軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして疑う。

「ッ大丈夫だから‼︎」

後は横に振れば良いだけだった筈の手が震えるだけで動かない。

銃もナイフも持たず両手を僕に伸ばす女の子が飛び込んでくる瞬間が信じられないくらいゆっくりに見えた。

瞬きもできないで、ふらっと目眩だけしたと思った時には飛び込んできた女の子に両腕で包まれた後だった。勢いのまま押し倒されそうになったところで、逆に女の子の体重に支えられるように踏み止まる。

ぎゅうぅって締め付けられる音に全身がギシリと痛んだ。でも、痛みよりも

「大丈夫、大丈夫、大丈夫……!大丈夫だから。もうナイフは要らないわ」

炎より鮮やかな深紅と花の香りが、鼻から胸にすっと通る。

茫然と開いただけの目の先で、次々と銀色が四方に走っては男達を散らしていく。僕を、僕と母さんを捕まえようとしていた人達があんなに簡単に倒れてく。あんなに、あんなにあんなに僕が痛い思いをして倒したのをあっさりと。

「これ以上痛い思いなんかしなくて良いの。ライラちゃんもノーマンも大丈夫よ。私達が貴方もお母さんも絶対守るから」

言い聞かせるように、宥めるような優しい声が胸の奥で波立った。

抱き締める腕のまま手だけで僕の背中を子どもみたいに撫で摩る。

そんな場合じゃないよと思った瞬間、今まで自分が何をしてたのかやっと思い出した。

「プラッ……ジャンヌ‼︎ここはやべぇです‼︎一旦外に出ましょう!」

銀色が、銀色の髪をした男の子が叫ぶ。

何人もいた大人達が今は全員倒れてる。よく見ると束ねた髪を女の子みたいに編み込んでるのに、男の人よりすごい強い。

使い切ったのか銃を放り投げた銀髪をみて視界が広がったところで、家中の至る所が火の海だとやっと気が付いた。

けほっ、けほっと足元から声がして母さんがずっと低い位置で苦しんでいたと今気付く。大声で呼べば、僕がしゃがむよりも先に銀髪の子が「大丈夫っすか⁈」と母さんに駆け寄り両腕で抱き上げた。……僕より大して身長も変わらない男の子が、軽々と。そのくせ抱き上げた拍子に眼鏡を間抜けに落として目を丸くする。

でも、母さんが抱き上げられた瞬間僕もほっと息が出た。良かった、これで母さんも逃げられる。

「ブラッド!家を出ましょう‼︎走れる⁈」

抱き締める手を緩め、深紅の子が僕の腕を引く。

ああ、うん。口が勝手にそう言いながらそういえばどうしてこの子は僕の名前を知っているんだろうと思う。まだふらふらするし、息も気持ち悪いけど足は元気だ。

急いで!と倒れた男達の身体の隙間を踏んで、女の子に引っ張られるままに外へ出る。背後を振り返れば、母さんをしっかりと両腕で抱き上げてくれた銀髪がぴったり僕らの背中に付いていた。家が燃えてることよりも、その姿だけで込み上げた。

あのまま母さんと一緒に、死ぬかと思った。

「おい‼︎まだ残ってたぞ‼︎」

「どの家だ⁈」

「こっちにも人を寄越せ!!」

眩しい外に出た瞬間、思い出した現実に全身が炙られた。

家の中と変わらないくらい、外も全部が火の海だった。村中の木も畑も家も、全部が燃えている。死んだのか地面に転がってる人もいて、知らない人か知ってる人か考える間もなく黒い煙でまた視界が奪われる。

そうだ、早く逃げないと。村の人達と一緒に早く村の外に出ないと死んじゃう。

山に囲まれた村なんて、いつ火に包まれてもおかしくない。こういう時どうするのかは僕も知っている。大人が逃げ遅れてない人がいないか確認して、みんなで川の向こうに逃げれば良い。

家から飛び出した僕らへ大勢の大人が駆け込んでくる。誰も、僕が知らない人達だ。

気が付けば逸る心音に押されるように、まだ握っていたナイフに意識がいった。刃を構えようとした瞬間、……深紅の子がナイフを握る手をそっと重ねて止めてきた。

「大丈夫」と僕を映す紫色の瞳が深く色付いて、こんな時なのにするりと緩んでナイフがすっぽ抜ける。カランッと落ちた瞬間に彼女は笑んだ。

「ジャック。お母様を絶対に手離さないで」

「ッそれでも戦えます‼︎」

足元には倒れた木や火の塊が転がっている。こんなところに母さんは降ろせない。

それをわかってる深紅に銀髪も一言返しながら、姿勢を低くした。一瞬ぶわりと背筋が凍る気配をそのまま銀髪から感じたと思ったら、駆け寄ってくる大人達も足を鈍らせた。

こっちに来い、みんなあっちだと声を荒げる大人が僕らの方を睨んだ後に、男が乱暴な手つきで一番前に立っている深紅の手を掴

……めず、捻りあげられた。

「ぐあッ⁈ででででででででッ‼︎」

「無礼者」

背中から腕を関節ごと変な方向に捩じられた男に、深紅の冷たい声が浴びさせられた。

さっきまでの声とは違う、低い声に僕までぞっと鼓動が遅くなる。周囲の大人達が何だ何の真似だと叫んだのも構わず、彼女の細い足が男の足を引っ掛け転ばせた。

倒れ込ませる瞬間、深紅がするりと武器を奪い取った。深紅が捻りあげたのとは逆の手に高々と掲げていた大ぶりナイフ。……僕らに近付いてくる、大勢の〝大人達全員〟が持っていた武器だ。

「ジャック、私じゃお母様を抱えられないわ。ブラッドは彼の後ろへ。お母様に付いていてあげなさい」

凜と響かす声がまた鳴った。

僕より低い背の女の子の言うことに、考えるより先に震える足が銀髪の背後まで動いた。

ぞろぞろと騒ぎを聞きつけて集まってくる大人達が僕らを囲う。目を尖らせて、太い声で汚く話す大人達全員が家まで追いかけてきたのと同じ、〝僕も母さんも知らない〟大人だった。

僕らが知る、村の人はもうどこにも見当たらない。

「銃をお持ちの方はいるかしら?」

まるで、ハンカチでも探すような彼女の声に大人達は刃を片手に距離を詰めてくる。

こっちへ来い、武器を捨てろ、大人しくしろと言ってくる中には本当に銃を持っている人がいる。その銃口をみた瞬間、忘れていた肩が痛んでぞっとした。さっきはあんなに平気だったのに。

銃を構える男を見つけると、深紅は身体ごとそいつに向き直って小さく笑った。銃を、飛び道具を向けられているとは思えないその手には大振りのナイフだけ。

大人が持っていればナイフでも、彼女が持つと剣のように見えてくる。大きすぎるのか、持ちにくそうに何度も握り直しながら釣り上がった眼光は銃を構える男から離れない。

「おいでなさいな」

燃える世界で、悠然と語る彼女の纏められた深紅が不思議と一番鮮やかに見えた。

突然現れた深紅と銀髪が、兄ちゃんの知り合いなのか誰なのかもわからない。ただ何の恐れもなく低めた声は他の大人達みたいに大きくスラリと見えた。

火に巻かれ、家が崩れる音が僕ら以外の家とも重なった。

ガラガラとけたたましい音が合図のように、次の瞬間には大人達が一斉に先頭を立つ彼女を取り押さえようと手を伸ばし脅すようにナイフを構える。一人の女の子相手に太い手を伸ばし、ナイフを突きつけ、銃口が見えないのかと叫ぶ。怒号も、崩壊音も炎の上がる轟音も混ざる中、それでも彼女の言葉は僕らの耳まで確かに届く。

「下郎が」

凍り付くような声の後、最初に手を伸ばしてきた男が細い手にいなされパシリと弾かれた。

一斉に大人達からナイフを横振るわれたと思ったら、深紅が消えていた。本当に一瞬で、振るった男達の方が相打ちで斬り合った。上空に跳び上がったんだとわかったのは、大人の背中に彼女が踵を落としながら着地してからだった。

直後にナイフで背中を切りつけ、また跳ねた。まるで人間じゃないみたいに軽やかに飛んで、銃口の照準を合わせていた奴に自分から飛び込んでいった。

パァンッて音がして、死んだと思ったらまた消えていた。

深紅の背後にいた男の方が撃たれて、前のめりに藻掻いて倒れる。今度は上空を見ても居ない。次の瞬間にはまた複数纏めて足から崩れるように倒れていった。足下にしゃがんでいたんだと今更気付く。

ぐあっ、て。銃を持っていた男も転ばされたと思えば、彼女が再び跳ね上がった。大人一人分の身長以上に何度も跳ねる彼女が鳥か天使かと一瞬思う。

空で宙返りをした彼女の手には銃が握られていた。大人達にとっても奪われたくない武器だったのか、それだけでかなりの数が彼女の前から遠のいた。なんだあのガキと叫ぶ大人達に、彼女は一歩一歩下がりながら僕達のところへ無傷で戻ってきた。

「ジャック、ナイフ良かったら使って。これはちょっと自信がないの」

「銃も渡して下がってくれて良いンすよ」

銀髪の少し低めた声に、笑みだけで返す深紅の声が悪戯っぽく大人びていて彼女は何歳かと場違いなことを思う。

銀髪の子はなんでこんなに落ち着いているんだろう。深紅の後ろ手からナイフだけを受け取って、母さんを抱き上げる片腕と反対で構え出す。ギラリと鋭く光った蒼色の眼光が、ナイフよりも刃だった。

大人達がまた近付いてくるけれど、彼女が銃を構えれば響めきまた下がった。

集団の向こうで他にも銃を持った大人が対抗するようにこっちに構えてきた瞬間、またパァン!と深紅の銃が火を吐いた。同時に銃を構えようとしていた男が手を押さえながら悲鳴を上げる。

他の大人達の壁があった男の、ほんの小さな隙間を一瞬で撃ち抜いたんだ。

無駄よ、と冷たい声が放たれる。銀髪や僕らに掛けられるのとは別の低い声は銃口と一緒に連中へ向けられた。

「〝盗賊如き〟が。我が民に気安く武器を向けないでちょうだい」

「次ィ動いたらナイフぶん投げられる覚悟しろ」

銃を構える深紅の女の子ナイフを構える銀髪の子が、いつの間にか大人達を制圧する。

距離をとったまま一歩も動かない男達にチリチリと周囲の煙だけが肺を蒸し汚す。突然村に雪崩れ込んで火を放ち襲いかかってきた男達を、たった二人が膠着させる。

いつまでこうしていれば良いんだろうと思った瞬間、またパァンッと乾いた音が深紅から響いた。僕の背からは見えない集団の奥にいた男が悲鳴をあげ、倒れる。腕が、腕が、という男が足下に落とした銃を、仲間の誰も拾わな

「!……。ジャンヌ、ジャック。下がってくれ」

私が代わろう、と。

深紅の背後に突然表出した赤毛混じりの騎士に、もうここが悪夢か現実かもわからなくなった。