軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ554.友人は朝を越え、

「あのっ……私、人を探しているんです」

……?あれ……。

私、なにやっているんだろう。……わかんない。すごいぽわぽわしてて……昨日寝るの遅かったから……?

「一週間ほど前に来ませんでしたか?朱色の瞳で髪は煉瓦色の……」

もしくは、と。……そんな言葉を、もう何度尋ねただろう。

もう何件歩き回っても、手がかりの一つもない。この一週間だけで靴の底も一気にすり減って段々歩きにくくなっている。あれから毎日まともに眠れなくて、時々襲ってくる睡魔が疲れなのか寝不足なのかもわからない。でも止まってなんていられない。

知らないと、首を振った人に足を止めてくれたお礼を言ってまた歩く。こんなことになるのなら、どこで働いているのかもちゃんと聞いておくんだったと後悔して何度目か。

誰か、どなたか、と何度も何度も尋ねても手がかりも掴む術もない。行き場もないまま、胸の底が揺らぐ感覚に苦しくなりながら当てもなく不安を吐き出したくて、意味もなく声を上げる。

「誰かっ、私の兄を知りませんかっ……!!」

…………私は、……アムレット・エフロン……。……そうだ、今私は兄さんを探しててー……

突然行方不明になった、兄さん。

いなくなってから一週間が過ぎても、最後に見た人すらみつからない。兄さんがいつも買い物で使っていた市場以外、私は本当に兄さんのことをなにもわかっていなかったんだと思い知った。

兄さんがどんな仕事をしているのかは聞いていても、どこで働いているかは知らない。雇い主の名前すら知らない。

兄さんが毎晩遅くに帰ってくることは知っていても、真夜中にどんな道を歩いているのか知らない。

兄さんがどんな場所が好きで、私達の家以外どこへ行きそうなのかも何も知らない。

街中の人には兄さんを見ていないか聞いたけど、皆全然知らなかった。

子どもの頃は街の人達に支えられてお手伝いもして回っていた兄さんだけど、街の外で出稼ぎするようになってからはめっきり兄さんの姿を見ることは街の人もなくなった。だって兄さんはいつだって太陽が上がるよりも前に街を出て、深夜になってから明かりも持たず帰ってきていたから。

「!アムレット!!やっと見つけた!今日は寝てなさいと言っただろう!女一人でこんな下級層の近くで、何かあってからじゃ遅いんだよ?!」

「ベティおばさんっ……ごめんなさいでも、もう一週間も過ぎてて、兄さんどこにもみつからないし」

「良いから!!昨晩だって街の前で倒れたのに、そんな無理ばかりしたらフィリップが見つかる前にアンタが駄目になっちゃうよ!」

来なさい!と腕を引っ張られて、促されるままに足を動かす。どうしよう、もう見つかっちゃった。

昨夜遅くまで探しても兄さんの手立てが見つからなくて、家に帰る途中で目の前が真っ暗になって倒れたから街の人達に心配されて大変だった。子どもの頃から色々良くしてくれるベティおばさんが、私を自分の家まで連れて介抱してくれた。

酷い熱だと言って、一日ゆっくり寝ていなさいって言われたのに抜け出してしまった。子どもの頃から兄さんと一緒にお世話になっていて、お互い生活が大変で本当はもう迷惑なんてかけたくないのに。

「ベティおばさん、あのっ私せめて家に……兄さんがもしかしたら帰ってきているかもしれないからっ……」

「こんな熱で一人でどうするつもりだい?!今日は大人しくうちに来なさい!フィリップだってアムレットがいなかったらうちって分かるはずだよ!」

ぐいぐいと力強い腕に引っ張られて、私のことを心配して言ってくれていると頭ではわかっているのに泣きそうになる。

やっぱり熱が大分酷いのかなと頭の隅で思う。こんな熱じゃ、帰ってきても兄さんが心配しちゃう。お金を稼ぐ為の仕事にも行けなくなって、また私を心配して寝るのも惜しんで看病しちゃって、自分だって毎日毎日仕事で疲れているくせに……

『じゃあなアムレット!兄ちゃんなるべく早く帰ってくるからな!!』

兄さん、兄さん、兄さんごめんなさい。

最後に見た、いつもみたいに当たり前に手を振って笑いかけてくれた兄さんの顔を思い出してとうとう視界が滲んだ。

ベティおばさんに手を引かれてふらふら歩きながら、前が見えないで鼻を啜る。なんで私、あの日に限ってあんなことしちゃったんだろう、兄さんの、年に一回の大事な日なのに。

兄さんが消えた夜、私は待ちくたびれて先に眠ってしまった。

せっかくの兄さんの大事な誕生日前夜に、早く帰ってくるって言っていた兄さんはいつまで経っても帰ってこなくて。毎年ちゃんと日付けが変わったら一番におめでとうって言ってたのに、あの日に限って先にソファーで転寝してしまった。

兄さんが仕事で遅い日は珍しくなくて、日時が過ぎてから帰ってくる日だって、早く帰るって言ってどうしようもない理由で遅くなる日だって何度もあったのに。よりにもよって兄さんの大事な日を迎える前に寝ちゃった。

なんで無理してでも明け方になってでも待ってあげられなかったんだろう。

「早く帰ってきてね」なんて言わなきゃ良かった。兄さんだって本当は仕事なんて早く終わらせて家で休みたかったに決まっているのに。お金がなくても私の誕生日は必ずお祝いしてくれた兄さんに、私が兄さんの誕生日できるのは家族として「おめでとう」って言うことだけだったのに。

お蔭で、寝ている間に兄さんが帰ってきていたか、それとも帰らずに居なくなっちゃったかもわからない。

もし帰り道の途中や仕事で何かあってそれで兄さんが居なくなっちゃったなら、きっと今も助けを待っている。早く見つけて上げなくちゃいけない。でも、もしかすると……

「アムレット……?アムレット!大丈夫だよ。ちゃんとフィリップならひょっこり帰ってくるから。ほら、これを使いなさい」

私も強く言い過ぎたね、と足を止めたベティおばさんがハンカチを渡して私を抱き締めてくれる。

大丈夫、こんな良い妹を置いていかない、それまではいくらでもうちを頼って良いからと繰り返してくれるベティおばさんに、なんだかどうしようもなく込み上げて子どもみたいに大声で泣いた。兄さんの前でだって泣かないようにしてたのに。

兄さんは帰ってくる、と。そう今日まで、ベティおばさんだけじゃなく街中の人が慰めてくれた。兄さんは妹想いだから、私を大事に想っているから、家族を置いていなくなるようなことはしないって。

最近は騎士団だって裏稼業の一斉検挙に昔よりずっとちゃんと動いてくれているから大丈夫だって。……でも、どうしても思う。あの夜、私は皆が言ってくれるような良い妹なんかじゃなかったから。

『今度からお兄ちゃんの誕生日もちゃんと祝おう』

最初に、それを言い出したのは私の方なのに。

だから兄さんも、私の我儘に付き合って誕生日にはどんなに生活が苦しくてもお休みをわざわざ取ってくれていたのに。それまで、自分の誕生日なんて忘れたみたいに振舞って、……私が辛い想いをしないようにずっと誕生日のお祝いすらしないでいてくれた人なのに。

なのに、寝ちゃった。兄さんの誕生日を前に、兄さんを待てずに寝ちゃった。……あの日、もし兄さんが帰ってきていたとしたらどんな気持ちだっただろう。

一生懸命朝も夜も働いて、誕生日を祝いたいなんて私の我儘に付き合って、家に帰っても料理も服のほつれもボタンすらつけられない何も役に立たない妹が、せっかく帰ってきたのに先に眠っていたら。

いつもにこにこ笑って、辛くても辛いと言わない兄さんだから私も甘えきっていた。「アムレットは良いんだ」「兄ちゃんが全部やってやるからな」って、……十四にもなってまだそんな優しさに甘えてた。

本当は、兄さんはとっくに限界だったのかもしれない。

外では仕事して、家では家事も全部して、友達と遊ぶどころかいつになってもゆっくりできる時間なんてない毎日が続く中で、出口が見えないくらい息が詰まっちゃっていたかもしれない。

もしかしたら、誕生日に蝋燭の火も尽きた真っ暗な部屋を見て何かが切れちゃったのかもしれない。私は兄さんの為に何もできなくて、重荷になるばかりで、そのくせずっと「兄さんは無理しないで」とかわかったような言葉を口で言うだけで何も兄さんの為にしてあげられなかった。

騎士団にも、衛兵の詰所にも助けを求めたけど手がかりの一つも見つからないのだって、兄さんが自分の意思で消えたのなら納得できる。兄さんが特殊能力を使えば、外見の手がかりなんて意味がない。

街の中には、わざわざ危険を冒してまで裏稼業の〝市場〟へ兄さんを探しに行ってくれた人もいた。そんな中、兄さんどころかその手がかりすらない。

「フィリップが帰ってくるまでいくらでもうちにいなさい。街の皆でアンタ一人くらいなら支えられるから」

「でもっ……私本当に何もできないっ……!!兄さんみたいに器用でもないし家事だって下手で、役になんか」

置いてかれて、一人になって、やっとわかった。私は本当に何もできない人間だったこと。

いくら勉強しても本が読めても、そんなの何の役にも立たない。掃除も料理も洗濯も皿洗いもお裁縫も何もできないで、たった一人の家族の帰りを満足に待つこともできなかった。

そう思い知れば知るほどに、やっぱり兄さんは消えたんじゃなくてこんな生活が嫌になって出て言っちゃったんじゃないかと思えて仕方がない。

ベティおばさんが「そんなことをして欲しくて頼れと言っているんじゃないよ」と優しい声で言ってくれる中、ただただ今の状況が自分の所為な気がして苦しくなる。

私はずっと、ずっと兄さんの優しさに甘えていた子どもだ。いつだって自分のことばっかりで、兄さんがどれだけ辛いかもわかってあげられなかった。

「兄さんっ……いつか帰ってきてくれるかなっ……」

鼻を啜り、ぽろりとただ慰めてもらう為だけみたいな言葉がつい弱音と一緒に零れる。

当たり前さと返してくれる言葉に嗚咽を漏らしながら、ハンカチで目を拭って歩き出す。そっと肩を抱かれるように支えられ、もう熱の所為でか頭がぼうっとするのをベティおばさんに寄りかかりながら進む。

兄さんに何かあったのかもしれないよりも、今はただ熱に浮かされた頭がまるで変な勘が働いたみたいに出て行っちゃったんだって確信のように決めてくる。

いつか、兄さんが今までの分たくさん自由になれて楽になれて、……私がもう、兄さんの負担にならないくらいなんでも一人でできるようになれたら。

その時はまた「ただいま」と帰ってきてくれるだろうか。

「ベティおばさん……すぐには役に立てないけどっ、ちょっとずつお手伝い頑張りますから……」

涙声でちゃんと話せたかもわからない。

それでも兄さんがいなくなった途端、何もなくなった私がこれからどうすべきなのかはわかったから。

兄さんを探しながら、それだけじゃなくてちゃんともっとできることを増やそう。今まで兄さんにやってもらっていたこと全部、私一人でできるようになる。いつか兄さんが見つかったら「もう大丈夫だよ」って言えるように。

もう大丈夫、兄さん一人に迷惑かけない、私だってできるようになった、もう兄さんだけに頼らないからって。そう言って兄さんが安心して帰ってこられるように。今まで私の為になんでもしてくれた兄さんが、もう追い詰められたりなんかしないように。

母さんと父さんと、そして兄さんが残してくれたあの家で帰りを待ち続けよう。

それまで自分の幸せなんて後回しで良い。兄さんが無事で、ちゃんと幸せでいてくれるか帰ってきてくれるその日まで、兄さんを探して待ち続ける。……今まで、自分のことを後回しで私の為に頑張ってくれていた兄さんみたいに。

─ 兄さんみたいな、頼られる人になりたい。

「それでっ、……っ……兄さんが」

ひっく、えっぐ、と喉をしゃくり上げながら滲んだ視界の先へと歩く。

兄さん、とその言葉を言うだけで涙が止まらない。優しい兄さんをあそこまで追い詰めたのが自分だってわかるから。

─ 家族を失った人には「私がいるよ」って当たり前みたいに一緒にいてあげられるような。

「兄さんがっ、帰ってきたら……最初に謝りたいっ……」

ごめんなさい、たくさん辛い想いばっかりさせたのに、ずっと頼ってばっかで、私からは何もできなくてって。

謝って、抱き締めて、無事で良かったと言いたい。今まで兄さんに何もできなかった分、今度こそ役に立ちたい。

─ 家族のことで苦しんでいたら、なんでも力になって寄り添えるような。

「もうっ……こんなことにならないようにしたいっ……」

えぐえぐと、段々喉が詰まって上手く話せなくなる。

肩から背中を優しく摩られたら逆に胸が締め付けられて苦しいくらい涙が溢れて止まらなくなった。

今更何を言ったって兄さんが戻ってくるかもわからないのに、帰ってくるって都合よく思いたい。

ひと月後でも、一年後でも十年後でも、兄さんはいつか帰ってきてその時こそもう私は頼りきりになんかならないんだって。

─ 独りぼっちで泣いている人に「貴方は悪くないよ」って肩を支えられるような。

「ずっと、ずっと兄さんに甘えきりでっ……兄さんがこんなに辛かったのに気付けないような自分はもう嫌っ……」

下唇を噛んで、息を引く。ハンカチで押さえきれないくらいあちこちが苦しくて吐き出して堪らない。まるで足場まで浮いてしまったみたいにふらりとどこに立っているかもわからなくなって、「アムレット!?」とベティおばさんが呼んでくれる声が何故か遠く聞こえた。

労うどころかお礼を言うどころか、過保護だって辛く当たることの方が最近はずっと多かった。

たった一人の家族だったのに、あんなに毎日働いてくれていたのも全部私の為だったのに。それでもずっとずっと笑って大事にしてくれた兄さんに、私は少しも返せなかった。力にもなれなかった。

苦しんでいる兄さんの弱音一つ聞いてあげることもできなかった。

─ 今の、……私みたいに。誰かを探している人の、力になってあげられるような人に。

「いつか、っ……いつか。……もっと一人でちゃんとなんでもできるようになって、そうすれば兄さんもー…………」

帰ってきてくれるよね?

……そう言いたかったのに、もう口が動かなかった。

最後に水を飲んだのはいつだったかなと思うくらい喉がカラカラで、なのに目から水がたくさん出て言って全身が雨あがりみたいに汗でずぶ濡れで。

アムレット、アムレットと呼んでくれるこの声が、都合よく兄さんだったら良かったのにと遠くなる意識の向こうで思った。

─ 今度は、言葉だけじゃなく行動で。

昼間の筈なのに視界が真っ暗になる。

どこを探しても、誰に聞いても、どんなに叫んで呼んでも見つからない兄さんに、……もう会える日は二度とないのかなと。

そんな風に一瞬でも過ってしまった最悪の予感を最後の力で打ち消した。

……

「…………ムレット?…………アムレット、起きて」

……なんだろ……眠い……。

ん~、と呻きながらここがどこだったかなとぼんやり思う。ほんのり顔の周りが濡れている感覚がして、原因を考えるよりも前に目を擦る。服の裾が湿っていく感覚と、喉の妙な渇きになんでかがわかって、顔をあげずに慌てて一度そのまま机に俯けた。

どうしよう恥ずかしい。

なんで、どうして私、そんなと下唇を噛んで考える。絶対今私泣いちゃってた!!早めに教室に着いて、授業始まるまで仮眠していただけなのにどうしてこんな!!

かーーーっと顔が一気に熱くなると同時に目が覚める。まだ私が起きたことに気付いていないのか、キティが今も変わらず私を揺さぶってくれている。もしかして寝ながら泣いているのも見られたかなと思うと恥ずかしくて、なかなか寝たふりをやめられない。しかも身体がすごく重い。

息も妙に苦しいし、今顔が熱いのが熱なのか恥ずかしいかもわからない。どうしよう、今何時だろう。大体私なんで泣いてなんか…………。

嫌な夢でも見たのかなと思ったけど、全然記憶にない。昨日夜中まで読んでいた本の所為かもしれない。いやでも昨日は全然悲しい話じゃなかった筈なのに

「アムレット、廊下にお客さん来てるよ、起きて!」

「…………お客さん……??」

ぺしぺしと優しく指先で頭を叩かれて、誰かを待たせていることに顔を上げる。

一瞬いまは一限後かなって錯覚したけれど、時計を見れば違う。やっぱり一限前だ。

目をごしごし痛くなるくらい擦って机に突っ伏した状態から身体を起こせば、キティが真っすぐに指差してくれたのは教室扉の先だった。誰だろうと首を傾けながら、擦った所為でかすれ気味の目を凝らせば同級生が次々と入ってくる扉の端にちらりと見覚えのある影が見える。えっ、嘘あれは……

「ぱっ、ぱぱぱパウエル?!」

ガタガタガタンッ!と勢い任せに立ち上がれば、一気に現実に引き戻されて声がひっくり返る。

うっかり兄さん譲りの大声が出ちゃって、キティ達も近くにいる友達みんなが両手で耳を塞いでいた。何度かパウエルに会ったことがあるキティが「そうそうパウエルさん」と、名前を今思い出したみたいに唱える中私は恥ずかしくて一度唇を結ぶ。

扉脇にいたパウエルが、少し姿勢を低くするようにして私の方に目を向けてくれた。

目が合った瞬間大きな手で小さく手を振られ、振り返す時間も惜しくて駈け出した。扉へ向かいながら、髪が変になってないか気になって手櫛でなるべく整える。どうしよう、目の周り赤くなってないかな?顔に跡ついちゃってたら恥ずかしい。

声の届く距離まで近付けば、「アムレット」と呼んでくれるパウエルは自分の教室へ行く前に寄ってくれたのか、リュックを肩に掛けたままだった。