作品タイトル不明
そして尋ねる。
「失礼致しました、プライド。……では、朝食に向かいましょうか。」
そう言って扉の外に促すステイルをプライドは口を大きく開けて止めた。
「待って」と軽く声を上げた後、部屋へ出るどころか扉前のアーサーとエリックの手をそれぞれ掴むと部屋へ引き込んだ。突然プライドに手を引かれたことに二人は漏らした声が上擦った。瞬きも忘れ、引かれるままに足を動かせばステイルとティアラに続き、部屋に入った近衛兵のジャックが静かに扉を閉めた。
パタン、と閉ざされた後にプライドは二人からそっと手を離す。思わずとはいえ、口で言わずに無理矢理引っ張ってしまったことに反省し「ごめんなさい」と早口で謝った。それからやっと本題を伝えるべく改まる。
「忘れる前に聞いておきたくて。昨日話した件、考えてくれたかしら……?」
遠慮がちに尋ねるプライドにアーサーは唇を絞った。
さっきまでの涙を堪えた時とは比べ物にならないほど顔が染まる。昨日のプライドの言葉とステイルの言葉とが頭の中でぐるぐる回り、呼吸の仕方をまた忘れた。
もう既に決めていた、筈なのにいざ口に出そうとするとそれだけで鼓動が速くなる。とうとう若干目まで回ってきたアーサーに代わり、先にエリックが口を開いた。
「はい。自分は決めました。」
あっさりと言うエリックにアーサーはぐりんっ!と勢いよく顔を向ける。
見開いた目から突き刺さるようなアーサーの視線を感じながら、エリックは苦笑気味に笑った。わかりやすいアーサーの注目と、更には視界の中ではステイルまで自分を凝視しているのだから。
「ただ、……できればその時までは内密にして願いたいのですが……。」
ここでは、少しと。アーサーのみならず、人に聞かれることを躊躇う様子のエリックに、プライドはそっと耳を傾けた。
耳打ちなら良いかしら、と行動で訪ねてくるプライドにエリックは思わず背中を反らした。深紅の揺らめく髪ごと近付けられた途端、花のような甘い香りが鼻腔をくすぐった。それだけでも心臓が跳ねると言うのに、自分から顔をその耳に近付けるのかと思えば緊張から乾いた口の中を無理矢理飲み込んでしまう。それでもアーサー達に聞かれるよりはと、エリックはとうとう意を決してその白く小さな耳に口を近づけた。
「失礼、致します……」と最低限の距離で済むように自分の口とプライドの耳の間にそっと手を添えてから、こそこそと声を抑えて話し出す。アーサー達からは何を話しているかは全く聞こえない。だが、至近距離にいるプライドに頬を赤らめているエリックに反し、プライドはすぐに目が丸くなっていった。「え?……」と声を漏らし、何かを確認するような疑問に思うような表情を浮かべてしまう。
エリックが言い終えた後もまだ考えるように紫色の瞳をきょろきょろさせた。ほんの数秒、たった一言で自分の望みを伝え終えたエリックはプライドから顔を離すと頬を染めたままで今度は照れたように笑う。プライドの瞬きを繰り返す姿すら嬉しそうに笑う彼は、全く訂正するつもりはなかった。
「それで……本当に宜しいのですか?だって、エリック副隊長」
「はい、それでお願い致します。自分からはそれが叶えば本当に充分過ぎるので。」
そう言って珍しくプライドの言葉をうわ塗った彼の表情はこの上なく晴れやかだった。
照れた口元を緩めながら、全く陰りも遠慮の影もなくほくほくと笑うエリックに、アーサーとステイル、ティアラも首を傾げ、捻る。茫然とするプライドとは対照的とも思える明確な理由を持った笑みだった。
プライド自身、何故エリックがそれを願ったのかはわからない。だが、同時にとても彼らしいとも思う。
エリックのそれが間違いなく彼自身の願いなのだと理解したプライドは、ゆっくりと力の抜けたその顔を笑みへと緩ませた。
「……わかりました。それでは、そのようにさせて頂きますね。」
ふわり、と笑う花のようなその笑みを至近距離から受け、エリックは思わず肩を揺らす。
はいッ、と僅かに声を裏返しながらじわじわと顔が熱くなっていくのを自覚した。急に赤くなるエリックの顔色にプライドはまた大きく瞬きをした。やはり二日酔いか何かだろうかと、熱を計ろうとその首に手を伸ばす。
「昨日はやはりお休みになってないのですか?もし体調が悪かったらすぐに言って下さいね。」
二日酔いはアーサーに治せるだろうか、そう思いながらピトリとエリックの首に手を添わす。
その途端、身動き一つできずに肩を強張らせたエリックの脈がドクドクドクと流れを速ませた。触れられる直前に「いえ!これはっ……」とパクつかせた口で必死に訴えたが、彼女のひやりとした手の感覚にもう声もでなかった。唇を絞り、動けなくなる。
プライドからすれば、触れていくうちにひたすら悪化していくエリックの発熱に不安が増す。やはりお熱が……⁈とアーサーに助力を求めようと目を向ければ、アーサーは完全に顔ごとプライドから逸らしていた。今のエリックの体調不良は自分では治せないことを知っている。
緊張の糸が解けた今、プライドが以前の時のように触れてくるだけでエリックの心臓は破裂しかけていた。以前、自分が怪我した時に見舞いに来てくれた時と同じように首筋に触れられ、距離が縮まれば何を考えれば良いかもわからなくなる。もはや、狂気に犯されたプライドが全て自分の悪い夢だったかのように印象が薄れていく。記憶が全て侵食するように目の前のプライドで塗り替えられていくことを自覚する。さっきまでの穏やかな気持ちが嘘のように今は心臓が異常だった。
頼りのアーサーどころか、ステイルまで今はエリックがプライドに何を頼んだのかばかりを考えて助けるまで頭が及ばない。すると代わりに見兼ねたティアラが「お、お姉様っ」とプライドのその腕に手を掛けながら声を打った。
「さ、先にアーサーのお願いも聞きましょうっ⁈ほら、アーサーも顔が赤いですよ!」
二人とも体調悪いのかもしれません!と、ティアラからすればエリックが平常心を取り戻す為の時間稼ぎだったが、アーサーからすれば完全に暴投だった。
ティアラ⁈と心の中で叫ぶが舌が回らない。既にいろいろなことが相まって顔が真っ赤に茹っているアーサーに、プライドは心配そうに眉を寄せながら近付いた。本当ね、と言いながら歩み寄ればその間にエリックが自分の胸を抑えて必死に息を整えていた。プライドの過剰摂取からエリックを救ったティアラが、そっとその背中を小さな手で摩った。
「大丈夫?アーサー。昨日一体何時まで飲んでいたの?」
「大丈夫です‼︎途中俺は寝ましたし!寝ないのも俺達は慣れてるンで‼︎」
明らかに目の前にいるプライドには必要ないほど大声で答えるアーサーは、両手を前に伸ばして待ったをかけた。腕が届く範囲より彼女が来ないようにと先に防備する。その反応にプライドがまだ訝しむように首を傾げれば、アーサーは勢いに任せて話題を変えようと言葉を紡ぐ。
「褒美も‼︎決まり……、ました。…………あの、そのっ……それ、なンすけど……。」
最初の勢いが急激に萎れていく。
途中からは視線をプライドから伸ばす自分の手、そして床へと俯けてしまうアーサーは更に顔が赤らんだ。何かを堪えるように伸ばした腕が肩ごとプルプル震えてしまう。耳まで染まり、プライドが心配からアーサーの名を呼んだ。
すると、その声にビクッと肩を上下させたアーサーはゆっくりと腕を降ろす。俯かせた顔を上目遣いに上げながら、青い瞳でプライドを覗いた。そして恐る恐るとした弱々しい声で彼女にやっと訴えた。
「…………十二日後に、お伝えします……。そン時に、叶えて頂いても良い……すか?…………金とか、物……じゃないンで……。」
ぽく、ぽく、と顔が湯気を立ち登らしながらアーサーは言う。
遠回しなその言葉に、今度はステイルが飛び火するように顔の熱が上がっていった。アーサーが承諾しなくても覚悟はあった。だが、アーサーを道連れにしたことで本格的に実行するのだなと現実感が沸いてしまう。
今更になって怖気付く自分が情けない、と眼鏡の黒縁を押さえつけ、俯いて必死に表面だけでも誤魔化した。
「?わかったわ。準備……とかしなくて平気なもの⁇」
不思議だと思いながら、プライドは快諾する。
それにブンブンと頷くだけで必死に答えるアーサーに首を捻りながら、取り敢えずは頷いた。何故、間を空けるのかはわからない。しかも、十二日後といえばと考えれば覚えはあるが、余計にわからない。何故よりによってその日にと思いながら、アーサーのことだから悪い意図ではないだろうと判断する。
今もこうして話すだけで畏れ多い願いなのか、顔を真っ赤にするアーサーにきっとそれなりの理由があるのだろうとプライドは思う。
「この後順番に来られるアラン隊長とカラム隊長とハリソン副隊長からお聞きできるのも楽しみですねっ!お姉様!」
声を弾ませながら、ティアラが楽しそうにプライドの腕にしがみつく。
エリック副隊長も今は大丈夫みたいですよ!と何とか落ち着きを取り戻したエリックを示して言う。失礼致しました、とアーサーの背中を叩きながら自分に笑いかけてくれるエリックにプライドはほっと息を吐いた。
たしかに平気そうだと思いながら笑みがこぼれ、ティアラの言葉に返したプライドは今度こそ朝食へ向かうべく部屋を出た。今日は自分の望みをプライドに伝えるべく、一人ずつ近衞騎士が交代に来る。彼らはどんなことを望んでくれるのだろうと思いながら、ティアラとステイルと共に階段を降りた。
そのまま頭の中だけでぼんやりと先ほどのエリックからの願いを思い出す。
「…………。」
何故、〝それ〟を願ったのか。そのことはわからない。
とても彼らしい願いだとは思う。だが、それでもと考えてしまえばどうしても悩みは尽きない。叶えることは全く問題ない、むしろそれはそれできっと楽しいとそう思う。ただエリックへの感謝の意と謝罪がたったそれだけで済まされてしまうことだけはプライド自身、納得いかなかった。
……何か良い案はないかしら。
ぼんやりと思いながら、プライドはティアラに引かれて歩を進める。歩みながら笑うティアラが「さっきの御言葉、ぜひアラン隊長達にも言ってあげてくださいねっ」とプライドの〝おかえり〟を指して言えば、勿論よと同じ笑みで返した。
それを聞いたアーサーとエリックが、自分達と同じようにアランとカラムも窮地に立たされるであろうと確信する。互いに目だけを見合わせ、同じような強張った表情に更に顔が笑いながらも引き攣った。
朝食後、ステイルが急ぎ王配であるアルバートに呼び出された後になった時も二人の杞憂は晴れなかった。