軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして胸を押さえる。

ああ〜…と、ステイルの瞬間移動に私は溜息を吐いた。

ティアラが困りきった表情で眉を垂らしながら「…ヴァル達は悪くないから…瞬間移動で呼びに…行くのは…」とステイルに言い損ねた言葉を虚しそうに呟いた。…うん、残念ながら制止が遅かった、そしてステイルの行動の方が二手早かった。

私とティアラが視線を交わし、どちらかが言葉をかけるより前に再びステイルが姿を現した。…酷く不機嫌なヴァル達と一緒に。

「ッふざけんな‼︎こっちは酒をっ…!」

苦情を叫びながら登場したヴァルは、突然視界が切り替わったことを不快そうに眉間に皺を寄せた。更にヴァルに掴まっていたセフェクとケメトも気がついたように目を丸くしている。

「あれ?ここってティアラの…あっ!ティアラ!主‼︎」

「主!もう足は大丈夫なんですか⁈」

二人とも部屋を見回して私達に気づくと、目をぱちくりさせながら目を向けてくれた。ヴァルも眉間に皺を寄せたままの眼差しを真っ直ぐ私へと向ける。

「…主。もう帰ってたのか。」

高速移動手段のあるヴァル達ならまだしも、私までもう帰国しているのは意外だったらしい。少し眉間の皺が薄まり、物言いたげな目線を投げるヴァルに苦笑いをしてしまう。

「ええ、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい。………ただいま。」

ケメト達に答えながら、最後にヴァルにも笑い掛ける。前回、先に帰国した彼がフリージア王国で待ってると言ってくれたそれに、ちゃんとした言葉で答えたかった。

ヴァルは一瞬驚いたように目を丸くすると、頭を掻きながら私から顔を逸らし、一言「おう」とだけ答えてくれた。ステイルに強制召喚されて「ただいま」なんて言われたら妙な感じがするのも仕方がない。

「…で、俺達を呼んで何のつもりだ?王子サマは。」

それとも主が呼びに来させたのか?と若干熱が引いたらしいヴァルが私達三人を見比べた。途中、ティアラが気まずそうな表情でヴァルを見返したのを確認すると「…あー?」と面倒そうに口を開けた。

「ごめんなさい…、知られちゃいました…。」

ぺこり、と頭を下げるティアラにセフェクが口を押さえた。ヴァルが面倒そうに溜息を吐くと「それでか」と改めてステイルを睨んだ。ケメトも殆ど同時に「それでなんですね」とティアラに向かって小さく呟いた。すると今度はステイルの眼鏡の奥がヴァルへギラリと光る。

「答えろヴァル、何故お前がティアラにナイフ投げなどを教授した?」

「王女サマからの命令だ。俺から教えさせろと頼んだ覚えはねぇ。」

ケッ、と吐き捨てながら言い返すヴァルはそのまま目で「そうだな?」とティアラに確認をとった。ティアラもそれに同意するように頷くと「私からお願いしたの…」と言葉を返した。

ティアラとヴァルの話によると、ティアラがケメトとセフェクに勉強を教えたりお菓子を御馳走する代わりに、ヴァルはナイフ投げを指導していたらしい。まさかそんな物騒な家庭教師が居たなんて。でも、何故王族の私やステイルが尋ねてもヴァルは秘密を守れていたのだろう。特に主である私には嘘も隠し事もできない筈なのに。ステイルは、そこには触れる気はないのか「何故ナイフ投げなどを?」と今度はティアラに詰め寄っていた。

「…だって、私もお姉様を守りたかったから。…弱いままじゃ、誰も守れないもの…。」

ぎゅっ、とドレスの裾を掴むティアラが下唇を小さく噛んだ。…どうやら、私が危険なことに首を突っ込むことが多かったせいで心配をかけてしまったらしい。つまり、ティアラのこのナイフレッスンも元はと言えば私のせいということになる。申し訳なくなってしまい、胸を片手で押さえたまま言葉を飲み込む。

ステイルも何か思う事があるらしく、額に手を当てるとぐったり項垂れてしまった。小さな声で「あの時からか…」と嘆くように呟いていた。

カラム隊長やアラン隊長も見れば、難しそうな表情をしている。「近衛騎士がいるからもう大丈夫」とも、今回の防衛戦の件から言いづらいのだろう。

「ま、最初から筋は良かったぜ?流石バケモンの妹はバケモンだ。」

私達が困惑しているのが楽しいのか、ヴァルがニヤニヤと笑いながらティアラの肩を軽く叩いた。

私はともかくティアラまで化け物扱いはやめて欲しい。私と同列にされたにも関わらず少し嬉しそうに目を輝かせるティアラに、ケメトが「僕も!少し上手になりました!」とヴァルへ声を上げた。更にセフェクが「私には教えてくれないくせに‼︎」とヴァルを肘で突く。

まぁ、筋が良いのは当然だろう。ゲーム通りであれば、ティアラは一度も練習したことが無いにも関わらずラストシーンでは中距離からプライドの心臓を刺し貫くほどの腕前なのだから。しかも、私と違いティアラは二年間もちゃんと師事を受けて訓練したのだ。腕が良くならない筈がない。

更に言えばヴァルのナイフ投げの腕前については私とステイルもティアラも一度この目にしている。恐らくティアラもそこから目をつけたのだろう。もともとナイフ投げに興味があったのか、ヴァルのアレを見てやりたいと思ったのかはわからないけれど。

「…あのナイフの山。アレをティアラに買い与えたのもお前か…。」

「ちゃあんと代金は貰ってたぜ?テメェと宰相に頼まれた使いと同じだ。」

渡すのがナイフか紙切れかの違いだ、と全く悪びれもなく言い切るヴァルはいっそ清々しい。忌々しそうに言葉を一音一音噛み締めるステイルをヴァルがニヤニヤと嘲笑った。

「払いが良かったんでなぁ?女の買い物なんざ知らねぇが、ああいう類いは得意分野だ。」

そう言って親指で背後にいるティアラを指し示す。ティアラが応えるように先程ナイフを仕舞った部分に手を当てた。どうやらナイフを身体に隠す用の小道具もヴァルが買ってきてあげたらしい。……まさかティアラで光源氏計画をしてるんじゃないかと一瞬心配になる。

「ッお前はティアラで何がしたい⁈」

「王女サマのお望みに応えてやっただけだ。残念ながらこの俺様はコイツに逆らえねぇからなあ⁈」

王子サマも知ってるだろ?と言いながらゲラゲラと笑うヴァルは心から楽しそうだ。

ステイルが珍しく取り乱して怒っているのが嬉しいらしい。確かに王族であるティアラの命令もヴァルは基本的には逆らえない。ステイルがギリッと歯を食い縛った後に今度はティアラに目を向けた。ステイルの視線を受けて、更にティアラが小さくなる。

「ティアラ!王女であるお前がそんな技術を磨く必要はない‼︎」

「っ…でも!兄様だって昔からアーサーと剣の」

「俺は第一王子だ‼︎自衛の為にもある程度の技術向上は許されている!」

確かに。第一王子のステイルと違って、第二王女のティアラは王族として自衛を学ぶ必要はなかった。私は枠外なところはあるけれど、普通は戦闘技術に精通した王女なんていない。

「お前のナイフ技術については、…姉君同様に俺の胸に留めておこう。」

騎士団長にも俺から騎士達への口止めは既に頼んでおいた。と続けるステイルは、そのままフーッ…と一度に息を吐き切った。目を一度瞑り、自身を落ち着かせるように眼鏡を指先で押さえつける。

「だが、忘れるな。お前にその技術は必要無い。そして…」

一度言葉を切ったステイルを、下唇を噛んだティアラが見つめる。ステイルも一度言い出してしまったことを後悔するように一瞬だけ表情を曇らせ、…そして、改めて口が開かれた。

「今は眼を瞑るとして、…嫁ぎ先ではその腕を磨こうとは決して思うな。」

苦々しそうに放たれたステイルの厳しい言葉に、ティアラだけでなく私も息が詰まった。

背後にいるカラム隊長とアラン隊長からも同じように息を飲む音が聞こえる。ティアラの反応に今度こそステイルが俯いてしまった。すると

「…わかっているわ、兄様。」

ステイルの言葉を汲み取るように、ティアラが優しく答えた。

目を向ければ、いつもの柔らかい笑みを私達に向けてくれるティアラがそこにいた。翳りの無いその笑みに、逆に胸が軋んだ。

「…大丈夫。こうして城に居る間だけだから。」

心配掛けてごめんなさい、と笑うティアラにステイルがとうとう火が消えたように鎮まった。わかったなら良い、と返すステイルは最後に一度だけそっとティアラの頭を撫でた。

…そう、ティアラがフリージア王国に居られる時間はきっともう残り少ない。

たとえ婚約者がセドリックでも他の相手でも、ティアラは十六歳になったら婚約することになる。婚約者の決め方はまだ母上達が精査中だけれど、恐らくは歴代がそうだったように国外の王族とだ。そうすればティアラはフリージア王国から離れることになる。

この私が、第一王位継承者でいる限り。

胸を詰まらす違和感と、哀しげな弟妹達の眼差しに私は一人胸を押さえた。