軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ482.本隊騎士は話した。

『気分でも悪いか?』

今思えば、あれがアーサーさんから用件もなく話しかけてくれた最初で最後だった。

隅で時間が経つのを待とうとする僕に、最初にそう話しかけてきた。

一人で陰鬱な顔で過ごしていたからかジョッキの酒が全く進んでいなかったからか、酒が弱いと誤解をされた。初対面の頃からあの人は本当にお人好しだったなと思う。

体調に問題ないことを告げてから改めて挨拶をすれば、まるで当然のようにアーサーさんは「俺も八番隊で」自己紹介を返してきた。

多分僕がまだ隊長格でもない自分のことを覚えていないと思って自己紹介してくれたのだろうけれど、僕は紹介される前からあの人のことはよく知っていた。新兵の頃からずっと僕が一方的に、……というか騎士団に入団すれば名前を知らない者はいないと言っても過言じゃない。

騎士団長子息。最年少入団、最年少入隊。更にはその両方を主席という記録を保持している。

入団も入隊も主席どころか次席でせいぜいの僕とは天地の差の経歴を持つ人だった。

僕が新兵の頃から、大勢がアーサーさんに憧れや尊敬を抱いていた。そんな有名人が、まさか同じ八番隊に所属したからってだけで僕にわざわざ話しかけてくるなんて想像もしていなかった。

互いに挨拶を済ませ、他の騎士とは話さなくて良いのかと尋ねてくるアーサーさんに僕もきちんと応答した。彼らは彼らで他の新入りと話した方が有意義で、別に彼らは僕の直属の上司でもない。隊長格にはちゃんと挨拶したから問題はないと。

別に嫌味でもない、正論だ。ただそういうことを言えば相手が反応に困ることは僕もわかっている。

『隊とか気にしなくても話しかけてぇンなら良いと思っけど……っつーか、八番隊の人だけ待ってたら多分永久に誰とも話せねぇぞ』

『別に待っているわけではありません。単に僕が挨拶以上の会話を必要としていないだけです。アーサーさんも直属の部下だからといって気遣いは不要です。僕は僕で宴会は楽しんでいますのでお気になさらないで下さい』

頭を掻いて困り眉になるアーサーさんに、僕はまたやった。

わざわざ一人になっている僕に話しかけてくれた、唯一同隊の先輩であるアーサーさんに。

僕が言い切った途端、アーサーさんは最初目を丸くしていた。それからすぐに他の人と同じ苦笑いになって、このまま去っていくんだろうなと肌が先に感じた。

他に話しかけてくれた人達にもこうやって挨拶以上は終わってしまった。正真正銘本音だし、間違ったことは言っていないし事実だ。これでも最低限失礼にならないように言葉を選んだ方だ。

別に僕はこれ以上の会話を本当に必要としていないし、人気者のアーサーさんなら僕なんかよりも話したがっている同期も他の騎士もいる。

新兵だった頃からアーサーさんが人に囲まれていない時なんて見たことがない。八番隊では浮いていたけど、同期とも他隊の騎士とも仲が良い。性格の良いアーサーさんが僕を気にかけてくれることはわかる。だけど僕は本当にこれ以上の会話をしたいとは思っていない。だって

今この場にいるだけでもこんなに緊張するんだから。

子どもの頃から憧れていた王国騎士団。その騎士団に入団できただけでも嬉しいしやっと父と同じ騎士になれた。

新兵の頃からだって少しでも顔を上げればどこにも騎士がいて目が輝きそうなのを隠すのに精いっぱいだった。騎士が目の前にいるというだけでも嬉しいし、自分があの人達と同じ白の団服に袖を通しているという事実だけでも最初の頃はどきどきした。当然新兵と本隊騎士で団服が同じわけではないがそれでも同色の白の団服だ。

しかも殆どの騎士は当然ながら僕より背も高くて体格もしっかりしていて男の中の男という騎士だし本隊騎士の補助業務で労いの言葉を掛けられるだけでも心臓縮まるし、演習中の騎士を見れば意識しないとずっと凝視してしまう。本隊騎士の実力差には圧倒されたがそれでも憧れの方が上回った。

僕も本隊騎士になればあれだけの騎士になれるかもしれないと何度も思い描いたしこの騎士達の光景をブラッドにも見せてやりたくなった。家に帰れば毎日ブラッドに本隊騎士の方々の武勇を話したがやっぱり目で見る以上の語りはないと思う。

しかも自己鍛錬している時に同じ新兵にならまだしも本隊騎士に調子はどうだと言われれば畏れ多いし僕にかまける時間があれば他の騎士にと思ってしまう。騎士に見られてると思うだけで落ち着いて集中どころか緊張して意識もちらかる。

飲み会はもともと村にいた頃から苦手なのにこうして騎士に囲まれると余計どうすれば良いのかわからなくなる。だって全員本隊騎士だぞ?

もともと同期とも仲良くなかったから彼らの元に逃げるわけにもいかないしだからといって挨拶以上本隊騎士の方々と長時間話すなんて畏れ多いし気が引けるし心臓がうるさすぎて死にそうになるししかも話しかけてくる騎士に限って騎士団でも有名な人が多くてアラン隊長はあの一番隊だしカラム隊長は最優秀騎士に毎年選ばれているエリートで且つ三番隊騎士隊長で僕の父さんが所属していた四番隊のさらに上位の三番隊でその頂点だ他の騎士も隊長だったり副隊長だったり歴戦の騎士で騎士歴の長い人に演習で好成績を出している人もいるし演習中の光景にうっかり目を奪われた騎士もいたしというか騎士で上も下もなければどの騎士も畏れ多すぎて長時間話せるわけがないしまたうっかり不快に思われる発言で嫌われるくらいなら話したくないし目の前のアーサーさんなんて隊長格でこそないけど最年少本隊騎士で今や若くしてあのプライド第一王女の最初の近衛騎士だぞ当時まだ本隊騎士になったばかりだったにも関わらず隊長副隊長の隊長格を除いての勝ち抜き戦で実力一つで近衛騎士の座を勝ち取ったという伝説まで持つ騎士だそんな騎士と話すなんて萎縮するなという方が無理に決まっている。

……アーサーさんを前に、思考ばかりがまた先走った。

遠慮なんかではなく、本当に僕は隅のここで一人で時間が経つのを待っていたのにまさかのアーサーさんに話しかけられたから余計にいつもより脳内が忙しくなった。

いつもは話しかけられるのも苦手で、せっかくの盛り上がっている空気を壊すのも嫌で苦手でしかない飲み会だったけれど今回は僕ら新入りを歓迎する為の飲み会で参加しないのは無礼だ。それにこうして隅で騎士達が騒いでいる光景をみるだけで充分僕は満足だったしこれぐらいの距離感が丁度良い。……騎士になれた以上、常に騎士として意識し務めるべきなのだから。

未だ騎士相手に憧れ息巻き興奮が抑えられない田舎者だなんて、絶対に知られたくない。

『?……もしかして俺、なんか悪いこと……つーか嫌われることしたか?』

『していません。何故そのような結論になるのですか。別にアーサーさんを嫌っているわけでも騎士の方々に不満があるわけでもありません。ただただこの時間が双方にとって無駄になると申しているだけです』

既にいっぱいいっぱいだった僕の顔を見て、席を外すどころか何故か尋ねてきた。

僕もそんな誤解を受けたのは心外で、はっきり否定をしたらまた少しきつい言い方になったと後から気付いた。僕の顔をみて眉を寄せて笑うアーサーさんに、知らないうちにそれだけ僕の顔が緊張で睨んでいるように見えたのかもしれない。

またきつい言い方になってしまった、やってしまった!と思った僕にアーサーさんは……ほっと安心したように息を吐いて笑った。

さっきとは別の理由で、心から思うまま眉を寄せて睨み返してしまう僕を前に。

良かった。そう言って、やはり席を立つどころか僕の正面から今度は隣に並んで腰をかがめ覗き込んできた。

『ンじゃ、もっと話しても良いか?』

『……はい。今は飲みの席ですし断る方が難しいかと』

いや駄目なら断って良いけど、と苦そうな口のまま笑うアーサーさんはそれでも僕の隣から離れなかった。

まだ本隊騎士を間近にして死にそうな僕に、こんな伝説級の人が話しかけてくるなんてと頭の中は会話と思考で大変だった。

この瞬間の為だけでも八番隊に入って良かったと思ってしまった。そうでなければアーサーさんと僕に接点なんて殆どない。

『ンじゃあサラブレッドか?』

『そうなります。とはいっても父は祖父と同じく任務中に殉職しましたが』

立派な人なんだな、と。

アーサーさんは微笑んだ。僕の肩に軽く手を置いて、僕がそのまま受ければ続けて父の死を悼んでくれた。しんどかったろ、キツかったなと言ってくれて……正直嬉しかった。

村でも、そして当然騎士団でも父と祖父の死は〝誇らしい〟と慰められ褒め称えられることばかりだったから、純粋に父の死と僕ら家族の喪失に寄り添って貰えたことの方が僕は少なかった。

それを騎士団長子息であるアーサーさんに言われたことは意外でもあったが、それ以外の感情が上回った。何故こんな人格者が八番隊を選んだのかも疑問に浮かんだ。

確かに個人判断のできる人だとは思うが、他の八番隊とは毛色が違い過ぎる。まさか父親である騎士団長の為に異色しかない八番隊を内側から纏める為入隊をされたのだろうかとまで考えた。だとすればやはりこうして話しかけてくれるのも同じ八番隊のよしみかもしくはその統制の一部か。

『先祖代々ってすげぇな。他のサラブレッドの人もそうだけど、ただでさえ厳しい門なのに家系でずっと騎士になれてンだから。エリートの人だって家系じゃねぇ人もいるし』

『騎士団長子息のアーサーさんほどではありません。僕なんて所詮は才能も身体能力も特殊能力にも恵まれない、一族の血だけが取り柄の人間ですから。それでもこういう血筋ですから幼少から騎士を目指すことは当然でした』

『?なりてぇわけじゃなかったとか……?』

『そんな中途半端な覚悟で騎士になれるわけがありません。誤解を招く発言はやめてください。騎士が大勢集っている中でアーサーさんほど人望や注目のある人間の発言力がどれほどのものかしっかりと自覚なさって下さい。アーサーさんと違い、信頼も実績もない僕への憶測がどれほど今後に響くとお考えですか』

思わずまた口が出た僕にアーサーさんは慌てて「わりぃ」と謝った。

アーサーさん相手でも今の発言はやはり許せなかった。「僕の発言にも誤解を招く言い方があったのならば謝ります」と続けながらも、狭くなっていく視界の端で他の騎士がこっちを見ているのがわかった。当然だ、ついこの前まで新兵だった僕が最年少主席入隊だったアーサーさんに説教をしているのだから。

僕がこういう性格なのは新兵も本隊騎士でも知っているだろうけれど、入隊して「もう、か」と思われたに違いない。それでも腹立たしさと並行して口は止まらない。

『周囲からの期待が大きかったこともありますが、一番は僕自身の自由意思です。たとえ志半ばで命を落とそうともそれを家族や子々孫々に押し付けようとも思っていません。どれほど才能に恵まれていなかろうとも努力次第でどうにでもできました。物心ついた時から騎士を目指すと決めてこの努めを怠った覚えはありません。僕を騎士とするべく周囲も応援してくれる立場にいたことも僕にとっては幸いだったと思っています。いくら努力の意思があろうとも、その努力する為の時間も余裕も機会を許してくれたのも僕の周囲と環境です。父を亡くしたことは残念ですが、己の境遇を不幸だと思ったことはありませんし騎士の家系であることにも誇りを持っています。僕がこういう家系でなければ騎士となるべく努めたくても許されなかったことも多くありますから。僕は代々の騎士となるべく必要な前知識や鍛錬術のお陰で騎士になれただけです。騎士となるべき責任も義務もありますが、同時に騎士を目指す権利を最大限に尊重されました。お蔭でこうしてやっと念願叶い正式な本隊騎士になることができました』

眼鏡の丸渕に中指で押さえながらいつものように舌が回った。

不幸があったことは認めても、それを嘆くだけでいようと思ったことなどない。村の人達からの期待は重くても、結果としてそのお陰で僕も僕の家族も支えられた部分はある。僕だけじゃない、きっと代々家系で騎士になれた父達もこういう村の人達の後押しがあったからこそ騎士となるべくの修練に集中できた。

最年少での入団入隊は叶わなくても、才能もブラッドのように特殊能力に恵まれなくても充分に恵まれた。それを軽視しようとは思わない。

僕の話をアーサーさんは真剣な目で聞いてくれた。尊敬すべき騎士の一人に自分の頃を語ってしまうことを後から後悔するだろうとわかりながらも続けてしまった。まだジョッキ一杯も飲み終えていない酒の所為にして最後の一言まで迷わず言い切れば、アーサーさんは。

『尊敬します』

その言葉の意味が、当時の僕にはわからなかった。

急に改まった口調にも引っ掛かったが、それ以上に返された言葉とそしてさっきよりも遥かに蒼の目の奥が淡く光って見えたのが不思議だった。

長々話してしまった僕に向けて微笑んでいて、うっかり曝け出し過ぎてしまったかと最初は焦った。自分でも口を結んだ後は目が大きく見開いていってしまうのがわかった。まるで子どもの夢語りか、独りよがりの酒飲み話だ。

今までの指摘した後の後悔だけじゃない、口を閉じた途端にじわじわと羞恥心まで襲ってきて手の平が湿った。下手すれば顔まで火照ってしまったかもしれない。

アーサーさんの妙に温かい眼差しからも視線を逸らしてしまう。言葉の出なくなった僕に、アーサーさんはゆっくりと正面から向き直った。そしてあろうことか言葉と同時に深々と頭を下げてきた。

『失礼なこと言ってすみませんでした。今後とも同じ八番隊騎士として宜しくお願いします』

時間取らせてすみませんでした。と続いて二度目の謝罪を重ねたアーサーさんは、そのまま「失礼します」と僕に礼をしてまた飲みの中心となる騒ぎの先へと去っていった。

体感だけで思い返せば十五分程度だったような気がする。僕にとっては最長の会話時間で、アーサーさんにとってはきっと他の騎士と語らうより遥かに短い時間。

ぽかんと瞬きも忘れた僕は、それから暫くは一人の飲みに戻った。視線の先には騒ぎ続ける騎士がいて、その向こうにはアーサーさんが他の騎士達と話している。

僕の同期が先輩から紹介されたのか、アーサーさんが「よろしくな」と肩を叩いて笑いかけていた。そう思えば次は酒の補充を持ってきた新兵から酒を自分から受け取りに行き「ありがとうございます!」と頭を下げた。そういえば、あの人は新兵相手にも言葉を整えることがあったなと思い出す。

本隊騎士になった後も、殆ど全員に丁寧な口調で話している。多分あの人が言葉を改めない相手の方が騎士団の中では少ない。

そして僕が騎士団で同隊の後輩だからこそ、アーサーさんはあんな風に気さくに話しかけてくれたのだろうなと思った。少なくとも八番隊を内側から統制する為とかそういう為ではなく純粋に。

八番隊は父が遺してくれた日誌通り、他者との関りを必要以上好まない騎士が殆ど。その中でアーサーさんのような人はやはり異端だと思う。それでも、僕は心の隅で他の騎士達と同じようにアーサーさんを少なからず慕った。この時の僕は

……この日を境に、アーサーさんから整えた言葉を使われるようになるとは思いもしなかった。