軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ448.義弟と騎士は惑う。

…………早く終わってくれ。

四限の授業が終盤へと差し掛かり、担任のロバートが授業内容の纏めへと移行し始めたのを半分聞き流しながらステイルは思う。

担任の授業自体は悪くないと思う。王室教師ほどではないが、わかりやすい解説に生徒を決して置いていこうとしない丁寧な進行。後から彼が教頭に選ばれたとジルベールから聞いたが、それも納得だと思う。頭の回転も決して悪くなく、何より生徒への配慮もできた教師だとステイルは考える。決して彼の授業に不満があるわけではない。ただ、

自分の隣でまたもや別の男子生徒と筆談をしているプライドが気になって仕方がない。

〝何故〟〝また〟と。そう今日で二桁に及ぶほど唱えた言葉をまた浮かべる。

顔は真正面を向きながら、漆黒の眼光は静かに窓側へと向けられていた。視線の先ではプライドが一限とも二限とも違う生徒と仲良く無言でやり取りをしている。

今回も静かなものだが、その代わり三限の時の生徒よりも筆談の往来はじっくりだった。さっきのマキシミリアンはプライドが気づいて一文書き返せば目で読み終えすぐ手元も殆ど見ずにペンを走らせていた。

しかし今回のメルヴィンはまだ書き慣れてない字をじっくりゆっくりと時間を掛けては、プライドも微笑ましい表情でそれを見つめていた。今回は筆談に慣れた所為かプライドが書く時間が長いのが逆に不快だった。何度も何度も無意識に二人のペンを滑らせる音まで拾ってしまう。

しかも授業が終わっても未だに難問が控えていると思えば、あと少しの辛抱だと自分に言い聞かせられないのがまた辛い。プライドの予定だけでなくアーサーの恋文返答も残り、しかも挨拶したい一人として残されているのはあのレイだ。

レイの全貌を知らないステイルにとっては、どうせもう一度会うことになるのだから別に別れを告げなくてもいいじゃないかと思う。ただでさえこの後レイに会うのは絶望的である。

プラデストを振り回し、プライドに無礼を振るい、アーサーに怪我を負わせた男となればそれだけでも関わりたくないしらせたくない理由としても十分過ぎる。

ライアーと再会させることができたことも記憶を取り戻せたことも良かったとは思うが、もう金輪際必要以上関わらせたくない。お向かいに引っ越されたファーナム姉弟が不憫とすら感じていた。

……いっそ、アーサーのように手紙だけ残してやればいいものを。

そう思いながらステイルはちらりとそこで視線を、机を密着させるプライド達から斜め向こうのアーサーへと向ける。

三限を終え、具体的対策を打ち合わせられたからか三限の時よりも背後に集中できている様子だった。姿勢を正し、背後でプライドか相手がペンを滑らせる度小刻みにその肩が揺れた。

昼休み直後にはステイルの予想通り恋文をくれた女子生徒がどの生徒か名前も覚えておらず焦燥していたアーサーだが、もしどうしても直接言えなかった相手がいた場合は後ほど手紙を残すという方向で本人の中でも落ち着いた。どちらにせよアムレット宛にプライドが返事の手紙を託すのなら、そこでアーサーからの返答をディオス達に頼むのも良いだろうと思う。

特にディオスなら、何も含みも持たないまま「これジャックからだって」とすんなり女子生徒に渡す姿が簡単に想像ついた。

アーサー自身、今の頭の中は決まりきった返答よりも背後のプライドのことで再び満杯になった。

……っつーか、今までの奴らとのやり取りも教えてくれてねぇンだよな……。

プライド様、と。

正した姿勢で唇を結びながらアーサーは静かにそう思う。二回もプライドの隣だけが入れ替わったことに今は気付いている今、背後を振り返りたい欲求は更に強まっていた。

一限後からプライドにどんなやり取りをしているのかステイルと一緒に聞いているが、プライドは一度も答えていない。自分だって恋文の内容をプライドやステイルに見せてはいけないと思っている中、プライドの筆談も生徒とのプライベートなやり取りだから仕方ないとも思うがそれでもやはり引っ掛かる。

何度聞いても「個人的なやり取りだから」と言葉を濁したプライドの笑顔が、誤魔化しの強い取り繕いの笑みだったことを当然アーサーは見抜いていた。本当にただ隠しているだけの、脅迫や不快感のない笑顔だったからまだいいがそれでもプライドが何かしらの感情を隠していると思えば気になって仕方がない。

覗き見方法がないわけではないが、どちらにしろプライドの意思に反して盗み知るなんてしたくもなかった。

今のところ、プライドの隣になった生徒の誰もが怪しい人物とは思えない。いま背後にいる生徒も含めて全員、自分達が入学した当日に話しかけてきた男子生徒達の一人である。

その後も校門まで一緒に帰り、エリックに目を輝かせ、そして男子選択授業でも誰も悪い奴とは思えなかった。

女子生徒の名前と顔は朧気なアーサーだが、逆に男子生徒の方はそれなりに頭に入っている。少なくとも自分達の教室にはこの一か月間、緊張以外でジャンヌや自分達に取り繕いの表情を向けるような人間はいなかった。

今もプライドの文通が気になって仕方がないアーサーだが、これから会わないといけないかもしれないレイと比べたらずっと彼らの方が素直で信用できると思う。少なくともジャンヌを無理やり恋人だと宣うような者はいない。

「…………」

ピキン、と。一瞬だけその当時のことを思い出したらペンを摘まむ指に必要以上の力が入った。

ほんの僅かな上に十四歳当時の筋力だったお陰でペンは悲鳴を上げずに済んだが、代わりに指の中の神経が釣ったような感覚には気が付いた。アーサーにとってもやはりレイは快い人間とは程遠い。

自分が怪我させられたことは良いとしても、プライドにやったことは腹立たしい。今はライアーと上手くいったからこそ良いが、横柄な態度はずっと変わらない。

同じ横柄でも、セドリックのようにあからさまにプライドや周囲への態度が変わることなどやはり普通はないのだなとアーサーは染み入るように思う。

プライドを慕え、とは流石に思わないがせめて記憶喪失中のライアーに引き合わせた分くらいはプライドへの態度を改めて欲しい。

記憶を取り戻したのだって、元はと言えばレイと再会できたことがきっかけである可能性が高い。表上は〝親戚の騎士に聞いただけ〟でも、実際はプライドが人脈を使って一人ひとりに丁寧に協力を頼んで尋ねてくれたのだから。相手が王女じゃない一般人でも、絶対にその努力には人として感謝すべきだろとアーサーは思う。

「……それでは、ここで今日の授業は終わります。わからない生徒は今質問を受け付けます」

授業終了までほんの数分早く終えた担任教師の言葉に、ハァと生徒達が息を抜く音が複数聞こえてきた。

前列席の生徒が手を挙げる中にはアムレットも加わっていることを、前方に視線も向けていたアーサーは一瞬気が付いた。しかし授業終了を言い渡されたことと、背後から「ありがとう!」と嬉しそうな声が聞こえてきた瞬間、我慢できずプライドの方へ振り返る。

なにやってるんですか、の一つすら掛ける言葉が思い浮かばず閉じた口で首を回した。アーサーが振り返ったことで、慌ててノートを閉じたプライドだったがそれでもほんの一瞬だけアーサーの視界に、……紙面が入ってしまった。

本当に盗み見る気など毛頭なく、ノートよりも至近距離過ぎるプライドと男子生徒が気になって即時振り返ってしまったアーサーだが、騎士としても突出した動体視力が至近距離のその一瞬を逃すわけもなく

「~~~っっ‼︎」

「ア、ッじゃっジャック⁇あの、その、いまもしかして目に入っ……⁈」

ぶわっっ!!と一瞬で顔を紅潮させるアーサーに、プライドも目を丸くして息を飲む。ちゃんとノートを閉じられているか確認しつつ、自分の反応が遅れたせいで見られてしまったことに隣の男子生徒とアーサーを見比べる。

幸いにも男子生徒は、ジャックの赤面に目を皿にして笑うだけだった。「うわっ覗き見!」とおかしそうに不名誉極まりない言葉で笑う男子に、アーサーも今は弁解の余裕もない。口を片手で押さえ「す、ンませっ……」と謝罪を絞り出すが、そう言っている間にも顔の熱が回り銀縁の眼鏡が曇るだけだ。

質問もなく、一足早くに授業の集中量を削げた生徒がなんだどうしたと注目を向ける中ステイルもこれには正直に身体ごと向けて前のめり覗き込んだ。アーサーが急変したこともノートの内容を見た可能性もそうだが、プライドまで僅かに頬が火照っているから余計に気になる。一体どんなとんでもない会話をしていたのだと眉を吊り上げた。

授業中に筆談していたと公言できない分、何があったのかと暗に尋ねるべくステイルが言葉を頭の中で精査したその時。

「えー、あとここで最後に連絡事項が一つある」

授業終了の鐘が鳴り、最後尾列の騒ぎも塗りつぶすように教師ロバートが声を張る。

授業中に筆談こそ気づいていなかったロバートだが、終わった途端のやり取りから何かこっそりしていたのかとだけ頭の隅で検討づける。

しかし中心にいるのがお騒がせ常連生徒のジャンヌである上に、今日のことを思えば叱らず見逃してやるかと思う。教室の生徒全員の注目が再び自分へ戻って来たことを確認したロバートは、そこで流れるように言葉を続けた。

「バーナーズ三人は家の都合で今日を以て実家に帰り、学校は最後になる。別れを惜しみたい生徒は今の内に挨拶をすること」

以上だ。と、敢えて波無く告げたロバートの通達に教室は騒然となった。

二拍の間を置いてから爆発的に生徒から戸惑いと衝撃の嬌声と雄叫びが上がる中、ロバートは容赦なく「では解散」と飲み込まれる声でそう締めくくった。

四限後にまで後回したツケがこれから徴収されるのだと、わかった上で後は放り投げた。あとは自分達の人気を自覚していないジャンヌ達の責任なのだから。

当然、すぐに下校できるわけなどなかった。