作品タイトル不明
Ⅱ329.頤使少女は深淵に触れる。
「……と、後は財産没収といったところでしょうか。そちらの方は救済余地がありました」
着替えを終え、打ち合わせに訪れてくれたジルベール宰相の話を聞きながら私は大きく頷いた。
ソファーに着いた私達は早速ジルベール宰相からレイの裁判結果を聞かせてもらうことにした。早朝から衛兵により連行されたレイは、裁判でも全く抵抗どころか異議も立てなかったらしい。
問われるままに自分の経歴も罪状も認めた彼の裁判自体は滞りなく進んだ。
「〝アンカーソン〟としての財産は実子とされる彼も例外なく全て没収になりましたが、〝カレン〟家の財産についても正統な配偶者である妻と後継者に返還されることに決まりました」
アンカーソンの息子となっているレイだけど、出生としてはカレン家の生き残りでもある。
しかも彼の父親は結果としてアンカーソンに殺されている。母親は管理能力無しで半ば無理やり財産を奪われたけれど、後継者のレイがいれば正当な返還もそう難しくない。アンカーソンの領地全没収の今、前所有家がいるならそこに任せるのが自然だ。
ジルベール宰相は今回の裁判で、アンカーソンの余罪の一つとしてカレン家領地没収の真相事実も明らかにした上で母上に考慮するように提案してくれた。
侯爵家であるアンカーソンの財産はもう頼れないけれど、代わりにアンカーソンが所有していたカレン家の遺産は全てレイに返還相続されることになった。
裏稼業の人間と通じたことと学校の私物化や脅迫行為指示の罪で本来なら投獄されている筈のレイだけれど、ジルベール宰相の恐ろしい手腕と提案のお陰で釈放自体はされたらしい。あくまで無罪方面ではなく、釈放されただけだけれど。
「カレン家は城下から少し離れた地方の農町ですが、当時の屋敷も土地も状態良く保持はされておりました。彼が相続できるのは早くても四年は後ですが、家からの補助が得られるのならば人並みの生活費程度は十分保証されるでしょう」
「?待て。夫人が存命とはいえ、カレン家が全て奪われてからもう何年だ?何故屋敷も土地も無事で済んでいる?まさかアンカーソンが保持を命じていたのか」
ステイルの疑問に私もティアラも同意で頷く。
土地はそこに済んでいる民が有効活用していただけの可能性もまだあるけれど、屋敷まで状態が保持されているのは少し妙だ。
夫人は財産も奪われる前から寝たきりに近かったらしいし、使用人を雇うお金もない。他の人に管理でもされていない限り建物なんて簡単に駄目になる。しかもカレン家の人間はレイしか居ない筈のにどうして。
そう考えて視線をジルベール宰相へ注げば、肩で小さく息を吐いていた。私達が疑問に思うのも予想通りと言わんばかりで、ゆっくりとした口調で説明してくれる。
「カレン夫人は、随分と使用人に慕われていたそうです。財産を失った後も夫人の為に農地も屋敷も元使用人により保持されていました」
夫人、つまりレイのお母様だ。
ジルベール宰相の複雑そうな笑みを受けながら、アンカーソンとレイの顔を思い出す。きっとレイは髪も目の色もお母様似なのだろう。
ゲームでは「父に嬲られる俺様に泣いて詫びてばかりだった」「結果として母親はカレン男爵を裏切った」と語っていたけれど、雇えなくなった後も世話して貰えるなんてきっと凄く愛された人なのだろうなと思う。
ゲームでもレイのお母様は生きていたけれど……ライアー探ししか目になかった彼は、母親を顧みる余裕はなかった。
それどころか確かラスボスに命じられたら躊躇なく「母だった女の顔もこの手で焼いた」とアムレットに語っていた気がする。今思うととんでもない。
それでも母親はずっとレイの帰りを故郷で待ち続け、アムレットがレイルートに行けば最後にはエンディング後に母親と再会をやり直したらしい会話が仄めかされていた。……レイルートにいけば。
もしかしたら、レイの屋敷に居た人達もレイのお母様を知っているのだろうか。アンカーソンが捕らえられた後もずっとレイの屋敷に残り続けていたのもそれが理由だったら納得もできる。
少なくともレイ本人は使用人達と仲が良くは見えなかったもの。
「流石に裕福とは言えない農町ですし、王都で屋敷や使用人複数を構えるほどの贅沢はできないでしょうが……まぁ、能力さえあれば領主となるのも難しくはないでしょう」
レイの〝刑罰〟が完了するまでは、アンカーソンの領地ごと引き継いだ別の貴族に預けることになる。
引き継ぎ先は吟味させて頂きますと笑んでくれるジルベール宰相が、心強いことこの上ない。本当に何から何まで本当に助けられる。
レイも形はどうあれ想定より早くライアーとまた再会できるのだから彼としても本来の刑罰よりは幸いだろう。……その代わりの刑罰がなかなかジルベール宰相らしいけれども。
「本当にありがとうございました、ジルベール宰相。いつもいつも助けられてばかりで……」
もうこうしてお礼を言うのも初めてではないことを自覚しながら、心から感謝を言葉にする。
私の隣で「流石ジルベール宰相ですねっ」と声を弾ませるティアラと眼鏡の黒縁を指で押さえるステイルの表情は相変わらず対照的だ。私がソファーにかけたまま感謝の意で頭を下げようとすれば、ジルベール宰相が片手を見せて止めた。「いえ、大したことでは」と言ってくれるけれど、こんな判断ジルベール宰相じゃなかったら難しかった。変則的な審判が許されたのも、レイの特殊な状況下や殊勝な態度だけでなくジルベール宰相の手腕に違いない。
「流石だなジルベール。法の範囲内で罪人を釈放などお前にしかできない芸当だ」
「おや、ステイル様にまでお褒めいただけるとは光栄です。プライド様 と(・) ス(・) テ(・) イ(・) ル(・) 様(・) の(・) お(・) 望(・) み(・) の(・) 為(・) な(・) ら(・) ば(・) この程度は軽いものですとも」
皮肉をまじえるステイルにティアラが「兄様っ!」と怒るのと殆ど同時にジルベール宰相からも反撃が入る。
暗にその〝範囲内〟でレイへできる限り計らって欲しいというのが私の希望だけでなくステイルにとっても希望だったのだろうと言い当てるジルベール宰相に、ステイルもすぐには返せずムッと眉間の皺だけを深くした。しかもステイルさえ舌を巻く手腕を〝軽い〟と言われてしまえば、悔しさもあるのだろう。だってジルベール宰相は裁判で、最終判断を降す母上を説得したのだから。……その傍らに居たのであろう、摂政のヴェスト叔父様すらも。
レイの名前は知られているのは仕方がないとはいえ、きっとヴェスト伯父様にも色々勘付けれちゃっているのだろうなと思う。
そこから母上にも話が及んでいるかどうかは心臓にも悪いところだ。まさかレイが罪人だったからライアーの記憶をまた没収しようなんてことはしないだろうけれど、それでも私がレイに関わっていたのは絶対気付かれている。
そう考えていると、ジルベール宰相がまるで読んだかのように「陛下やヴェスト摂政殿からも御支持頂いたお陰です」と言ってくれた。
つまりヴェスト伯父様もレイの罪状と刑罰には頷いてくれたらしい。それを確認できただけでも、ほっと息が漏れる。ステイル達に気づかれないように胸を撫で下ろした私は、小さく肩の荷が降りるのを感じた。最悪の場合、また叔父様からお呼び出しも覚悟していた。
これでレイもライアーも決着は付いたし、アムレットのお陰で残りの攻略対象者についても少し手掛かりを……
「ただ、レイの供述で一つ引っかかることもありまして」
え、と。
ジルベール宰相の低めた声に落ち着き掛けていた呼吸が止まる。
顔を上げれば、僅かに表情が険しい。深刻そうにも見える表情に口の中を飲み込んでしまう。
まさかレイがライアーを庇う為に何らかの偽証をしてしまったとかだろうか。ステイルやティアラ、そして背後に控える近衛騎士からも息を引く音が聞こえる中、ジルベール宰相は一度口を閉じてから一度私達一人ひとりと目を合わせた。
その短い間ですら足先が落ち着かず、思わずグルリと靴を足首から回してしまう。
「早朝にレイの屋敷へ衛兵が向かった際、何者か茂みから逃げる影を確認したそうです。後ろ姿から明らかにレイではなかった為、見逃されましたが……」
衛兵への命令はあくまでレイの連行だ。そうでない人間が逃げようと追いかける必要はあの時点ではなかった。
ただ、その地点はレイの屋敷への一本道。レイの関係者以外はあり得ないと。
可能性としては使用人かレイを狙う裏稼業か、もしくはライアーだろうかと考えながら話を聞く。けれど、ライアーだったらわざわざここでジルベール宰相がステイル達の前で話題にするとも思えない。
更には当時屋敷には使用人は全員揃っていて、レイ本人もその後ろ姿に思い当たる人間はいないと話していたと。
「つまりは裏稼業の人間ということか?学校に乗り込んでくる連中も居たからな。雇用主としては見放されても何らかで狙われる恐れはあるだろう」
「ええ、私共もそう判断致しました。裁判の結果を左右させるほどのものではなかったので、その場では収拾がついたのですが。……ただ、他にも気になる証言があります」
ステイルの言葉に切れ長な目で頷きながら、ジルベール宰相が続ける。
まるで事件はまだ終わっていなかったと語るような口調に唇が乾く。気が付けば膝の上で重ねていた両手が強張っていた。
ティアラが「何かあったのですか?」と怖々とした口調で尋ねる中、ジルベール宰相は小さな息継ぎを一度挟んだ。
「ステイル様の仰るプラデスト内で捕らえた裏稼業ですが、彼らの供述も既に私の手元には届いております」
ライアー捜索に乗り出した頃に、学校まで乗り込んできた元生徒の裏稼業。
ハリソン副隊長と衛兵に検挙された後の音沙汰は私もまだ把握していなかった。学校での暴力、脅迫行為と授業目的ではなく元々裏稼業の仕事で入学したことも明らかになった彼らだ。衛兵の詰所に連行され、しっかりとそこに至るまでの取調べも受けたらしい。
「彼らの話では、レイにまだ衛兵の手が伸びていないことを教えた〝情報提供者〟が居たそうです」
ぞっっ……
ジルベール宰相の言葉に、言いようもなく気持ち悪い寒気が背筋を駆け抜けた。おかしな勢いで血の気が引いていくのを感じながら、私は下唇を噛む。
当時、レイの屋敷周辺に裏稼業が潜んでいたことは知っている。けれど、そこでレイや屋敷まで彼らの足が伸びなかったのは、いつ衛兵が現れるかわからなかったからだ。
けれどあの裏稼業達は堂々とレイへの接触を図ってきた。
てっきり学校内だから安全だとタカを括ったのかと思ったけれど、……もしまだ安全だと〝知っていた〟としたら。
伸ばした背筋が反り気味になりながら、今は続きを聞くべく言葉を閉じる。ここでジルベール宰相の話が終わる筈がない。
「また、先日深夜にとある裏稼業が捕らえられたのですが、彼らもまた「唆された」と証言しておりました」
それこそ罪を軽くする逃言としか判断されませんでしたが、とジルベール宰相の話を聞きながら段々足先から冷えてくる。絨毯の上にある足がまるで氷の上に置いているようだ。
深夜、裏稼業、の言葉にティアラの肩も強張り出す。あの夜のことは知らない筈のジルベール宰相がまさかの情報をそこまで掴んでいたことも恐ろしい。
顔がこれ以上痙攣らないようにと意識しながらもジルベール宰相から目が離せない。自分の両手首を握り締めながら声を上げないように必死に唇を絞る。
唆された?と構わず隣でステイルの訝しむ声に、ジルベール宰相が一声で答え続ける。
「彼らもまた、元はレイに雇われた輩のようです。洗ってみれば、レイと深夜の裏通りで〝口論〟となったところで騎士に捕らえられたらしく……」
間違いない、ティアラが予知して事なきを得た時の裏稼業達だ。
ごくりと、アーサーからも喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「レイが裏通りにいることも、単身でライアーを探していることも全てその人物から聞いた。そして、この 三(・) 件(・) の(・) 人(・) 物(・) 像(・) が(・) 見事に共通しております」
衛兵が見た屋敷から見た影も、学校に忍び込んだ裏稼業達への情報提供者も、そしてアラン隊長達が捕まえた裏稼業にレイの居場所を教えたのも。
その全てが同一人物である可能性が高いと語るジルベール宰相の言葉に目眩を覚える。間違いない、と先を聞く前から確信する。
一体どんな人物かと、唯ならぬ気配を感じ取ったステイルが追求する中で私は知りたいのに耳を塞ぎたくなる。塞がないようにぎゅっと手首から離した手で拳を二個作れば、そっとティアラがその片方に手を重ねてくれた。
レイに何らかの思惑を持ったと考えられる人物に、一人肩身を狭めて緊張に細い眉を中心に寄せている。
私もティアラの重ねてくれた手に反対の手をさらに乗せながらその人物の容姿を聞けば、……間違いなかった。
「推定年齢は十五前後。青みがかった緑の長い髪と暗緑色の瞳を持つ女性らしい身体付きの〝少女〟だと。彼らに情報だけを提供したその人物は情報の対価は望まなかったそうです」
彼女も、やっぱり存在した。
真っ直ぐに長い髪を揺らし、ゲームでは学校とは思えない豪奢なドレスに身を包んでいた女性の見下す笑みが鮮明に頭に浮かぶ。
ジルベール宰相の並べる特徴を聞きながら、恐れが確信に変わる。
ファーナムお姉様を弟達の目の前で苛み続け壊しネイトの両親を売るように叔父を唆しそしてレイをライアーの名前を使って利用し欺き続けた第二作目の
悲劇の、元凶。
アムレットの部屋で思い出した彼女の名前を頭の中で唱えながら、その歪んだ笑みを思い出す。
カランコロンとした甘く高い声で学校の生徒も教師も見下し続け、最後には学校全てを手に入れようとまでした彼女はもう動いていた。
ゲームとは違う形でレイを陥れようとしたらしい彼女は、……きっとまだ満足していない。
ジルベール宰相の見解を聞きながら口の中を噛み締める。最後の攻略対象者を思い出すことと同時に、また一人見つけなければいけない存在を確定する。
闇に落ちた彼女が、次の標的を見つける前に。