ているものが思い当たらなかった。

ちらりと千夏を見てみると、気に入ったのか食が進んでいるようだった。

それを見て良かったと思う。あまり感情が表にでない千夏なので、確信はないが。おそらく教えるのが長かったせいで最後の方はほんの少しへそを曲げて話を聞いていた。子供に教えるのは、難しい。料理で機嫌が直ってくれてよかった。

「なんか、酒が飲みたい気分になってきたな」

そう言って陸地が、店員を呼んでお酒を頼んでいた。

しかもなぜか、頼んだ酒の量は二人分だ。

「当然、呑むよな? アキ、お前も」

そう言ってニコリと屈託のない笑みを浮かべる陸地。

すごいめちゃくちゃな人だな、この人……。

陸地の言葉に苦笑いを返すことしかできなかった。

「ところで、アキ。お前さん──」

ご飯の感想を言い合っている千夏とアウレンくんの横で、進めていた食事の手を止める。

陸地に目を向けて、続く言葉に耳を傾けた。

「気になっていたんだが、お前自身の名前といい、その子供の名前の響きいい、教えてた作法といい。何か『北大陸』……いや、『ベリエット帝国』にゆかりでもあるのか?」

陸地は食事の手を止めずに、自然な態度でそういった。

その様子から何かを怪しんでいるのかどうかは分からなかった。

「……さあ、どうだろう。俺の出はこの大陸の樹海の奥地の、さらに奥で──」

冒険者ギルドの面接と同じように、陸地の質問に答えた。

「……そうか。最近になってその子供と街に避難してやってきたのか……。なかなか大変な人生を歩んでるな、お前。……そうなると祖先にでも縁があった人物がいたんだろう。……これも『時代』か。最近じゃ北大陸以外の人間国家でも、日本人名や似た文化を見かけることがある。たまたま同じなのか、移住した人が残したのか。なんにせよ、それだけの時間が経っているということなのだろうが」

俺の答えを聞いた陸地は、淡々とそう言った。

よかった。どうやらベリエット以外でも日本っぽい名前や文化は、全く見かけないもの、というわけでもないようだ。そういえば受け取った荷物の中に、日本の作者名が書かれた本があったし、結構この世界で浸透しているのかもしれない。この街で見かけたことはまだ一度もないが。

しかし、うまく誤魔化せているのだろうか?

結構、ギリギリの勝負が続いているような気がするが……。

店員がお酒を頼んでいたお酒を運んできて、テーブルに置く。

二つ置かれた木製の大きなコップには、酒がなみなみと注がれており、二つのうちの一つをご機嫌な様子で陸地は勢いよく掴んだ。そしてニヤリと笑みを浮かべながら陸地はそれを俺の方に持ってきて置いた。

「まぁ飲め、なっ、アキ。今日の酒はうまいだろうな。なんせ、肉体労働のあとだ。フッ、まぁそれは俺だけの話なんだがな。でも俺がうまいのは確実なんだから、うまそうに飲む俺を見ていればそのうち、一緒に飲んでるアキもすぐにうまくなる。そういうもんだ」

そういってコップを掲げる陸地。

乾杯でもするのだろうか。

仕方なくコップを持って、同じようにした。

──そのときだった。

ふと、耳の奥が、ざわざわとする。

「よし、それじゃあ今日もお疲れってことで、な」

正確には耳の奥じゃない。耳に入る音のほうが、ざわついている。

だが元々、店は少なからずざわついていた。そんな店内の音をわざわざ意識が拾うわけがない。あえて拾ったということは、それが『不自然』だからなはずだ。つまり『そうじゃないはずの場所』がざわついている。

「かんぱ──」

……『外』だ。

この店の外で、たくさんの人が声をあげている。しかも『何か』に対して。その声は性質的に、驚きや怒声、恐怖といった感情を含んでいて、大きさや量が次第に増している。同時に耳に届くざわつきも自然と大きくなる。

──『突っ込むぞッ!!』

その一言を拾った瞬間、横にいる千夏を掴んで小脇に抱え込む。

そしてアウレンくんも服を掴んで引っ張った。

それと同時に、陸地が杯を掲げる。だが一人分しか掲げられなかった陸地は、俺の行動をみて目を点にしていた。

「──い!! ……?」

そんな陸地に声をかける。

「陸地さん、伏せたほうがいいかもしれない」

「あ……? ッ! おいッ!!

この店にいるやつら! 全員伏せろ!!」

即座に察した陸地が、店内にいる人々に大声でそう呼びかけた。

果たしてそれを聞いて、どれだけの人が反応することができたのか。それを視覚的に確かめる暇はなかった。それぐらい陸地の言葉のすぐ直後に、その出来事は起こった。

店内の外と接した壁一面が大きく歪む。一点を強く押されたような歪み方は、木製の壁の性質からかとてもしなって見えた……がそれも一瞬だった。押される力に耐えきれず弾けるように、壁は粉々になってくだける。だが壁が無くなって、見えるはずの外の景色は見えない。代わりに見えたのは何かの巨大な物体が、飛んでいる木片と同じ速度で飛行し、迫ってくる光景だった。まるで壁が迫ってくるみたいだ。

だが壁というには、それは全体的にぬるりと、てかりを帯びている。それに全体的に赤とピンクが入り混じった色をしていて、端の方では白い鋭利な杭のようなものが何本もついていた。つまり今、目の前に迫り来るそれは『開いた巨大な何かの口』だ。それを裏付けるように、暗い闇になっている喉奥がぐにぐにと蠢いていた。

目一杯に開かれた口が迫ってくる。

人間が三人、横に広がって歩いていても、全員を一度に丸呑みできそうなほど大きく開かれた口は、凄まじい速度で前進し、アウレンくんと千夏をかかえた俺の方に向かってきていた。壁を破られる前から移動し、食べられる範囲から逃れるために数歩移動したのに、進む角度が微妙にずれて結局その範囲から逃れられない。

「(──? たまたま、か? それとも俺たちを狙ってるのか……?)」

果たして意図的なのか、偶然なのか。

なんにせよ、このままでは数秒後にも丸呑みされる。

実際にすぐその時は訪れた。

凄まじい速度で迫りくる口は、俺とアウレンくんと千夏を巻き込むように閉じ、その姿が消える。まるで『夢から覚めた』ように。

その様子を横から離れてみていた。

空いた口はひとまず通り過ぎたものの、当然ながら口の後にも体が残っている。少しの間巨大な何かが、凄まじい風を伴った衝撃を撒き散らす時間が続いた。建物の破片やぼろぼろの食器、食べ掛けの食事が、踊るように空中で飛び交っている。だがそれも、巨大な何かが過ぎ去ったあと、何もなかったかのように地面に落ちた。

直前まで破壊音に満ちていた場所が、急激に静まり返る。そしてふと我に返ったかのように、視界に飛び込んでくる店内の有様は、ひどかった。ほんの一瞬前まで人が和気藹々と飲み食いしていたなんて、とてもじゃないが思えない。それほど見る影も形もなかった。まるで建物を丸ごと持ち上げて、地面に叩きつけたかのような荒れ具合だった。

アウレンくんも千夏も、呆然と店の様子を見ながら服にしがみついている。

そんな中、唯一店の中で動く人影が一つだけあった。

陸地だ。無くなった天井を見上げながら、呟くように言った。

「ひどいな。一瞬で店内がテラス席になってしまった」

そしてもともと俺たちが食べていただろう場所に歩いて近づいていく。

「俺の飯と、酒……」

当然その場所も荒れ果てていて、地面には頼んだ料理と飲み物が散乱していた。

それを放心したように眺める陸地。だがふと、何かに気づいたように顔をあげる。そして自分の手に視線を向けた。そこには酒が注がれたままの木製のコップが、硬く握られていた。ちょうど乾杯の時に起きた惨事だったので、持っていてもおかしくはないだろう。だけどよくあの事態のなかで、酒をこぼさずにいられたと思う。

陸地は持っているコップを持ち上げて、口元に近づける。

……え。

思わず驚いて、目を見開いた。

……この人は、マジなのだろうか?

コップを傾けてごくごくと喉を鳴らしながら中身を飲み干して、大きく息を吐き出した陸地は言った。

「く〜っ。こんなときだってのに、うますぎるっ」

…………。

「さて……」

陸地は瓦礫の中で立ちながら、周囲を見回す。

俺と千夏、アウレンくんに陸地と一緒に食事をしていた面子は無事だ。

だが店内にいた人は俺たち以外にも結構いた。

その人たちはこの惨事の中で、どうなったのか。

意外なことに既に何人かが、瓦礫の中から平然と起き上がっていた。全員見るからに手強そうな猛者感がある人たちは、傷も無く余裕があり大丈夫そうだ。

そんな人たちが、血を流して傷を負って辛そうな人たちに手を貸している。人数としてはそういう人が一番多く、手を貸すといっても全員にとはいっていなさそうだった。

だがもっと凄惨極まりない光景を想像していたが。

思っていたよりもみんな丈夫そうだった。もしかしてこれくらいのことなら日常茶飯事なのだろうか。そうだとしたら終焉の大陸ほどではないにしても、異世界の日常というのは元の世界に比べて想像よりもエキサイティングだ。

「よしよし。さすが、『危険地帯』と接する街なだけはあって、丈夫やつが多いな」

どうやら異世界の日常というより、危険地帯に接する街の日常、というのが近いようだ。

辛そうに立ち上がっていた人たちが全員起き上がる。すると今度は、全く起き上がる様子がない人の姿が目立つようになる。そういう人は怪我がひどくて起き上がれないか、ピクリとも動いていないかのどちらかだ。すぐそばにもまるで物のように転がってる人が一人いて、千夏が顔を青くしながら釘付けになったように見ている。その人のそばに近寄って【回復魔法】をかけてみるが、果たしてどうなるのかはわからない。その人はすでに起き上がった人たちに店の外へ運ばれていった。

「ったく……。せっかく……。これからってときに」

陸地はそう文句をたれながら、睨むように空を見上げた。

なぜ空を見上げたのか。

その理由は、考えるまでもなくわかる。

さっきからずっと店の外にいる街の住人たちは、陸地と同じように空へ視線を向けている。

それは事の成り行きを外から見ていて、知っているからだろう。

そこに事態の元凶がいることを。

空へ視線を向ける。

まるで夕焼け空に浮かぶ黒い星のように、宙に浮かんでいた。

大きな気配を隠そうともせずに。

……あれは『竜』……か……?

「竜……いや──『ドラゴン』か」

陸地が呟くように言った。

……? どうして竜とドラゴンをわざわざ言い直していたんだろう。

違いがあるように思えないけど、何か言い方で違いでもあるのか……?

わからない。だけど違いがあると思ってみると、よもぎのように意思疎通できる感じはない。それと体も二回りか三回りほど小さかった。突っ込んできたのがよもぎだったら、両隣の建物も木っ端微塵だっただろう。

──『Glululu……』

凶悪そうな黒い鱗で覆われたドラゴン顔は、まっすぐにこちらに向けられたまま、まだ一度もそれていない。何をそんなに執着しているのだろう。そもそもいきなり現れた理由も、こんな惨状を作り出す理由も何一つわからない。

そう思ってドラゴンをみていると、ふと、歯の隙間から何かが落ちていく。

遠くて小さいので見づらかったが、たぶんそれは『骨』だった。

少し気になって破壊された店内に目をむけると、まだ無事なやつがいくつか残ってるものの、壁にかけられていた『巨大な肉塊』が何個か無くなっている。

「……あの調子じゃあ、また突撃して来そうだな。まぁ、そっちの方がいいがな。空にいられるままよりかは。次降りてきたらタコ殴りだ。飯と酒の恨みを思い知らせる、あいつにな」

陸地が手に持った大きなスコップを肩に乗せながら言った。

「……しかしなんだって魔物が、単騎で街中を突如襲いかかってなんかくるんだかな。奴らも馬鹿じゃない。何人かの人間を殺せたところで結局、数には勝てずにやられることくらい、生まれたてですら想像つきそうなもんだと思うが。アキ、お前はどう思う?」

「おいしい肉でも、食べにきたんじゃないんですか」

「なに、肉!? フッ……。フッハハ! お前、今のなかなか面白いな。こんな状況で冗談を言う余裕があるなんて、相当手強いだろう」

……なんだか分からないが、ウケてしまった。

可能性の一つをいってみただけなんだけど。

それに、この状況で酒を飲んだ人にだけは言われたくなかった。

「目的があって近づいてきたのか。何かに引き寄せられたのか。あるいは魔素溜まりから頭がイカれたまま出てきてしまったのか。可能性としては、そんなところだろうが……」

そこで言葉を止めた陸地はこっちに視線を向けて「あるいは本当に飯を食いに、きたのかもな」とニヤリと笑みを浮かべていった。

「なんにせよ、考えても仕方がないな。俺は、あまり難し考えるのは好きじゃない。次、あいつが突っ込んできたら、俺はあいつを必ずぶっ潰す。あぁ、いいなそれは。それが一番、簡単で正しい考えだ」

そう言って陸地は『安全第一』と書かれたヘルメットを被り、腰に巻いていた上着を乱暴に羽織った。上着は作業着みたいなのを想像していたが、実際はなんだかかっこいい軍服みたいな印象を抱くものだった。着ている最中にふと目に入る、袖にかかれた『弐三』という文字はどういう意味なのだろうか。

だけど、それよりも……。

──『何かに引き寄せられたか』。

引っかかって頭の中で繰り返される、陸地の言葉。

ふと、視線を、千夏に向ける。

千夏の様子は明らかに怖がっているようだった。

アウレンくんはまだ平気な顔をして千夏を励ましているが、それでも少し強がっているように見えた。

……果たして、今俺の取るべき選択肢はなんなのだろう?

目の前のドラゴンを全力でたおす……それは当然、できる。しかし必要以上に目立つことになるだろう──ベリエット帝国の陸地を前にして。それで万が一に俺が異世界召喚された灰色の勇者だとバレたりすれば、ドラゴン以上の面倒な事態になる。そこまでするほど、俺はあのドラゴンの存在に困っているわけじゃない。

そもそも一番安全な選択肢は今すぐに『ドア』を出して避難することだ。とりあえず中に千夏だけでも入れて『ドア』を消せばそれだけでひとまず死ぬことはないし、これから起こる戦いを目に入れる必要もない。心にも命にも、安全を取るならそれがベストの選択だ。なんならアウレンくんだってそうしたっていい。

──『セカイ』を知りたい。

……千夏の言葉が、脳裏で蘇る。

結局俺は、どちらの選択肢も選ばず、このまま状況に溶け込んで目立たずに流されることを選んだ。どうしてそうしたのか、自分でもよくわからないままに。

それが少し気持ち悪かったが、そんな思考に没頭していられるような状況ではなかった。

「──また突っ込んで来るぞ!!」

誰かの悲鳴にも似た声があがる。

主張の強い巨大な気配は、見なくても動いてる様子が分かる。

だからそれが急速に近づいてくることは前から感じていた。

さっきと同じように、黒いドラゴンは大口を開けながら勢いよく突っ込んでくる。

でも単調な攻撃だ。千夏とアウレンくんを抱えて、さっきと同じように避けた。おかげで怪我はない。

だがお店の惨状は、さらに目も当てられなくなっていた。

ご丁寧に壁にかけられていた肉の塊も今回ですべてが無くなっている。

「あ、あの、アキさん……!! クーガーさんがいなくなっちゃってます!!」

アウレンくんに言われて、陸地がいた場所を見るが、確かにいない。

見回して、探し、すぐに見つけた。

あろうことか飛行しているドラゴンと同じ場所でだった。

ドラゴンにしがみついて一緒に空を飛んでいる。

何してるんだろう、あの人は。

「──ゥゥゥゥゥオオオオオ!!!!」

まるで咆哮のような陸地の声が、ぼんやりと聞こえてくる。

その次の瞬間、バリン、と音がどこからか聞こえてきた。

「(ガラス……?)」

かなり空高くまで上り詰めたドラゴンと陸地のところから聞こえた音だった。

だが周りの人間は聞こえていないみたいだ。

その音があがった直後に、ぐにゅりと、急に方向転換をきめたように飛んでいるドラゴンは進む方向を無理やり変える。空高く上昇していたこれまでの飛び方に対して、今度は急速に地面へと降りてきていた。

……いや、違う。

地面に方向転換して飛んでいるわけではなかった。

そもそもの話として、ドラゴンは今飛んでいなかった。

仰向けになって落ちている。どうやら陸地がドラゴンを空中で『投げ落とした』ようだった。

ドラゴンはそのまま、なす術もなく、街に落下した。

すぐそばの大通りだったため、砂埃混じりの風を浴びる。レベルの低い人は既に退避済みで、建物が余計に壊れるなんてことはなかった。意外にもそこらへんは考慮しているのかしていないのかは謎だが、被害は最小限に止められている。とはいえ巨体の落下を受けきれなかった地面は大きく陥没しているし、地面から伝わる振動や衝撃の音を感じて周囲の人々は恐怖から小さい悲鳴をあげていた。

そんな中ドラゴンがゆっくりと、立ち上がる。こんな惨状を作りながらも、まだ余裕のある立ち上がり方だ。そして周囲の人間に気づき、怒り狂った目で見回す。そうして目に入るものに憎悪を振り撒き周囲の人間を怖気つかせていた。

さらにダメ押しにか、ドラゴンは巨大な咆哮を上げる──。

「GYAAA────……ッ……!?」

──しかしその咆哮は、すぐに強制的に止められた。

ドラゴンの顔面に拳を叩き込んだ陸地によって。

相手の体躯に比べればあまりにも小さな手が、巨大なドラゴンの顔に大きな殴った跡を残しながら吹き飛ばす光景は常識から考えればなかなかに異様なものだった。そして反れて離れていくドラゴンの顔をニヤリと笑って見ながら、陸地は軽口を叩いていた。

「古来から悪いことをしたやつが、食らうものを、知っているか? それはな……ゲンコツだ」

その後、むきになったドラゴンが起き上がって暴れ回っていた。

陸地はドラゴンの大きな手足やしっぽの攻撃を身軽に掻い潜っては反撃を入れていた。素手で殴りつけ、スコップで叩きつけ。凄まじい力があるのか、そのたびにドラゴンの体は大きく歪んで、鱗が割れて、体が傷ついていく。戦いは陸地が一方的に主導権を握ってるように見えた。

だが……。

「(これは……大丈夫なのか……?)」

陸地とドラゴンの戦いを見ていて、そう思った。

「チッ。これはあれだな。負けることはないが、勝てることもないって感じの空気だな。ゴムの塊を殴ってるようだ。これだから竜の体ってやつは……クソ」

陸地のぼやきが耳に届く。

その言葉の通り、攻撃は通ってるように見えるが、ドラゴンの表面を多少削るのみで致命傷には至っていない。そもそも致命傷にできる何かがあるのか怪しい。このままだとジリ貧だ。一応、スコップを突き立てるようにする攻撃は深く通ってるみたいだけど。

……今なら行けるだろうか。

「……【鑑定】」

小さくつぶやいた。

※ステータス※

カオスウッド・ドラゴン LV1279

【種族】

ドラゴン(上位)

【スキル】

咆哮 LV10

マジックブレス LV9

鱗磨き LV2

爪研ぎ LV1

【ユニークスキル】

魔樹生成

……思っていたより、ドラゴンのレベルは低い。

それにスキルも少なかった。

ついでに陸地の《ステータス》も見てみよう。

あまり人に【鑑定】を使うのは気が進まなかったけど。それは俺自身が感覚で【鑑定】されているのがわかるため、他にも同じような人がいる可能性を危惧してのことだ。下手に刺激するのを避けるためにそうしていた。

だけど陸地は今、戦闘中だ。おそらくバレないと思う。

バレてもそんな余裕ぶれる戦いじゃないから、気を散らすようなことはできないだろうし、俺がやったものだと確かめることまではできないはずだ。一応【ペテン神】もかけておくけど。

そうして目の前に表示された情報を見る。

《ステータス》を見ながらも視界の端で陸地のことを観察していたがバレた様子はなかった。

「(……陸地のほうが、レベルが『300』ほど高いな)」

スキルも揃っていて、全体的に数値が高い。

印象としてはレベルよりもスキルのほうが驚きが強い。結構すごい数字だ。

終焉の大陸にいる、同じレベル帯の魔物と比べても高水準だろう。

しかし陸地の能力は、これ……。なんだろう。

一体どんなものなのか、効果が想像できない。

「GYAAAAAAA────!!!」

ドラゴンの鳴き声が聞こえる。それは苦悶に満ちたものだった。

スコップを突き刺す攻撃が効いていると判断した陸地が、しつこくその攻撃ばかりをするようになっていた。同じ場所を狙い続けて、傷をさらに深くえぐっている。ボタボタと垂れる血液の量が増えて、ようやく不利を悟って飛んで逃げようとしても、掴んで引きずり下され、スコップで叩き落とされていた。

「GAAAAAAAAAAAA──!!」

ドラゴンが咆哮を上げる。

しかし陸地の攻撃の手は止まない。

周囲の人々はこのまま決着までつくのだろうと思いながら見守っているようだった。

だが咆哮の直後、事態に大きな変化がおきた。

ドラゴンが空に逃げるために翼をはためかせる。

それを許すわけにはいかない陸地が何回もそうしたように、阻止する動きをする。

そのためにドラゴンに近づいた瞬間──陸地の姿が見えなくなった。

「ッ!? なんだ、どこだここ……?」

姿が消えた陸地の声が聞こえる。

そしてガサガサと音を立てながら、また姿を表した。

陸地が消えた理由はそんな大したものではない。

「……? 木?」

大量の葉の中から現れた陸地は、不思議そうにそう言った。

頭に乗った葉を払い落としながら足元に目をむけて、ようやく自分が『木の上』にいることを認識している様子だった。

仕方がない話だろう。

傍からみれば地面から生えた木に飲み込まれただけと見てわかったとしても。

その変化の真っ只中にいるなら、まるで転移した感覚になってもおかしくない

──それが致命的な『隙』に繋がってしまうとしても。

翼をはためかせていたドラゴンは、大きく地面を離れていく。

「ッ! ……しまった」

慌ててドラゴンの方へ、狭い木の上で足を進める陸地。

でもそうはいっても相手は空中だ。進むも何もない、そう思って見ていると、さらに陸地はそのまま空中に飛び出した。そして何もないはずの宙で二回ほどジャンプし、ドラゴンを追いかけている。何もない空中で一体何に足をつけているんだろう。わからないが、足をついたときに聞こえるガラスが割れる音が関係ありそうだ。能力絡みの力だろうか。三回目のジャンプは空振っていて、舌打ちをしながら地面まで落ちていた。

陸地は空高くあがったドラゴンを見上げる。

ドラゴンも十分な高度まで上がって、街を見下ろしていた。

「……はぁ〜。ったく、また空か。本当に、空は、いつでも俺たちにとっての目の上のたんこぶだ、厄介な。毎回そうだ。これまでどれだけベリエットが、空に進出しようとして叩き落とされてきたか。俺の遠距離攻撃不足に対する当て付けじゃないだろうな……」

ぶつぶつ「どうするか……」陸地が文句を呟いていた。

『──AAAAAAAAAAAaaa…………』

上空から微かに聞こえる咆哮とともに、魔力が吹き荒れる。

明らかに何かをする兆し。しかも何をするのかは既に見た以上想像に容易い。

千夏とアウレンくんを片手ずつに担いで持つ。

その直後に地面から突き上げるように、とてつもない勢いで木が生える。それを飛び跳ねて、避けていた。何度かそうしているとやがて収まり、また千夏とアウレンくんを下ろす。

「(なんかここらへんだけ、やたらと多く生えてないか?)」

周囲のあちこちで同じような出来事は起きていて、そのせいで結構なパニックの様相を見せている。しかしそれでも、俺たちの場所だけやたら木の密度が高い。気のせいか?

怪我した人は結構いるが、大きな被害というのは見ているとあまり無さそうだった。

でも少なからず、恐怖感が空気中を漂っている。

それなのに事態は、より追い詰めるかのように変化した。

恐怖に満ちていた空気は、あっという間に緊張感で張り詰め。

あがっていた悲鳴が、ごくりと息を呑む音で上塗りされて止まる。

異様な静粛に場が包まれていた。

「え……あ……え? こ、これって……」

アウレンくんが怯えと緊張で体を震わせながら、小さく声をだした。

その視線の先には、煌々と虹色の光を放つ、球体が浮かんでいる。

それは何度も見たことのある、馴染み深いもの。

──『魔素溜まり』だった。

ドラゴンが生やした木には、魔素溜まりを生み出す効果があるようだ。

一本が生み出す数は大体三個から五個ほどみたいで、飾り立てるように、木の周囲で魔素溜まりが浮いている。

あちこちに魔素溜まりの木が生えている、

見渡すと、街中だというのに結構な数の魔素溜まりが浮かんでいた。

一見幻想的だというのに周囲では我に帰って対応に動く人々によって、怒号が飛び交っていた。

「やっぱり……。これが『魔素溜まり』なんだ……」

アウレンくんが距離をとるように、後退りながら言った。

そういえば、アウレンくんはみたことがなかったと案内のときに言っていたっけ。

なら、これが初めて見る魔素溜まり、ということになるわけだ。

「え……?」

後退りするアウレンくんの横を通って、発生している魔素溜まりのすぐそばにまで近づく。

ここらへんは特に木がたくさん生えたため、魔素溜まりの数も一段と多い。もういつ魔物が生まれてもおかしくはなく、それなのに近づくのは自分を過信した行為だと冷静な部分ではわかっていた。だけど初めて見る別大陸の、魔素溜まりというのに好奇心が疼いてしまった。

一番近くにある魔素溜まりを、覗き込む。

「(……サイズは、大きいやつでも人と同じくらいの大きさか。終焉の大陸だと、かなり小さい部類だ。それに見かけたことがないほどの、バレーボールくらい小さな魔素溜まりもある。あと……これは……なんだろう……見ていて中身が詰まってないというか……覗き込んでも危ないことが起きる感じがしないというか。うーん……わからないが、密度みたいなのが違うような?)」

「アキさん、危ないですっ! 魔物が出てきてます!」

比べながら観察していると、アウレンくんにそう言われてしまった。魔素溜まりから目を離して元の場所に戻る。剣を取り出して、様子を伺っていると、ほどなくして魔物が発生しだした。【鑑定】して見ると大体平均『150レベル』くらいの魔物だ。虫っぽかったり獣っぽかったりと、魔物に統一感はあまりない。こちらに向かってきた魔物は、とりあえず剣で切り落とした。

そうしてあっという間に、街中が乱戦状態に陥っていく。

しかもここらへんは特に魔物が多く発生したのもあって、やたらと魔物が向かってくる。もっと分散してどっかにいってもいいのに。とはいえ問題は特にないので、千夏とアウレンくんを背に向かってくる魔物を殺しながら周囲を伺った。

大体状況は、両極端に分かれていた。

強い人がいる場所は余裕を持って魔物を捌いているが、そうでない場所は一方的に魔物に襲われ、ひどいことになっている。しかしそんな場所に助けに入ろうとしても、ドラゴンの力で生えてくる木が邪魔になっているみたいだ。死にはしないが、地雷のように生える木は、当たれば怪我をするくらいには危ない。それで動けなくなると今度は魔素溜まりが発生して追い討ちをかけてくるから厄介だ。

さすがに一本の木が継続して魔素溜まりを発生させるということはなさそうだけど。

「……ッ!? ──ブレスが来るぞッ!」

どこからかそんな声があがった。

その言葉の通り、頭上ではまるで流れ星のような光の線が一つ描かれていた。宙にいるドラゴンを起点に描かれた線は、そのまま地上へむかって伸びていき、やがて地上と繋がった瞬間に凄まじい爆音があがる。

ほんのりと生ぬるい、砂塵の混じった風をあびる。

いよいよ、めちゃくちゃになってきた。

「(大元のドラゴンをどうにかしないと、この状態は止まらなさそうだ……)」

だが足元から生えてくる木と、魔素溜まりから生まれる魔物たち。

さらに頭上から時折降り注ぐブレスと、もはや本体のドラゴンに対応できる余裕を作れなさそうだ。

陸地も戦えない人や戦況が厳しいところを戦って回っている。しかしそれは同時にいくつも起きていることで、いくら強くて魔物を流れ作業のように倒せても、体が一つであることに変わりがない。だから相当手一杯な様子だった。

「ねえねえ、あなたって人が嫌いなの?」

「……はい?」

向かってくる魔物を、淡々と切り落としていると不意に横に現れた女に声をかけられた。

「……なんですか?」

「んーなんか。あなたなら、もっといろんな人を助けてあげられそう? だって今戦ってる感じよりも、もっとずっと強そうじゃん! なのにー手を抜いてるのー。いけないんだー。なんでそんなことするの? どうして?? こんなみんな必死にたたかってるのに。──人が嫌いなの?」

「……別に好きでも嫌いでもない。それに二人守るのでも、結構、いっぱいいっぱいなんだよ、これでも」

これは、そんなに真っ赤な嘘というわけでもない。

ただ一人生き残ればいいだけの戦いと、守るものという負担がある戦いは、全く違う。普段張らなくてすむ場所で余計な神経を張り詰めて戦うのは、慣れていないのもあって、あまり普段通りとはいかなかった。

もしここにいる魔物が、全員、十倍のレベルだとしたら……。

俺は生き残れても背後にいるアウレンくんと千夏はどうなるかわからないと思う。

それに、そもそもの話として。

『全力』なんていうのが無理な話だ。

そんなことをしたところで、それは本末転倒でしかないのだから。

「え〜うそぉ〜」

だがそんな内心が伝わるはずもなく、疑い深い目でじろじろと見てくる。戦っている最中なのに、ちょこまかと追ってくるのがすごい邪魔だった。背が小さく、見た目も可愛らしい女の子で、好みに思う男も多そうな印象だ。でも俺は、あまり好きにはなれないタイプの人だと、一目見て感じた。

「マルベ! ……何してんだ? お前、こんなときに、こんなところで」

「あ、お兄ちゃん」

そういって現れたのは、見たことのある男だった。

冒険者ギルドで見かけた、有名人だ。

確か……受付の人は『パーソン』と呼んでいただろうか。

その男を兄と呼んでいるならこのちょこまかしてる人は有名人の妹なのだろうか。

わかったところで、どうでもいい話だけど。

パーソンという有名人冒険者は戦っている俺の方へ視線を向けて、笑いながら挨拶するように言った。

「うちのが邪魔をして、悪かったな!」

「…………」

ちらりと視線を返し、頷いて答える。

兄に呼ばれて、俺にかまってきていた妹も、戻っていく。

その際チラチラとこちらを見返していたが気づかない振りをした。

「騒ぎの元凶はあれか……。ドラゴン……噂の『混域』由来のやつか。元気よく、暴れているなぁ〜。おい、お前らこういう時に役に立てない冒険者なんて、街にとって必要性も価値もない。街に食わせてもらってる俺たちが、街に必要とされないことほど恐ろしいものはない。だから俺は遅れた分、これから街への被害をゼロに抑える。それが俺の役割でそれ以外は、追った王の背を遠のかせる結果だろうな! お前らはどうするんだ、俺についてくるのか!?」

パーソンという男の背後には、ひきつれるように人がいた。十人近くいるがそれぞれ特徴的な鎧だったりローブだったりをつけていて、随分と冒険者っぽい風貌の人たちだった。そして全員が、こっちの大陸基準だと結構な強者なのは一眼見てわかった。それは、うろちょろしていた女も含めてだ。

男が引き連れた人たちは、個性的な見た目通りの返事をバラバラに返していた。

ゆるそうな集団だ。だが一方で返事をしない人が全く見られず、しかも全員が肯定の言葉を告げている。ゆるいながらも、信頼と結束を感じられる集団だった。冒険者パーティーというやつだろうか。

「なら俺についてこい。やるぞ」

そうして、乱戦の中にその人たちが加わった。

それによる戦況の変化は劇的だった。

多種多様な攻撃が飛び交い魔物が迅速に倒されていく。

怪我人や劣勢な場所への援護も速やかに行われ、一番大きかったのが戦っていた人々の精神面への効果だった。

──『あれは……ウェイドリックだ……。Sランク冒険者の……! 』

──『あれがパーソン兄妹のパーティー、《 王背(おうはい) 追随(ついずい) 》か……。もう少し持ち堪えられれば……!』

そんな声が聞こえるのと同時に、不利だった場所が盛り返していた。

地上の乱戦の様子は、あっという間に優勢へと様変わりしている。

それこそ陸地があんなに必死になって助けて回る必要もないくらいほどに。

「ブレスくるぞ──!」

だが結局のところ、元凶であるドラゴンをどうにかしなければ根本的には何も変わらない。

すぐ近くから聞こえた声に顔をあげると、まるで真昼間の太陽のように輝くものが目に入る。だけど時間はもう夕暮れ時なので、太陽の可能性はありえない。それに時間がたつごとに少しずつ輪郭が大きくなっている。

こういう風に見えるのか。到達地点からブレスを見上げると。

まるで太陽が落ちてきているみたいだ。

ブレスが上空で放たれたことは分かっていたので、すでに片腕ずつにアウレンくんと千夏を抱えて逃げられるようにしていた。そして逃げるために走り出そうとするほんの一瞬前にだった。光り輝く太陽のようなブレスに、『影』が唐突に現れる。それはブレスの間に割って入った人によって出来た影で──端的にいえばそれは『陸地』のものだった。

大きなスコップを両手で持ち、腰を反らせて大きく縦にふりかぶりながら、結構な高さまで飛び上がっている。そしておもむろに陸地はスコップを振り下ろした。何もない空中で。はっきりいってその行動にどんな効果があるのか、意味がわからない。当然、スコップは何に当たることもなくただ空気をさくだけのはずだ。

「オラァッ!」

──ガキィン。

だが不思議なことに陸地の振ったスコップは、何もない空中で、何かにあたって止まった。その瞬間、まるでガラスにぶつかったような音をあげながら。実際空中には大きなひびがはいっている。それは空中にひびの模様が浮いているだけなのか。それとも何もない空中が本当に割れようとしているのか。見ているだけじゃわからなかった。

すぐさま連続するように陸地はもう一度、スコップを振った。

同じ場所にスコップが当たり、空中に浮かぶひびはより範囲が広がり、より細かく刻み込まれる。ガラス割れるような音もまた聞こえた。ドラゴンのはなったブレスは、もうすぐそこまできている。

ゆっくりとすり足で木が密集している場所に近づく。こっそりと周りに木が生えて見えない場所で、作っておいた『ドア』が茂みの奥から覗けた。走るのは間に合わなさそうだから、万が一があればドアに逃げ込もう。何をしようとしているのかわからないが、千夏とアウレンくんがこの場にいる状態で、陸地一人に結果を完全に委ねる選択肢は無かった。

大丈夫そうならすぐ消せば良いし。

そして陸地が連続で三回目のスコップを空中で振った瞬間だった。

──パリィン……。

ガラスが完全に割れた音が響き渡る。

その音の抱くイメージと違わず、砕けた破片がたくさんキラキラと宙を舞っていた。なんの破片なのかは謎だが、スコップで叩き割った場所には謎の『大きな穴』が出来ている。それは何もない空気中の場所を叩き割って出来た穴だ。そして舞っている破片をよくみると、それは割った空気中の空間そのもので、目をこらしてみるとまだ景色がそこに残って映っている。

やがて数秒後、ブレスは訪れた。

幸いなことに、陸地が作った空間の穴らしきものは、高い位置にある。

だから最悪、陸地のしたことが無駄でも、ドアに入るまでくらいの余裕は十分あるだろう。

「(その心配もなさそうだけど……)」

陸地が作った穴は、ブレスの進行をちょうど遮るように作られていた。だから自然とブレスは吸い込まれるように自ら穴に入って姿を消す。本当に吸い込んだように見えたが、そういう効果を持った穴というよりは、すごく丁寧にブレスの軌道を読んで作った穴という感じだった。ヤンチャそうな働き盛りのオニイサンって感じの見た目なのに、すごく丁寧な仕事ぶりだ。

「よっと。よーう、無事かお前ら」

すぐそばに陸地が着地しながらそう言った。

『ドア』はブレスが消えた時点で消しているため、見つかることはない。

「おかげさまで。あの穴、すごいですね」

手に持っていた千夏とアウレンくんを地面に戻しながら言葉を返すと、陸地は首を捻った。

「そうか? お前なら俺がやらなくてもなんとかなった気がするが。だが、ビームなんかいくら消したって意味がない。大元をなんとかしなければな」

「どうにか、できるんですか?」

正直できないだろうと少し思いながら尋ねた。

だが陸地は「あぁ」と肯定の返事をした。

それで陸地が一体ドラゴンをどうするのか、興味が沸く。

「そのためにアキ、ちょっと手伝って欲しいんだよな。一人だと大変なんだ、上下の移動は。ったくなぁ〜」

「え……? 俺が……? ……ですか?」

なんだか雲行き怪しい話になってきたな……。

困惑している俺を差し置いて、陸地は同じようにまた何もない空間を三回蹴って割り、穴を開けていた。さっきより小さい穴が空間に空く。

「とりあえずこの中に一緒に来てくれ」

開いた穴の中に入りながら陸地は言った。

「……その穴の中に……?」

情報が無さすぎる。

あまり進んでいきたいと思えなかった。

「なんだ? ビビってるのか? フッ、平気だ。この空間自体に何かをどうする力なんか、ないからな。なんだったらガキ達もいれればいい。ブレスが降ってくる場所よりかは確実に安全だ。俺の──【並列空間の縮小世界】ならばな」

陸地が口にした名前は、《ステータス》を覗いたときに見た能力の名前と一致していた。

つまり割れた空間やらはすべて、陸地の【能力】の力だ。しかし未だ効果はわからないまま。

果たして、どうするか。

陸地は完全に穴の中へと入り、姿が消える。

「行かないんですか? アキさん」

アウレンくんに尋ねられる。

「……いや、行こうか」

そう言って俺は陸地を追って、千夏とアウレンくんと一緒に空間に空いた穴の中へと入った