軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

426.義弟は殺意を研ぐ。

「詳しいと申しましても。…私も昨晩のことは突然過ぎまして何とも。」

いやはやアレは驚きました。と薄く笑う皇子に、俺は必死に湧き上がる殺意を内側だけに抑えつけた。

ジルベールが「申し訳ありません」と軽く受け流し、更に言葉を掛ける。だが、それでも問答無用でこの男の顔面を床へ叩き落としてやりたいと本気で思う。にこやかに笑顔を繕いながら、胃の中はグツグツと溶岩のように煮え滾っていた。今すぐこの男の化けの皮を剥がしてやりたい。

俺とジルベールの訪問に、アダム皇太子は少し間を作ったがその後は快諾するように一度部屋から出た。

場所を変えましょうと望まれ、こちらに引き込めるのならばと同じ宮殿内の客間を用意した。同行者にも尋問をしたかったが「今は人前に出られる状態ではないので」と言い切られ、騎士に護衛という名の監視を任せて俺達はアダム皇太子と部屋を出た。客間に案内し、将軍や参謀長までも部屋の外に待たせたアダム皇太子は深々とソファーに腰掛け、組んだ片足の膝を抱えるように手を掛けた後自分から話し始めた。

「まさか、プライド第一王女殿下のあのような姿を拝見することになるとは。…私も胸が痛みました。」

狐のような細い目を更に細めながら、痛むと語る皇太子は笑う。

言動が一致していないその反応だけで、もう俺の中ではこの男が犯人だと確定した。そうですか、と言葉を返しながら俺は早速問い掛ける。

「アダム皇太子殿下は、…あの時どちらに?」

「勿論、大広間に居りました。遠目からでもしっかりとプライド王女の御姿を拝見したく、少々人垣からは離れておりましたが。」

ほぉ?

鋭くなりそうな目を丸く開いて見せて誤魔化した。

なるほど、そう言えばたとえコイツらを見ていない人間や気づかなかった者が多くても言い訳は立つ。

だが、セドリック王子とジルベールの記憶力ほどの信頼性など皆無だ。……まぁ良い、〝今は〟自供や犯人推理などの為にわざわざ来たのではないのだから。

そう思い直せば、今度はジルベールが口を開く。そうですか、と言葉を返しながら次の言葉を足してやる。

「なるほど、来賓の方々からあまりにも多くアダム皇太子殿下方の御姿に覚えがないと聞き及んでおりましたので。それに、中には…。」

ねぇ?と言わんばかりにジルベールが笑みを俺に向ける。

穏やかに笑んでいる筈の切れ長な目の奥が光る。俺もその笑みに答え、打ち合わせもしていないのに関わらず言葉を繋ぐ。ええ、と軽く返し、にっこりと笑んでアダム皇太子を覗いた。

「折角ご挨拶をしたくて〝最背後から探し回ったのに〟見つからなかったと。そう嘆く来賓もいらっしゃいましたから。」

ぴくり、とアダム皇太子の頬が引き攣った。

奴が犯人と言う証拠がないのと同じように、この男が本当に最背後に居たという証拠もないのだから。

それは悪いことをしましたね、とにこやかに笑うアダム皇太子からは全くの愛嬌も感じられない。ただひたすら作ったとわかるような笑みが俺達に向けられる。

「私共も、まさかつい最近我が国と和平を結んで下さったアダム皇太子殿下がそのようなことは決して、と肩を竦めました。」

「なにせ、あの大人数の中ですから。見つからなくても仕方がないと。我が同盟国にはアダム皇太子殿下の御姿すら知らない者も多く居ますから。」

ジルベールに続き、俺も頷く。

笑って見せながら、アダム皇太子…いや、アダムの表情を一つも逃さまいと目を凝らす。

アダムは狐のような細い目で笑んだまま、右に流した深紫の髪に軽く手を掛け、寸前で不自然に止めた。わかっていただけて何よりです、と返す声は酷く平坦だ。

「ただ、…実は問題がありまして。」

俺は敢えて心から困惑したように声を作り、小声で唱えてみせる。

問題、と?とアダムが俺に顔を近づけることなく呑気に足を組み直した。どこまでも偉そうな男を必ず地に伏せさせてやると決意しながら、俺は言葉を続けた。

「我が国を始めとして、いくらかの来賓の国は奴隷否認国です。なので、…申し訳ないことにまだ我が国とラジヤ帝国との和平への理解も難しく。…その上で、姉君がこのようなことになってしまいましたので。」

俺の言いたいことを理解したように、アダムは「なるほど…」と言葉を漏らした。ジルベールがアダムが肩の力を抜いた瞬間を見計らって言葉を掛ける。

「ですので、どうかもう暫く御滞在を頂きたいのです。出来ることならばプライド第一王女が目覚めるまで。それが叶わなければせめて一週間…いえ、三日の御滞在を。」

ジルベールの言葉に、考えるような仕草をするアダムは指先を自分の頬の上でトントンと動かした。

私も忙しいのですが、まぁどうしてもと言うならばと偉そうに俺たちを焦らそうとする奴へ、俺はさっさと追撃をする。是非、どうかと言葉を紡ぎ、彼へとはっきり言い放つ。

「そうすれば〝ラジヤ帝国が姉君を狙ったに違いない〟〝今すぐ和平破棄を〟〝ハナズオ連合王国ごと切り離せ〟などと騒ぎ立てる者も居なくなるかと。」

俺の言葉にアダムは俄かに狐の目を見開いた。

にやけ顔がなくなり、冷めきった表情が一瞬だけ俺達は向けられた。そうだ俺はその顔が見たかった。

ジルベールが直ぐにそこでまるで嗜めるように「ステイル王子殿下、その話は内密にと」と声を潜めて俺に語り掛ける。アダムが探るように俺達に目を向けながら「それは、一体どなたが…?」と尋ねたが俺は口元を片手で軽く覆って見せて首を横に振る。それはとても言えませんがと返し、続ける。

「大変申し訳ありません、事実無根の空論をあまりの大声であの時は騒がれてしまったので、……つい。」

「ステイル王子殿下は以前よりアダム皇太子殿下に感謝しておられましたからねぇ。一年前、ラジヤ帝国の協力のお陰で、件のコペランディ王国による暴走も防げたと。」

やめてください恥ずかしい、どうかその話はと。ジルベールに向けて照れたように笑ってみせれば、アダムの警戒もある程度解れた。

それはそれは、光栄ですねぇと紡ぐ皇太子を正面から捉え、俺からも明るく笑顔を向けて見せる。

「アダム皇太子殿下がプライド第一王女を気に掛け、長く滞在して頂けたと知れば周囲にも我が国とラジヤ帝国との和平関係が安定したものだと示すことができます。姉君がああなってしまった以上、原因究明と共に国家間の関係に溝を作りたくはないのです。」

ですから、どうかと頭を下げる。プライドを苦しめた張本人の色が濃い男へ深々と。…今は俺の頭一つや二つ構わない。馬鹿で愚直な王子だと思わせておけば良い。いっそ利用しやすいと思われれば何よりだ。

「まぁ、…ステイル王子殿下がそこまで仰るのであれば。私もなにぶん、忙しい身ですのであと三日程度が限界ですが。」

アダムは細い目を更ににこやかに細ませた。

よし、それで良い。「充分です」と前のめりに感謝を伝え、握手を交わす。俺のあとにジルベールともアダムは握手を交わしたが、何故かジルベールに対しては再び警戒が増すように細い目が僅かに開かれた。ジルベールもそれを最初から理解していたようにアダムへ満面の笑みを返す。

「…ところで、プライド第一王女殿下の容態はいかがでしょうか?」

「それが、ここだけの話…未だ。医者も手を尽くしているのですが。」

白白しいアダムの言葉に俺は声を沈めて返す。

プライドへの心配を敢えて包み隠さず表情に出せば、…うっかり目の前の男への怒りが吹き出し掛けた。寸前で身の内に留め、会話の番を渡すようにジルベールに目を向ける。

「あれから目も覚まされません。我が国でも症例のないものでして。…ラジヤ帝国では、いかがでしょうか。」

何か似たような病や症例があれば是非。とジルベールが下から伺うように尋ねれば、アダムは再び何か考えるように頬を指先で叩いた。「そうですねぇ…」と先程よりも何か思案するような表情の後、暫くしてからにこやかに愛想の良いとはいえない笑みを俺達に向けた。

「私も国に帰り次第、調べてみましょう。なにぶん、片道ひと月は掛かる国ですから。少々御時間は頂きますが。」

言ったな?

それを確信し、ありがとうございます恩に着ますと言葉を重ねた後、俺とジルベールは一先ず引くことにした。

アダムを宿泊している部屋まで送り届け、部屋が同行者の所為で汚れているということなので別の部屋を用意させた。

どうぞ宜しくお願い致します。と言葉を最後まで繋げ、奴の部屋の扉が閉ざされる。宿泊者用の宮殿をジルベールと二人で出たあとは、王宮までの道のりの為に馬車へと乗り込んだ。

暫くは沈黙が流れ、馬車がゆっくりと動き出してからやっと気を抜く。奴に触れた手が不快過ぎて、我慢できずに向かいの席に座るジルベールの裾へと擦りつける。

俺の意図がわかったジルベールは、苦笑するように肩を竦めると、自分自身もパンッパンッと手のひら同士で汚れをはたく動作をして見せた。

「…よく耐えられましたね。」

「姉君の為だ、大したことではない。」

俺を労うジルベールから顔を背け、窓際に頬杖を突く。

途端に、アダムへの不快と怒りが再び噴き上げてきた。ぼわり、とまるで全身が火に包まれるような感覚に襲われ、思わず顎を指先でそのまま引っ掻いた。歯を食い縛り、食い縛った顎を震わしながら窓の外を睨めば、俺とは違う殺気が呼応するように傍で溢れていた。あまりの間近な殺気に目を向ければ、ジルベールが俺とは別方向に目を向けながらバキバキと指の関節を鳴らしていた。パキッ、と音がなる度にジルベールの口端がピク、ピク、と痙攣し、薄水色の瞳が怒りで赤く燃えていた。

「あの男…、…まるでご存知のようでしたねぇ?少なくともひと月以上はプライド様がお目覚めにならないことを。」

単なる言葉のあやとも取れますが。と久々に聞く、ジルベールの地の底に響かせるような声色に俺もまた緊張の糸が引き締められる。

何より、それを指摘された途端にまた殺意が増した。あの男がプライドに何かしらをしたのだろうという、確信と共に。

『私も国に帰り次第、調べてみましょう。なにぶん、片道ひと月は掛かる国ですから。少々御時間は頂きますが。』

まるで、猶予はいくらでもあることを前提とした言葉だった。

あの男の性格上、本来ならば「間に合えば良いのですが」や「調べたくとも我が国は遠方の地なので」とぼやかすところをだ。

奴は知っている、プライドがああなった理由を、原因を確実に。知らないと嘯かずに敢えて仄めかしたのは、恐らくプライドの身を何らかの引き換えに我が国と交渉するつもりなのだろう。

奴隷制度か、奴隷の産出か、それとも容認か。

いずれにせよ、ふざけるな。

そのような下らない望みの為にプライドをあんな目に合わせたとでもいうのか。

しかもひと月だと⁈ひと月もプライドをあのままにしておくつもりだと言うのか⁈

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない絶対に許してなるものか‼︎‼︎

窓際に拳を作り、爪を刺さるほどに固く握る。まだ少し鎌をかけただけだ。確証というには薄過ぎる。だが、この薄い確証も数を重ね合わせれば事実に近い濃さにもなるだろう。

歯を食い縛り過ぎてガキッと歯の奥が響いた。それでも構わず噛み締める。あの男の、あの男の所為でプライドが苦しんだ……!今も命の危機に晒されている‼︎一ヶ月などふざけるな!三日でも長過ぎるというのにッ‼︎

プライドを救う、必ず。どのような手を使ってでも。

「!…。」

……そこまで考えてふと、とても嫌なことに気付いてしまう。

食い縛る歯が少しだけ緩まり、俺はジルベールを横目で見る。俺と同じように殺気を放ちながら、怒りを露わに顔の様々な筋肉を細かに痙攣させ、恐ろしい笑みを浮かべている。俺が視線を送っていることに気付くと、ジルベールは一度瞬きをしたあとに俺へと向き直り「どうかなさいましたか」と尋ねてきた。

少しだけ自身への敗北感を感じながら、それでも仕方なく俺はジルベールに一言だけ言葉を掛ける。

「…お前は。よく七年も耐えたものだな。」

俺の言葉にジルベールはその目を大きく見開き、さっきとは全く違う表情で固まった。

俺は悔しくて、何より情け無い自分から逸らすようにジルベールから顔ごと背けて黙した。

……ジルベールは、七年間。妻のマリアが病に苦しむのを目の当たりにしてきた。

あの時から俺だって自覚はしていた。コイツの大罪を知ったその時から、…きっと俺もプライドが病に倒れれば同じようなことを犯してしまうのだろうと言うことくらい。

あれから五年。…結局こうしてプライドが伏してしまった今、コイツと同じ思考に侵されたことを自覚すると情けなくなる。勿論、今もジルベールの犯したことは許してはいない。ただ、…俺にコイツを責める権利などないのではないかと思い知らさ

「耐えられませんでしたよ。」

…不意に、思考を遮るように今度は俺が言葉を掛けられた。

反射的に振り向き、ジルベールをみれば今から罪を告白するかのような哀しげな眼差しで俺に笑んだ。切れ長な目が力なく垂れ、俺を真っ直ぐに捉える。

「耐えられませんでした。…だから、私はあそこまで堕ちぶれてしまいました。」

そんな御言葉を頂けるような身分ではありませんよ、と苦笑するジルベールは丸めた肩で首を横に振った。

「ステイル様は、どうか〝この先〟あのようにはならないで下さい。」

今はまだ俺はそうなってはいないと。そう断言するようなジルベールの言葉に…少なからず救われてしまう。

翳りながらも哀愁の満ちた笑みで俺に笑う、ジルベールから再び顔を逸らす。悔しいがやはり、俺より遥かに大人なのだと思い知らされた。

「…当然だ。」

無論、あの時の罪も俺は許していないと敢えて口に出してやれば「そうですか」と見なくても、確実にあの笑顔を向けているとわかるような声で返された。

馬車の揺れが収まり、とうとう再び王宮へと辿り着く。ヴェスト叔父様に報告へ行かねば、と思ったところで、…急激にプライドに会いたいと郷愁のようなものが込み上げた。

…アーサーは、まだ傍に居てくれているだろうか。

昨晩からずっとヴェスト叔父様の手伝いで見舞いに行けていない。ティアラもきっと生きた心地がしないままだろう。

プライドが目を覚ましていてくれればこれ以上のことはないが、アダムの言葉で判断すれば恐らくはそれも望みは薄い。

「…アダム…ッ。」

あの男が、全ての元凶だとすれば決して許しはしない。

ジルベールが上手く三日の猶予を狩り取った。三日あれば充分だ、それだけあれば

〝確実に〟奴を追い詰められる。

今頃ヴェスト叔父様が母上と父上に話を付けて下さっている頃だろう。

俺一人ならば決定打にかけたかもしれないが、ヴェスト叔父様、ジルベール、そしてセドリック王子も証人だ。何より、このままではプライドが一ヶ月以上はこのままだという可能性も出てきた。容体が悪化するよりはマシだが、ずっと目覚めないなどあり得ない。

頭の端で、発狂し寝たきりになったランス国王の姿や死の間際に居たマリアの姿を思い出し、思わず頭を強く振る。

プライドをあのような目には決してさせはしない。

ラジヤ帝国、皇太子アダム。

せいぜい今は悦にでも浸っていろ。…その首に縄を括られたことを知る瞬間までは。

足元のレバーが引かれる時、今度は俺が最前列でお前に足を組んでやる……‼︎