軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ388.騎士と義弟はモヤる。

「今日の選択授業は歴史です。必須科目にもありますが、より深く造詣を深め我が国の歴史と他国との関係を理解することで……」

どうなっているんだ、と。

教室に訪れた講師の話を耳にだけ通しながら、最後列に座るステイルとアーサーは揃って同じ気持ちになった。

間に座るプライドが顔を俯け沈黙する中、彼らも彼らで冷静にはいられない。

先程の昼休みからのプライドの様子が気にならない筈がなかった。いつものようにパウエルと共に昼食を取り、そして以前話題にもなった勉強を教えて欲しいという流れまでは何の変哲もない。今までファーナム姉弟やネイト、アムレットにも行っている。しかし今回勉強は教え始めてからの彼女は明らかに様子が違った。

何故パウエルに対してあそこまで緊張していたのか、二人にも真実は掴めない。

……やはりアムレットが関係しているのだろうか……。

教室に向かい始めてからずっと頭を稼働させていたステイルは、悶々と考える。

プライドがパウエルに対して今日は特にぎこちない。アムレットと兄とパウエルが三人纏めて知り合いだと知った後もあそこまでパウエルに対して取り乱す姿はなかった。ならばやはり比較最近で自分たちの知らないことの一つと言えばアムレットである。

一度は女子寮にプライドを誘い、その前にも補習でプライドと時間を共にしたその二点についてはステイルもアーサーも彼女の傍を離れている。特に女子寮から出てきた時はその後もプライドの様子に少し気になることが多かったことを思い出せば余計に容疑は高まった。

実は自分達が知らないそこでプライドとアムレットの間でパウエルに関しての何らかの情報交換が行われたのではないかと、そこまでは優秀な頭脳も辿り着く。しかしどんな内容かまでは当てもない。

パウエルが悪い人間とは、ステイルにはどうしても思えない。

自分が四年前に助けたという思い入れも当然自覚はしている。しかしそれ以前に裏があればとっくにアーサーが気付いている。まさかまだ話してくれていないだけで実はプライドが予知した生徒というのはパウエルなのではないかとまで考える。

そこまで穿ってしまうほど、プライドのパウエルへの態度は妙だった。

何度も赤面し、目も泳ぎたまのような汗まで流すプライドに、アーサーさえいなければ確実に熱か風邪だと思った。緊張だとしてもパウエルに対し緊張する意味がわからない。セフェクやケメト相手なら未だしも、パウエル相手にプライドが正体をバレる心配はないのだから。

それに彼女は人に教えるのが苦手というわけでもない。子どもの頃だって、王女として学んだ一歩先の教育内容を妹のティアラに教えていた。それでもあんなに緊張していたことなどない。

あわあわと唇震わせて紅潮した頬で焦るプライドは愛らしくもあったが、それ以上にステイルには心配だった。彼女が挙動不審になるときは大概自分一人で抱えているか隠し事をしている時だ。

しかもパウエルが顔を近づけたり笑いかけたりするだけで狼狽するなど相当である。今まで彼女自身が他の異性へ平然とやってきたことのくせに、それを自分がやられて取り乱すなどあるものかとステイルは思う。

女性を色香だけで骨抜きにするレオン相手ならば納得もできるが、パウエルは顔は整っていてもそういう類の人間ではない。

そして彼以外にも顔の整った男性ならプライドはレオンやセドリック、アーサーを初めとして社交界で大勢に笑みを向けられている。中には口説いてくる令息や王子もいる。なのにパウエルにだけ緊張するなど思えない。

そしてパウエル自身がプライドへそういった感情を向けているようにはどうしても思えない。さっきも微笑みかけたり頭を撫でたりはしたが、あの程度は彼の人となりを知れば自然体だと思う。それこそアムレットに対してと同じような態度だと予想できた。

─ ……というかそんなことになっていたら、今度は俺が寝込む……。

ならばやはり何かパウエル関連で隠し事をし、それを話さないように考え張り詰めすぎてプライドは知恵熱を出したのか、と。

今自分の方が知恵熱で頭から湯気を出しそうな状態でステイルはそう思う。最終的には何度も思考がそこで通行停止になる。気が付けば教師に回された参考書の影に隠れて額を机につけてしまう。

一瞬でも考えないようにする。それでもやはりパウエルがプライドにそんな感情を向けたらと考えてしまえば、そこで思考が停止する。

自分が仮にもプライドの婚約者候補であるという事実が眼前に叩きつけられて、この場から物理的に消えてしまいたくなる。

『パウエルが幸せそうなのが嬉しくてつい』

……大体、何故そんなことを今更言うんだ。

さっきまでの思考を打ち消すような助け舟の記憶に、ステイルはそこで大きく息を吸い上げた。

最後の最後にプライドが応えてくれた返答は、核心のようで的外れな気もする。

アーサーの反応からしてもまるごと嘘とは思わないが、本当にそれだけの理由で緊張ではなく舞い上がっていただけどいうのなら何故今更と思って仕方がない。

確かにパウエルがあれだけ普通の幸せな生活をしていてくれることは自分も嬉しい。出会った頃は全てに絶望していた彼が、今は友人にも恵まれて学校で当然のように教育を受けている。アムレットやフィリップと良好な関係を築いているらしいのも嬉しい。

毎日パウエルに会って、彼の話を聞いたり力の抜けた笑顔を見るたびにプラデストの建設に尽力してきて良かったと心から思う。

だがしかし、と。

そこまで思ったステイルは音にならないように深く息を吐き出した。

最近やっと少し慣れてきた筈のプライドの変化に、また振り回されている事実に頭痛を覚えながらゆっくりと姿勢を元に戻す。

ちらりと目を隣の二人へ向ければ、プライドも今は少しだけ落ち着いた様子で教師へ顔を向けている。しかしそのさらに向こうに座る窓際のアーサーはいまだに参考書の影で潰れたままだった。

アーサーにとってもまた、先程のプライドの状態も言動も疑問でしかない。むしろ、ステイルとはまた別の部分で困惑も強かった。

……プライド様、ンでパウエルにだけ毎回毎回……。

思考の中で何度も唱えた言葉が、つい今にもぼやいてしまいそうになる。

今までもプライドとパウエルとのやり取りで、彼女が彼に対してだけは妙に緊張を隠すような気配には気付いていた。しかもパウエルに対して毎回である。

だが、いやな感じは全くしないそれにステイルの昔の知り合いだからかなとアーサーもそこまで気にはしなかった。しかし今日のは流石に気にしないわけにはいかない。

何故あんなにパウエル相手にだと肩に力が入って取り繕うのかと疑問が浮かんではまた浮かぶ無限地獄だった。

取り繕いとはいっても、今のプライドは昔のレオンに対してのようなものではない。

どちらかというと騎士団の騎士達がプライドと話す時に似ているとアーサーは思う。

しかしプライドが憧れをパウエルに抱くなんてどう考えても想像つかない。しかも知り合ってまだひと月も経っていない相手である。

ならまさか好意かとも思ったが、それにしては距離を必死に保っているように見える。好意を持つ相手にプライドが距離を取るなんてそれこそ珍しすぎる。

仲は良い。プライドがパウエルを嫌っているとは到底思えないし、むしろファーナム兄弟達と同じように友好的である。仲の良さだけでみれば防衛戦を終えた後のセドリックとの方が仲睦まじかったと思う。

だが、頭を撫でられた時に赤面して必死に押し隠していたプライドの表情は間違いなく本物だった。一番プライドの表情が堪えていたのがあの時だったとアーサーは思い出す。

自分だってわりと同じようなことする癖に、なんでパウエルにやられるとああなるんだろうと不思議で仕方がない。レオンの時とも違った赤面に、本気で熱かと思ったが違った。

それに今更プライドがパウエルに気安くされたり子ども扱いされたくらいで顔が赤くなるほど怒るとも思えない。いっそ正体を知らないからとはいえ、そんなことが容易にできてしまうパウエルの性格が今思い出せば羨ましくも思える。

─ ……っつーか、ンなこと考えてもあの人の好みなんか俺も知らねぇし……。

婚約者候補の正体は知っている。

だが、そもそもプライドが顔だけで人の良し悪しを選ぶような人間ではないとアーサーも理解している。

女性ならレオンやセドリック、ステイルに対してそうであるように、好みの顔立ちの男性にはその中身を深く知っていなくでも赤面するものだということもアーサーは知っている。

以前にプライドの恋愛対象や初恋まがいの話もあったが、それも謎のままだ。

まさか初恋の相手にパウエルが似てるとか?とそこまで考えてしまえば、あまりにも野暮な邪推に自己嫌悪してしまう。

しかしそうでないと納得できない。パウエルは間違いなく良い奴だとは思うが、ステイルやカラム以上に良い男はそういないと身内贔屓に思ってしまう。

恋だの恋愛だのが理屈じゃないことくらいは理解できるが、もしこれでプライドの想い人がパウエルになったらと思うと言いようもなく落ち着かない。胸が引っかかる。

『パウエルが幸せそうなのが嬉しくてつい』

一体どうしたのかと尋ねる自分達へ、最初に〝パウエル〟とその名を呼んだ時は本気でアーサーの心臓が跳ねた。

しかしその直後に続けられた言葉を聞けば、あまりにもプライドらしくて全身から力が抜けた。

あの台詞を思い出せばやっぱり恋とかとは違うのかな、とも思う。だが、パウエルが幸せそうなのが嬉しくて顔が茹だったとしてもあの取り繕いはどうしても気にかかる。

「幸せそう」なんて、まるで友達や王女としてというよりも、実家の店の常連が息子夫婦の話をする時みたいだと思う。

パウエルが幸せそうなのは、確かに自分も嬉しい。ステイルよくやったと何度でも思うし、ステイルがどんな気持ちで学校に取り組んでいたのかは昔から知っているから余計に嬉しい。相棒の願いが叶ったのだと思えば余計に。

だがしかしと。

そこまで考えたアーサーはステイルにまで聞こえてしまうほど長く深い溜息を吐いてしまう。

教師には届かなかったが、地の底まで響きそうな低い息音にステイルだけでなくプライドも肩を揺らし振り返った。

流石のプライドも、自分が挙動不審だったせいで二人にも怪しまれたことはわかっているがアーサーをここまでぐったりさせちゃうなんてと焦燥する。

ステイルも目だけを動かしながら、彼の気持ちを汲み取るように無言で一人頷いた。

その後もぐったり机に項垂れるアーサーに、プライドは教師に気付かれないようそっと机の下からペンを握った手を伸ばす。

元はと言えば自分の所為だが、いつもは真面目なアーサーがこのままだと教師に怒られてしまうかもしれないことの方が心配になる。講師の視線に細心の注意を払い、つんつんと突けばアーサーの肩が目に見えて上下した。

反射的に構えそうになるが隣から視線をくれるプライドとステイルに気付き、構えを解いて口を結ぶ。

まさか自分が項垂れすぎた所為で心配されたと思わないアーサーが銀縁眼鏡の向こうを皿にして見返せば、プライドはまだ苦い笑みのまま声には出さず口を動かした。

〝ご・め・ん・ね〟

その唇の動きをなんとか読み取れた瞬間、アーサーの顔色が一気に赤く染まった。

ステイルも口元が笑みながらアーサーへ教師に見られるぞと指で差して示した。だが直後には自分もプライドから同じ動作を向けられた途端、唇をきつく結び火照ってしまう。

プライドにとっては自分の挙動不審でまた困らせてしまったからこその謝罪だったが、授業中の、何も声に出せないこの状況下でそんな可愛らしい仕草を自分に向けられるのは二人の心臓に悪すぎた。

肺を止め、アーサーは一度大きく頷いた後訓練中と同じくらい背筋を伸ばす。正面を向き、授業中であることを再認識した。頭の良い二人と違い、自分は教師に当てられたら絶対には答えられない。

しかし、頭の中ではやはりプライドのことで思考が回る。むしろさっきの攻撃でくらくらと悪化するように思い返す言葉が頭に木霊した。

『パウエルが幸せそうなのが嬉しくてつい』

プライドが、それを嬉しく思う気持ちはステイルにもアーサーにもわかる。そして二人も同じ気持ちである。

だが、しかしと。

プライドのお陰で今現在幸せな人間はパウエルだけでなく大勢いるのに、と。そう思うともう二人には呆れしか出なかった。

今まで何人にも手を差し伸ばした本人が何故今更パウエル一人だけにそれを思うのか。それならいっそ今までの自分の功績全てをまとめて受け入れてから舞い上がって欲しいと立場も忘れて嗜めたくなった。パウエル一人だけで実感しなくても

〝今貴方の隣にもいるんですが〟と。

その言葉を飲み込んだだけ、自分は我慢したと思いながら二人はそれぞれ意識的に息を整えた。

こんなプライドからの小さな動作一つで気を持ち直してしまったことに、若干の敗北感を思えてしまいながら。