軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

587.宰相は思い馳せる。

「……なるほど。つまり今はフリージア王国では、近親婚や国内婚などという制限はないと。」

終わりました、と彼は纏めてくれた報告書を宰相である私へ手渡した。

礼をしながら受け取れば、彼はまた確認を取った後に机の書類を円滑に回収していく。やはり彼もなかなか仕事が早い。

「ええ、もちろん数百年前までは厳しいものでした。王族は王族の血を引く近親婚のみ、国民すら国外の者と結ばれることを固く禁じられておりました。」

「外交が行われるようになってから少しずつ撤廃はされましたし、百年以上前に特殊能力者が国内でしか産まれないと判明してからは王族での婚姻制度も見直されましたが。」

私に続けて、ステイル様が補足をされる。

書類を片手に椅子へ腰掛けながら、眼鏡の黒縁を押さえた。杖を机に立て掛け、眉間に皺こそ寄せているものの目を通す姿は大分寛いでおられるようにも見える。いつの間にか私の部屋でも寛げるようになって下さったと思えばつい口元が緩んでしまう。

奪還戦も収束が進み、ラジヤ帝国との条約締結を除けば残すは城下の整備のみ。

ヴェスト摂政と王配であるアルバートはそれぞれ国外、国内の王族貴族に書状を出す準備を進めている。特にヴェスト摂政はローザ様の命により、捕縛者や捕虜、衛兵や騎士団を含め城内の者達への〝確認〟でお忙しい。

更には条約締結次第ラジヤ帝国の陰謀と我が国の勝利を大々的に報せなければならない。

国内の貴族と件の二国には祝勝会の招待状を出し、祝勝会後には早速国外へプライド様の回復について報せを出す準備を行わなければならない。

書状こそ、未だにローザ様とアルバートが直接手掛けているが、それを抜いてもやはり上層部は未だ暇のない日々を送っている。

私も国内の情報統制を含めての城下の復興、そして捕縛した我が国の奴隷被害者と捕虜にしたラジヤ帝国の者共の法的処理作業を進めていた。

負傷したステイル様は、プライド様同様暫くは安静という形で公務からも遠ざけられていた。……が、とうとう明日には杖も不要になると医者から診断が降りた今日、耐え切れず自らヴェスト摂政へ仕事の助力をと進言された。

プライド様と救護棟にいる二名の見舞いを終え、特殊能力で部屋まで送ってから、ステイル様のみ公務へ戻られることになった。

恐らく、昨日ティアラ様と共に私へ相談に来られた一ヶ月後の件の為もあるだろう。私からステイル様と共にアルバートやローザ様方へ進言し、無事許可を得た。それからはステイル様の意欲は一段と高まっておられる。

結果、祝勝会関係全般の企画をステイル様はヴェスト摂政に任され、私がお力添えを任された。今もその為に私の執務室の一角で作業を続けておられる。あの厳しいヴェスト摂政がステイル様に一任したことも、今回の奪還戦で王族として騎士団と共にラジヤ帝国への迎撃と防衛を担った功績が大きいだろう。

始めて正式に任された大任からか、ステイル様はリストを確認しながら今も僅かに眉間に皺を寄せておられた。

しかし、こうして私達の会話に加わるほどの余裕があるということは、問題もないだろう。先に奪還戦という比べ物にならないほどの大試練を果たした彼に、私個人としては何の力添えも必要ないと思えるほどに全く憂いはなかった。実際、今も要所で確認はさせて頂いているが、これといった問題はない。

私は「流石です」と言葉を返しながら、改めてステイル様から彼へと目を向ける。興味深そうに耳のみならず顔ごとステイル様へ向けられた彼もまた私へ視線を移した。正面から笑んでみせ、再び私は話を続けて語る。

「そして近年では新たに王女の婚約者選定方法に改定を。……これは、セドリック王弟殿下もご存知のことと存じます。」

私の言葉にセドリック王弟は「是非詳しく伺いたい」と、その瞳の焔を煌めかせた。

私はそれに頷いた後、報告書を纏めてくれる彼に改めて感謝の意を示す。

「本当に申し訳ありません、セドリック王子殿下。ハナズオの王弟であらせられる貴方にまでお手を借りることになるなど。」

「いえ、私のことで手間をお掛けしているのですからこの程度は当然です。ジルベール宰相殿にこうしてお話を頂けること、感謝の念に堪えません。」

本当にありがとうございます、と笑う彼の顔つきは一年前とは別人のように落ち着き、風格すらも感じられた。

二時間ほど前、ローザ様達にプライド様の心身の無事を報告し終えた後。

私は保護した奴隷被害者への判断の為に必要な資料を確認すべく城内の図書館へ足を運んだ。本来ならば従者に任せることもできたが、古い書物な上に巻数も多かった為、私自ら取りに行った方が早いと判断した。そして足を運べば……思わぬところでの巧妙が彼だった。

ローザ様から滞在の許可を得てから、見舞いや挨拶以外は殆ど図書館へ篭って居られるセドリック王弟は集中した様子で書物を読み込んでいた。

私が声を掛ければ、最初こそ激しく肩を上下されたが、軽い雑談の中で私が探している特殊能力に関する資料の話をすれば迷わず膨大な書物から一冊を見つけ出してくれた。

奪還戦前には特殊能力に関しての書は読破済みだったという彼は、今はまた別の事項について知識を蓄えているとのことだった。更に話を聞けば、彼が今深く知りたいという内容は詳細が一般向けの書物にはあまり記されていない。我が国の王族でも国際郵便機関が未発表の今は上層部とも呼べない彼に目を通せる資料は限られている。

本を見つけてくれた礼に、私からお教えできることであればお応え致しますと提案すれば、彼は前のめりに応じた。業務中ではあった為、仕事をしながら片手間に話す事になるがと私の執務室へ招けば、自ら手伝いも望んで下さった。

執務室へ入る前から「私が見てはならない資料などは隠して頂きたい」と自らの記憶力の良さから心配されたが、今の私の業務内容には大して見られて困るものも無い。ステイル様の方も同様であると伝えれば、安堵するように息を吐かれた。

そして彼、なかなか仕事が早い。

いや正確には私の仕事の補助が、というべきだろうか。

最初は彼には私の部屋にある資料から必要な書籍を抜粋することを頼んだのだが、部屋をぐるりと見回しただけで部屋中にある書籍の位置を把握して的確に用意してくれる。

私も自室や入り慣れたアルバートの部屋ならば同じようにできるが、入ったこともない部屋でこの動きはあり得ない。彼の記憶力を知らされなければ、知らず内に私の部屋に侵入したことでもあるのかと疑ったところだ。

彼の資料を出すのが予想外に早すぎる為、今は試しに城下の報告書を纏める作業を任せている。膨大な各箇所の復興状況と進捗具合、民の要望、衛兵や騎士団など方々から提出され、上層部により纏められ厚くなった資料も一度全てに目を通し終えた彼は、二度は資料に目を通すことなくペンを走らせた。流石は王弟、そして若くして国際郵便機関の最高責任者である郵便統括役を任された方だ。

お陰で話しながらでも充分に効率が上がっている。彼もまた、私の話を聞きながら全くペンの速さは衰えない。これならば早々にアルバートの仕事も手伝いに入れそうだ。

私は彼に話を続けながらペンを走らせる。ステイル様も時折話の内容に顔を上げられたり、会話に入りながらも己が仕事を続けておられた。

「……そして、一人娘でしたローザ第一王女が婚約したのが現王配であるアルバート第二王子。王配殿下もまた、我が国の人間ではありません。」

とうとう端から全て話し終わり、あとはセドリック王子殿下の知るところですと締め括れば彼から感謝の言葉が返された。

かなり長く、果てしない話にはなってしまったが、どうやら飽きさせず期待に応えられたらしい。笑みで返せば、私へ向けた彼の瞳の焔が明るく燃え上がっていた。本当に良い王子……いや、王弟だ。一年前の彼とは別人だと何度も思ってしまう。今や仕事も優秀な上に人柄としても申し分ない。些か我が国の者には王族として必要より腰が低い気もするが、…………。

「……セドリック王弟殿下。奪還戦の折は本当に無礼な事を致しました。騎士達の分も、改めて御詫び申し上げます。」

ふと、思い出したことに改めて私は頭を下げる。

私が席から立ち上がった途端に、頭を下げる前からセドリック王弟は狼狽えられた。「とんでもない!」と声を上げる彼は、慌てるように私に頭を上げるように願う。

ステイル様もそれを見て、席からは立たないまでも姿勢を正して頭を下げられた。その光景にセドリック王弟は更に慌てふためきペンを落とす。

「寧ろ、お詫びするのは私の方ではないかと!勝手に介入した上にフリージア王国の指示にも背き、フリージア王国が誇る騎士の方々にも……‼︎」

そう言いながら、セドリック王子の顔は思い出すように青く引いていた。

奪還戦直後も、ローザ様からの謝辞への反応から気にはなったが、やはり彼は事の重大さを把握していないのだろうか。

私から話すべきかとも考えたが、どちらにせよ明後日の話し合いに参加されるならばその時に知ることにもなるだろう。説明も必要であればその後に私から補足すれば良い。だが、彼がそれを自覚していなかったのだとすれば疑問が一つだけ残る。何故あの時彼は

騎士や我が国に背いたのか。

一年前の防衛戦の恩からか、彼は王弟にしては腰が低い。

我が国の王族のみならず、私や騎士団……それどころか直接は関わっていない上層部や城の衛兵や侍女にまで。

にも関わらず、あの時だけは違った。彼はステイル様のみならず、目を覚まされたローザ様からの指示にすら歯向い、騎士相手にも力尽くで押し通った。

結果としてそれがプライド様を引き止める救いとなり、またティアラ様のことにより責任を問われる立場から一転した。しかし、どうやら彼はそれを知らず動いていたように見える。どこまで知っていたのか、どこまで理解していないままだったのか。

奪還戦直後、ローザ様から質疑応答もいくらかあったが、その際には最上層部と彼らだけだった。私も代理として城内への指示に回っていた為にその真相は知らない。

「…………セドリック王弟殿下。僕からも、一つ宜しいでしょうか。」

ステイル様から低く改まった声が放たれる。

書類を一度机に置き、今度こそ立ち上がったステイル様は返事を返したセドリック王弟へ向き直られた。杖を取り、瞬間移動を使わず敢えて一歩一歩その足でセドリック王弟の前まで歩み寄られる。

ステイル様の神妙な面持ちと、突然動かれたことにセドリック王弟も急ぎ机から立ち上がりその前へと歩まれた。

張り詰めるように姿勢を正し構える姿は、既にかなり緊張しているようだった。ステイル様が目前で立ち止まれば、セドリック王弟は喉を鳴らし筋の浮き出た首からは冷や汗まで滴った。

真っ直ぐとその燃える瞳を捉えたステイル様は、視線を伏せたかと思えばゆっくりとその腰を下り、……頭を下げた。

「ハナズオ連合王国へティアラを保護して頂く際、ティアラが承諾済みと偽り、無理に押し通したこと。……本当に申し訳ありませんでした。」

ステイル様に合わせ、私も再び頭を下げる。

セドリック王弟はステイル様や私が頭を下げたことに再び狼狽えたが、その言葉を聞いた途端、大きく目を見開かれた。

伸ばした背筋のまま固まり、今度はすぐには返事をされなかった。頭を下げるステイル様に視線を注がれ、少しずつ放たれた言葉を身の内へ飲み込まれるように下唇を噛み、結ばれた。

ティアラ様をハナズオ連合王国へ保護。その際に、セドリック王子へ説明と説得を自ら引き受けたのがステイル様だった。

どうやらステイル様はティアラ様が承諾済みと偽り、彼にティアラ様の保護を押し付けたらしい。実際、ティアラ様は瞬間移動される寸前まで拒んでおられた。今ならばその理由もよくわかる。

あの時はティアラ様の承諾よりも身の安全が最優先ではあった。しかし、同盟国の王弟に偽りを伝えて了承を得たことは問題でしかない。

ティアラ様の承諾無しにでも彼が引き受けていれば、何ら問題はない。だが、そうでなければ先に取引を反故にしたのはステイル様ということになる。たとえティアラ様が一人でフリージア王国へ戻ろうとも、先に偽ったのがフリージア王国だと言われれば非はこちらにある。

恐らく、ステイル様はそれでもセドリック王弟ならばフリージア王国の願い通りにティアラ様を保護してくださると考えられたのだろう。ハナズオ連合王国の防衛戦での恩、そして国王二人やセドリック王子の人柄を鑑みての確信された。……結果はステイル様の予想を遥かに上回ることになったが。

そして、セドリック王弟は即日にティアラ様と共にフリージア王国を目指し、今の今までステイル様から偽りの説明で承諾を受けたことを口外されなかった。

「…………っ。……ステイル王子殿下。お言葉ですが、それは私にではなくどうかティアラ王女にお伝え下さい。」

暫くの沈黙の後、セドリック王弟は重々しく口を開かれた。

ステイル様に頭を上げるように願われた後、彼は言いにくそうにまた唇を結び、その目を伏せられた。ステイル様が無言で見つめ返し、続きを待てばセドリック王弟はまた無理に動かすように口から言葉を紡ぎ出す。

「私には、いくら何をしても構いません。私は貴方方にそれほど多大な無礼も偽りも犯し、……御迷惑をかけ、当時プライド王女にも、許されぬ事を犯したのですから。」

一言ひとこと言いにくそうに語る彼は、言葉よりもステイル様に対してそれを放つ事を苦しむように顔を歪められた。

しかし、何とか言い切った後にはステイル様と目を合わし、再び詰まらせるような声で続けられた。

「ティアラ王女は、……悲しんでおられました。国を無理に離され、慕っていた貴方にも突き離され、ですがそれでも。……彼女は、ずっと貴方やプライド王女の身を案じておられました。」

そう語る彼の瞳の焔が哀しげに揺れ、ステイル様もその言葉に背中を重くするように僅かに丸め、漆黒の瞳を逸らしたまま揺らされた。

降ろした拳を握り、眉間に皺を寄せながら唇を噛み締める姿からは罪の意識が感じられた。

「どうか、彼女に伝えて差し上げて下さい。そして願わくば、塔の上で彼女の言葉を聞き届けて下さったように、この先も彼女の味方で居て頂きたい。……私には叶わずとも、兄である貴方ならば。」

そこまで言った彼は、頭を下げた。

失礼な言葉をどうかお許し下さいと謝罪する彼は、また腰が低くなる。しかし、頭を下げる前に放った最後の重々しい言葉は酷く悲痛に聞こえた。

彼もまた、恐らく二日後の話し合いでどのようなことが起こるのかもある程度予想はできているのだろう。先ほど私に求めた話もその関連であったと考えれば、頷ける。

ステイル様もまた、言葉が出ないようだった。長い沈黙の後、消え入るような声で「わかりました……」と返された。それを聞いてやっと頭を上げたセドリック王弟は安堵するように柔らかくステイル様へ笑まれ、感謝された。

……そう、表には出さずとも、あの奇跡を知る誰もが胸の内では危惧している。

ティアラ様の予知能力開花。

それにより、ティアラ様の立場は大きく変わる。単なる第二王女という立場から、全く異なる審判の台へと上げられる。明後日の検討会によるローザ様達の判断によって、彼女の婚約者候補のみならずその未来も変えられてしまうだろう。

『ッお願いします…‼︎どうか、あの事はっ…!』

一年前の、ティアラ様のお言葉を思い出す。

お優しいあの方の力になれればと、何よりティアラ様の望みは私も心から望むものでもあった。だからこそあの時も承諾した。しかし、……それも今や水泡に帰してしまった。プライド様という名の一つの救いと引き換えにティアラ様の未来は

望まぬ冷戦か、断絶。

争うか、我が国から完全に姿を消すか。

その二つしか行き着く先をなくしてしまったのだから。