作品タイトル不明
Ⅱ324.頤使少女は申し訳なくなる。
─The day before
「では、……隊長方もご存知ないのですか」
「知らねぇ。言っとくが俺は呼び出される覚えなんかねぇからな」
「……そう言うと逆に怪しく聞こえるぞ」
コンコンッ。
入れ、と掛けられた言葉と共に扉は開かれた。
夕暮れ時にノックを鳴らした彼らは、それぞれ挨拶を続けながら慎重に部屋の中へ足を踏み入れる。彼らにとって上官である人物の部屋である上、自分達が呼び出された理由もまだ明確にはわかっていない。
何が待ち兼ねているのかもわからなければ部屋にいる人数もわからない。実際に部屋へ入ってみれば背筋の次は喉を反らした。
先頭に立った男が思わず足を止めてしまいそうになれば背後に続く男も一瞬だけつんのめり、更に最後の男は眼前の背中にぶつかった。どうかされましたかと一言言いたくもなったが、その先を覗けば理由もわかった。
何故この御方がと疑問も浮かんだが、今は尋ねて良い時ではない。
改めて進みだした先頭に続き、もう二人も中へと入り並ぶ。扉を内鍵まで閉めてから姿勢を正した。自分達からは尋ねず、今は自分達を呼びつけた人物からの発言を待つ。
「すまないな、演習中に呼び出してしまい」
いえ、とんでもありませんと返しながら彼らは瞬きもする余裕がない。
騎士団長である彼に呼び出された三名の騎士は、状況だけで喉を鳴らした。部屋の中央奥で腰掛けるロデリックの覇気に気圧されるように喉も干上がりそうになる。
その傍らに並ぶ副団長のクラークが佇み柔らかな表情を向けてくれることだけが唯一この場で自身達への悪い話ではないことの確証だった。
演習中に突然新兵から伝言で呼び出しを受けた三人の騎士は、互いに所属する隊も異なる。何故呼び出されたか検討もつかない中では最悪の可能性も当然考えていた。やましいことがある訳ではない三人だが、それでも何らかの疑いを掛けられた可能性はある。
唇を揃って結び、両手を背中で組む彼らは意識的に視線をロデリック以外からは散らさないようにと心掛けた。今話すのは騎士団長ロデリック、そして自分達の今の役目は要件を聞くことだ。
しかし、今度言葉を続けたのはロデリックではなくクラークだった。
「今回、お前達にとある任務を任せたい。非常に重要且つ極秘の任務だ。先に言っておくが、この件については騎士団でも極秘で頼む」
はっ!と、彼らは声を合わせて即答した。
まだ内容こそ聞かされてはいないものの、任務となればそれ以外の答えなどない。同時に何故自分達が呼び出されたかについても少しは見当がついた。
互いに巡らせこそしないが、その役割は理解する。なんなりとと言葉をどちらからともなく返せば、今度はロデリックが重い口を開いた。
「お前達には、とある場所へ潜入と護衛を頼みたい。何者にも気付かれず、安全を見届けて欲しい。先ず、……その場所というのがだが」
「騎士団長。ここからは僕が」
すっ、とやんわりロデリックの言葉を一人が上塗った。
騎士達が入ってきた時から、当然のように客用の椅子に腰掛けていた青年はにこやかな笑顔を彼らに向けていた。
演習中も王族の馬車が訪れたなどという報告は聞かなかった彼らにとって、ロデリックやクラークはまだしも第一王子の彼がいることは想定外だった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。プライド第一王女の補佐、第一王子ステイル・ロイヤル・アイビーです」
それは、当然知っている。
わざわざ席から一度立ち上がり、自分達へ笑い掛けるその王子を本隊騎士である彼らが知らないわけがなかった。奪還戦でも活躍を見せた第一王子なのだから。
問題は何故その彼がそこにいるのかだった。彼らの戸惑いも手の平の上かのように笑みを崩さないステイルはそこで改まる。
「どうぞ緊張なさらないで下さい」と前置きながら、穏やかな声で続けた。
「今回は僕からの依頼なので、内密に同席させて頂きました」
驚かせるとはわかっていましたが、と冗談めいて肩を竦めるステイルはそこで本題へ入り出す。
今回の任務内容と、そしてここまで機密事項とする理由。何故呼ばれたのが彼らなのかについても順序立てて説明をすれば、じわじわと彼らの額に冷や汗が滲んでいった。無意識に肩まで上がっていくことに気付かずに唇を結び、ステイルの話を聞き逃すまいと聴覚へ集中させる。
まさか、それを自分達がと、頭の中だけで繰り返したが、最終的には「あくまで姉君も」と続きを言われればやっと肩も下りた。ならば正式なものかと納得もいき、……同時に改めてこれがプライド絡みなのだと理解する。
最後に彼ら総意の問いを受け、ゆっくり間を持って答えたステイルは期待の言葉と含みを持って彼らを圧した。そして、続ける。
「──それに、姉君が信頼するアラン隊長、エリック副隊長、カラム隊長のご意志でもあります。騎士の方々にお手数をお掛けることも心苦しいですが、どうか御協力をお願い致します」
まさかの推薦に、それぞれが息を飲む。
しかも敢えて一人一人暗に指名するようにして順々に目を合わせていく。誰が誰を希望したかも伝われば、何故あの騎士がこの自分をとまた疑問が過ぎる。
「貴方方であれば、問題なくやり遂げて下さると〝僕ら〟も確信しています。今後更に重要な任務を任せるかもしれませんので」
有無を言わせない笑みを浮かべ、断言する。
第一王子直々の願いに断れるわけもない。そして彼ら自身、多くの選択肢の中で何故自分という騎士が選ばれたのかは疑問もまだ残ったが断りたいとは思わない。
どんな形であれ本来正式に募集をかけられれば、今回の依頼達成に該当する騎士が血眼になって取り合う任務なのは間違いない任務だ。
張りのある一息で応じる意思を示した二人に、ステイルは満足げに笑う。
確認するように無言のままロデリックとクラークにも振り返れば、彼らからも頷きが返された。正式に彼らへの依頼が決定したステイルは席にかけ直すこともなく「いずれわかります」と自らの足で彼らへ歩み寄った。
一歩も動けないどころか身動ぎ一つままならない彼らへと、その右手を友好的に差し出す。「宜しくお願いしますね」と義弟として彼らに依頼を託し、その後の報告は代理にと告げる。そして、依頼の証とばかりに彼らを呼んだ。
「ブライス・アッカーマン隊長、ケネス・オルドリッジ隊長、ローランド・ファース殿」
三人の騎士達は深々とした礼と共に握手へ応じた。
……
「すごく嬉しい!ずっとジャンヌとこうしてゆっくり話したかったの!」
透明感のある声で嬉しそうにはしゃぐアムレットに、さっきまで上がりっぱなしだった肩が少し下がる。
薄い扉を閉じ、簡単な鍵を掛けた彼女は「椅子使って良いから」と私に笑い掛けてくれた。軽く首だけを動かして見回せば、最初に目に入るのは簡易ベッドと真新しい机と椅子だ。
床には大事に使い込んだ証とばかりに少し色の褪せた床敷きが敷かれている。
支給品以外は実家から持ち込んだのであろう、彼女の家の香りがしそうな品々が目白押しだ。
本棚も無理矢理詰め込んだのか少し部屋の大きさにはそぐわない大きさだけれど、その分本が数段にわたって並べられている。
衣装棚の方が小さいくらいなのが彼女らしいなと思う。
掃除もちゃんと行き届いていて、机の上も整頓されている。ファーナム家にもあったような可愛らしいぬいぐるみが女の子の部屋感を際立てている。……そう、女の子の部屋だ。
いま、私はアムレットのお部屋にお邪魔している。
「私も嬉しいわ。こんな風に呼んで貰えて光栄だもの」
私の訪問を喜んでくれるアムレットに、私からも心からの笑みで返す。
四限を無事に終了し放課後を迎えた私は、約束通りアムレットの住む女子寮に訪れていた。
男であるステイルとアーサーとは女子寮と男子寮との分かれ道で見送られ、一人に手を引かれてここにいる。正直まだ施設の見学はさておき、人が入った状態での見学は初めての私には色々とどきどき案件だった。
男子寮へお邪魔した時と同じように、管理人さんへ挨拶と手続きを終えて彼女の部屋へと向かう間も心臓が煩かった。
授業の合間とは違い、放課後の時間帯は見事にどこもかしこも人がいて文字通り女子寮は女の園だった。やっぱり無人とは空気感からして違う。
歩けば必ず女の子とすれ違い、クラスの子とも会えば「あれ?ジャンヌ!」と話しかけられた。中には中等部や高等部で私のやらかしや教室訪問に気付いて振り返った子もいた。……特待生を置いてそれ以上に注目を浴びてしまっている感を痛いくらい感じた。
私は寮の階段を三階まで登れば、廊下に向けて二番目の部屋が彼女の部屋だった。
まだまだ上の階はあったけれど、一階の大部屋と違い三階までくればそれなりに人の声も落ち着いていた。一階は女子寮の中でも年齢層の低い生徒が多いからなかなかのお祭り騒ぎだったもの。
第二作目のゲームでも彼女の寮部屋の場面はあったけれどや
っぱり色々違う。あまり覚えてはいないけれど確か物が色々少なかった気がする。こんなに印象的な大きすぎる本棚とかは絶対ない。というか、この本棚が一番乙女ゲームの主人公感から離れているなと思う。私は彼女らしいという意味で好きだけれど。
ティアラやステイルも本棚は多いし大きいから寧ろ親近感さえある。……まぁ、あの子達の場合は部屋自体が比較にならない王族サイズなのもあるだろうけれども。
「本当にジャック達は待たせちゃって大丈夫⁇私が送って行くのに」
「ええ、ありがとう。けど、三人で帰る約束だから。付き添いの騎士さんにももう時間は伝えているから気にしないで」
私達が楽しく女子会をする間、二人を待たせてしまうことを心配してくれる彼女に私からもきちんと断る。
ステイルもアーサーもエリック副隊長も、そしてジルベール宰相や騎士団長にも今日のことは報告済みだから問題ない。その分、制限時間とか色々きっちり決まっているけれども。…………色々と。
「本当にごめんね」とまた謝ってくれるアムレットは空気を入れ変えるように、一つだけある小さな窓を開けてくれた。
一応、不審者侵入防止の為に窓は人が通れない大きさにされている。門限はない寮だけれども、男子生徒や戸締まり不始末での強盗だけ頑固拒否の構造にされている。
目移りしながらも人様のベッドに早速腰掛けるのも気が引けて部屋に一個しかない椅子に座る。
「待ってて、今お茶貰ってくるから」
「あ、良いのよお構いなく……!」
まさかのアムレットはベッドに落ち着く前に再び扉の鍵を開けた。
そんな気を遣うよりも制限時間みっちり話がしたいのに!とは思ったけれど、「すぐ戻るから」と笑い掛けてくれる彼女はそそくさと部屋を後にしてしまった。
パタンと閉じられただけの扉を家主を置いて鍵まで閉める気にもなれず、そのままにする。ぐるぐると首を回し、しんと静まりかえった部屋へ目を泳がした。
薄い壁の向こうからは他寮生徒の足音や話し声も聞こえてくるけれど、やっぱり個室ならではの静けさがある。扉の外よりも窓の向こうの方が静かかもしれない。
一度、深呼吸をする。膝の上に重ねた手を組み直し、私以外人影の欠片もない部屋で声を極限まで潜め……呟く。
「……〝居ます〟か……?」
コンコンッ。
すかさず聞こえた二回のノック音が、薄い壁の向こうからではなく部屋の内側から鳴らされた。
その音に思わず肩幅まで狭まってしまう。下り始めた肩がまた上がったまま、私は音のした方向に身体ごと向けて深々と礼をした。
何もない、本棚どころかベッドも何も無いそこにやっぱり〝居る〟のだと。確信をして息を止め、またゆっくり吐き出した。
「……宜しくお願いします…………」
申し訳なさが手伝って絞り出したままの声になってしまえば、コンコンッとまた音だけが返された。
いま、この時初めて今日の〝任務〟について彼らに挨拶を済ませた私は、それ以上は唇を絞ってアムレットが戻ってくるのを知らぬ存ぜぬ姿勢で待った。ステイルと騎士団長達が手配してくれた
〝透明化〟の特殊能力者を含む三人の護衛騎士と共に。
……ほんっっとうに、ごめんなさい。