作品タイトル不明
そして考える。
「ネルさんは昔から手先が器用で、上手く出来たのとかをよく母上にお裾分けしてくれました。ただ、まぁ……俺が十二ぐらいの頃に国を出ちまったンですけど」
クラークは手紙でやり取りしてたみたいです、と言うアーサーに本当に懐かしの再会だったんだなぁと思う。
かれこれ八年ぶりの再開だ。つまりネルはアーサーが騎士を諦めちゃった時代も知っている。そこから久々に会ったら背も伸びて第一王女の護衛として団服に身を包んでいたらそりゃあ父親である騎士団長と見間違えて無理も無い。
副団長と手紙のやり取りをしていなかったらそれこそあの場でどうして騎士になったのかと長話にも発展しただろう。
「良い仕事も見つかったンですし、早くネルさんも家出れると良いなと思います。今はクラークの家に世話になってるそうなんで」
「?何故副団長の家じゃ駄目なんだ。仲は良好なのだろう」
ステイルの疑問に、アーサーがぎくりと身体を揺らす。
確かにそうだ。ネルと副団長が仲が良いなら、一生とは言わずとも一緒に住んでいてもいいくらいだ。けれどアーサーの言い方は一刻も早くとでも言いたげに聞こえた。単純に金銭面的自立を心配してあげているのならわかるけれども。
「あー……」と私達の視線から逃げるように顔ごと遠くへ向けるアーサーは、首を摩りながら頭をぐるりと回す。
何か複雑な事情でもあるのだろうかと私達もそれ以上は言及をやめる。副団長とネルの家庭の事情だったらここで無理に聞くことではない。
暫くは返事をしなかったアーサーは、口籠もるというよりも言うかどうか悩んでいるようだった。
疑問を投げかけた本人であるステイルが「別に言えないなら良い」と自分から断れば、アーサーが「いやンな真面目な話でもねぇけど」とだけ否定した。なんだろう、そう言われると逆にすごく気になる。……あれ、そういえば。
「ところでエリック副隊長、レイの裁判についてはもうご存知かしら?」
ふと思い出した私は、ダーウィン家事情から多少強引に別の話題をエリック副隊長へと投げる。
昨日決まったレイの裁判結果。近衛騎士コミュニティで聞いている可能性もあるけれど、まだ直接私からは説明していない。そう思って尋ねると、私の意図を汲んでくれたらしいエリック副隊長も「いえ、まだ知りません」と首を横に振って答えてくれた。アーサーも「昨日は飲みもしてないンで」と補足してくれる。良かった、話の軌道は無事変えられた。
まだ通学路で周りに聞き耳を立てるような人はいないことを確認した私は、抑えつつ雨音に消されない声でエリック副隊長へレイの裁判結果を話す。ジルベール宰相のお陰で済んだレイの判決は近衛騎士達にも共有しておきたい。
顔を向けて話しを聞いてくれたエリック副隊長は、傘の傾きを維持しながら最後まで聞き終わった時にはぱちりと目が大きく瞬きしていた。
流石ジルベール宰相ですねと言う彼に、私も全面的に同意する。本当に、ジルベール宰相じゃなければあり得ない展開だ。
ステイルが少しだけ不機嫌そうにアーサーの隣で眼鏡の黒縁の位置を直していたけれど、それでも「まぁ」と一言だけ同意を告げていた。今度は皮肉が続かない分、彼も本音ではジルベール宰相にそこまで不満でもないのだろう。すると
「!そういえばですが……。レイの探していたという〝ライアー〟に、昨日偶然自分も遭遇しました」
ええっ⁈とエリック副隊長の言葉に思わず私の方が声が上がってしまう。
アーサーとステイル以上の反応を上げてしまい、うっかりと直後に唇を絞る。いや!もうライアーは行方不明者でもないし本当なら会ってもそこまで驚くことじゃない筈なのだけれども‼︎
あまりに大きすぎる私の反応に、両眉を上げるエリック副隊長だけでなくステイルからも「どうかなさいましたか」と心配される。
焦燥ごと飲み込みながら首を横に振る私は胸を両手で押さえ付ける。
アーサーがステイルの肩越しに「ライアーにっすか?」とエリック副隊長に聞き返した。どうしよう、まさかこんなところで発覚しかけるなんて。
「何所でお会いしました?」
「中級層の市場だ。ちょっと裏稼業に絡まれていたから、その仲裁をしたら彼だった。でもなぁ……なんか様子が話に聞いていたのと別人で」
ぎくっぎくっ‼︎とアーサーとエリック副隊長のやり取りに背中に矢を刺されたような気分になる。
別人?とステイルも今度は続けば、エリック副隊長がその時の様子を話し出した。レイの裁判を気にして城まで向かっていたというライアーは話に聞いていた人物像と異なり、飄々として口調も違い更には自分のことを〝トーマス〟とも〝ライアー〟とも認識していたと。
「それは気になりますね……。僕らが会った時には少なくとも彼はトーマスでしたから」
「まさか記憶が戻ったってことか?」
ヴェスト叔父様と行動を共にしていた私と違い、アーサーもステイルもライアーの記憶が戻った事は知らない。
そして私もここで知っているわけにはいかないと、ここは全力でしらばっくれることを決める。ライアーの記憶回復を私が知っていたことが判明すれば芋蔓式で彼の記憶回復に私が関わっていることも気取られかねない。
胸を押さえた手にこっそり力を込めながら私も二人に話を合わせ驚いて見せる。
「だとしたら嬉しいのだけれど」「レイは知っているのかしら?」と自然を意識して話していたエリック副隊長から今度はステイルとアーサーに目を向け演じき
「…………」
……どうしよう、アーサーの視線が熱い。
じーーっと。私が迫真の演技で誤魔化し続ける中、妙にアーサーの視線が刺さって感じる。
睨まれている、というよりも何か怪しまれているような視線に肩が強ばりかける。疚しいことはありませんよと訴えるべくアーサーの視線に気付いてない振りでライアーの新情報に興味津々に振る舞うけれど、その間もアーサーからの蒼い光線は途切れない。
それどころか視線の隅でアーサーがステイルを肘で突いていた。すぐに振り返ったステイルがアーサーと無言で目を合わせたと思ったら、今度は彼まで私に目からビームを当ててくる。
どうしよう、ちゃんとボロは出さないように振る舞っているつもりなのに!
そんなに私の演技は大根なのだろうかと思うけれど、すぐ隣のエリック副隊長だけは普通に言葉を返してくれた。
やはり記憶を取り戻したと考えるのが自然でしょうかと普段通りに返してくれるエリック副隊長しかもう見れない。二本のレーザービームから逃げるように彼との会話に没頭する。傘に入りきりたい振りをし、更にぴったりとくっつく。
「どちらにせよ、エリック副隊長のお陰でその時ライアーは助かったのですね。ありがとうございます、流石は騎士ですね」
「!い、いえ。中級層では珍しくもないことなので」
今度こそ心からの笑顔で言えた言葉に、エリック副隊長が萎縮するように照れ笑いで返してくれた。
今はその柔らかな笑顔にもすごく癒やされる。本当に本当にありがとうございますと繰り返しながら、珍しくないというころはまだ中級層も治安が完全にというわけじゃないんだなと再認識する。
そのまま謙遜するエリック副隊長の話だと、今までもそういった小さないざこざは私達を迎えに来る途中で何度か対処してきたらしい。……生徒の送り迎えついでに事件解決してしまうってそれはそれで素晴らしいことだと思うのだけれども。
それから校門に辿り突くまでエリック副隊長と会話を楽しみながら、頭の隅でぼんやりと私は昨日思い出したラスボスについても小さく考える。
彼女は今、どこにいるのか。ジルベール宰相の話から推測しても城下であることは間違いない。けれど中級層か下級層かも確信は持てない。
レイがライアーを探していたように、私達も彼女を広大な範囲から少ない情報だけで探さないといけない。
彼女が次の標的を定める前に。