軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ314.嘘吐き男は向き合い、

……いやマジでぜってぇ無理。

「いや~‼︎最高だったぜ!風呂なんざ初めて入ったが良いもんだなレイちゃん!」

ポカポカと茹だった身体から湯気を上げながら、頭をガシガシとタオルで拭くライアーは満面の笑みで居間へ入った。

ジャンヌ達が去り、そのまま彼の屋敷で夕食をご馳走になった彼は侍女が酒の調達に戻るまでの間にと今度は入浴部屋へ押し込まれた。久々に満腹まで食べられた食事はどれも人生で初めて食べた豪勢な並びだった上、今まで水浴びしかしたことのなかった身に風呂はまさに天国だった。

家畜独特の臭いは流石に染みついて一度に全ては消えないが、それでも全身の汚れを落とした上で着替えまで用意されれば生き返ったような感覚さえ覚える。

レイからの命令で大急ぎで二人分以上のご馳走や風呂、酒の買い出しに行かされた使用人達の努力の成果である。夜中に突然の持て成し準備を命じられたことも驚いたが、それ以上に彼らが驚いたのはレイという人間が人を持て成すことを命じた事実そのものだった。

「流石侯爵家だぜ。あんな良いもんに毎日ザブザブ浸かれるんだからな」

「馬鹿言え。風呂なんか王族でもなけりゃあそう毎日入れるか」

水浴びならともかく、風呂は使用人の手間も金もかかる。

勿論、美容や趣向として毎日風呂に入る貴族もいる。しかし、そうでもない限りはわざわざ毎日身を清める為だけに風呂を用意させることは滅多にない。

屋敷に貴族の設備として風呂はあっただけで、レイ自身もわざわざ入浴の趣味はなかった。実質、レイが住み始めてからこの屋敷で湯浴みではなく入浴をしたのはライアーが初めてである。

その事実を、話し声に聞き耳だけを立てる使用人達だけが静かに知る。何も知らないライアーだけが「へー」とと軽い相づちでそれも聞き流した。ただ、戻ってきた途端居間に並べられていた酒瓶の数々を見れば、レイができる限りの持て成しをしてくれているということだけを言葉に出さずとも理解する。

「おっ!酒じゃねぇか‼︎ちょうど喉が渇いていたとこだ!これ全部飲んじまって良いのか?」

「ふざけるな、俺様の分も残せ」

共に並べられたグラスや栓抜きには目もくれず、酒瓶の栓を歯で抜いたライアーはそのまま遠慮無く酒を一気に仰いだ。

グビッグビッと喉を鳴らしながら、久々過ぎる酒を全身で噛み締める。今の家畜商で働き始めてからも酒などの趣向品は殆ど手をつけてこなかった。雇い主からの勧めで一杯二杯は嗜んだこともあるが、確実に自分の舌が〝美味い〟と反応した為酒に溺れないよう自ら遠ざけていた。しかし、今は禁欲する気はさらさらない。

プハーーッと居間に響く声を漏らした後、火照った身体へ酒が染み込む快感に足がフラついた。倒れる前にと手近な椅子へ腰掛ける姿は家主のレイよりも遥かに寛いでいた。背もたれに腕を掛け、二本目の酒瓶を掲げながらテーブルの向かいに座るレイへと無駄に大きくなった声と共に笑い掛ける。

「ありがとよぉレイちゃん!やっぱあの時に逃がしておいて正解だったぜ」

「まさかこの為に俺様を逃がしたなんてほざくつもりじゃねぇだろうな?」

「あったりまえだろ。この俺様が何の見返りも期待せずに動くかよ。一、二年様子見たらこうする筈だったんだけどなあ、テメェの息子が元裏稼業の汚ぇ浮浪児だってチラつかせりゃあアンカーソンからも金がせしめれただろうしよ」

この期に及んで、と。

相変わらずのライアーの軽口にレイは無言で睨みを利かす。そんなわけあるか、大嘘つきが、と言ってやりたい言葉はいくらでも浮かんできたが「俺様の為だったんだろ」など直球で言いたくない。だが、この六年間を何も考えずに生きてきたわけではない彼にとって、それはもう確信だった。本音を言えればライアーの嘘全て論破する自信もある。

しかしレイのその不満も流すようにライアーはあくまで舌を回し続ける。

「あの後大変だったんだぜぇ?結局裏稼業連中に捕まっちまってよぉ、火で撒いたつもりだったんだがあっちもあっちで特殊能力者でな。捕まった後もなんとか逃げ出すつもりだったがあれよあれよという間に奴隷国の市場に引き摺り込まれちまって。そのまま〝特上品〟として業者に目玉商品で売り出されて結局そこの金持ちに買い付けられてー……まぁそっから記憶がバチリと切れてるんだけどよ。その買い付けやがったのはヒゲ生えたおっさんだしどうせなら美人に買われたかっ」

「夕食の時と同じ話をするな馬鹿が。大体ヒゲ生えたジジイはお前も同じだろ」

「ちょっと待てレイちゃん⁈俺様ジジイって年じゃねぇから‼︎」

まだピッチピチだぞ!と叫びながらライアーが酒瓶の底をレイへと突きつける。

レイからしてもあれからのライヤーがどうしていたかは聞きたい話ではあった。しかし、食卓を囲んで間もなくライアー自らが全く隠す素振りもなく自身の事情を笑い話にしたことには若干うんざりしていた。

普通に話せば凄惨そのものだというのに、ライアーの言い方は全くそんな気配すら感じさせない。最初に聞いた時こそやはり人身売買に捕まっていたのか、特上品だと、国外に輸出されていたのかと一つ一つが引っかかったレイだが、それを話の合間に挟めば毎回ライアーが「おいおいまだ序の口だぜ」「まぁ俺様はイイ男だからな」とはぐらかしてきた。

しかも話を聞けば綺麗に商品から奴隷として身を堕とした瞬間で記憶が切れていると言う。

レイからすれば、それも全部ライアーがしらばっくれているんじゃないかと今でも疑念しかなかった。

日頃の行いの為、本当にないライアーの記憶すらレイには信じられない。今ではライアーの実年齢すら本気で疑っている。昔と同じ無精ひげを生やした男は、どう見ても自分のたった十歳上には見えない。

そして実際は、奴隷だった記憶が消えているのと同じようにライアー自身年齢も本当に嘘を言っていない。

異議を訴えるライアーに、冷ややかな視線を送るレイは彼と同じように栓を口で抜いてから直接口を付けた。普段は酒も全く飲まないレイだが、決して弱いというわけでもない。

その様子を見たライアーは、さっきまで歳のことで目くじらを立てていたことが嘘のように両眉を上げた。テーブルに頬杖を突き、しみじみとレイを眺める。

「……昔は不味くて飲めねぇって吐き出したガキが、成長したもんだなぁ」

「いつのことを言ってやがる。俺様はもう十五だ」

口を尖らせながら、まるで帽子でも脱ぐような自然な動作で仮面を外す。

今まで睡眠と水浴び以外、屋敷にいる時すら滅多に外さない仮面をレイは当然のようにテーブルへと置いた。その動作一つでも、侍女達は驚愕で口を覆いたくなった。

貴族としてアンカーソンに育てられてから、ある程度は酒への耐性もつけられた。

社交界で生きていくにあたって、酒を全く飲めない男性は無に等しい。将来的にはレイを自身の息子として通そうとしていたアンカーソンはレイへの社交界への教育も抜かりはなかった。

しかし最終的にはお披露目パーティーも叶わず終わった今、もう二度と社交界に戻ることはないだろうとレイは思う。こうして貴族として贅沢な暮らしを許されるのも最後だろうとも。……そして、全く悔いはない。

「そんなことより、本当にトーマスとしての記憶もねぇのか。ジャンヌと口裏を合わせてるんじゃないだろうな」

貴族としての立場を全て失ってでも取り戻したい相手にこうして会えたのだから。

食事の時にも散々尋ねた問いを、再びレイは繰り返す。それこそライアーの苦労話よりもしつこく何度も繰り返した問答だが、酒が入って上機嫌の今なら違う答えを聞けるんじゃないかと思う。

彼自身が会いたかったのは間違いなく目の前にいるライアーだが、完全にトーマスの面影どころか今度はこちらの記憶が無いと聞けば若干引っかかるところもあった。

しかもあそこまで色々自分は彼にさらけ出してやったのに覚えていないのかと、若干の不満もある。覚えられていてそれをネタに弄られからかわれるのも死ぬほど嫌だが、忘れられるのも癪だった。だが、だからといって二度とあんな台詞をライアーに聞かせてやりたくも、口にしたくもない。

あれはあくまでライアーの〝トーマス〟だったからこそ言えた言葉だったのだから。そしてその想いは

……ぜっっっってぇ言えるか馬鹿野郎

「だ~から覚えてねぇっつの。その〝トーマス〟ってのも全然しっくりこねぇしよ」

ライアーも、わかった上でとぼけ続けた。