軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ423.見かぎり少女は遭遇し、

「へーレーネーちゃ〜んっ!」

一方的な明るい且つ軽薄にも聞こえる声に、気づけば全員が唇を結んでしまう。

名指しで呼ばれるヘレネさん……ファーナムお姉様だけが頬に手を当ててあらあらといった表情で玄関に視線を上げていた。

ドン、ドンとさっきよりはゆっくりしたノックが鳴らされ続ければ、ネルが最初に椅子から腰を上げる。大人代表としてかエリック副隊長もいるのにわざわざ応対しようとしてくれるネルをクロイとディオスが同時に止めた。

大丈夫です、と言いながら二人三脚でもしているように足並みを揃えて廊下へ突入していった。ファーナムお姉様も二人の後を追うように「ごめんなさいね」とゆっくり立ち上がる中、その間もヘレネちゃんコールとノックが止まない。前世の訪問販売だったら確実に警察を呼ばれても文句が言えない煩さだ。廊下から「うるさい‼︎」と双子揃って二重音が響いた。

背後からステイルとアーサーの潜めた声で「まさか」「これあの人か……⁈」とやり取りが聞こえる。二人にとっては初ライアーだ。

ガチャリと扉が開く音がすれば、その途端扉一枚隔てていた声がクリアにこちらまで響く。

「よう双子。ヘレネちゃんいるか⁇邪魔するぜ今レイちゃんが帰ってきたばっかで早く戻らねぇとまたうるせぇのなんのって」

「まだ夕食には早すぎるし。最低でもあと四時間経ってからにして」

「今大事な時なんだから‼︎姉さんにいちいち、っわ⁈入ってくるなよ‼︎」

「硬いこと言うなよ可愛こちゃん共。お前らは良いから勝手に勉強してろ」

うわあああああああ…………、とあまりのご迷惑さに血が引いていく。

あきらかに押し入っているライアーに、ディオスとクロイが抵抗しているのが聞こえるけれどあの体格差じゃ難しいだろう。更にはひょこひょことお姉様まで廊下に出れば、その途端「ヘレネちゃん!」とライアーの舞い上がった声がする。

ディオスやクロイが姉さんは下がっててと叫ぶけれど、ファーナムお姉様からは「こんにちは」と平和な声しか聞こえない。ステイルとアーサーからは、嘘だろと声が戸惑いの声が何度も聞こえる。

「今日はどうしました?お食事の用意はまだで……あ、もしかして昨日お渡ししたシーツが生乾きだったかしら」

「いやヘレネちゃん流石に湿ってりゃあ俺様達も昨晩の内気付くっつーの。パリパリのサラッサラだしンなことよりこれ見てくれよ大量の小麦!」

あらまぁ、と。

ファーナムお姉様が驚いたように言葉を返す中、ディオスとクロイの「入ってくるな‼︎」「人の姉さんを食料で釣るのやめてくんない⁈」と苦情が上がる。若干息遣いが苦しげだから、恐らく必死にライアーを押し戻そうとしているのだろう。

ファーナムお姉様とライアーの声だけを聞けばのほほんとした平和なご近所さん会話に聞こえなくもないけれど、全力拒絶の二人の声を聞くと私達も加勢に行くべきか悩む。……というか、今〝シーツ〟って聞こえたのだけれど、そこまでお世話しちゃっているのお姉様。

洗濯を手伝っているとはファーナム兄弟からも聞いたけれど、もう完全に仲良しさんだ。

確かにこれは二人も焦るかもしれない。独身男性とお向かいさんの美人で気立も良くてお世話を焼いてくれるお姉様なんて恋愛ドラマのような環境だ。

必死に抵抗しているらしい双子の抵抗も虚しく、じわじわとライアーとお姉様の声が近づいてくる。とうとう間近に迫ったそれに、エリック副隊長が溜息を吐きながらも壁際から私達の近くに移動してくれた。アーサーも変わらずネルの死角になるべく位置するようにしつつ隣を離れない。

「そうそう〜叩き売りされててよぉ、ちょいっとお涙話をしたらコロッと纏めて売ってくれたのよ」

「それは嬉しいわ、今日はパンでも焼こうかしら」

「「姉さんまた寝るの遅くなるから!!」」

四人の騒ぎ声がもう扉のすぐそこまで迫る。

毎回こんな感じで強制的にお邪魔されているのかしらと思えば双子の気苦労も納得できた。お姉様にとってはご迷惑になっていないようだけれど、普通に聞いている分は色々心配になる。ライアーが食材を買ってきてくれているのは助かるけれども、三人の勉強のお邪魔になるのは流石に心配だ。

なんとも言えず椅子に座ったままこの家に住むにおいてセットになるかもしれないお騒がせ要素を心して待つ。

とうとう扉が開かれれば、ファーナムお姉様が開いた扉から双子に前後から押され引っ張られるライアーが肩に小麦粉らしき袋を担いで現れた。

「パン!良いねぇ、じゃあヘレネちゃん良かったら今日こそ俺様ン家でー……、………………………………………」

ボトンッ。

部屋に入ってきたライアーが、鼻の下を伸ばした状態から嘘のように顔色が変わって小麦を落とす。

お客が来ていると予想しなかったのか、目が丸いライアーが唖然と口も半分開いていた。重そうな小麦袋にうっかり足が潰されかけたディオスがわっと声をあげれば、ライアーを背中から引っ張っていたクロイが若干乱暴な声で「今度はなに⁈」と怒鳴った。

幸いにも袋は破れなかったけれど、落ちた小麦の袋にファーナムお姉様も口を両手で覆って一歩引く。

その間も棒立ちのライアーは目も溢れそうなくらい丸いしあまりにも茫然としずぎている。若干顔色も悪い。

一瞬もう一人の美人の存在にびっくりしたのかなと思ったけれど、視線の先は私達の方に向いていた。騎士の存在に焦ったのかしらと、視線を上げてエリック副隊長に振り返る。不法侵入まがい中に騎士が待ち兼ねていたなんて、それこそ逮捕一歩手前案件だ。そういえばエリック副隊長は以前に一度ライアーに会ったとも話していたし……。

「……。おおー!びっくりした騎士サマじゃねぇの‼︎なにまさかヘレネちゃんに恋人がいたなんてなぁ⁈いやー美人で可愛いしそりゃあ放っておかねぇよな⁇その隣の美人さんはどうした⁈取り敢えずちょっと待って下さいよ騎士サマ?俺様ヘレネちゃんにな〜にも手を出してねぇしので無罪放免ですよっと⁈」

……なんだか急に言い訳を並べ出した。

数秒の沈黙を後に、スイッチでも入れたようにライアーが口上を述べ始めた。どうやらエリック副隊長の存在に、別の危機感を覚えたらしい。

両手の平を見せて何もしてないと主張するライアーだけれど、もしこれが本当に恋人登場だったら黒に近い会話が既にここまで漏れ聞こえているのに。

無言になってしまったステイルとアーサーをチラチラと目で確認すれば、二人とも目が溢れそうなほど丸く唖然としていた。エリック副隊長から話は聞いていたとはいえ、ドン引きにも近い。

あれほど丁寧かつ温厚なトーマスさんが左翡翠の右黒髪の二色のチャラい人になっていたら驚くのも無理はない。レイと並ぶと見事に仲良し左右対称の髪色だ。

だけど今はライアーも二人に負けないくらいに狼狽している。捲し立てながら遅れて滝のような汗を流すライアーに、エリック副隊長が腕を組みながら二度目の息を吐く音が聞こえた。「騎士サマ」としか言わないあたり、どうやらライアーはエリック副隊長に一回会ったのも覚えていないらしい。まぁ騎士は騎士でも同一人物かまでは記憶に留めなくても無理はない。

その横できょとんと首を傾げるお姉様が「いいえそうでは……」と否定しようとするけれど、それを上塗るように「いやーびびったびびった‼︎」とライアーの声が上がる。

「取り敢えず俺様は出直すぜ!!?なっ⁈じゃあまた今度」

「ライアー‼︎いつまで口説いてやがる⁈」

まさかの第二波突撃。

ライアーを押し戻す為に扉を開け放しにしていたのか、聞き覚えのある声がノックも無しに足音を立てて近づいてくる。その声に誰よりもギョッと顔を引き攣らせるライアーが「ちょっと待てレイちゃん⁈」と叫ぶけれど、彼が玄関に戻るよりもレイが居間に飛び込んでくる方が遥かに早かった。

扉の前に現れる寸前で身を翻したライアーがラリアットでもかけるようにレイを腕で止める。

ゴフッ、と本気で入ったらしい音が聞こえた。多分タイミング的にレイの呻きで間違いないだろう。

「ッ何、しやがるライアー‼︎すぐ戻るっつってぐだぐだまたどうせ口説いて」

「はいはいはいはい浮気した俺様が悪い超悪い‼︎だから今は引っ込もうなぁ⁈ヘレネちゃんは逢引きイチャつきで忙しいから今日は外で食おうぜ‼︎な⁈」

自炊するという選択肢はやはりないのだろうか。

レイも、すぐ戻るってまだライアーが家にきて十分も経っていないと思うのだけれども。学校であれだけ言ったのに未だ心配性が抜けないのか。