軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ309.頤使少女は足を踏み入れ、

「あの、……質問しても宜しいでしょうか。〝アンドリュー〟……さん」

ガタガタと馬車が揺れる中、行きの時とは比べものにならない緊張感の渦下で私は意味もなく声を潜める。

ジルベール宰相に見送られ、馬車に揺られた私はもう王女の装いはしていない。ジルベール宰相の侍女にも手伝って貰い、年齢操作後に庶民服へも着替えた今は完璧に〝ジャンヌ〟だ。さっきと違い、ちゃんと目の前の青年と同等に見える姿になった。

服装や髪型は庶民に馴染んでいるのに、ぴっしりとした姿勢と私を見据える眼差しは間違いなく王族であるヴェスト叔父様だ。

同乗しているアラン隊長とカラム隊長も、今はかなり緊張している様子だった。私やステイル、ティアラはもう王族の中でも慣れてくれた方だろうけれど、流石にヴェスト叔父様には緊張するのも無理はない。呼吸音すら立てるのも躊躇う中で、自然体なのは恐らくヴェスト叔父様だけだろう。

緊張感この上ない中少し肩を丸めて問い掛ける私に、アンドリューもといヴェスト叔父様は僅かに眉を寄せた。

「〝アンドリュー〟だけで良い。必要にないと思うが、到着するまでにはその余所余所しい態度は直しておきなさいジャンヌ。近衛騎士達も人前では私を〝庶民〟として扱うように。君達は敬語敬称も禁じる」

はっ‼︎と、直後には近衛騎士二人の張りのある声が重なった。

今日だけで、もう何回二人に頭の中で謝ったかわからない。せめて私が足を引っ張らないようにと口を固く絞りながら、頭の中で〝アンドリュー〟と繰り返しその名を唱える。

うっかり人前でヴェスト叔父様なんて呼んだら絶対に怒られてしまう。まだ私は呼び名のみなだけマシだ。騎士且つ年上である筈の彼ら二人はアンドリュー呼びに重ね、敬語敬称まで無しなのだから。

もう十五歳前後の姿でも威厳も覇気も溢れて仕方が無いヴェスト叔父様に、なかなか覚悟がいるものだなと思う。

寸秒沈黙が流れ、思わず勝手に黙殺されてしまった私にヴェスト叔父様が「言ってみなさい」と促してくれた。

邂逅直後に窘められただけでうっかり言おうとしていたことが一瞬飛んでしまった私は、慌てて記憶をたぐり寄せる。

「そのっ……、トーマスさんとお話してもし〝できる〟ようになった場合なのですが、……その後に私は彼と」

「馬車で待とう。時間は守るように。護衛の騎士は一人借りるから自分で同行に相応しい者を選びなさい」

私の意図を完璧に呼んで了承してくれたヴェスト叔父様は、一瞬髪を整えかけ……止めた。今は七三分けにするわけにはいかない雑破にした髪型がちょっと慣れないのかもしれない。服装もいつもと比べるとずっとラフだし、違和感があるのは仕方が無い。

〝相応しい〟という言い方に、私が自然と二人を見比べるとカラム隊長自らが「ここは」と発言を求めるように手を上げた。

私が了承の意を込めて頷けば、ここはジャンヌの親戚ということになっているアラン隊長が同行した方がと進言される。

うん、確かにその方が自然だろう。

アラン隊長が音にも出さないけれど、静かに胸が降りるのがわかった。ヴェスト叔父様と二人きりという状況をカラム隊長が請け負ってくれたこともほっとしているのだろうなとこっそり思う。

私もヴェスト叔父様と二人きりはすごく緊張するからよくわかる。

ヴェスト叔父様も想定はできていたのだろう、一度小さく頷くと後は到着するまで静かに目を閉じた。仮眠、というわけではなく単純に集中しているように見えた。

ヴェスト叔父様の青色の眼差しが遮断されただけで、いくらか馬車内の空気の薄さが休まった気が失礼ながらしてしまう。

相変わらずカーテンで外の景色と遮断されたままだけれど、盗み見る感覚でまた小さく捲る。

まだ、目的地までは大分あるなと思いながらも、既に夕方であることを確認した。どちらにせよ、あまり長居はできないだろう。せめて夕食の時間に間に合えばと思うけれど、もう半分は諦める。……その場合は、外出の理由をステイルやティアラに言い訳できるかしら。

水を打ったような沈黙の中、黙々とこの後のことを今は考えることにする。

正直に言えば、ヴェスト叔父様にも質問したいことは山のようにある。どうしてアンドリューという名前なのかとか今までもこうしてジルベール宰相に協力を求めて城下に降りて動いたことがあるのかとか、母上や父上はこの姿も見慣れているのかとか今まではどんな風に特殊能力でご活躍されていたのかとか屋敷でのアレはやはり……とか、それはもう色々と。

けれど、今こうして〝自己責任〟という大義名分とはいえわざわざトーマスさんの為にご足労してくださっている叔父様を質問責めにするのも気が引けた。

今は第一にここまで協力してくださって私の我が儘も寛大に見て下さることを感謝することにする。それにまだ完全にはぬか喜びできないけれど、こうして秘密を教えて下さったのはやっぱり光栄だ。素直に嬉しい。

そうして段々暗くなるにつれてただの反射板にしか見えなくなってくる窓の隙間を眺めながら、私はぼんやりとこの後のことへ思考を埋めた。

もう眺めていても外が暗くてどこにいるのかはわからなくなってくる。暫く馬車にひたすら揺らされ続け、……段々と舗装されていない道でガタッガタッと振動が強くなってきた。目的地が近付いている証拠だ。

相変わらず糸二本は張られたような緊張感の中、また少しすればとうとう馬車が速度を緩め始めた。

御者からの合図の後、扉が開かれればもうばっちり夜の中だった。

「もし、トーマスが望むのならばこの馬車に連れてきなさい」

そう言うヴェスト叔父様は、このまま馬車の中に残る。

扉が開いた瞬間、やっぱり家畜の匂いの洗礼を受けたヴェスト叔父様は鼻と口を袖で覆って顔を顰めていた。常に冷静沈着な叔父様でもやっぱりこの匂いは苦手なようだ。

私の方はもう二回目のお陰か、最初の時よりもそこまできつく感じない。風が少ないからもあるかもしれないけれど。家畜も休んでいるのか、今はけっこう静かだ。

畏まりました、と頭を下げた私は先に降りたアラン隊長に続く。

叔父様と残るカラム隊長に、宜しくお願いしますと意思を込めて目を合わせた。

「足下、気をつけて下さい。見えにくいと思うので」

そう言って馬車を降りる私に手を貸してくれるアラン隊長も、やっぱりいつもより声が緊張気味だ。

お礼を言いながら、そっと私は真っ暗な地面に着地する。早く降りてヴェスト叔父様の為にも扉を閉めさせてあげたい。

言われた通り、思ったよりも深い位置にあった地面にちょっとだけ不意を突かれ膝がよろけた。グラつく前にアラン隊長がそっと握った手と一緒に背中も支えるように反対の手を添えてくれたお陰でそれ以上は無事で済んだ。

すぐにパタンと背後で扉が閉められる音が聞こえ、御者より早いタイミングに多分カラム隊長が閉じてくれたのかなと思う。

「大丈夫ですか?歩けます?」

「大丈夫です。……けど、手は借りていても良いかしら。後はたぶん普通に歩けます」

ヒールじゃないだけ今はマシだ。ここまで真っ暗の中で歩くのも久々だと思いながら、アラン隊長のリードを助けに真っ暗の足場を進む。

馬車の中が明かりがあった分、今はまだ目が慣れない。けれどアラン隊長の手がしっかりと支えてくれているお陰であとは苦も無く進めた。

顔を不安な足下から正面へと上げると、ポカリポカリと明かりが見えた。家の明かりだ。

家畜小屋があった位置には何も見えないから、今はもうお仕事も終わったのかなと思う。一歩一歩歩いていくごとに家の明かりが近付いていく感覚がなんだか懐かしく思う。

「ここに来たってことは、トーマスさんを呼び出せば良いですかね?問題なければ、自分が話を通します」

「ええ、……宜しくお願いします」