作品タイトル不明
528.義弟は睨む。
「ッ大変お待たせ致しました‼︎」
珍しく慌ただしいジルベールの声が、騎士達の足音と共に隠し部屋へと飛び込んだ。
予定していた三時間後よりも遥かに早いジルベールの到着にステイルは心の中でのみ胸を撫で下ろしながら「遅い‼︎」と反射的に叫んだ。
「ッ怪我は⁈騎士達にも負傷者はいませんか⁈」
続けて言うステイルの言葉にジルベールが即答する。
背後に控える騎士達から他の十番隊はそれぞれの援軍に向かったと聞き、やっと肩の力が抜けた。騎士団長と副団長のロデリックとクラークも無事に合流した十番隊の騎士達に確認を取った後、彼らを他の騎士達と同じく部屋の外へと配置する。その間にもステイルはジルベールと早口で状況整理と把握を進めていった。
プライドとアダム達の行方不明からの正午前の襲来、直接目にした迎撃状況を確認し合った二人は数秒考えるように黙す。そして最初に口を開いたのはジルベールだった。「……あくまで、憶測ですが」と一言きり、顔を上げたステイルや意識を向けるロデリック達にジルベールは躊躇うように語った。
「状況から考えても情報が漏れたと考えにくい今。残された可能性は、プライド様の予知ではないかと。」
予知。
その言葉に誰もが目を見開いた。プライドが操られ、敵方に通じている今、確かにその可能性は大きかった。今まで何度も予知をしてきたプライドが、自分達の動きを予知したというのならば先手を打たれたことも充分納得できる。
ジルベールの言葉にステイルは眼鏡の黒縁を押さえつけながら歯噛みした。今まで何度もプライドの予知を目にしておきながら、その可能性に考えが及ばなかったことが腹立たしい。プライドが操られている、助けてみせるという考えばかりに気を取られ、大事なことが抜け落ちていた。
今の彼女は、敵でもあるのだと。
フリージア王国の多くを知り尽くし、次なる王の啓示と呼ばれた特殊能力を持つ第一王女。
よくよく考えれば、最上層部三人がアダムの手に堕ちたのもプライドの手腕が大きい。どこにどのような警備が置かれ、どのような特殊能力者が配備されているかも全て理解しているからこそ、玉座の間までラジヤ帝国は侵入ができたのだから。それに加えての予知能力。改めてプライドを敵に回すという厄介さを思い知らされながら、ステイルの頭に再び記憶が過ぎる。
『…私がっ…最低な女王に…ったら』
「……っ。」
許すものか、と今度こそ心の底からそう思う。
腰に剣が差されていることを手だけで確認し、窓の外に目を向けた。城門は見えないが、騒ぎ声と銃声がはっきりと耳に届いた。
「ッ僕の代わりはジルベール宰相に一任します。ジルベール宰相に付いていた騎士をお貸し願います。僕はこれから姉君を探しに出ます。」
「!お待ち下さい、ステイル様。いま本陣を出られるのは危険です。捜索隊ならば衛兵にお任せ下さい……‼︎」
扉に向かい足早に去って行こうとするステイルをジルベールが引き止める。更に扉近くに居たクラークもそっと立ち塞がるように位置を変えた。
あくまで死守すべきは女王であるローザ。ただ、彼女が意識不明である以上は代理で敵へ降伏する権利を持つプライドとステイルは死守すべき存在だった。更には特殊能力どころか、手枷で封じられている彼を戦場に出させられるわけがない。
「……城に侵攻される前には戻ります。これだけ時間が経って尚、姉君が見つかっていないのも事実です。僕ならば城にも姉君にもそれなりに詳しいつもりですし、一番効率的に見つけられます。」
「ステイル様、避難誘導が終えた衛兵も今頃は捜索に加わっている筈です。もう暫く戦況を見てからになさった方が」
「今も姉君があのアダムと共にいるというのにか?」
ステイルの鉛のような声がジルベールの言葉を押し潰す。
ズン、と音すら聞こえそうな言葉に思わずジルベールは口を噤んだ。口の中を飲み込み、瞬きも出来ずにステイルを見返す。
ジルベール自身、アダムという男の人間性も異常とも呼べるプライドへの執着もその目にし、理解していた。今、こうしている間もプライドが心身共に無事である保証はどこにもない。寧ろ今のプライドは嬉々として自分を粗末に扱うことに喜びを感じているのだから。
早く、早く、早くプライドを。といくら冷静を取り繕うとも酷く急き立てられる。ジルベールが本陣に合流次第、すぐにでもプライドを探しに向かうと決めていたステイルにとっては譲れない。既に城門前まで敵が迫っている今、本格的に敵が城内に攻め入り始めればそれこそ本陣から出られなくなることは目に見えていた。だからこそ今のうちにでもプライドの捜索にと。そう思えば思うほどに気が逸る。
「ですが」と、ジルベールが言葉を絞り出す間にもステイルは扉にまた一歩近付いた。だが、クラークに並ぶように今度はロデリックまでもが立ち塞がるようにして扉の前に立った。
真っ直ぐに意思を丸ごと投げ込むかのように視線を注いでくる二人に思わずステイルも足を止めた。ステイルにとっても邪険に扱えない相手である、二人に。
すると後を追うようにジルベールがステイルの背後についた。三人に挟まれ、逃げ場を奪われたステイルが八つ当たるようにジルベールへ振り返り、睨む。だが、ステイルの言葉よりも早くジルベールが今度こそはっきりと彼を諭すべく口を開いた。
「ステイル様、一年前にお伝えした筈です。貴方も今や我が国の大事な御方であると。」
どうか今一度思い出して頂きたい、と語るジルベールにステイルは苦々しく顔を歪めた。
拳を握り、嫌でも頭には一年前のジルベールの言葉が蘇る。防衛戦で崩落する南棟から戻ってきた時、言い聞かされた言葉だ。
『貴方様が危険に身を晒せば胸を痛める者が必ずっ…此処に、います…‼︎』
そう、続けられた言葉だった。
ステイル自身、あの時の言葉を聞き流したつもりはない。そして今、まさに同じ過ちをしようとしていたのだと思い知らされる。僅かに険しくさせた表情のままロデリック達にもジルベールにも向けられずに視線を彷徨わせ、唇をきつく結んだ。理解はした。本当に正しい判断が何かも、今はわかる。……だが、それでもと。
ステイルは結んだ下唇を噛み、うっすらと血が沁みた。「わかってはいます」と堪えるように低めた声で返したステイルは息すら潜め、最後に大きく吸い上げた。
それでも、自分は行く必要がある、この場で止まるなどできるわけがない、相棒であるアーサーに報いる為に、何よりプライドを守るという十年前の誓いを守る為にと。そうステイルが言葉の順序も飛ばして想いを吐露しようとした、その時だった。
『ッこちら国門‼︎‼︎遠方より更なる軍団の影を確認‼︎……ッ……〝ラジヤ帝国〟です‼︎』
通信兵の映像から更なる危機の報せが放たれたのは。
誰もが映像へと振り返り、息を飲む。視線の先には国門からの映像が浮かび、状況を映す。国門の上からの視点らしき映像には、今もなお攻め込み続けているラジヤ帝国軍。その遥か後方に新たな軍団が近付いている様子だった。その旗は、間違いなくラジヤ帝国のもの……ではなかった。
「……ラジヤ帝国の、植民地国ですか。」
ジルベールが感情の籠らない声で虚空へ投げるように呟いた。
侵略国、ラジヤ。その支配下に堕ちながらも国としての形のみ保った植民地国が牙を剥く。アダムが根城にした属州とはまた別のフリージア王国へ直接進行できる範囲にある配下国。各国ごとの軍規模は比較的小規模だが、その総数は侵撃してきたラジヤ帝国軍と大差なかった。
映像からそれを確認したロデリックは、各陣への報告と補給の確認を急がせた。各陣へ新兵に補給を命じるように指示を飛ばす中、ステイルは完全にその足を止めざるを得なくなった。
既に侵攻が進んでいるラジヤ帝国。そこにほぼ同数の増援。事態が更に急変と悪化することはステイルでなくても目に見えている。城内にラジヤ帝国軍が攻め入ってくることも時間の問題だった。プライド捜索の猶予などあるわけがない。
そうこうと考えている間にも映像から「雪崩れ込んできます‼︎」「無人の貨物馬車が飛び込んできます!爆発物の可能性も」と報告が立て続く。苛立ちのままに口の中を噛み切り、鉄の味で満たしながら目の前に映し出される現実を睨んだ。
もう、自分はまた動けないのだと。それを静かに理解して。
直後、嫌でもステイルは思い知らされることになる。侵略国ラジヤ帝国の脅威と
一年前に放たれたジルベールの言葉の、真意を。