作品タイトル不明
Ⅱ286.頤使少女は解放される。
「すげぇなぁ。本当に良いのか?屋上の解放って確かひと月経ってからだろ?」
二限を終えた昼休み。施錠されていた扉を潜ったパウエルは、気持ち良さそうに伸びをした。
今回、私達は学校の屋上へ訪れている。しかも中等部ではなく高等部の屋上だ。本来ならまだ出入り禁止の特別な場所だけれど、特別講師であるカラム隊長が教師に特別に許可を得てくれた。まさに人徳の為す技だと思う。
今までずっと用事があった時以外は人の多いところを避けての校門前に辿り着くことが多かったから、解放的な空間で私達だけというのは特別感が強い。まだ建てられてから月日も経っていないお陰と、天気も悪くなかったお陰で全体的に床も綺麗だ。
立つだけで風がぶわりと正面から扇いできて、乱れた前髪を耳にかけて目を凝らす。今はお団子にして纏めているからそこまで酷く乱れないけれど、いつもの髪型だったら前が見えなくなっていたかもしれない。五階建ての高さもあってか、風が以外に強くてステイルやアーサーも眼鏡が飛ばされないように押さえつけた。
「あまり柵沿いには立たないように。あくまで特別に、だ。教師には許可を得ているが、他の生徒に見られたら騒がれるかもしれない」
それに危ないと。広々とした空間に両手を広げるパウエルへカラム隊長が一言注意する。
それにきちんと顔を向けて返すパウエルは、ちょうど屋上の真ん中で立ち止まると「ここにしないか?」と少しはしゃいだ様子で私達に投げかけた。
ステイルと、三人分のリュックを持ったアーサーと一緒に、青空の下で贅沢に場所を取る。お昼を持参していないカラム隊長だけが、「あくまで私は監視役だ」と教師として屋上の扉前で佇んだ。パウエルがいる今、私の近衛騎士としてではなくて講師として振る舞ってくれているカラム隊長に感謝しながら私達は真ん中に腰を下ろした。
意外と柵のお陰か、床に座ってしまえば風も強くない。
「最近ずっと昼休みに付き合わせてばかりでごめんなさいねパウエル。今日は屋上でゆっくり食べましょう。お詫び、……といってもこれ全部カラム隊長のお陰なのだけれど」
「何言ってんだ。俺が好きでジャンヌ達にくっついているだけだぞ。俺こそ事情も知らねぇのにくっついてばかりで迷惑じゃなかったか?」
さらりと嬉しい言葉を返してくれるパウエルは相変わらず優しい。
そんなことないわと返しながら首を振れば、私に同意するようにステイルとアーサーも返してくれた。
今日はカラム隊長に私からお願いしての屋上散策だったし、本来ならパウエルまで呼ぶ必要ななかったけれど満場一致で彼を誘うのを二人も同意してくれた。
今までネイトやレイ関係で付き合わせて迷惑をかけたり、まともに食べる時間すら取れなかったことが多かったお詫びもある。けれどそれ以上に、秘密とはいえ折角の屋上訪問にいつも付き合ってくれるパウエルを仲間外れにしたくなかった。
こうしてゆっくり私達で食べるのも久々な気がする。
「邪魔だったら断る。久々にこうしてお前とゆっくりしたいのは俺もジャック達も一緒だ」
パウエルの気遣いに言葉で返すステイルは、そう言って早速パンに齧り付いた。
相変わらずのステイルに、私とアーサーもお互い顔を見合わせて笑ってしまう。嬉しそうにはにかむパウエルがまた微笑ましい。
私もサンドウィッチを手にかぶり付けば、空がいつもより近いからか味も美味しく感じた。
「……にしても、本当広いっすね。教室ぶち抜けばこんくらいの広さあるもんなんすね」
サンドイッチを半分近く食べ切ってから、アーサーがぐるりと首を回す。
校舎の内部と違い、遮蔽物のない屋上は軽い地平線だ。柵の向こうは校内どころか街並みも一望できるだろう。きっと屋上解放した後は生徒達の人気スポットになるに違いない。
そう思うと競争率が高くなる前にこうしてパウエルを連れてこれて良かったなと思う。柵側だったらもっと景色が良かっただろう。
「本当ね。居心地もすごく良いわ。お昼寝したくなっちゃいそう」
解放的な空間に、自然と顔が綻ぶ。
学校の屋上で、アーサーとステイルとパウエルと、そしてカラム隊長と過ごすなんて改めて考えると夢のようだ。ここにティアラも居たらなと、ちょっとだけ欲も出てしまう。……まぁ、本来の目的はここで寛ぐことじゃないのだけれど。
サンドイッチをまた一口頬張りながら、私は忙しなく視線を周囲に回す。屋上の隅から隅まで確認しながら、記憶にある場所はないかなと思考を巡らせる。前世の記憶、そして現実の方ではなく第二作目の記憶だ。
私の目的を知っているアーサーとステイルも、周囲を見廻し続ける私を気になるように視線だけを注いでくれている。彼らにとってはここに訪れたのも私が予知した〝学校と生徒の危機〟に関する予知を思い出す為だ。そして私にとっては最後の攻略対象者を思い出す為でもある。
屋上自体は見晴らしこそ良いだろうけれど、これといった特徴はない。どこかで見たことがある気もするし、気のせいな気もする。
見たとしてもそれが第二作目なのかそれ以外なのか、別のゲームか漫画かアニメかも定かじゃない。前世の記憶がある私には、綺麗であること以外本当に特徴はない。
ぐるりと目で一周して、背後の扉傍で立ってくれているカラム隊長からまた正面のパウエル達に視界が戻るけれど、残念ながら引っかかるものはなかった。せめてゲームのイベントでも思い出せればと思ったのだけれど、そううまくはいかない。
尋ねるように目線だけを向けてくる二人に、無言で私は首だけを小さく横に振ってからまたサンドイッチを齧った。パウエルも周囲を見回すことに忙しい中、彼の目を盗んでステイルとアーサーも僅かに肩を落とす。カラム隊長にもここまで我儘を通させて貰ったのに有力なものが見つからず申し訳ない。
一口分飲み込みながら、私も肩が丸くなってくるとステイルがすかさず空気を変えるように「ところでジャンヌ」と話題を投げてくれた。
「二限前は大丈夫でしたか?またレイが教室に訪れたのでしょう?」
パウエルにもわかるように簡単に状況を説明してくれたステイルに、ギクリと思わず肩が揺れる。
返した笑顔もまま固まる私にパウエルだけでなく、アーサーも気になるように一度食べる手を止めてこちらを見た。今日は二人が戻ってきてからすぐにパウエルを連れてカラム隊長に会いにいかないといけなかったから、まだちゃんとは話していない。伝えられたのも、レイが訪れたことと変なことはされていないことだけだ。
「ええ、……私は大丈夫だったわ。いつも通りディオス達が勉強に来て、またレイとその、喧嘩はしたけれど……誰も怪我はなかったし、…………平和?で」
我ながら正直に言葉を濁らせてしまう。
ステイルもすぐに引っ掛かったのか「どう聞いても平和に聞こえませんが……」と呟きが入った。あはは……と苦笑しながら、私は改めて一限後のあらましをオブラートに包みつつ彼らに話す。
流石にレイの仮面の下が大火傷痕であるということは、パウエル相手に言いふらせないから伏せさせてもらったけれど、それでも充分に彼らにとって聞き応えのある話になってしまった。
特にレイが私に振られたという誤解が、既にファーナム兄弟のクラスにまで広がっていたことはステイルもアーサーもなかなかの驚きだった。流石に高等部のパウエルのクラスまでは広まっていなかったらしいけれど、ぶはッと勢いよくパウエルまで笑っていた。彼にとっても昨日あそこまで傍若無人だったレイが逆に汚名を着せられたのは予想外の展開だったらしい。
ステイルとアーサーも最後にはぷるぷる肩を震わせていた。
「まっ……まぁ、彼も……自業自得ですからっ……!ジャンヌが気にする必要はないとっ……フッ……!思います……‼︎」
「そッすね……!なんか、ディオスもすっげー普通に話してンのは驚きました……っ」
二人とも、笑いが収まっていない。
話している内容は普通なのに、口が笑いを堪えすぎて痙攣しているようだった。いっそパウエルみたいに笑い飛ばしてあげた方が優しさではないかと思えてくる。
「アムレットまで怒るなんてなぁ。あいつが兄貴以外にそんな怒るのって珍しいのに。…………ほんと、良いやつだからな」
ビクッッ‼︎と何気ないパウエルの言葉にステイルの肩が無言で上下した。
穏やかな声で言うパウエルに反して、一気に顔色が変わる。話の流れで今朝アムレットがレイの失言に怒ってくれたことも話したけれど、パウエルにとってアムレットはファーナム兄弟以上の知り合いだ。何せ、お友達であるエフロンお兄様の妹さんなのだから。
遠い目をして柔らかく笑うパウエルに気付かれないように、顔を俯けたステイルはガブガブとちょっと大口でサンドウィッチも平らげた。
どうしよう、ステイルの為にも聞いちゃダメだとはわかっているけれど、本音を言えばその辺の関係も詳しく聞きたくなる。
余計なことをうっかり言わないように私が意識的に唇を結ぶと、一回咳払いをしたアーサーが「とッころで!」と声を上げた。リュックから水筒をステイルに押し渡しながら、パウエルに目を向ける。
「パウエルはっ……レイとか、ネイトとかは会って間もないと思いますけど、えーと……その、どう思いますか……?取り敢えず二人とも、まだ相変わらずではあるンすけど……」
いやでもネイトは色々変わってもいて、と。必死にアムレットから話題を逸らしながら、確かに気になることを尋ねてくれる。
私が把握している限り、レイに対してはもちろんのこと、ネイトに対してもパウエルはあまり良い感触はなかったと思う。
アーサーの話逸らし技に、パウエルは「あー」と声を漏らしながら思い出すように視線を空へと浮かした。
「レイはー、まぁ俺個人はまだ好きじゃねぇかな。ジャンヌにすげぇひでぇし横暴だし。でもジャンヌ達が関わりてぇ分は良いと思う。俺には文句言う資格もねぇし。……ネイトは」
平然と懐の大きいことを言ってくれるパウエルに頭が下がる。
正直、いまの話した内容もそうだけれどパウエルにとってレイを良く思える点は今のところはゼロに等しい。レイが人探ししている理由も知らないし、俺様レイ様に好感度を上げられる理由が見つからない。
人によっては、そんな奴とは関わるなと私達が言われてもおかしくない案件だ。それをすんなりと受け入れてくれるパウエルは本当に良い子だ。
「ネイトは……、最初はあいつの事情も知らねぇで色々腹立ったりもしちまったけど。でも、今思うと……俺の方が悪かったかなって思うところも、ある」
えっ。
予想外の返事に思わずぐりんっと頭を向けてしまう。
ネイトの事情って、パウエルはネイトが叔父に酷い目に遭わされていたことまでは知らないはずなのに。むしろレイと良い勝負で失言が多かったネイトに、自分の方が反省してくれているとは思わなかった。
「ジャンヌ達に発明見せに来た時、元気そうでほっとした」とそこで一度言葉を切ると、パウエルはぱくん、ぱくんとパンを数口で食べ切った。喉を大きく鳴らした後は浮かせていた空色の視線をまっすぐと私へと向けてくる。
「そういえばジャンヌ、放課後レイに会うんだろ?お前らだけで大丈夫か?俺も良かったら付いていこうか?」
「!い、いいえ大丈夫よ!心配してくれてありがとう!けど、フィリップもジャックもいるし親戚の騎士も付いてきてくれるから大丈夫!」
パウエルこそ仕事頑張ってね‼︎と、ここは気持ちだけ有り難く受け取っておくことにする。
レイについて怒っていないとはいえ、既にネイトとディオスとで化学反応を起こしているレイに、必要以上パウエルまで関わらせるのは心配だ。しかもレイもパウエルも属性こと違えど、感情で制御できなくなるタイプなのだから。今度こそ一触即発にでもなれば、本人達の意思関係なく能力者決戦が起きかねない。それこそ本当に騎士団出動案件だ。
ステイルとアーサーもこれには全力で援護してくれ「大事な仕事を休む必要はない」「ッ俺が責任持って守るンで!」と続いてくれた。パウエルもそれを受けてすんなり笑って頷いてくれる。本当に聞き分けが良い子でありがたい。
それからお昼をゆっくり食べながら談笑できた私達は、久々に昼休みらしい時間を過ごすことができた。
休み時間終了の予鈴前に、時計を確認したカラム隊長が「そろそろ閉めるぞ」と声をかけてくれる。立ち上がる前に、サンドイッチの包みをアーサーが持ってくれるリュックへとしまおうとしたところで、うっかり手から包みが突風に流された。
「あっ」と声を漏らすのと同時に「ッ取ります!!」とアーサーの声が上がる。包みを追いかけ、柵の方向へ一瞬で駆け出した。
気を付けて、と続けて背中に声を掛けたけれど、言い終わる時には見事柵を越えて大空へと飛び立とうとした包みをアーサーがひと跳ねで空中から掴み取ったところだった。流石アーサー。
「ありがとうジャック!ごめんなさい」
「すげぇなぁ、ジャック。今の普通じゃ絶対取れなかっただろ」
手を振りお礼を言う私に、アーサーが柵際で包みを手に振り返してくれる。
カラム隊長もアーサー相手に危ないと引き止める心配はないと判断したのか、アーサーが包みを確保したところで始めて「危ないことはしないように」と軽く窘めた。きっと普通の生徒だったら、飛び出した時点で注意するか引き止めていただろう。
アーサーも表向きの窘めとはいえ、すみません!と勢いよくカラム隊長へ頭を下げた。外の生徒に見られる前にと、すぐに柵から背を向け私達の方へ駆け戻
『信じましょう、貴方なら。いつか彼の心を救えると』
……短髪のアーサーが、映った。
「ぇ……」
屋上の柵を背中に騎士団長と良く似た姿で佇むアーサーが、記憶の中でそこに居た。
目の前にいる十四歳の姿ではない、大人の姿のアーサーだ。
どこか優しい表情で真っ直ぐとこちらを見ていた。
「すみません!もっとすぐ包みが飛んだ瞬間掴めれば良かったンすけど、ちょうどリュック開いて余所見してて……?ジャンヌ?」
いつの間にか眼前で包み片手に謝ってくれるアーサーが、きょとんとした顔で私を覗き込む。
現実のアーサーに、私は二度瞬きをしてから焦点を合わせた。ありがとう、助かったわとお礼を言いながら、包みを受け取り、改めて畳み直してから彼のリュックへ間違いなく仕舞い込む。
私の反応に気になるように目を丸くし続けるアーサーに、思わず今だけは顔ごと逸らしてしまう。行きましょう、と彼の腕を引きながら校舎内へと急いだ。
……今の、たぶん、絶対二作目の。
間違いない確信が既に胸にはあった。
誰のイベントかは思い出せない。ただ第二作目では第一作目の攻略対象者が登場する。今、屋上で重なったアーサーは今の彼じゃない。ゲームのアーサー騎士団長だ。そして、恐らくこの記憶は
第二作目攻略対象者の。
ほんの一端その手がかりが、確かに指を掠めた。