軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.極悪王女は月夜に訪問する。

夕食の時間も、今日は疲れているからと同じ理由でステイルは部屋で食事を済ませてしまった。やっぱりこちらもゲームのように忍び込むしかない。

一つ下の階だし窓からシーツを束ねて侵入してみようかとも考えたけれど、前回ロッテ達に迷惑をかけたばかりでそれはできない。それに前世の記憶があるとはいえ、王女が安易にそんなはしたないことをする訳にもいかない。

ならプライドは?私ならどうやってゲームのようにステイルに会う⁇私ならー…

そこでピンっときて思わず私はニヤリと笑ってしまう。ああ、やっぱり私はあの腹黒なプライド王女なんだわ…

部屋から手頃な本を持って私は堂々と深夜、ステイルの部屋に向かった。部屋の前まで行くとやはり衛兵が二人並んでいる。

「プライド様」

衛兵早速私に気づく。私はそれをにっこりと笑って返してみせた。

「ステイルに本を読んであげたくて。あの子まだ読み書きできないでしょうから、父上もそれは良いって。」

私の部屋の前の衛兵にも同じことを言って出てきた。嘘だけど父上の名前を出せば駄目とは言わない筈だ。

案の定、衛兵はさらりと私を中に通してくれた。

「ステイル…?入るわね。」

部屋は既に真っ暗だ。扉が閉ざされ、窓からの月明かりだけを頼りに目を凝らす。

「プライド様…。僕に何か用ですか…」

いた。

ベッドの上で膝を抱えて彼はそこにいた。

顔を上げるとお昼にあった時よりも酷い表情だった。

「夜中にごめんなさい。明日の契約の前に貴方とどうしても話したかったの。」

怖がらないように、怯えられないように。ゆっくりとステイルに近づく。まるで野生動物を相手にしているようだ。

ステイルは「第一王女殿下が僕に話…?」と首を傾げた。

「ねぇ、ステイル。貴方のお母様に逢いたい?」

ぴくっ、と始めてステイルの表情がはっきりと変わった。

ああ、この言い回しとかもゲームと全く一緒!そうやってプライドは契約書を見せるのだから。

なんだか最近追体験をしているせいかあのゲームを割と鮮明に思い出せるようになってきた気がする。

私はそこで服の中に隠しておいた物をステイルに見せる。

「それは…?」

ステイルの目がどんどん大きく見開かれる。

「貴方のその枷の鍵よ。父上の引き出しからこっそり借りてきたの。これで貴方は逃げられるわ。」

そう、枷さえなければステイルは能力で瞬間移動して母親の元へ行ける。

ゲームの中でもステイルは瞬間移動で主人公を連れて城下まで飛んだり、プライドの命令で暗殺までしていたのだから。

ステイルの母親は第一王女補佐となるステイルを引き渡したことで城から沢山の報奨金を貰っている筈だ。その母親とお金を持って国外に逃亡なんて簡単な筈。そしたらステイルはー…

「だめです。」

きっぱり、と断られてしまった。

思わず私の方が呆気を取られてしまい、ぽかんと空いた口をなんとか動かして「どうして…?」と聞いてみる。

「母さんは、もう会いに来ちゃ駄目だと。プライド様に尽くし、私のことは忘れてお城で幸せになりなさいと言ってました。僕が前の家族に会いに行ったり、お城から逃げ出したら僕も、家族も酷い罰を受けるとお城の人がここに来る前に言ってました。僕は母さんが罰を受けるのは嫌です…」

ぎゅっと自分の膝を掴む力を強めながら、ステイルは下を向く。今にも涙が溢れそうな涅色の瞳は水面のように揺らいでいた。

そうか、だからゲームのプライドの「母親に会えるようにする」という条件を飲んだんだ。プライドやお城から公式に許可を得れば母親も罰を受けなくて済むもの。

…そんなこと、できる訳がないのに。

お城の決まりは強固だ。養子となった人間が元の、ましてや庶民に定期的に会うなんて許されることじゃない。暗殺や誘拐の心配もあるし、国民へ王族としても示しもつかない。そんなこと八歳の私でも大人達の話してる様子をみれば理解できる。

「最初お城の人が来た時は翌日にもと言われてすごい嫌で、沢山逃げたり暴れたりしました。でも王配殿下が二週間時間をくれて、その間にたくさん母さんと話しました。別れる日にはもう悔いはない、ちゃんとお別れもできたし、沢山貴方を愛せた、って…」

そのまま小さな声でステイルは「あんなに泣いていたのに…」と消え入りそうな声で呟いた。

「それに、僕が逃げたら今度は違う子が呼ばれますよね…友達で家族が妹しか居ない子がいて、彼も能力者で…僕の代わりに彼が呼ばれたら嫌だ…」

なんてことだろう。たった七歳で他の子のことまで心配してくれている。自分の浅はかさが恥ずかしい。

記憶が正しければ、ゲームではこんなステイルの心情を聞くシーンなんてなかった。

幼い少年の言葉一つひとつに胸が締め付けられる。本当に、プライドは…私はなんて最低な人間なんだろう。こんな、こんな子どもに

母親を殺させるなんて。

隷属の契約を交わされ、母親に会わせるのも嘘だったことを知ったステイルはプライドを憎しみながらも、命令のせいで隷属の契約を他言することもできず、プライドの思うがままに動かされ弄ばれる。そしてティアラの誕生日を前日に控えたその日、彼女は思いついたように言うのだ。

「そうだわ、ステイル。あの時約束したわよね?貴方の母親に会わせてあげるって。」

そういってステイルにナイフを手渡す。

「このナイフで誰にも気付かれずに母親を殺してきなさい。」

狼狽し何故そんなことを訴えるステイルにプライドは笑いながら「ああ、やっとその顔が見れた」と絶望一色のステイルに吐き捨てるのだ。そして、命令に逆らえず母親を殺めたステイルは酷い心の傷を残す。

でも、私ならやるのだろうな。きっと。

前世の記憶を思い出さなければ、我儘自由に過ごせていた私はこの残虐さを理解できなかったと思う。むしろ毎日、自分の玩具になったステイルがどうすればもっと凄い反応するか考えるだろう。

そう思うといま目の前に蹲っているステイルに贖罪の想いでいっぱいになる。

謝ろうにも何で言えばわからず、ただ不要となってしまった枷の鍵を握りしめる。

私が黙ってしまったことを気にしたのかステイルはそのまま言葉を続ける。

「こんな僕を気にしてくれてありがとうございます。プライド様で良かった…じゃなくて光栄です。鍵は要りません。どうぞ元の場所に。明日はよろしくお願いしま…」

気がつけば、私は小さなステイルの身体を抱きしめていた。

ひとつ下とはいえ、男の子なのに自分よりか細いようにも思える彼の身体はもう少し力を込めてしまえば折れてしまいそうで。この身体でどれだけの我慢をして、どれだけの優しさを持て余しているのだろう。

彼を救えるのは私じゃない、ティアラだ。

幼くして優しい心と純粋さを持つ義妹の存在だけが彼の心を癒し、拠り所になる。義兄としてプライドに気づかれないように、目に入らないように幼いティアラを守っていくうちに彼女の幸せこそが彼の希望になった。プライドの命令で非道な政治や時には能力を利用して暗殺などで手を染めても心を失わず、義妹のティアラの前でだけは優しい兄に、人間でいられたのだ。

私では彼を救えない。

逃がしてあげることもできない。

彼を一生私に縛り付けることしかできない。

ならばせめて…

「約束する…私は絶対これ以上貴方を傷つけない…‼︎貴方も、貴方のお母様のいるこの国も皆が笑っていられるようにする…!私の、命ある限り…‼︎」

なんて情けないんだろう、ステイルが我慢しているというのに私が先に泣いてしまっている。

せめて背中越しに気づかれないように彼を抱きしめている自分の腕で目をこすり、鼻をすする。

こんなところで泣いている義姉を誰が頼れるというのだろう。

暫く何も言わないステイルを抱きしめ続けていたら部屋の扉からノックの音が聞こえた。衛兵がそろそろと呼んでいるのだろう。

良かった、もう涙は止められた。

ゆっくりステイルから離れると今度は俯くことなく最初からまっすぐと私の顔を見つめてくれていた。月明かりでよくは見えないけれどその目元には確かに涙がつたっていて…ああ、また私は自分のことばかりで、彼の辛い涙を拭ってあげることもできなかったんだと反省する。

指先で彼の涙を払いながら「本当に遅くにごめんなさい。おやすみなさい、ゆっくり休んでね。」と下手な作り笑いをしながら部屋を後にした。

ステイルは挨拶を返してくれようとしたのか、なにか言おうと口を震わせていたけれど、言葉を聞くことはできなかった。

あと十年。せめて第一王女として自分のできることをしよう。改めてそう心に決めた日だった。