作品タイトル不明
そして行き着かない。
『はやくっ…‼︎帰りたいんです…‼…っ、…帰らないと…お姉様の、もとに…‼︎王位継承権放棄もまだっ…認めて貰えてないのにっ…私、は…‼︎』
そう言って必死に帰国を訴えるティアラにセドリックの覚悟は決まっていた。
ティアラをフリージア王国へ一刻も早く帰らせると。
ただでさえ、一年前にランスが乱心したと報せを受け、今すぐにでも自国に帰りたいと願ったセドリックには痛いほどその気持ちも覚悟もわかってしまった。だからこそ
『兄貴、兄さん。………少し、良いか?』
そう言って、兄二人を呼んだセドリックは部屋にティアラと彼女の侍女達だけを残して廊下に出た。
扉を閉じてすぐ、ランスはセドリックに「どうした」と話を促した。わざわざ部屋の外に出したということは、ティアラに聞かれたくない話だということは明白だった。一度言葉を選ぶように黙したセドリックは、二人に視線を注がれているのを確認してから閉じた口を開いた。
『……書状は、受け取らなかったことにしてくれ。』
声を潜め、最初に言ったのはそれだった。
二人がそれぞれ同時に聞き返し、まさかと思えばセドリックからの返答は恐ろしく予想通りのものだった。
『俺は兄貴達にフリージア王国からの書状を揉み消した。その前にサーシスを飛び出したことにして欲しい。俺はティアラを連れて船でアネモネに向かう。』
そう言いながらランスの手から書状を強引に奪い取り、文字通り二人の目の前で握り潰した。
落ち着き払ったセドリックのその声は、既に覚悟を宿していた。
だが、だからといって一言で応じる国王二人でもない。お前は‼︎、セドリック、と呼びながら彼を説き伏せるべく声を抑えて二人は順番に彼に言葉を返した。
『そんな嘘でローザ女王を誤魔化せるわけがないだろう!どちらにせよ、瞬間移動されたティアラ王女をハナズオから追い出せばこちらの責任だ。』
『保護を任されたティアラ王女を帰国させて、もしものことがあったらどうするつもりだい?フリージア王国も、危険だからこそ彼女を国から遠去けたんだ。わかっているんだろう⁈』
窘めるように言うランスの言葉も、最後には思わず強めに声を上げてしまうヨアンの言葉も尤もだった。
そしてセドリックも、それは言われる前から自分でもわかっていた。女王であるローザを含め、自分を信用して任せてくれたステイル達をとうてい欺けないこと。ティアラの気持ちがどうあれ、危険だとわかっている場所に連れて行くよりも心を鬼にして安全なハナズオ連合王国で保護することの方が彼女の為であること。そしてそれをわかった上で、セドリックは二人からの言葉にも頷いた。腕を組み、「その通りだな」と肯定しながら決めていた言葉を二人に投げ掛ける。
『だが、我が国の責となる程度の理由で、プライドを見殺しにしても良いのか?』
その言葉に、二人は同時に押し黙った。
セドリックの真っ直ぐな眼差しと共に放たれた言葉は、嫌味でも揺さ振りでもなく純粋な疑問だった。自国が責任に問われることを〝程度〟と言われたことは二人とも気にはならない。むしろ今のセドリックの台詞だけならその通りだとも思ってしまう。
当時、セドリックが色々やらかしたにも関わらずハナズオ連合王国がフリージア王国と同盟を結べたのはプライドの恩恵だ。何より、彼女のお陰で自国はラジヤ帝国の侵略から救われた。にも関わらず、フリージア王国から責任を問われることを恐れてプライドを見殺しになど出来る訳がない。
たとえフリージア王国から同盟破棄されようとも、その程度であればランスだけでなくヨアンにもプライドの為に立ち上がる覚悟は既に出来ていた。
問題は〝程度〟発言ではなく、その後だ。セドリックが当然のように放った言葉がどうにも二人には引っかかる。
『…………見殺し、とはどういうことだセドリック。』
少しの間の後に口を先に開いたのはランスだった。
眉間に皺を寄せ、尾ひれを付けた言い方とも思えないそれをききのがせない。ランスからの問い掛けにセドリックはランス、そしてヨアンとも目を合わすと扉の向こうに聞こえないようにと更に声を低めた。
『……ティアラがあそこまで帰りたがる理由は明確には俺にもわからん。だが、賢い彼女が女王の命令に背き、危険を顧みずに帰りたいと望むのであれば確実にそれはプライドの為だ。』
『どうしてそう言い切れるんだい?』
今度はヨアンがすぐに尋ねた。
ティアラが向こう見ずにただプライドが心配だ離れたくないという理由だけで我儘を言っているとは二人も思わない。だが、そこまでセドリックが断言できる理由がどこにも見つからなかった。
ヨアンからの問い掛けにセドリックは自分の胸に手を当て、はっきりと自信を持って言い放った。
『アイツはプライドの為に自らの欲求を殺し続けていた……‼︎ならばあそこまで欲し望むのもプライドの為以外あり得ない。確実にプライドの身に危機が迫っているということだ……‼︎』
声を殺し、噛み締めるように言い放つセドリックに二人は目を逸らせなかった。
互いに目配せしたい欲求よりも、セドリックの瞳の焔が力強く燃えていることの方に目がいってしまう。しかも自分の胸を示しながら語るセドリックは、まるで自分のことを話しているかのようだった。どこか違和感と既視感を覚えながら見つめ返していると、さらにセドリックは二人を説得すべく言葉を重ねた。
『ティアラは、プライド達にも言えぬ秘密を抱えている。それがあの焦燥の理由だと俺は思う。』
『秘密……?先程から帰国したい理由を濁されていることとも関係があるのか。』
セドリックと同じように腕を組んだランスが、険しい表情のまま考えるように唸る。
帰国を望むティアラが、話を聞いてもどうしても理由を濁す。とにかく帰りたい、帰らないといけないとそれ以上の理由を噤み続けることはランス達にも疑問だった。ヨアンもその疑問に同意するように頷いた。
実際、せめて理由だけでも話して貰えれば、ハナズオ連合王国としても対応できることはある。たとえばプライドの命を狙っている人物の正体を実は知っている、フリージア王国に裏切者がいる、人質を取られているなど、理由によっては大手を振ってハナズオがフリージアの為にティアラへ助力する理由にもなる。
しかし、ティアラは頑なにそれを濁して話そうとしない。
『俺はそう思っている。だが、言及するつもりはない。ティアラがプライドの為に隠し続けたいと望むならば、俺も知らないままが良い。指摘してもただ反感を買うだけだ。』
『ティアラ王女がプライド王女の為に隠し続けたい秘密……?セドリック。さっきから君のその確信はどこから来るんだい?』
あまりにもセドリックの発言は仮説にしては、確信めいていた。
そうだと決め付けているようにも聞こえる言い方も、確信の正体をヨアンが探る。すると、全く惑いもせずにセドリックは断言した。
『〝俺ならば〟そうするからだ……‼︎』
一際熱く燃えるセドリックの瞳に、ランスとヨアンは目を見開き息を止めた。
セドリックを誰よりも長く見てきた彼らだからこそわかる、彼のその確信の正体に。そして同時にこうも思った。
自分達はさっきまで一体〝誰の〟話を聞いていたのだろうかと。
ランスからすればティアラが誰にも言えない秘密を抱えているという辺りから、まるで……と一人の人物が何度も頭に過ぎった。セドリックが言及したくない理由もティアラから反感を買いたくないからではなく、もっと単純に〝自分はそうされたくなかった〟からだと思えて仕方がない。
更にヨアンにはセドリックがプライドとティアラのことを話し出した時点で、はっきりとそれが誰と誰に被るかまで確信を持って気付いてしまった。セドリックがそうまでして彼女を帰国させようとしている理由が、単純にティアラへの好意だけが理由ではないことも。
『そしてその〝秘密〟にプライドの危機か、救う手立てが秘められていると俺は思う。それならば国に帰りたいとティアラがあそこまで望むのも納得がいく。』
淡々と語るセドリックに、ランスもヨアンも未だに言葉が出ない。
筋は通る、納得もできる。だが、それよりもここまで話して置いてまさかセドリック本人自身が〝その〟可能性に気付いていないのかと二人は疑問に思った。敢えてティアラの為に伏せているのか、仮説段階だから言わないだけか。
どちらにせよ、もし〝そう〟だとすれば確かにティアラをこのままハナズオに留めてしまっては大変なことになる、と二人も背筋を冷たくさせた。
ティアラがそうまでして帰りたいと思う程の悲惨な未来を〝予知〟したのだとすれば。
プライドの為に誰にも言えず、隠し続けなければならない秘密。
プライドの危機を予見できた秘密。
プライドを救う手立てを得られる秘密。
そして〝神子〟を隠し続けていたセドリックが自分とティアラを〝重ねて〟しまう理由。
ハナズオ連合王国の国王として、同盟国であるフリージア王国で、予知能力の貴重性も存在の重さも二人は充分に理解していた。もちろん、プライドが予知能力者である時点で数十年に一人しか現れない筈の予知能力者が現れるなど〝普通ならば〟あり得ない。セドリックから聞いた情報だけでは思い至ることも難しい。だが二人はすぐにその答えに行き着いた。今、自分達の目の前にいる〝神子〟を知る彼らにとって〝二人目の予知能力者〟は充分に考えつくものだった。
そして二人はセドリックにティアラと国を出る許可を与えた。
溜息と共に重くなった頭で頷き、「頼むから無茶だけはしてくれるな」「ティアラ王女も、そして君もだよ」とランスとヨアンが押さえた声で告げれば、セドリックの目は一気に輝いた。感謝する……‼︎とランスとヨアンの肩を片腕ずつで抱き締めた直後、セドリックは勢い良く再び扉の向こうへ飛び込んだ。
『ティアラ‼︎』
そうしてティアラに逃亡を宣言したセドリックが、バタバタと慌ただしく部屋から去った。
おろおろと状況が飲み込めないティアラと専属侍女達を眺めながら、ヨアンは改めて彼女の境遇を考えた。血の繋がった高潔な姉と血の繋がらない兄、そして自分の予想通りに彼女が予知能力を長年にわたりプライドの為に隠し続けていたとすれば。
そう思えば、今までのセドリックのティアラに関しての発言全てが納得できた。プライドに出逢うまで彼が自分の外見にのみ執着し、その中身を自らランスの為に殺し続けていたことをヨアンは知っている。そしてランスもまた戸惑うティアラを前に、一つだけ断言した。
『セドリックが。……貴方を裏切る事だけは決してあり得ません。それだけは、御安心下さい。』
裏切るわけがない。
セドリックがティアラを裏切ることは、過去の自分を裏切ることと同義なのだから。
絶対的な記憶能力で過去の忌まわしい記憶も全て傷痕として残す彼が、同じような立場でありながらプライドの為に立ち上がるティアラを裏切ることはあり得ない。それだけは彼の過去を知るランスもヨアンも自信を持って断言することができた。
そして深々とランス達へ頭を下げたティアラがとうとう着替えの為に客室へ移動し、セドリックが船を買い付けに行こうと急ぐ中で彼らは互いの表情を確かめ合った。
『ヨアン。…セドリックがティアラ王女に惚れてしまった理由の一端に触れた気がするのは私だけか…?』
『僕もだよ』
自分と似た境遇のティアラに惹かれたのも、そして力になりたいと思えたのも頷ける。
何より、ティアラに恋をしたと聞いた時にセドリック本人が話した「彼女を、幸福にしたいと思った」という言葉の意味も自分達が思っていた以上に深い意味があったのだろうと理解する。
ただし
……自分に似た境遇の女性に惚れるとは。
……自分と似た考えの人に恋しちゃうなんて。
ある意味、当時の自分の容姿を呆れるほど好んでいたセドリックを思い起こせば、彼が自分と似た人間を好きになったということに若干思うところはある。
だが、それでも一年前よりはマシだと。二人は言葉を合わせながらそう思った。
あくまでセドリックが目を向けたのが外見ではなく内面であることには変わりないのだから。
「むしろ。……お前が気付いていなかったことの方が私もヨアンも驚きだったが。」
ソファーの上で当時の記憶を既に五度は脳内で鮮明に再生したセドリックは、ランスの言葉に瞬きを繰り返した。
目を向ければ、ランスとヨアンが同じような表情でソファーからセドリックを目だけで覗き込んでいた。少し笑っているような眼差しにセドリックは唇をきつく結び、一筋の汗を伝らせながら喉を反らした。
確かに答えがわかってから思い返せば、自分の発言がティアラの予知能力を示唆していたと感じられなくもない。ティアラの隠し事を敢えて詮索しないようにと思考を止めていたことも原因のひとつではある。だが、それでもやはり納得がいかない。何故そうも確信を持ってティアラが予知能力者だと二人は気が付けたのか。数十年に一人しか現れない筈の予知能力者の二人目が現れたなどという〝突飛な話〟にランスだけでなくヨアンまで辿り着いたのか、国一番突飛な存在である〝神子〟のセドリックは不思議で仕方がなかった。
自身は船の中でティアラに打ち明けられるまで、その事実に全く気付けなかったのだから余計に。
「セドリックはいつティアラ王女の予知能力に気付いたんだい?」
むぐぐとランスに言葉を詰まらせるセドリックに、話の軌道を変えるようにヨアンが言葉を掛けた。
するとセドリックはピクリと肩を動かした後、ぼそぼそとした声で「船の中で……」と返した。するとすかさずヨアンは「打ち明けて貰えたのかい?」と尋ねる。当時のことを思い出し、眉を寄せながら頷くセドリックに「良かったね」と笑い掛ければポンッとセドリックの顔が赤らんだ。
「つまりは、それだけ信頼して貰えたということなのだから。凄い進歩だよ。」
照れるセドリックを可愛らしいと思いながらくすくす笑うヨアンに、ランスも「その通りだな」と相槌を打ちながら頷いた。
兄二人に喜ばれ、顔色だけでなく額から熱まで感じてきたセドリックだが、その直後に邪念を振り払うように「だが……」と声を暗く低めた。その答えに二人が口を意識的に閉じて注目すればセドリックは目を床へ落としながら続きを語った。
「……最終的には、やはり怒らせた。婚約者候補の再考からも外されるだろう。」
「「…………………………。」」
鬱々としたセドリックの声に、ランスとヨアンは言葉もない。
ランスの方はぐんなりと疲れ切った表情をヨアンに向け、ヨアンも引き攣ったぎこちない苦笑いをランスに向けた。セドリックからステイルに瞬間移動されるまでの顛末を、……当然ティアラとどのようなやりとりがあったかも聞いた二人は、どうにも言葉が見つからない。
落ち込んでいるセドリックに真実を諭すべきか、笑うべきか、鈍すぎると怒るべきか。落とし所がわからずに結果として呆れることで落ち着いてしまっていた。
セドリックがティアラを怒らせただけだと勘違いしているのはわかった。真っ赤な顔でセドリックに怒鳴り、去って行ったティアラの態度に勘違いしたのだと。だが、しかし
「……セドリック。お前はティアラ王女からの頬に受けたものが口付けだという自覚はあるのだな?」
ボンッッ‼︎‼︎と、ランスの言葉に一気にセドリックの顔に火がついた。
火災が起こったかのように内側から身を燃やすセドリックは、一気に身体の動きを停止させた。硬直し、また石像と化した彼の脳だけが凄まじい勢いで鮮明にあの瞬間を繰り返し高速再生する。顔が塗ったように真っ赤になるセドリックに、ランスは大きく溜息を吐くと「しっかりせんか!」と乱暴に頭を鷲掴んで直接振った。
ぐあっ⁈と短く呻くセドリックが、また何度も瞬きを繰り返す。何をする⁈と声を上げて鷲掴むランスの腕を掴み返してからやっと手を離される。
「さっきの話じゃ〝褒美〟に……と言っていたけれど、ティアラ王女がそう言ったわけではないのだろう?」
ランスに続き、助け舟を出すようにヒントを投げるヨアンにセドリックは「違う」と首を振った。
既にティアラが何と言って扉の向こうへ立ち去って行ったかも話したセドリックだが、何故ヨアンがわかりきったことを確認してくるのかわからない。
未だ顔の火照りも発熱に治らないまま、片手で口を覆うようにして押さえつけるセドリックは背中を丸くし、くぐもった声で返事を返した。
「だが、誓いでも証でも……礼でもないならばそれしかあるまい。」
自分を嫌うティアラがよりにもよって誓いや証を与えてくれるとは思わない。女王であるローザへの進言と提案も、結果としては勝手な行動でティアラに泣くほどの屈辱を与えてしまった。そんな自分に苦情こそ言っても礼をする訳がない。ならば残す選択肢は〝褒美〟しかセドリックには思い当たらなかった。
たとえどれほど不快であろうとも、心優しいティアラがセドリックからの心遣いと奮闘を労って〝褒美〟を与えてくれた。自分からの好意を伝え済みであるティアラが、それを理解した上で〝お情け〟と優しさで口付けをしてくれたのだろうと思う。
セドリックの顔が真っ赤に火照っているに反して、あっけらかんと冷めきった返答にランスとヨアンは頭を抱え、うな垂れた。どうした、体調でも悪いのかと尋ねるセドリックに二人は顔を見合わせることもせず力なく口だけを動かした。
「セドリック。……いつか本当に振られても私は知らんぞ。」
「ごめん、セドリック。僕らの教育にも問題があったかもしれない……。」
何故か重々しく、そして呻くように言う二人にセドリックは首を大きく捻った。
振られるも何も自分は昨日の時点でティアラに振られている。更には何故このタイミングでヨアンに謝まられているのかもわからない。
疑問が疑問のままに「どういう意味だ?」と二度首を傾げて尋ねたが二人からは呻きしか帰ってこなかった。更に追求を繰り返すセドリックに、ヨアンは悪いと思いながらも「ティアラ王女からの口付けは他言しないようにね」と念を押せば再び思い出したセドリックが再び発熱し固まった。
石像になったセドリックを今回は手もつけずに放置しながら二人は考える。何故、神子と呼ばれ天才と言っても足りないほど頭の回転も速い筈のセドリックがこんな簡単なことに気がつかないのか。
ティアラがどれほど、鈍いセドリック相手に健闘して意思表示してくれたのかと考えれば彼女に平謝りしたくもなってしまう。
女性からの頬への口付け。それが誓いでも証でも礼でもないとすれば、その意味など
〝好意〟しかないではないかと。
しかし、ティアラの気持ちを数パーセントも理解できていないセドリックにそれ以上は敢えて教えてやらない。
あくまでその事実は第三者ではなく、どれほど時間が掛かろうともセドリック本人に理解させるべきだと二人は決めた。
口を噤み、肩を落とし、首を垂らし、顔と共に赤く染まった後ろ首に触れながら、セドリックは耐え切れず頭を抱え込むようにして蹲った。茹だった頭で必死に理解しようにも、その為にティアラの言動を思い出せばまた鮮明にあの口付けを一瞬一瞬感覚までもが蘇らせてしまう。彼女の長い睫毛の先から、花のような甘い香りも触れた柔らかな金色の髪、蕾のように小さな唇の感触すら思い出しては頬が疼く。思い出せば思い出すだけ顔が熱くなり、思考が止まる。しかも、その前後のティアラの怒った顔までも何度も何度も頭で飽きる程に繰り返し思い出せば、その表情すら愛らしく思えてきて仕方がない。彼女は真面目に怒り、自分が傷付けた本人だというのに不謹慎にもほどがあるとセドリックはとうとう自身の頭を金色の髪ごと掻き乱した。
自ら髪型を乱すセドリックに、ランスは再び膝に頬杖をつきながらしみじみと感慨深く眺めた。ヨアンもそれを眺め、息をゆっくり吐き出しながら背もたれに身を沈めた。
目の前の弟が、初恋を実らせたことを自覚するのは恐らく常人の倍以上は掛かるだろうと、二人は思う。だが、同時に
「…………帰ってきたな。」
「うん。……そうだね。」
また彼らの愛した日常が帰ってきたのだと。
ランスとヨアンは小声で唱え合った後、口元を緩めて目を閉じた。
来たるフリージア王国の祝勝会に今から胸を躍らせながら、赤色に染まったティアラの顔と花のように笑うプライドの笑顔を思い浮かべた。