軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

283.真白の王子は誓った。

131months ago

「ヨアン。サーシス王国への訪問を控えよ。」

ランス王子と関わりを持つようになって半年経った頃だった。

現国王である父上から呼び出され、突然一言そう告げられた。

「…どういうことでしょうか、父上。サーシス王国は我がハナズオ連合王国の片翼。何故、訪問を控えねばならないのですか。」

理由はよくわかっていた。それでも敢えて尋ねる。すると、国王である父上は「わからぬのか」と口を開き、僕を王座から睨んだ。

「サーシス王国から、チャイネンシス王国の第一王子が布教の為にランス第一王子の元へ訪れているのではないかと。…そのように考えられれば我が国の恥だ。今後の同盟関係にも支障を来す。」

やはり、か。

僕は口の中を噛み、耐える。

父上や上層部の人間がそれを恐れるであろうことは前々から予想していた。僕がサーシス王国を訪問する度にチャイネンシス王国の民もサーシス王国の民も喜んではくれたが、王族や上層部だけはそうでなかった。

一番身近な存在である筈の両親や、古き上層部こそが僕と、そして初めての友人であるランス王子の敵だった。

「サーシス王国から我が国を訪問するのならば、まだ良い。だが、我が国の第一王子がわざわざサーシス王国を尋ね続けるなど我が国の矜持にも関わる。」

下らない矜持だ。

ランス王子と語り合うようになってからは特に心からそう思う。民も、僕ら王族が互いの国と親交を持つことを望んでくれている。それなのに何故、そんな理由で訪問を控えなければならないのか。

「ヨアン、お前は歴代でも優秀な第一王子だ。惑わされるな。我が国はチャイネンシス王国。あの第一王子、第二王子に頭を下げる日などあってはならぬ。……特に、第二王子には心を許すな。アレは、我が国にとって忌むべき存在だ。」

それでも、まだたった十才の僕に父上に歯向かう勇気などある訳もなかった。

胸元のクロスを握り締めながら、僕はただ神に祈ることしかできなかった。

ただ頷き、父上に礼をして退室する。

扉を閉じた音がくぐもって聞こえた時、同時に何か別のものが閉ざされたような感覚がした。

〝こちらから下手にでる訳にはいかないから、次からは君の方からチャイネンシス王国に来てくれ〟…そんなこと、言える訳がない。ランス王子はもともと僕に媚び諂いたい訳ではないのだから。

第一王子として公務が忙しくなったとでも言い訳をするか。いやダメだ、そんな風に誤魔化してはいずれ知られた時、余計に関係は悪化する。

隠すわけにはいかない、誤魔化すこともできない。…正直に言うしかない。例え、そのせいで彼の不興を買ってしまったとしても。

「…折角、友達になれたと思ったのにな。」

広い回廊を歩みながら、誰へでもなく呟く。

ランス王子は、僕の初めての友人だった。

何も未来に希望を見出せない僕に、彼は光を示してくれた。閉ざされたと思っていたこの世界に、広さを提示してくれたのも他ならない彼だった。

『サーシスもチャイネンシスも共に我らが自国、〝ハナズオ連合王国〟だろう?』

彼の言葉は忘れない。

つまらないだけの人生を、彼の存在だけが色付けてくれた。

彼と関わるようになったこの半年は、信じられないほどに楽しかった。

国という垣根を越え、…むしろ同じ国の民として僕と並んでくれた。

だが、そんな彼でもこれで最後だろう。次に会った時には全てはっきり伝えよう。我がチャイネンシス王国が、サーシス王国である君達へ扉を閉ざしたと。…そして、僕もまたそれに従ったと。

彼となら、本当の意味で一つの国を作り上げられると思った。本気でそう思えた。…でも、きっとそれももう終わ

「なるほど、よくわかった。ならば今度からはその分、俺の方からチャイネンシス王国に訪問しよう。」

「えっ…?」

我が国にいつものように訪れた彼に、包み隠さず伝えた時だった。客間で人払いも行い、例え彼が怒りに任せて僕に怒鳴っても問題がないように手も打っていた。…でも、僕の言葉に彼は何の惑いもなくすぐにそう答えた。

「怒らないのかい…?」

思わず、自分から言ってしまった。彼の平然とした態度が信じられず、穴が空くほど彼を見つめ、まさか理解していないのかとも疑った。

「国王に命じられたのならば仕方がなかろう。俺のせいで肩身の狭い思いをさせてすまなかった、ヨアン王子。」

フン、鼻を鳴らし腕を組んだ彼は僕に頭を下げた。だが、そこに陰りは欠片なく、凛とした眼差しをそのままに僕へ明るく燃える瞳を向けた。

「…だが、いつかは我がサーシス王国も同じように訪問を控えろと命じられるかもしれんな。今は俺に関心がそこまで向いていないお陰か、そういう命もないが…こちらも父上の頭は固い。」

目を閉じ、深く考え込む彼は暫く唸るように声を漏らし、俯いた。数分間、唸り続ける彼を眺めながらも僕は、未だあっさりと許された事実を受け入れられなかった。

何故、こうも彼は器が広いのか。

きっと僕が言われていたら、もう関係を断ちたいのだと思い、そのまま身を引いていただろう。

友を失わずに済んだ安堵よりも遥かに疑問の方が先立ち続けた、その時だった。

「そうだ!」

パンッ!と、彼は座ったまま自分の膝を叩いて音を鳴らし、良いことが思い付いたと快活に僕へ笑顔を向けた。

ランス王子はテーブルを挟んで向かい側にいた僕の方まで回りこみ、その隣に佇んだ。

「ヨアン王子、確かお前の国には〝血の誓い〟というものがあったな?」

〝血の誓い〟…互いの血を混ぜ合うことで絶対的な誓いを交わす、我がチャイネンシス王国の信仰上行われる儀式だ。王族にとっては民衆の前で民と、そして神に誓いを交わす儀式でもある。王位継承や信仰、婚約や宣誓で行われることが多い。

僕が訳も分からず頷くと、彼は突然目の前で自分の親指の先を噛み切った。ガリッ、という鈍く痛々しい音が聞こえ、僕は思わず息を飲む。

「ッ何を…⁈」

突然第一王子が自ら怪我を、血を流すなんて。意味が分からず急ぎ止血をと布を取り出そうとする僕に、彼は赤く滴らせた指先を突き出した。目の前で赤々と鈍く照り、流れる血に身を竦める僕へ彼は惑うことなく声を張る。

「今この場において誓おう友よ!」

響き渡るほどのはっきりとしたその声と、力強いその笑みが僕を熱く照らす。

「俺達は、いつかまた以前のように会えぬ時が突然来るかもしれん。だが、それもたった十年程度の話だ。俺が王位を継承すれば俺が。お前が王位を継承すればお前が、互いを阻む壁を打ち壊す。その時こそが再開の時…始まりの時だ。」

どれほど高く重く堅い壁が立ち塞がろうとも、彼はいとも簡単にその壁を前に笑ってみせる。乗り越え、壊すと堂々と宣言してしまう。

そうだ、僕はずっとこの眩さが欲しかった。

「誓おう、ヨアン王子…いやヨアン‼︎例えこの先何があろうとも俺達は必ず王となり、そして共にハナズオ連合王国を豊かにすると!」

赤い彼の瞳の熱が増し、更に眩く光を帯びて燃え滾る。鮮血が溢れ続け、彼の指から手首へ伝う。それを全く気にしない彼は力強く笑い、歯を見せた。

「できる筈だ、俺達ならば!他でもないお前とならば‼︎俺達はっ…」

彼が言葉を切る。その時の目の輝きは、淀みも無ければ陶酔でもない。確固たる希望と確信がそこには在った。

「この広き世界で唯一〝二人〟と存在し得た第一王子なのだから‼︎」

全身が酷く震え、泡立った。

今まで、この歪な連合王国に産まれたことも、分裂した国の第一王子に産まれたことも己が忌むべき宿命としか思っていなかった。

でもそれを、この瞬間初めて僕は

何よりも幸福なことだと思えた。

震える身体に鞭打ち足を動かす。彼に背中を向け、自衛の為に客間に備え付けられていたナイフを、隠し棚の裏側から取り出し、彼と同じ親指の先を裂く。一瞬走る筈の痛みが、興奮の為か何も感じなかった。傷口から鮮血が溢れ出し、赤が指の腹をなぞった。

「誓おう。この国の未来と、民の為に。」

彼の元へと歩み寄り、その滴り落ちる赤を共に重ね合わせた。傷口を強く押し付け合い、互いに溢れる血が一度止まる。

「ランス。僕には…君が必要だ。」

ランス王子…ランスと流したその血は、混ざり合う前から同じ赤色だった。

そして改めて理解する、僕らは同じ人間だ。

「だから僕からも誓おう、ランス。互いに埋め合うと。僕が叶わない時は君が、君が叶わない時は僕が、僕らの大事なものを必ず守ると。」

押し付け合う指の力を緩め、そのまま互いの手を強く握り締めた。手のひら同士が合わさり、互いの温度が重なった。

司祭も、誓いの言葉も、儀式の短剣も何もない。自分でもわかる、単なる子どもの真似事だ。それでも、この時のそれは僕らにとって

血よりも濃い誓いとなった。