軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ440.嘲り少女は合流する。

「ッし‼︎抜けました!ヘレネさんも大丈夫すか?」

人混みを何とか抜けきり、プライドの腕を引きながら食堂に入ったアーサーは入り口から横に逸れたところでさらに後方へと呼びかける。

セドリックへと流れる生徒達こそ泳ぎ抜いたアーサーだったが、手を握っていたのはプライドのみ。プライドの身は腕を引きつつも警戒を怠らなずに護衛した自信があるが、ヘレネまでは視界に捉えることも難しかった。

騎士としての護衛であれば、周囲の人間を牽制する手段もあったが一生徒としては難しい。相手は単なるセドリック目当ての生徒だ。

大丈夫よ、と細い声で返すヘレネも髪や衣服は乱れていたが無事だった。何度も手だけで大事な髪留めが三本とも無くなっていないことを確認した彼女だが、結果としてアーサーのお陰で無事に学食までたどり着くことができた。

ほーーっ、と長い息を吐きながらやっと渦中から抜け出せた彼女は空いた手で胸を押さえた。「ありがとうジャック君」とその感謝一言を伝えるのにも時間がかかった。

食堂の中もそれなりの賑わいがあったが、食事を買う生徒以外は自分達の席の確保で座している。ぱたぱたと服の皺を伸ばし整え背後を振り返れば、いまだに大波で人しか見えなかった。

ほんの数分頑張り過ぎただけでふらふらと足に力が入らないのを感じつつ、昼休みが終わるまでにはあの人波が落ち着いてくれていると良いなと願う。

ヘレネに合わせ、食堂に入ったプライドも両手を離すと手早く身なりを整えた。

安全こそアーサーに守られたプライドだったが、片手が空いていたヘレネと違い自分は両手が塞がっていた所為で乗り越える間も髪を押さえる余裕もなかった。先ずはいま一番大事なスカート部分から衣服全体の乱れを整える。人の間を抜けた所為で今朝には完璧に着こなしたワンピースも今は全体的に皺が寄り、胸元も斜めに開きスカートも折れ曲がっていた。

「すんません!もうちょっと庇うべきでした……」

「大丈夫よ。ジャックがいなかったら私達で抜けることもできなかったわ、ありがとう」

笑顔こそ返してくれたもののプライドの身なりが予想以上に乱れていることに、アーサーも行き場もなく手が上がる。

折角お気に入りになっていたネルの服に皺をいれさせてしまった。城での侍女達のように自分もプライドの服を整えるのを手伝えれば良いが、乱れた胸元や裾に手を伸ばすのが躊躇われて浮かせたままになってしまう。

その間にも苦も無く服を整えていくプライドに、アーサーも視線を彼女の顔へと上げた。服と同様に髪も数束が解れ垂れている。頭の上に一纏めにした団子が、形状も鳥の巣になりかけていた。ネイトからもらった額のゴーグルも大きく傾きずれている。単に流した髪が乱れているのなら自分でも手櫛で手伝えるが、女性の組み込まれた髪だと簡単に弄るのも難しい。

プライド一人に身支度をさせてしまうことを申し訳なくなりながら、口の中を少し噛んだアーサーは指を伸ばす。

服を整える為に俯けた顔の前に垂れる髪を指で掬い、せめて邪魔にならないようにと耳元へかけた。折角のお気に入りの服に皺をつけさせてしまうくらいなら、人の目も気にせずいっそ自分がヘレネと腕を組みプライドを抱き囲えば良かったと真面目に思う。

アーサーが髪を直してくれているのに気付いたプライドも、そこで目を上げる。

申し訳なさそうに眉を垂らしてこちらを見てくれるアーサーが、相変わらず優しいなと笑んでしまう。お返しに自分からも手を伸ばして数本束の乱れたアーサーの三つ編みに指で触れた。

まさかの突然プライドに髪を触れられ、びくりとアーサーの両肩に力が入る。プライドの深紅の髪に触れる腕ごと固まった。

「あとで、ジャックの髪も整えなくちゃね。先にヘレネさんのお食事とフィリップ達探しを優先しても大丈夫かしら?」

「ッもちろんです!っつーか俺ンは、別に……!それより今日のプ、ジャンヌは服とか折角気に入ってたンすから‼︎」

「あら?本当ねジャンヌちゃん、今日はいつにも増してとっても可愛いわ」

早々に手慣れて身だしなみを整え終えたヘレネも、そこで初めてプライドの服に目がいった。

あらあらと片手を頬に手を当てながら、改めてまじまじとプライドの服を眺める。愛らしい刺繍が施されたワンピースは、同性であるヘレネにとって好ましいデザインだった。

ジャンヌと合流してから人混みに揉まれまともにお互い服すら見れなかったが、ジャックの言葉を聞いてよく見れば確かに皺の跡がついてしまったことも勿体ない。

ありがとうございます、とヘレネにはにかみで返したプライドもそこで一度身嗜みの手を止めた。

服はまだしも髪型に時間が掛かる自分よりも、今はヘレネの食事の方が優先である。食事を持参した自分達と違い、ヘレネは食堂の列に並ばなければならない。

一緒に列へ並ぼうと提案したプライドだが、そこで「大丈夫よ」と柔らかく断られた。

「いつも自分でやっているもの。ちょっとずつできることを増やしているの。ジャンヌちゃんとジャック君はお席で待っていてくれる?」

心配してくれてありがとう、とにこにこ微笑むヘレネは二人に小さく手を振るとくるりと方向を変えて列へと歩んでいった。いまだセドリックが食堂に入ってくる兆しがない為いつもと大差はない込み具合の食堂で、先ずは自分の食事確保へと向かう。

自分より明らかに髪の乱れているプライドの髪を整えてあげたかったが、今は先で待っているというパウエル達と合流すべきだと判断した。セドリックが人の渦を連れてくるまでに席についていなければまたさっきの二の舞である。

揉まれた後のふらりふらりと危なげな足取りでこそあるものの、真っすぐ進んでいくヘレネの背中を見届けてからプライドとアーサーも学食内を見回し始めた。

ステイルは、パウエルは、ネイトはと誰か一人でも見つけられればと探せば食堂の最奥で腕を大きく振っている人物をアーサーが目にとめた。いつから降っていてくれたのかも気付かない内から、パウエルが確保した席から立ちあがってこちらに主張していた。

「!あっちです」とアーサーが手を一度だけ振り返し指させば、プライドもすぐに気が付いた。行きましょう、と早足でパウエル達の席へと向かった。

「ジャンヌ、ジャック。大丈夫だったか?なんかものすげぇ騒ぎだったけど」

「なんだよジャンヌその頭。すっげー変」

声が届く距離になった途端心配してくれるパウエルとオブラートに包まないネイトに、プライドも「あはは……」と空っぽの笑いで返してしまう。

セドリックの凱旋と、そしてヘレネとの合流成功を伝えつつ三人が取っていてくれた席へと歩み寄る。六人纏めて確保できた席は、食堂でも一番不人気な入り口から最奥の席だった。これから訪れる王弟を目に見えても豆粒大しか捉えられず、話し声すら聞くことのできない区域だ。

渦中と騒ぎを避けたいプライド達にとっては幸いな場所でもあった。

大テーブルでヘレネの分も含めて六席、他生徒や他テーブルとの近接した場所はいつもの木陰と比べとても落ち着ける場所とは言えないが、それでも六人分まとめて取れたことは何よりだった。プライド達がたどり着いた時には、六人纏めて座れる席など他にどこにもなかった。

片側にはネイトとパウエル、そして向かいの席にはステイルが真ん中に。両脇の席に自分達の荷物を置き、席を確保していた。

遅くなってごめんなさい、と自分達も席に着こうとするプライドだが同時にステイルが立ち上がる。

「ジャンヌ。……少々宜しいですか?食事の席では気が引けるので、こちらに」

そう言ってプライドが席に着く前に、壁際へと手で示し促す。

ネイトが「まだ食わねぇのかよ!?」と叫んだが、それも入れ替わりに端に座るアーサーが宥めた。もうヘレネさんも来ますよ、と言いながら視界の中に護衛対象である王族二人は見逃さない。

ステイルに連れられ、食事の席から数歩だけ離れたプライドは何を言われるかは想像がついていた。苦笑気味に唇を閉じながら見つめ返せば、直後にはステイルに短く息を吐かれてしまう。

「御髪、失礼しても宜しいでしょうか」

「ええ、ごめんなさい」

第一王女が髪を乱れたままにするなど。と、言葉にされずともステイルが言いたいのがその溜息一つで手に取るようにわかってしまう。

流石に見知った面々だけでなく他の生徒も食事する場で髪を一から整えるのは気が引けたが、壁際であれば良いだろうとステイルもプライドも結論付ける。アーサーこそ編まれた束から髪が数本出ている程度だが、プライドの方は小爆発だ。

見苦しい、とまではいかないが鳥の巣になったままの頭でステイルが放置しておくわけにもいかなかった。

くるりと言われる前から背中を向けるプライドに、ステイルも慎重な手つきで手を伸ばす。

既に中途半端な状況で垂れ落ちている深紅の髪を手に取りながら、ここで全てを解いてしまうのは避けるべきだろうと考える。

もともと専属侍女達の手によって編み込まれ、その上でさらに頭の上に一纏めに丸められている。ここで三つ編みから編み直せば、ヘレネが合流するまでに終えられるとは思えない。

その上、隅の壁際にも関わらず男女生徒とちらちらとこちらを注視しているのにも気が付いた。今日に限って刺繍の美しい衣服を着た彼女の格好も、更にはプライド自身が男子生徒に、そして自分自身が女子生徒に注目を浴びやすいのもわかっている。

数本ですら彼女の綺麗な髪を痛めてしまうかもしれないのは心配だが、今はなるべく早く髪をまとめ終えることの方を優先すべきと算段をつけた。

「申し訳ありません、応急処置のみで我慢して頂けますか。やはり髪の長さもありますし、ヘレネさんやネイトと話す時間も惜しまれると思いますので」

「勿論よ、ありがとう。ごめんなさいね、面倒な髪型で」

くすっ、とそこまで言うとプライドも肩を竦めて笑ってしまう。

当時、髪型を思考錯誤してくれた専属侍女のマリーとロッテ。そして見守ってくれたティアラの姿を思い出しながら、やっぱり切ってしまった方が楽だったかしらと思ってしまう。

しかし、同時にこうしてステイルが髪を整え直してくれるのだからと思えば少しだけ得したような気持ちにもなった。申し訳なさは勿論あるが、ステイルが髪を整え直してくれることなど滅多にない。

自分の補佐で従者的立場にあるとはいえ、城には必ず専属侍女達がいるのだから。お互いの髪を弄るなど、主従としてではなく姉弟としての時だけである。

「なんだか懐かしいわね?子どもの頃からフィリップは手先が器用だったもの」

「アレは、俺ではなく〝故郷の恋人〟や貴方が是非にと言ってくださったからですよ。まさかこんな場面で役に立つとは思いませんでしたが」

フフッ、とその途端プライドの零す笑い声が少し上機嫌に跳ねる。

突然子どもの頃の話を持ち出され、ステイルは唇にきゅっと力を籠めた。気恥ずかしい感覚と、彼女の丸められた髪を三つ編みに戻した途端に広がる花のような甘い香りに頬が熱を持つ。

補佐となるべく幼い頃から様々な勉学に手を広げてきた自分だが、まさか女性の髪の扱いや髪遊びまで覚えることになるとは当時思わなかった。

子どもの頃に髪の長い姉妹を持ってしまった結果、三人での休息時間で戯れた時を思い出せば気を抜くだけで口元が緩んでしまう。

ティアラの髪をプライドが弄ればプライドに誘われ、プライドの髪をティアラが弄ればティアラに誘われ、結局ある程度の髪の結び方は網羅してしまった。特に姉兄でティアラの髪を結んであげる際には必ずステイルの助けが必要になった。

「いてくれて助かったわ。私じゃ自分でこの髪はとても直せないから……」

そう言いながら、プライドはステイル達に顔が見えないことを良いことに落胆をそのまま表情に出してしまう。

今思えばアレもラスボス〝女王〟逆チートの所為だったのだろうと思う。料理や裁縫ほど壊滅的ではない。単純な結う纏める程度ならできる。しかし前世なら苦もなかった三つ編みすらが集中しないとできないし時間もかかる。きっとこの高度な髪型も自分では直すどころか、リセットがせいぜいだろうと思う。

子どもの頃から簡単な髪型でも天使の笑顔で喜んでくれたティアラのお陰で荒さまでは気付かれることもなく済んだ。それに比べ、ティアラもそしてそれに付き合ったステイルも遥かに高度な髪型製作を深紅の髪で習得済みである。

今も三つ編み状態にまで戻された髪束を、ステイルは器用にくるくると元の状態近くまでまとめ上げている。従者として主の髪を解く程度は子どもの頃から覚悟していたステイルだったが、まさか髪遊びに混ぜられるとは当時予想もしていなかった。

「パウエルとネイトはどう?少しは打ち解けたかしら」

「ええ、まだギクシャクはしてますが少なくとももう険悪というほどではありませんよ。早速話題をジャンヌのゴーグルに移行すれば、ネイトも鼻高々の上機嫌でしたから」

最初こそ気まずい空気で、隣同士に座ることも躊躇ったネイトだが「改めて彼がジャンヌのゴーグルを作ってくれたんだ」とパウエルへ紹介すればそこからは頑なというほどでもなかった。

既にネイトが誉め言葉に弱いことは把握しているステイルには、ある程度の橋渡しも難題ではなかった。そのまま「作れるなんてすげぇと思った」「あの時は何も知らねぇで責めて悪かったな」とパウエルが手放しで告げればネイトもすぐである。

含みもなく真っすぐ言ってくれるパウエルに、ネイトも素直でなくとも好意はそのまま受け止めてくれたのだから。「ま、まぁな?!」と腕を組みふんぞり返りながら、自分の発明自慢を語ればステイルから二度三度も話題を振るまでもなかった。

食堂の外から黄色い悲鳴を飛び込んでくれば「セドリック王弟が来たようだ」「ああ、今日で最後だっけ」「は⁈王弟も⁇」と辿々しくはあるものの会話ができる程度には融解した。

流石ステイル、と話を聞きながらプライドは思わず顔を上げてしまう。頭の角度が変わったことですかさず「あまり動かないでください」とステイルの注意されたが、それでも手はそのまま胸を撫でおろした。

「パウエルが大人で幸いでした。ジャンヌ達が合流する前にお互いある程度落ち着いてくれて何よりです」

乱れ零れた深紅の髪もくるりと団子に巻き込みながら、ステイルは首だけでちらりと振り返れば自然体の三人が座っていた。

パウエルとネイトに喧嘩や気まずさも感じなければ、アーサーもすんなりと二人の話題に入っていた。自分はパウエルとネイトに話題提供の橋渡しをした程度だが、そこですんなりと輪の中に入って馴染んでしまうのは流石アーサーだと思う。

同席するのが自分とアーサーでは、盛り上がりも違うと考えれば自分まで鼻が高いような、少し負けたような気分にもなった。

「何言ってるの。パウエルが安心して話せるのはフィリップのお陰よ?ネイトだって同席中はきっと貴方を頼っていたんだから」

友好的なパウエルだが、それでも気まずい相手ともう一度やり直すことは簡単ではない。

そんな中でネイトと直面しても、素直に話せたのはステイルが一緒にいてあげたからだろうとプライドは確信する。今度は頭の角度は変えずに胸を弾ませながら言うプライドに、ステイルも手だけを動かしながら小さく笑った。元通りに見えるように彼女の髪をくるりとまとめ終えてからも、三秒だけ髪に触れたままだった。

ステイルの手の動きが止まったことに、終わったのかなと思いながらプライドも許可を貰えるまではと振り返らない。視線の先で、ヘレネが食事を乗せたトレーを持ってきょろきょろしているのが見え、腕を大きく伸ばして振った。

「…………仲良くなってくれると良いですね。三人も」

そうね、と。プライドから明るい声を返されたところでステイルもその手を引いた。

「終わりました」の一声をかけ、最後に笑顔で振り返ってくれる彼女にもう髪の乱れはないと確認する。

少しだけ寂しそうに眉を垂らし気味にしながらも、紫色の眼差しを緩めてくれる彼女に自分も笑みで返した。