作品タイトル不明
Ⅱ333.頤使少女は茫然とする。
「ふっ……副団長の……⁈……えっ⁈」
ウソウソウソウソウソ⁈
まさかの展開に言葉がうまく出ない。血の気だけが怖いくらいに引いていく中で私だけでなくアーサーの隣に並ぶカラム隊長やネル先生まで顔色が悪くなる。
せっかくさっきまで燥ぐ気持ちを抑えて王女らしく振る舞ってみたのにそれがひっくり返されるくらいの衝撃だった。
えっ?⁈とまた声が何度もしゃっくりみたいに飛び上がったまま動けない。まさかネル先生が副団長の妹さん⁈
声すら出なくなって口がパクパクと開いては閉じるを繰り返し始めた時、ネル先生が慌てたように火照った顔で私に向き直った。
未だ目がぎょっとアーサーとカラム隊長に一度背中を向けて私とティアラへ深々と頭を下げる。
「申し遅れて申し訳ありませんでした……。兄のクラーク・ダーウィンがお世話になっております。プライド第一王女殿下のお噂はかねがね兄からも耳にしており、こうしてお会いできて光栄です」
クラーク・ダーウィン副団長。
我らがフリージア王国騎士団の副団長で、騎士団長と共に騎士団を纏め上げてくれている優秀な騎士だ。他の騎士なら未だしも、副団長には騎士団長と同じく私は昔から色々とお世話になりっぱなしだから余計にその名前を聞くだけで緊張してしまう。
言われてみれば柔らかな眼差しに面影があるようにも感じられる。笑い方の雰囲気も似ている。いやだからって家名だけで気付くなんて無理だけれども‼︎
現に、同じく講師であるカラム隊長も驚愕を露わにしている。〝ダーウィン〟なんて苗字珍しくもないし、まさか職場の同僚が副団長の妹さんなんて想像もしなかっただろう。
「こ、こちらこそ優秀な副団長にはいつも助けられています。兄妹揃って優秀で……」
「!いえ、とんでもありません。妹とはいっても血は半分だけです。兄には子どもの頃から面倒しかかけておらず、わざわざ第一王女殿下にお伝えすることでもないとっ……」
ちょっと待って副団長の新情報に頭がついていかない。
副団長に妹さんがいることは昔アーサーから聞いたこともあるけれど、ネル先生って一体何歳⁈二本の金色三つ編みで可愛らしい顔つきですごく、物凄く若々しく見える‼︎正直見かけ年齢だけなら副団長の姪っ子の方が納得いく。
けれど目の前で肩を狭めて小さくなるネル先生に言及するのも躊躇われた。青い顔が話しながら段々と熱っていく様子に、お兄様のことを恥ずかしがっていたアムレットを思い出す。
「ですがっ、学校講師になれたのは誓って兄は関係なく、学校側にも兄の仕事については話しておりません……」
そんなことは気にならないのだけれども‼︎⁈
どうやら講師になれたのが副団長の威光推薦と思われるのを心配したらしい。今さっきだって、私に対してバレるまで副団長のことを話そうとしなかったネル先生がそんなことをするとは思わない。というか、彼女の実力はちゃんとこの目で見て知っている。色んな意味で。
勿論わかっているわ、と言葉を返しながら表情筋をフル活用して笑って見せる。ティアラは未だに驚いたまま口を両手で覆ったままだ。
真っ赤な顔のネル先生……ネル、は再びペコペコと私達に頭を下げた。
「大変失礼致しました。まさか、こんなところでベレスフォードさんにお会いできるとは思わず……!兄の友人で、昔から私もお世話になっていた御方なのでつい……」
「あの、すみませんネルさん……。違います……」
王族の前で話し込んでしまったことを謝るネルに、とうとう硬直していたアーサーが口を開く。
相変わらず顔色は悪いままだったけれど、思い違いをしているらしいネルに堪らず訂正へ声をかけた。
え?とまさかの否定に、桃色の目を丸くして振り返ったネルは、大きく瞬きをしてアーサーへ顔を傾けた。
また言いにくそうに顔を痙攣らせるアーサーの顔が段々と今度は紅潮していく。
「自分、……息子のアーサーです。…………ご無沙汰、しています……」
直後、今度はネルから口を覆っても抑えきれない声で「アーサー⁈」と悲鳴が上がった。目も口も限界まで開いて、背中まで反ってしまっている。
騎士団長に間違われたことを気恥ずかしそうにしながらペコリと頭を下げるアーサーに続き、カラム隊長も小さく礼をした。こちらは副団長にお世話になっておりますの意味だろう。今は口を挟むべきではないと判断してか緊張を走らせた顔で無言のままだ。
「アーサーって……あの⁈えっ、本当にベレスフォードさんにそっくり……、兄さんから手紙で聞いてはいたけれど……あっ、騎士就任おめでとうございます」
「ありがとうございます……。ネルさんこそ、学校講師とプライド様の直属刺繍職人就任おめでとうございます。……いつ、こっちに?」
「最近戻ってきたばかりで……。兄さんに暫くはベレスフォードさんの家も忙しいから行かないように言われてて……挨拶が遅れてごめんなさい」
アーサーが自然体で話してくれるからか、ネルの話し方も少しずつ角が取れていく。時々二人して私の方に目を向けてくれるけれど、私からもどうぞ続けてと手で示す。寧ろ情報整理がしやすくってありがたい。
私達の目があってか話しにくそうにするアーサーと違って、ネルは学校に居た時みたいな自然体になっていく。
そして副団長、……あの人もどうやら知らないところで隠蔽を図ってくれていたんだなと理解する。
ネルにアーサーの家に行かないように言ったのも、私達の極秘視察の所為だろう。
会話の様子から、どうやらアーサーと再会するのも数年ぶりのようだ。自分より遥かに背のある身長のアーサーを見上げて、ネルが「大きくなって……」と感慨深そうに呟いた。
それにまたペコリと深々礼をするアーサーがまた新鮮だ。騎士以外の知り合いとこうしている光景なんて私も見るのは初めてかもしれない。
お互いに近況をある程度把握し終えた後、ネルの視線がやっとカラム隊長へも向いた。
小さく声を漏らしながら両手で口を覆い、今気が付いたかのように目がまた丸くなる。自分に視線が向いたことを確認したカラム隊長も無言のまま深々と礼をした。
「カラム隊長っ……え、あの、カラム隊長ですよね?」
「はい。城ではこの通りプライド第一王女殿下の近衛騎士を任じられています。今までクラーク副団長の妹君とは知らず、大変失礼を致しました」
アーサーに続いての知り合い登場に声が未だひっくり返すネルに、カラム隊長が落ち着いた声で答えた。
流石カラム隊長。ネルとアーサーが話し込んでいる内にしっかりと言葉の整理もついたらしい。
伸びた背筋で深々と頭を下げるカラム隊長にネルも肩を上下させた。「いえっこちらこそ……」と手の平を見せて止めながら、また唇があわあわと踊り出す。
彼女も自分から隠していたようだし、カラム隊長が知らなくても無理はない。同じ家名だからって全員が一族とは限らないもの。……、……家名……。
ふとそう思った途端にあの人の顔が頭に浮かんだけれど、今は一度打ち消した。目の前の衝撃再会現象に集中する。
「私も兄も、敢えて隠しておりましたのでお気になさらないで下さい。兄から、カラム隊長は視野も広いとても優秀な騎士隊長だと聞いています。まさかプライド様の…こ、近衛?騎士⁇とは存じませんでしたが……」
途中で疑問符が小さく入るネルに、そういえば今まで我が国を離れていたんだと思い出す。
近衛騎士も我が国独自のものだし、きっと言われてもしっくりこないのだろう。不安げなネルにカラム隊長がやんわりと「プライド様の御側で護衛を任されております」と説明すると、納得したように深く頷いていた。アーサーに続いてカラム隊長にまでここで初めて気付いたところを見ても、本当に緊張していたんだなと思う。……まぁ、普通に考えて正体も明かせない人間へいきなり紹介されるなんて不信感この上ないもの。本当にマリーに任せて良かった。
マリーは私の専属侍女になる前からこういう裁縫とか服飾系統が好きだったし、きっとネルと話したら同じ趣味且つ仕事ができる女性同士仲良くなってくれると思った。
ネルから刺繍の試作品を貰ってから、マリーに改めてこの刺繍の作った人を何とか〝ジャンヌ〟ではなくマリーから〝プライド第一王女〟へ紹介して欲しいとお願いしたら、すぐに応じてくれた。
マリーもロッテも私と同じくすごくネルの刺繍を気に入ってくれたし、ティアラなんて自分も私とお揃いで作って欲しいと言うくらいだ。
流石にいきなり一から王族用ドレスを二着はネルの負担的に難しいだろうけれど、もしいつか彼女のデザインで二着ティアラとお揃いなんて考えたら私までわくわくしてしまった。これはもう絶対いずれはネルに店を持って貰うか、直属契約をして貰わなくちゃと思うほどに。
そしてこうして無事、ネルは我が城まで訪れ商品も見せてくれた。
あの時に見せて貰った作品とは違う品もあって、本当に宝石箱を開いたくらいの興奮でティアラとはしゃぎまくってしまった。なるべくジャンヌと同一人物とバレないように式典用の社交的態度でいこうとおもったけれど、もうあの素敵な刺繍をみると目が眩まずにはいられなかった。
「それではプライド様、どうも失礼致しました。……次には必ず充分にデザインも揃えてお伺い致します……‼︎」
「!ええ、是非。門兵にもしっかり伝えておくから、安心なさって下さい」
アーサーとカラム隊長との挨拶を終えたネルが、立ち話したことを再び謝ってくれながらとうとう退室する。
もう少し三人の雑談も聞いていたかったけれど、ここは仕方が無い。ネルも王族を前にゆっくり話せるわけがないし、アーサーやカラム隊長も私の護衛中では長話もしにくいだろう。
未だに顔色の悪いアーサーに続きカラム隊長も見送りで礼をする中、開かれた扉に向かいネルがゴロゴロとトランクを引き摺りながら去って行く。
廊下に出て、それではと私達に向き直った時、部屋の外に控えていた衛兵が既に帰りの馬車を用意していると伝えてくれた。行きは城門からだったけれど、今度はネルの家までの送迎だ。
その話を聞いたネルは遠慮がちにお礼を返してくれた後、「あっ」と小さく声を上げた。何か忘れ物か気付いたことでもあるのだろうかと思えば、少し目を泳がせた後に私達へ首を窄めながら声を潜ませる。
「……あの、もし宜しければ退城前に騎士団演習場へ伺っても宜しいでしょうか……?」
…………。
勿論よ、とその許可を笑顔で返すのに数秒だけ間を作ってしまった。
寄り道自体は一向に構わない。馬車で送る際に御者も付いていることだし、彼女の目的は確実に観光ではない。
ありがとうございます!と笑顔で私達に何度も腰ごと曲げたネルは今度こそ部屋から去って行った。
近衛兵のジャックにより扉が閉められ、パタンという最小限の音が恐ろしく沈黙に落ちた客間によく残った。
笑顔で平和的にネルを見送った互いの顔が段々と強ばり引き攣っていくのを部屋中の全員目だけで確認し合う。
「……マジか……」
ぐったりとさっきまで直立していたアーサーが両手で頭を抱え、崩れるようにしゃがみ込んだ。
カラム隊長が「護衛中だ」と注意するのも、彼の肩に手を置いて労った後だった。そしてカラム隊長もまた、顔色が見事に悪い。
私もふらぁっと力が抜けてソファーに一度座り込んでしまう。ティアラやロッテ達が心配してくれる中、ソファーの背もたれにぐったりと突っ伏すので精一杯だった。
ネルと最も面識がある講師のカラム隊長と、そして共に同席する護衛をは近衛騎士の中で一番ネルと面識が無さそうなアーサーに。……してもらった筈なのに。むしろ、一番面識のある二人ともが揃ってしまった。
それから本当に間もなく交代のアラン隊長が客間へ訪れてくれた。……直後、アーサーが光の速さで王居を飛び出していった。
恐らくネルの馬車が乗り心地重視でゆっくり走っている間に、それを追い越す気なのだろうなと思いながら、私達もその背を見送った。
副団長にどうお詫びしようかと、考えながら。
可愛い妹さんを強引にリクルートしてごめんなさい。