軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ360.王弟は受ける。

「宜しくね、セドリック王弟殿下?」

「光栄だ」

黄金の髪を波立たせる王弟は、男性的な顔で力強く笑ってみせた。

瞳の焔が揺らめき、目の前で自身の手を取る深紅の女性を捉えて放さない。

立場こそ違えど、同年である男女のダンスは今この三組の中で最も注目を浴びた。既に意中の女性とその母親でもある最高権力者の女王の手を取り踊り抜いたセドリックだが、やはり彼女の手を取ることが最も光栄で、畏れ多く誇らしいと思う。

次の曲で最後か、と。

拍手の最中で来賓は名残惜しく溜息交じりにそう呟いた。目の前で披露される王族によるダンスはどのペアも目を奪うほどに美しく、そして鮮やかだった。ずっと見ていたいと思わせるほどに美しいダンスも、そしつパートナーを変えるのもこの三曲目が最後。

それぞれのペアが悠然と観客へと礼をする中、来賓は最後の一曲のダンスを誰に目を絞るべきか考える。女王ローザの手をヨアンが取り、プライドの手をセドリックが、そしてティアラの手をランスが取る中で誰の注目も浴びぬ王族など一人もいなかった。眺める来賓は男女共に頬を紅潮させ、音楽に流される指の小さな滑りにすら目を離すことが惜しかった。

「お兄様達も間に合って良かったわ。折角の我が国で初めての誕生日だもの。三人でのダンス、私もとても楽しみにしていたのよ」

「最高の誕生日だ!ハナズオの民に会えぬのは残念だが、兄貴も兄さんも愛しいティアラも、そしてプライドお前もいる。来年は是非ディオスとクロイも招待したいと思っている」

あはは………、とセドリックの迷いない強い笑みにプライドは枯れた笑みを零す。

確かに来年になればセドリックの従者もしくは友人として彼の誕生パーティーに招くことは可能である。しかし、セドリック一人にも緊張をしていた双子が王族のパーティーなんてそれこそ立っているだけでも死にかけるのではないかと今から容易に想像できてしまう。

更にはその頃はとっくに自分の正体も……と、現実を思い返せばプライドは口を閉じた後も苦笑いになりかけた。

彼らと今後も知り合えるのは嬉しいが、その為には一度更に驚かせる必要がある。「どっきり大成功」で許されるような驚きではないだろうと考えれば今から足がつんのめりかけた。

プライドの苦笑顔に首を小さく傾けたセドリックだが、彼女から「驚くだろうなと思って」と言葉を返されればやっと理解した。大きく一度頷きながら、その時は自分からも力になれればと考える。間違っても二人にプライド達を誤解されるようなことは招きたくない。

そこまで考えたセドリックは、軽快にステップを踏みながらまた話題を変えた。

「プライド。先ほども言ったが、やはりそのドレスはよく似合っている。そのショールと手袋に至っては未だにお前の為の刺繍だったとしか思えない」

ありがとう、と。くすりと笑いを零してプライドは感謝を返す。

パーティー開始から挨拶を交わした時から早速言われたことだが、流石目のつけどころが違うなと思う。共にステップを踏みながら、プライドは熱の籠もった彼の手と背中に触れた。

令嬢でも手袋に気づけた人間は少ないのに、と。男性的に整った顔立ちだけでなく、そういうところも女性に人気がある要因なのだろうと分析してしまう。

それくらいに思考の余裕ができるほど、彼とのダンスは踊りやすい。

「それに、ティアラの髪飾りのレースとも揃いだろう?お前達姉妹の揃いは何度見ても胸が温まる」

……流石セドリック。

そう思いながら今度は言葉にせず代わりに感謝の言葉と笑みで返した。手袋どころかティアラと揃いであることまで指摘したのは彼が初めてである。

最初の挨拶こそプライドと対一だった為に気付かなかったが、その後にティアラと挨拶をした際に彼女の髪飾りのレースがプライドのストールの刺繍と同じものであると一目で記憶と照合できてしまった。

ティアラにはそれを言った途端〝何故か顔を真っ赤にして怒らせて〟しまったセドリックだが、プライドの嬉しそうな笑みに肩の力がほっと抜ける。やはりあの指摘はティアラが嫌う自分からの指摘だったから怒りを買ってしまったのだろうと自分なりに理解する。

しかしセドリックにとっては姉妹揃いの装飾というのは、無条件に微笑ましく好ましいものだった。

特に一度はプライドと離ればなれを覚悟していたティアラが揃いの衣装や装飾でプライドと並び笑んでいる姿は何度みても胸に熱がこもるほど愛しい光景でもある。

「貴方もお兄様達とお揃いの服とか着てみれば良いのに。きっととっても素敵だわ」

「ああ、後ほど正式にその職人へ依頼させてもらいたい。プライドも是非今度はステイル王子とも三人で揃いを見せてくれ」

「それがステイルが恥ずかしがっちゃって」

「あのステイル王子がか⁈」

なんと!と目が丸くなるセドリックに、プライドも可笑しくなってしまい「ははっ」と思わず無邪気な笑みを零した。

顔の距離も、笑みも近ければ身体も密着し重なり合っている二人の睦まじい姿はまるで恋人同士のように絵になった。実際の会話はお互いの兄弟姉妹の話題であろうとも、その姿しか見えない来客には、セドリックこそがプライドの婚約者候補もしくは恋人ではないかと考えさせるほどの光景だった。

互いに鼻がぶつかるほどの顔の距離でに屈託のない笑みを見せ合う姿は、自然と〝お似合い〟の言葉が来賓の頭に浮かぶ。

更には声を潜めつつも「お似合いで」「絵になっておられる」と、明確には言わずしかし彼女達の関係を連想した言葉を唱えては、その二人を〝どう見るか〟と、周囲の妙齢の男性の顔色を窺い探りを試みる。そんな最中

「流石の腕前ですね。ハナズオ連合王国の方々のダンスは何度見ても勉強になります。女性の魅せ方もまた素晴らしい」

「そう仰るステイル様も素晴らしい腕前ではありませんか」

自分はダンスに詳しくはありませんが。そう続けながら賛辞をかける騎士にステイルは視線も向けず笑った。

ちょうど目の前で女王ローザがヨアンのリードで優雅に一回転を披露したところだった。

互いに気品の感じられる両者の風格に、目にした誰もが拍手をあげる。その中で視線こそダンスに向いたままであるものの、口だけを動かして会話する彼らの会話は落ち着いていた。

二人の会話を近くで聞こえていた来賓もちらりと目を向けはするものの、すぐに目の前のダンスへと意識が戻った。彼らの会話をしっかり耳に通しているのはすぐ傍に佇む騎士団くらいのものである。

「アーサー殿こそ。以前お見せ頂いたダンスはとてもお見事でした。また是非目にしたいものです」

「ご冗談を。……先輩方と比べれば全くです。単に自分は手解きして下さった〝指導者〟が優秀だっただけです」

いつもの砕けた会話の方が聞き慣れた騎士達には、むしろこの口調の二人の方が新鮮に聞こえてしまう。

大勢の来賓を前に言葉を整えるアーサーに、ステイルも合わせての会話を楽しんだ。目の前では自分の母親だけでなく、プライドとティアラが美しい舞を披露している。

観客の誰もが熱を上げて賞賛を目に色にして浮かべる姿はステイルにとっても心地良い光景だった。更にはここまで安心して姉妹のダンスを眺められる機会も滅多にない。

最初にセドリックがティアラの手を取った時など、平静を装う妹はさておき明らかに緊張を顔色に出すセドリックに意地の悪い笑みまで滲んだほどだった。

少し前であればセドリックに対して黒い覇気を溢したステイルだが、現状を正しく理解している今はただただ微笑ましく眺める。

いくらプライドとセドリックの仲むつまじさを囁かれても、草木のざわめき程度の穏やかな耳触りである。そしてそれはこの場に招かれている騎士達もまた同様だった。

「本当に絵になりますねぇ。陛下もやはり麗しく、流石はプライド様とティアラ様の母君ですね」

「あーわかるわかる。寧ろ踊ってる時のキリッとした感じはプライド様に似てるよな」

「場を弁えて発言を選べアラン」

目を奪う美しさに頬を火照らせながら笑うエリックへ応じるアランに、唯一貴族の装いのカラムが一言窘める。

その傍に佇む騎士団長のロデリックも、今は口を閉じて平穏を感じ取った。プライドのダンスを観覧すること自体はもう数度目のことだが、プライドに見惚れるだけなら未だしもここまで暢気な騎士達もわかりやすいものだと頭の中だけで考える。

これが以前のセドリックであれば、今の囁き声にすら彼らも口を結んでいたであろうと理解する。

しかし、以前の〝検討会〟後に騎士達の警備の中でセドリックが彼女に何を告白していたかをアーサーもカラムも、更にはプライド達が扉の向こうへ再び消えた後セドリックとティアラの間に何があったかをアランとエリックは全て目撃してしまっている。

そんな護衛騎士達に、セドリックとプライドとの関係など今更な疑いだった。

楽しげに王族同士の交流を図る彼らの光景を心穏やかに眺め、……たいロデリックだが、自分の反対隣に佇む副団長に今度は本気で長く深い息が吐かれた。

「本当にお麗しいわ……、見ました?あのプライド様のショールの刺繍」

「ええ、先ほど伺いましたわ。まるで本当の蝶が舞っているかのようで、ああしてダンスされると更に」

「お話によると最近見つけたまだ無名の刺繍職人ですって。近々店を出す予定とのことで……」

「リオン様、私も妻としてプライド様と同じ刺繍の品を是非と思っているのですけれど」

セドリックとプライドの関係や、王族の目を奪うダンスへの言葉にもちらちらと紛れて聞こえる賛辞。

それを嫌でも耳聡く拾ってしまうクラークは一人ぴくりぴくりと肩が片側だけ揺れ、背中がいつもより丸みを帯びた。第一王女の前だからの世辞ですらない、間違いないネルの作品への賛辞にそれだけで喜びと気恥ずかしさを通り越して泣きたくなる。

後で妹に話してやるべく言葉一つ一つを拾って記憶するが、プライド達の鮮やかなダンスが視界には入っても頭には入らないほどに脳が沸騰しかかった。騎士として生きてきた中でも、ここまで気恥ずかしさを覚えたのは初めてだと思う。

良かったな、本当に良かった、と。この場にネルがいれば言葉にしながらもう少し冷静でいられたが、生憎ここに妹はいない。

それどころか、自分の刺繍を早速王女二人が身に着けてくれているなど思ってもいないだろうと確信する。

クラーク自身、プライドが身に着けているだけでも心臓に悪かったのに、その後挨拶したティアラまで妹が「これはもう売れないかしら」と諦めかけていた作品を上機嫌で髪飾りとして身に着けていることは冷や汗を隠せないほどに衝撃だった。

今まで一度も日の目を浴びなかったネルの作品への惜しみない賛辞。王族も貴族もやはり〝職人〟より〝モデル〟を見るのかと思うが、それでもどういった形であれ妹の作品が認められることが兄として嬉しくて仕方が無い。

表情こそいつもの笑みを意識するクラークだが、やはり口端から目元まで小さく無理が生じて痙攣してしまうほど力が入ってしまった。堪えきれず口を片手で覆って顎を引けば、自覚していた以上に自分の顔が熱いことを理解する。

嬉しさも羞恥もあるが、副団長として私情を出せないクラークにそこでロデリックはポンと軽く肩に手を置いた。ずしりと重みのある騎士団長の手に、抵抗なく身体ごと傾いたクラークは顔を向ける余裕はこの場ではない。

「明日の夜だけで足りるか?友よ」

「……足りないかもしれないな。友よ」

無骨な親友の言葉にクラークは力なく答えてしまう。

はぁぁぁ……と、音に消しながらも息を吐き出せば置いたままの手がポン、ポン、と二度ゆっくり彼の肩を叩いた。目まぐるしく鮮やかなダンスを視界に入れながら、隣でロデリックがどんな顔をしているかは目を向けずともクラークはわかりきっていた。

時間を重ねて少しずつ目の前の現実を受け入れられる。自分のコネでも王女の同情でもなく、実力で脚光を浴びる時を得た妹に。

「おめでとう」

「……ありがとう」

一言祝す友に、やっと受け入れた言葉を返すことができた。

曲の締め括り直後、会場を割れんばかりの拍手が満たす中でクラークもロデリックも手を叩く。

ハナズオ連合王国の王族、フリージア王国の女王、第一第二王女、そしてそれを見事に彩った刺繍へと惜しみない拍手を贈った。

……

「良い祝会だったな。セドリック、お前も随分とフリージアに馴染んだのではないか?」

「僕もそう思うよ。まさかプライド王女の創設した〝学校〟に体験入学と聞いた時は驚いたけれど……」

「そのことについても話したいことは山のようにあると言っているだろう。部屋に案内するまで待ってくれ」

王族同士のダンスで幕を閉じ、次々と来賓が宮殿を後にした。

今夜はセドリックの宮殿に泊まる予定のランスとヨアンは、彼と共に最後の一人まで来賓を見送り続けた。合間を見つけては何事もなかったように会話の続きをする兄弟だが、またすぐに次の来賓が別れの挨拶を最後にと歩みよる。

本来、最後まで客を見送るのは主人ではなくその従者や代理の場合も多いがセドリックは自ら最後まで見送ることを望み出た。今も玄関扉の傍らに立ち、一人一人招かれてくれた来賓と握手を交わしては今夜の感謝を伝えた。

一人、また一人と来賓が扉の向こうへと去る中、とうとう最後の二組を見送れば流石のセドリックもほっと息を吐いた。無数にも思えた数の具体的な人数を頭で勝手に数えてしまっていたセドリックにとって、途方もない時間と見送り作業だった。

時間としてはちょうど言い頃か、と時計を確認しながら家族と使用人達しかいない場で大きく伸びをする。大きな扉がゆっくりと閉ざされ、大規模なパーティーの痕跡だけが大広間に広がっていた。

片付け掃除するのは使用人達だけの仕事である。この場は任せた、と一声掛けて兄達を客間へ案内すべく歩き出す。背中を向け、「まだ詳しくは言えんのだが」と再び兄弟での話の続き始めればそこでコンコンと扉が叩かれた。

閉じたばかりの扉が早々に鳴らされたことに傍にいた使用人達だけでなくセドリック達も振り返る。どうした?と声をかけながら確認すれば、衛兵が再び扉を開き外を確認する。

忘れ物でもした者かと暢気に身構えながら一人歩み寄れば、次の瞬間には目を見張る光景を衛兵の背中越しに捉えた。

「……ティアラ・ロイヤル・アイビーですっ……。っ~……その、わ、忘れ……」

「ティアラか⁈」

先ほどのゆっくりな歩み寄りではない、タンタンと床を蹴る音が直後に響いた。

彼女の鈴の音のような声が聞こえるより前から、扉を開いた衛兵の背中越しに見間違えるわけもない金色のウェーブがかった髪が視界に捉えられていた。

おずおずと話す言葉を上塗るセドリックの声に、ぴゃっ!ティアラが身体ごと跳び上がった。目の色を変えて扉に駆け寄ってくる主人に、衛兵も返事より先に道を空けた。

そこにはパーティーの装いのまま後ろ手に肩を狭めたティアラがぽつんと立っていた。

まさかのすぐに現れたセドリックに、今すぐ逃げたくなるティアラは背中ごと逸らせば足も一歩分下がってしまった。玄関の先には馬車前で控えた自分の従者や護衛の衛兵が待っている。

「どうした?何か忘れたか、それとも失せ物でもしたか?ならば今すぐ探そう」

「あっ……そ、そのっ、……ええとっ……」

彼女が自ら足を運ぶなど、よほどのことだろうとセドリックも片付け前の広間を伸ばした手で指し示す。

しかしティアラは言葉に詰まらせたまま震える唇で上手く話せない。きょろきょろと金色の目が転がる中、何度も逃げ場を確認するように馬車へ振り返ってしまう。

みるみる内に顔色を紅潮させていくティアラにセドリックは首を捻る。もしや自分に、もしくは男性相手には言いにくい忘れ物なのかとまで思考を巡らせたが、背後で見守るランスとヨアンがどんな顔をしているかまでは確かめない。扉を完全に衛兵が開いた後でさえ、一歩も宮殿の中に入ろうとしない彼女が先ずは夜風で身体を冷やさないかの方が心配になった。

とにかく先ずは中へと、彼女にあらぬ誤解が招かれぬ為にも彼女だけでなく馬車前で控えている従者か専属侍女にも同行して貰えるかと声を掛ける。

その途端、まるで火がついたかのように「あのっ‼︎」と悲鳴と間違える甲高い声が強く上がった。あまりの声の響きにセドリックも口を結んで肩を上下させる。

また何か無礼なことを犯してしまったかと、反射的に自身の絶対的な記憶で顧みようとまでした時。

くしゃっ、と。大きな花冠が押しつけられた。

細腕で勢いよく胸へ押しつけられた拍子に、花冠の黄色と濃い桃色の花びらが三枚散り落ちた。

後ろ手に隠していたそれを思い切ってセドリックへ押し付ければ、ティアラ自身の顔は真下へと俯いてしまう。首から耳まで塗ったように真っ赤に染まった彼女は、もう顔も上げられない。

押しつけられたそれを一拍遅れ、セドリックは無言のまま両手で添えるようにして受け取った。その拍子にほんの指先がティアラの手に触れれば、それだけで彼女は勢いよく両手を花冠から引っ込める。自分の胸をぎゅっと潰れそうなほど押さえ付けながら、やはり顔はあげられない。

「そのっ……、その、お花……お姉様からお好きとお聞きしたのでっ……。……わ、私が作りました!その、お気に召さなければ捨てて下さっても構いませんからっ」

必死に震える唇を動かしながら、言葉を紡ぐ。

自分でも驚くほどに素直に言えない口と、緊張と恥ずかしさでじわじわ涙目になることをティアラは自覚する。胸をぎゅっと両手で押さえるだけで全身が震えてしまう。捨てて欲しくない、ほんのひと時でも大事にして欲しい、頑張って作りましたと言いたいがそれを言った途端に湯気になって消えてしまうと思う。それくらいに恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。

ティアラが花冠に使用した黄色の花は、姉兄と共に贈った乳白色の彫刻が模した花と同じものだった。

大きな黄色の花弁を五枚もつ花は、プライドの前世であればカタバミに近い。それよりも二回り以上ある大きさだが、素朴で可愛らしい形状は変わらない。花冠を彩る黄色い花々は、セドリックにとってティアラの化身かのような愛らしさだった。

「桃色のお花は、私が好きで‼︎〜っ、花が、好きで選びましたっ。黄色のお花と合わせても良い色合いだったので……‼︎」

蝶形の花を枝から直接咲かす花は、花冠に取り入れるのも少し難しかった。だが一度合わせたいと思えば諦められなかった。

姉であるプライドから〝高貴〟〝喜び〟〝目覚め〟〝豊かな生涯〟と、贈り物にぴったりな花言葉を教えてもらってから、ずっと。

セドリックの誕生日。その祝いの席に始めて出席したティアラにとっても、個人的に何かを贈りたくないわけがなかった。

しかしどんなものを贈れば良いかもわからなければ、こればかりはプライド達にも相談できない。中途半端な贈り物ではきっとちゃんと伝わらない。仕方なくとも手抜きだと思われたくない。

そんな中でやっと彼女が絞り出した結論は、子どものような贈り物だった。

一年前プライドから連盟で花の彫刻照明を贈ると提案された時から、彼がその花を好きだとは聞かされていた。なら、その花で得意の花冠作ればと、自分でも王族に贈るような品ではないと自覚した上での苦渋の決断だった。

だがティアラにとって最大限の努力の結果であることは間違いない。

「そっ、それだけです!!お疲れの所失礼致しましたっ」

返事を聞くのも、顔を見るのも怖い。

こんなものかと、残念な顔をされたら悲しくて泣いてしまう。そんな顔をするわけないとわかっていても想像してしまう。もし、そうではない方の反応だったとしてもその時は

「そんな素晴らしい品を俺が貰っても良いのか……?」

ぴくっ‼︎と、今すぐにでも「それでは」と逃げようとしていたティアラの肩がまた跳ね上がる。

驚きと期待のあまりうっかり覚悟もせず顔をあげれば、そこには自分と同じほど塗ったように真っ赤な顔で瞳の焔を輝かせるセドリックが佇んでいた。

思わず息を飲みこんでしまうティアラに、セドリックの顔が静かに緩む。「感謝する」と両手で受け取ったそれをまじまじ眺め、愛おしむ眼差しをまた彼女にも注いだ。

愛しいティアラに視線を注ぐことに忙し過ぎて一瞬しか花冠を確認できなかったセドリックだが、絶対的な記憶能力を持つ彼にはそれだけで細部までしっかりと記憶に残った。

単に枝と花だけではない、軸になるように細い枝も編み込まれた造り。更にはそれを埋め尽くすようにふんだんに黄色の花が開いていた。花冠とも、そして円形の花束ともとれるほど黄色の花で埋め尽くされたそれは花冠に親しみのないセドリックにも一目でわかるほど見事な出来だった。

彼女がその細く小さな女性の手で、自分の為にわざわざ時間を割き忙しい合間に作ってくれたその事実全てが嬉しくて堪らない。あまりにも幸せを全身で表したようなセドリックの笑みにティアラは

「~~~~っっ‼︎……しっ、失礼しますっ‼︎」

もう逃げずにはいられない。

今度こそくるりと踵を返し、重いドレスの裾を巻き上げて駆け出した。名残惜しさに背を押されるようにセドリックも「待ってくれ」と引き留めるべく手を伸ばしたが、安易に女性の手を掴むなど無礼な上にプライドとティアラには特に許されない。

あと少しで掴めそうだった寸前で、ぐっと堪えて拳を握り踏み止まった。

せっかく嫌いな自分の為にわざわざ足を運んで贈ってくれた彼女を、傷つけたくも怒らせたくもない。だがそれでも惜しさだけは残留したまま伸ばした腕が固まり残る。

タタタッと駆け足で馬車まで辿り突いたティアラは、衛兵に馬車の扉を開かれたまま踏み台に足をかけた。とん、とん、と震える膝で一歩ずつ慎重に登る彼女へ駆け寄って良いのかもセドリックにはわからない。馬車へと足を踏み入れ、腰を下ろしたティアラはそこでやっとセドリックの方へ再び顔を覗かせた。

きっと彼ならまだこちらを向いてくれている気がしたティアラは、炎のような瞳が真っ直ぐに自分へ向けられていることを確認してからまだ拭えない潤んだ瞳で真っ直ぐに見返した。

扉を閉められる前にと、最後に真っ赤な顔と強張る唇でもう一度勇気を振り絞る。

「っ……お、誕生日、おめでとうございますっ……」

ぱたん、と。

そこでとうとうティアラの合図と共に馬車の扉が閉められた。

これ以上は顔も見せられないと馬車の窓から見えないように全身で屈んで小さくなったティアラは、そこでやっと潤んだ目を熱の籠もる顔ごと両手で覆って押さえた。

セドリックが喜んでくれたことの安堵と嬉しさで、悲しくもないのに涙が大粒で零れてしまう。

馬車が揺れる中、ぎゅっと目を瞑ったまま息をすることも苦しいほどにうるさい心臓を必死に宥め続けた。そして馬車を見送るセドリックは

「………………………………奇跡か」

正直過ぎる感想だけが零れた直後、ティアラの馬車を見送りきる余裕もなく軸から大きく傾いた。

直後には予見していたランスが背後から太い腕で弟を倒れる前に受け止めた。セドリック‼︎と真っ赤に茹だった弟に向けて叫ぶが、頭から沸騰して湯気を放つ彼は完全にフリーズ済みだ。

兄に支えられた途端力が抜けたようにそのまま足ごと崩れ出せば、ヨアンが慌てながら侍女に水を、衛兵に彼をベッドかソファーに運ぶように命じ出す。

兄達を客間へと案内する前に自室へ強制回収されることになったセドリックは、放心する身体で優秀な頭だけがグラグラと煮えながらも鮮明に今の一瞬一瞬を鮮明に思い巡らせた。擦れた小さな声もうっすら聞こえ、更には聞き間違いではなくその口の動きは確かに自分への誕生日祝いを語ってくれた。

恥を忍んでここまで足を運んでくれた彼女の潤んだ瞳も、火照った顔も震える唇も、それだけ嫌で嫌で仕方ないのに来てくれたのかと思えばその優しさすら嬉しくて仕方ない。

そして何より間違いなく心のこもった手製の品に、彼女が自分の誕生日を祝ってくれたことに夢か奇跡か悩んでしまう。

衛兵が運ぶべく手を貸せば、セドリックも「いや立てる……」と譫言のような呂律で膝に力を込めた。

それでもふらふらと軸からふらつく上に、未だ記憶に鮮明さに忙しく視界が焦点すら定まっていない彼に仕方なくランスとヨアンがそれぞれ肩を貸す。

一度崩れ落ちきった王弟は、部屋に戻った後も暫くはまともに話せなかった。付き添う二人に「あれしきのことで崩れるな馬鹿者」「来賓が帰った後で良かったね」と言われても、今は脳が処理できない。しかし花冠から右手は離さない。

茫然と開いた目とは別の世界で、何度も何度も繰り返すようについさっき起きた彼女の全てを思い出し続け、そして紛れるように一年前の記憶がふっと浮かんでは消え、そして思う。

─ また特別になった……。

『この花は二回も私達を引き合わせてくれたじゃない⁈』

プライドと二度。そして、三ヶ月と二十七日前にも一度自分とティアラを引き合わせてくれた黄色い花。そして今日、ティアラがその手で自分に贈ってくれた花。

二つと無い自分にってこの上なく愛しい花になったという事実を、セドリックは熱を上げる脳に刻み込んだ。

『ところでお姉様っ、あの黄色いお花の花言葉はご存じですか……?』

『ええ、〝優しい心〟〝離れていても想い合う〟〝躍進〟よ。あともう一つ、こっちはちょっと照れちゃうけれど─』

……まさかティアラが花言葉にも想いを込めていたとは思いもせず。

伝い損ねたことを、帰りの馬車で後悔していることも。

受け取った花冠だけは最後まで掴んで離さぬまま、セドリックは三時間眠ることもできずに放心し続けた。