軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

400.騎士達は苦み合う。

「ッッわっっっけわかンねぇ……‼︎‼︎」

ゴンッ‼︎と勢いよく額をテーブルに叩き付ける音が部屋に響く。

セドリック達が帰国した夜。

アランの部屋でアーサーは酒とは別の理由で顔を真っ赤に火照らせて叫んだ。

両隣にはエリック、そして摂政業務を終えたステイルが腰を下ろしてその言葉に頷いていた。

「…俺も、流石にあの展開は予想外だった。まさかあのようなことに…。」

テーブルに頬杖をつくステイルはいつもより酒を飲む量が増していた。

若干本当に顔色まで酒気を帯びながら頷く様子は近衛騎士達の目にも珍しかった。それをアーサー越しから覗いたエリックは小さく苦笑いし、更に彼もジョッキを仰ぐ。完全に三人横並びに潰れ、酔い、呑む姿は酔っ払いだった。

三人の姿にエリック以上に苦笑いするアランとカラムはテーブルの向かいの席から互いに顔を見合わせた。いつもは酒をそこまで自分から飲み過ぎないように抑えている筈の三人の悪酔いに、どうしたものかと考える。更にその内の一人はこの国の王子だ。カラムと顔を見合わせた後、とうとうアランが恐る恐るその口を開いた。「あの〜…」と遠慮がちにステイルへ声を掛け、アランの声にアーサーとエリックも顔を上げた。

「…で、結局…何があったんですか…?」

アランの問い掛けに、三人はすぐに目を逸らして押し黙った。

この二年で完全に近衛騎士とステイルの集い場所として馴染んだアランの部屋だったが、今回はアランも少し焦った。エリックとアーサーこそ本人に断りを入れてアランの部屋に訪れ、交代の時の灼熱地獄の理由を聞けるならとアラン自らカラムも誘って部屋に招いた。そして、…四人でアランの部屋に入った時には既にステイルが施錠した筈の部屋の中で寛いでいたのだから。

扉を開ける前には部屋の中の気配に警戒したアラン達だったが、侵入者よりも中にいるのが第一王子だったことに思わず声を上げ、その後は他の騎士に見られる前にと急いで扉を閉めた。

一人だけステイルが来ることを予想していたアーサーだけが、開口一番にステイルへ「呑むぞ」と言い放って隣に座り出した。それからはいつもの笑顔もなく不貞腐れた表情のステイルにアーサーが酒を注ぎ、さらにいつもは一歩引く筈のエリックすらアーサーの隣に座ってアランから酒を拝借し出した。

三人に酒を提供しながら、アランもカラムも最初は開いた口が塞がらなかった。その結果、カラムだけでなくいつもは呑んだくれるアランまでもが今夜は三人の面倒を見る立場にいる。

「…すんません、守秘義務が…。」

無言を貫くステイルの代わりにアーサーがアランに謝った。俯かせた顔がまたテーブルに付くほどに落ち込んだ。

王弟であるセドリックから王女ティアラへの求婚と、さらにはティアラの了承。婚約者候補自体が秘匿事項である以上、酒の席でも安易に話す訳にはいかない。沈んだアーサーの声と続けてエリックが謝ってきたことでカラムとアランも何も聞けなくなる。更にその隣には次期摂政のステイルもいるのだから。

質問を変えようとアランが頭を捻り出すと、先にカラムが酒を一口飲んだ後、窺うように口を開いた。

「またセドリック王子がプライド様に何か不敬でも…?」

少なくともセドリックが関係しているだろうと当たりをつけたカラムの言葉に、エリックが「いえ、そういうことでは…」と返すと同時にアーサーとステイルが首を横に振った。見事に振り出す方向からタイミングまで揃った二人にアランは口を隠して笑ってしまう。

「ップライド様は何も無かったンす…‼︎それが、もォなンか…なんか‼︎‼︎」

ぐあああああ…とジョッキから手を離し頭を両手で抱えるアーサーは悶えるように髪を掻き乱した。長い髪が乱れ、結った部分からぶわっと盛り上がりぐちゃぐちゃになる。ステイルがそれを横目で見ると無断でアーサーの髪紐を引っ張り解いた。バサっ、と盛り上がった髪が全て重力に従って綺麗に降りる。

「僕の予想の斜め上を行かれまして…。…まさか狙いが別の本陣だったとは。」

どこか屈辱感すら漂わせるステイルは、少し複雑そうにまた酒を仰いだ。

ぐいっ、と飲み込み、彼らしくなく少し乱暴にテーブルに叩き付けた。表面だけでも落ち着けようとしているのか、アーサーの髪紐を片手の指先でクルクルと遊びながらも目が完全にすわっている。

アーサーとステイルの言葉と、更にエリックが何か思い出したように顔を赤らめて両手で覆う。それを眺めたアランとカラムは再び互いに目を合わせた。アランの口元が引き攣り、カラムも自身の前髪を指先で整えながら無言で頷いた。

…ああ、セドリック王子とティアラ様のことがバレたんだな、と。

既にセドリックがティアラに恋をしていることを察していた二人からすれば、充分な情報だった。何よりプライドとセドリックとの関係を明らかに気にしていた様子のアーサーの取り乱した姿が答えだ。

三人が隠そうとする以上、下手に慰めることもできずにアランとカラムはそれぞれ酒と水を勧めた。特にアーサーは酔うと面倒な為、厳重にカラムが水で管理する。

カラムに水を注がれ、ありがとうございますと返しながらもアーサーはテーブルにまた視線を落とした。

……プライド様…全ッ然気にしてなかった…。

今まで、祝勝会でプライドのあの笑顔と笑い声がセドリックへ向けられてからずっと、プライドの心がセドリックにあると信じて疑わなかった。そんなアーサーにとって、あまりにも今回のことは衝撃だった。

最初こそセドリックがティアラに告白した時は驚き、その展開もさることながら何よりプライドの心情を心配して動揺が隠せなかった。だというのに結果としてプライドはセドリックを全く異性としては見ていなかった。それどころか恋愛相談にすら乗っていたと言う。

ステイルと質問責めにし、謎が解ければ解けるほど、自分が思っていたプライドの姿が全部ただの勘違いだとわかってしまった。

…ほんっっとに…ステイルに言わねぇで良かった…‼︎‼︎

また、レオンが婚約者として来た時の二の舞になるところだったとひしひし思う。

あの時のように自分の不確かな思い込みでステイルを動揺させてたらと思えば死ぬほど羞恥が込み上げる。誤解だとわかった時には本当に頭がグラつき、気を失わなかったのが奇跡だった。最後にセドリックのことを弟みたいと、屈託無く嘘偽りのない笑みを向けられた途端にアーサーは自分の間違いを確信できてしまったのだから。

それがわかっただけでも、アーサーは今夜浴びるほど酒を呑んでしまいたい衝動に駆られた。その上、さらに

「…ティ………ッ……とか…‼︎」

ゴン、ゴンと何度も短くテーブルに額を打ち付けるアーサーを途中でカラムが止める。

明日も演習があるのを忘れるな、とそっとアーサーの銀髪ごと頭に手を添えて持ち上げる。カラムに顔を上げるように促されたことで、大人しく自分から顔を上げたアーサーの額は顔以上に赤かった。すんません、と謝りながら視線は未だにテーブルに落ち続けている。

カラムから水を再び差し出され、一度に全て飲み込んだ。そこで今更になって自分の髪が解けていることに気がつく。髪紐がどこかに落ちていないか見回し、ステイルの指で遊ばれていることに気づいて乱暴に取り返した。アーサーが紐を回収したことで、グラスを再び傾けようとしていたステイルが口を開く。

「……俺も、勘違いしていた。」

ぼそり、と呟くステイルにアーサーが「アァ?」と聞き返した。

やっぱりステイルもプライドがセドリックに想いを抱いていたと勘違いしていたのかと思い、彼の顔を覗き込む。だがステイルは何か遠い目をするように考え込むと一度酒の手も止め、黙してしまった。

…てっきり、…プライドの婚約者候補としてフリージア王国との密接を図ったのかと思ったが。

ステイルもセドリックが郵便統括役になることは知っていた。

試験にも見事文句無しで合格し、摂政であるヴェストにも認められた。恐らくはこのままハナズオ連合王国ではなくフリージア王国を拠点とし、フリージア国内での立場すら確立するつもりだろうとも予想していた。プライドの婚約者候補となる為、もしくはそこから婚約者に選ばれる為に。次期王配としての実績を積む為の足掛かりのつもりだと思っていた。

…まさか、足掛かりどころか生涯骨を埋める覚悟だったとは。

完全にセドリックを見誤っていたと、ステイルは自分を恥じる。

今は良き王弟だと頭では理解していながらも、それまでの振る舞いから完全にどうせプライド目当ての台頭だと思い込んでいた。だが、実際にはセドリックは王配になど…プライドの隣になど興味はなく、ティアラの隣に並ぶ為に本気で郵便統括役を担うつもりだった。しかも、その理由はティアラをフリージア王国に残す為。わかってしまえば、以前セドリックが祝勝会で言っていた『いつか私は、プライド第一王女…そしてステイル第一王子殿下、貴方とももっと近しい存在になりたいと望んでおります』も頷ける。ティアラと婚姻したら二人とは義兄弟となるのだから。

セドリックの告白から、既に何十と繰り返した理解がアルコールと共にステイルの頭に回る。さらに今度は自分の誕生祭で最後に彼が言い放った言葉を思い出す。

『ステイル王子殿下、私は…この素晴らしきフリージア王国の民の一人になれればと。そう、願っております』

あの一言があったからこそ、ステイルはセドリックが国際郵便機関を理由にフリージア王国に身を置こうとしていることも予想できた。…ただし、ティアラではなくプライドの為にだと思って。

……別に、セドリック王子のプライドへの罪は許していない。ジルベールやヴァル同様に許してやるつもりなど永遠に無い。………………だが。

しかし、と。

ステイルは一度過ぎった思考を今度こそジョッキの酒ごと飲み干した。

悔しい、と。セドリックへの複雑な感情を溢れされながら。

「………実に腹立たしい。」

再び呟いた言葉は、近衛騎士達の耳に確かに届いた。

怒り、というよりもまた不貞腐れるような表情とその声色に正面からそれを見たアランとカラムは必死に笑みを堪えた。気がつけばステイルは見事にアーサーと同じ表情をして並んでいる。

そしてその表情はまるで

「…まァ良い。」

酔いが回り、口調が妙に乱れながらやっとステイルが笑った。

不穏すら感じるその声にアーサーもエリックも顔を向ける。片方の口端を引き上げ、悪い笑みを浮かべるステイルは合わせるようにアーサーへ顔を向けた。お互い正面から顔を向き合わせ、赤らんだ顔から相手が大分酔い出しているなと自分を棚に上げてそう思う。

アーサーと虚ろな目が合ったステイルは、ダンッとジョッキをテーブルへ乱暴に置くと、その手でアーサーの肩に腕を回した。バンッ、と雑に置かれた肩にアーサーは目を向け、そしてまたステイルを見返した。ステイルの悪い顔から酔いの所為で「フフッ」と笑い声まで溢れてきた。アーサーの戸惑いの表情を至近距離で満足するまで堪能した後、ステイルはとうとう口を開く。

「これで…名実共にセドリック王子を殴る理由もできた。」

酔いで赤らんだ顔と、すわった目に反しその声ははっきりと放たれた。

ステイルの爆弾発言に一度は目を見開いたアーサーだったが、すぐに今度は同じ悪い笑みをステイルへと返した。

「…そォだな。」

自分も同じようにステイルの肩に腕を回す。

がっちりと肩を組み合った二人は、無言でジョッキを鳴らし合うと一気に中身を飲み干した。

二人の酔っ払いの様子を眺めながら、今度は隠さずにアランもカラムも笑みを浮かべた。

さっきまでのステイルとアーサーの表情と、終いには相手を殴る発言で肩を酌み交わす二人はどっからどうみても

可愛い妹を取られた、兄の姿だった。

アーサーとステイル、そしてそれを微笑ましく見守る隊長二人を眺めながら。…エリックは思う。

彼もまた酒がいつもより進み、目の前で見せつけられてしまった王族同士の恋愛模様を思い出しては息を吐く。

彼一人だけは事情を知りながらも気持ちは比較的に穏やかだった。プライドやステイル、そしてアーサーにとっても親しく更には自分達、近衛騎士にも温かく接してくれるティアラがフリージア王国に居続けてくれるのは嬉しい。それに何より

…完全にだだ漏れだったからなぁ…ティアラ様。

今朝、セドリック達が訪問してきた時のティアラの姿を思い出し、エリックは一人笑いを堪えた。

ハナズオ連合王国の訪問で、ティアラは明らかにセドリックを意識していた。挨拶をされただけで顔を火照らし、唇を震わせ、返す言葉も裏返り、セドリックがティアラに笑いかけただけで彼女の身体は跳び上がり、そのまま逃げてしまった。

国王であるランスやヨアンにも緊張した様子であったが、セドリックに対してはその反応が顕著だった。

しかし、それに気付いていたのは国王二人と自分だけだろうとエリックは理解する。プライドと相手のセドリックまでもがティアラが怒ってその場を去ったということを前提で話を進めていたのだから。

「………………鈍いんだなぁ…。」

口の中だけでそう零しながら、エリックはジョッキを傾けた。

横目で眺めれば、アーサーと肩を酌み交わすステイルの姿も映り、この人も鈍いのだろうかとぼんやり考える。

「……今日の酒は苦くて美味しいですね。」

のんびりと笑いながら、独り言のように投げ掛けるエリックに、全員が酒の味を確かめた。

彼らによって、感じた味は様々だったが少なくとも「苦い」だけの感想の者は誰一人いなかった。