作品タイトル不明
そして夜更けを越える。
「……降りろ。足元に気を付けるように」
……?あれ……ここは……。
「起きてるのだろう。…………動く気力も、まだないか」
なんでだろう、身体が全部重い。
指先一つにも力が入らなくて、呼吸してるだけで凄く運動してるみたい。
真っ暗な場所で、ぐらぐら揺らされながらずっと座ってた。呼びかけてくる男の人に何も返せなくて、返したいとも思わない。
僕は、どうなっちゃったんだろう。
顔も上げられない。全身人形になっちゃったみたい。隣の人が誰かもわからない。どうして僕はこんな、…………そうだ。
全く。そう言って、力の出ない僕を持ち上げて馬から着地した。
とんっ、と軽い振動の後、本当に人形みたいにそのまま地面に立たされる。足に力は入ってそのまま崩れず立てたけど、足を進ませる気になれない。もう、何もかもがどうでも良くて自分から何かしようって思えない。なんで僕は、ついさっきまでずっと
お城の牢屋にいた筈なのに。
ここまでくる間のことも、まだぼんやりとしか思い出せない。
こっちだと言われても、棒立ちのまま動けない僕は呼びかけてくる人に腕を掴まれて引っ張られる。前のめりになったまま足が反射的にトボトボ動く。新しい牢屋かな、それとも秘密に殺されるのかな。
向かう建物は夜と一緒の真っ暗で、暗い場所に慣れてた目でもよく見えない。僕を連れていく男の人が鍵をがちゃりと開けて、開かれてもその先は真っ暗だ。暗い場所から暗い場所にまた移される。
一体僕はどうなるんだろう。…………どうなっても良いや。だって、僕はたくさんの人を殺したんだから。僕の所為で兄ちゃんも、ライラも母さんも村の人も─
「アーサー?帰って来たの」
ぽわり、と。
真っ暗だった建物の奥から、蝋燭の火が顔を出した。綺麗な女の人の顔だけが照らされて見える。
アーサー、と。その名前を聞いた途端なんだか遠かったようなさっきだったような記憶が蘇る。……そうだ、この人は。
起こしてしまいましたか、もう店も閉めちゃったわよ、また閉めるのが早くなりましたね、常連さんだけで少ないからね。そんな会話を綺麗な人としながら、アーサーと呼ばれた男の人は部屋のランプに火をつけた。誰だろう、年上に見えるけどこの人の奥さんかもしれない。
この子が、と金色の女の人は僕を丸い目で見た。
部屋をランプで照らされて明るくなっていくと、顔の皺もはっきり見えてもっとおばさんだとわかる。ランプの数が増えるごとに建物の中もはっきりわかって、お店の中みたいだった。
こんにちは、って頭ではちょっと浮かんだけど口は動かない。泥に浸かってるみたいに手足が重くて、実際すごく今僕は汚い。だってずっと長い間あの汚くて薄暗い場所にいたんだもん。
「母上、彼がブラッドです。まだ食事もとっていません、なにか残っていますか?」
「その前に水浴びさせましょう。可哀想に。どうしてこんな格好で……」
貴方の古着まだあったわよね。そう言いながら女の人は自分が羽織っていた布を僕の両肩にかけてくれた。ふわりと雲みたいに柔らかくて、食べ物じゃないのに美味しい匂いがして……途端にすごく泣きたくなった。
布を指先で摘まみながら、じわじわと視界が滲む。女の人の綺麗な指が僕の目元を拭ってくれて、部屋の奥へ肩に手を添えて押してくれた。
触っちゃだめなのに、近くにいちゃだめなのに。僕の傍に居たら怪我しちゃうかも死んじゃうかもしれないのに。
「アーサー!着替えを持ってきてあげて。その間に水浴びさせるから」
女の人が呼びかける先に、ぼんやりと首が向く。
温もりに溶かされるみたいに今度は自然に首が回った。明るくなった部屋の中で、ランプに火をつけて回っていた男の人は一言だけ返すだけで、じっと難しい顔で連れられて行く僕を見ていた。銀色の短髪に、…………真っ白の団服。大好きだったその恰好に、大好きだった人を思い出したらその途端に息が止まって瞼が開いた。
がくんって、急に膝から力が抜けて崩れた。どうしたの、って女の人が叫んだけど、自分でもわからないくらい苦しくて込み上げて大口を開けて吠えるみたいに泣いた。
なんで涙がこんなに出るのかもわからない。ただ、大好きだった人がもうこの世界のどこにもいないんだと思い出しただけ。だって僕が殺したんだから。
声が出るだけガラガラ喉を傷めて泣く僕を女の人が抱き締めてくれる。もう大丈夫、怖かったわね、辛かったわねって何度も何度も言ってくれて、それを言われたらまた涙が溢れた。
時間が止まっていたみたいに、急に今の今まで何があったのか頭に駆け巡る。盗賊が来て、村が襲われて、ライラと母さんを守りたくて、守れなくて。兄ちゃんも死んで皆が火の海になって、僕だけ残って、雨が遅くて、騎士が来たのも遅くて、裁判で、牢屋に入って、ずっとずっといて、それで。
『ブラッド・ゲイルは釈放だ』
あの時、久々に名前を呼ばれた。
もう名乗ることは許されない家名と一緒に呼ばれた。それが僕の名前だとわかったけど、もう二度とその家名は名乗らないと決めていた。僕にはそんな資格ないから。
何故、どういうことでしょうか、騎士団長、って牢屋の見張りの人達が言う中で、男の人ははっきりとした口調で言い切った。
『この子は、私が引き取る』
騎士の血は、まだこんな僕を逃がさない。
神様に救われたような、断罪に落とされたような感覚が同時に僕の身体へと纏わりついた。
…………
……
…
「……ブラッド、起きてるか」
「っ……?うん全然起きてる起きてる~、寄り道……楽しみだなぁ」
……ぐらりぐらりと馬車に揺られて暫く。出発前からの眠気に負けてちょっと転寝した気がするけど絶対
悪夢を 見た と 思 う。
─『曽祖父の代までは同代に複数人騎士もいたそうですが、今代は僕だけです。……それが良いと、思っています』