軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ267.王弟は困惑する。

「…………」

三限開始数分前。

これから始まる授業を前に、その教室もまたいつもと違う空気を放っていた。

高等部で唯一貴族達が集う特別教室で、いつもならば大勢の生徒達が彼とのひと時をと機会を見計らい集う中、今は生徒の誰もが彼から一定距離を置いていた。

こそこそと声を抑えた微かな騒めきの中、一体どうされたのか、今は踏み込まないでおくべきだろうと社交界の空気を読むことに長けた生徒達は囁き合う。彼らの注目を一身に浴びるのは、このクラスで唯一の王族である。

常に堂々と振る舞い、気さくに彼らの名を呼び話しかける青年が今は頭を抱え、重く俯けていた。まるで身内に不幸があったか、国際郵便機関に問題でも発生したのかと思わせるほどに重いセドリックの項垂れに、周囲の想像だけが膨らんでいく。

「……アラン隊長殿」

はい、と。その中で唯一苦笑いを堪えたアランにセドリックは騒めきに隠すような抑えた声のまま、口だけを動かした。

未だに頭は抱えたまま項垂れた彼は金色の民が上等な机にまで垂れていた。

「さっきのアレをどう思われますか……?」

「あー……」

セドリックの投げかけに一音しか出てこない。

なにを指しているのかはアランもわかる。彼もまた、さっきからセドリックと同じことで頭を悩ませているのだから。護衛中の為、表情こそ出さないものの本来であれば自分も両手で頭を押さえたいくらいだった。

「取り敢えず、彼らが嘘をついているとは思えませんね……」

「私もです……!」

セドリックは絶対的な記憶から、今日の昼休みにあったばかりのことを鮮明に思い出す。

いつものようにディオスとクロイと待ち合わせ、学食で昼食を楽しんでいた。しかし、今日は妙にクロイの表情がいつもより優れないことも、そしてディオスが明らかに沈んでいることもセドリックが気付くのは当然だった。

どうした、何かあったかと毒味を終えゆっくりと話せるようになってから尋ねれば、ディオスが口を割るのはすぐだった。

ジャンヌに恋人ができた、と。

食事を口に運んだ後であれば、吹き出しかねないほどセドリックは咽せ込んだ。

食事中ではなかったアランすら咳込み胸を叩いた。ディオスもクロイもセドリックとジャンヌ達の関係こそ口止めを受けている為、名前は出さなかった。しかし、〝ジャンヌ〟とその口が声には出さずに言いかけ、更には「勉強を教えてくれている女の子」と言えば、想像は固くなかった。食事をする度にディオスは名前こそ伏せてはいるが、彼女の話題は尽きなかったのだから。

咽せ込んだセドリックに、周囲で彼らの様子を伺っていた学食の生徒達まで一度は騒然とした。

慌てて心配するディオスとクロイに、毒にやられたわけではないと説明したセドリックは顔色を変えて彼らに詳細を望んだ。最初こそ、ステイル王子かアーサー隊長殿と!それともまさか高等部のヴァル殿か、一体いつの間に、ならば婚約者候補も彼らなのかと、優秀な頭で仮説をいくつも立てた彼だが、聞いてみればその誰でもない。中等部特別教室に所属する〝すごく性格の悪い〟生徒だと説明すればセドリックは疑問符しか出てこなかった。

それを聞いてやっとアランはレイのことかとまでは察することができたが、一体何がどうなってレイとプライドが恋仲と呼ばれるに値したのかわからない。また凄まじいことになってるという確信だけが、胸に落ちた。

しかしセドリックからすれば訳がわからない。昨日も日を改めて四日後の代理策をプライドやステイルと共に済ませたが、その時も彼女に代わった様子は無かった。

プライドが恋人を作った。しかもジャンヌという仮の姿で、相手は年下の貴族令息。これはまた彼女の何か深い考えがあってのことなのか、それとも仮の姿での恋などというものに落ちてしまったのか。

貴族であればある程度可能性はある。婚約者候補の選択期間もまだ余っている。しかし、正体を隠した上での恋など無謀とすら思えてしまう。相手側からすれば、庶民の女性に心を惹かれたことにセドリックは何も疑問は抱かない。しかし、彼女の正体は第一王女、そして未来の女王。そして結婚すれば相手は王配になる。彼女はその事実をもう相手には言えているのか、それともまさか身分を捨てでも結ばれたいと願うのか、その場合は自分は応援すべきなのか止めるべきなのか、しかしプライドが選んだ相手ならば……‼︎といくつもの可能性を考えてはこんがらがりそうになる。

少なくとも自分の知るプライドは、遊びで男性と付き合うような人間には思えない。

恋人というからにはつまりそれは本気でと。そこまで考えれば無駄に胸まで痛ませる。もし万が一にもプライドが正体を隠した上で身分違いの恋をした場合、セドリック自身は全てを捨ててでも愛する相手と一緒になりたいと思う気持ちはわかってしまう。それが両思いであれば、迷うことすら難しい。自分がティアラの為ならば、全てを捨てて捧げることを躊躇わないのだから。

しかし、プライドがもしそんなことになればティアラはどう思うか、そして彼女が愛する者の為に全てを捨ててしまったら彼女はどう思うか、そしてこの情報を自分はティアラに知らせるべきか時期まで胸のうちにしまうべきかとまた頭を煮立たせ

「只今戻りました」

ふわり、と窓の開いていない教室でセドリックの横を風が掠めた。

同時に先ほどまで一人しかいなかった背後に、アランと並んでハリソンが立つ。昼休みが終わるまでプライド達の護衛に付いているハリソンだが、今日は少し遅かったとセドリックは時計を見ずに理解する。

「今日は何か問題でもあったのでしょうか?」

「カラム・ボルドーへ報告と後始末を委託し、遅くなりました」

投げかけに端的にしか答えないハリソンにセドリックは僅かに顔を傾ける。

報告、後始末という言葉に疑問を表情に表すが、ハリソンはもう言い切ったと言わんばかりにそれ以上は言おうとしない。

ディオス達が話していたであろう二限前も、そして昼休みもプライド達の様子を見守っていたであろう彼から少しでも情報を得るべく、セドリックは抱えた頭を手から起こした。具体的にプライドと彼らとの間に何があったかまでここでは聞けないが少しでも考えを絞る材料が欲しかった。

「ハリソン副隊長殿。その、後始末と報告とはどういうことでしょうか?」

「中等部特別教室に賊が現れた為、拘束しました」

は……⁈と、予想を上回る情報にアランも声を出しかけた。

淡々と事実だけを言うハリソンを二人で見返すが、彼は視線すら振らない。プライドがレイと恋人という汚名を着せられることに関しては彼も不満で殺意も湧くが、あくまで事実しか口にする気にはならない。

「ハリソンお前っ、あ〜〜……後始末ってまさかまた何かやらかしてねぇよな⁇」

「問題ない」

今回は裏稼業を無力化したのは自分ではなくプライドとアーサーなのだから。

聞き耳を警戒して尋ねるアランの言葉に、一言しか返さないハリソンはいつも通りの言葉足らずだった。しかし、ここでもしその事実を言えば、間違いなくアランもセドリックも表情を隠しきれなかった。

業を煮やしたアランが「では自分が見回りに」と授業中のプライド達の様子を見にその場を離れたが、いつもよりも速足になった彼もまたハリソンの発言に僅かに振り回される。

ハリソンが背後につき、家庭教師を持つ貴族向けの授業が始まる中でセドリックは一人また項垂れた。

情報をさらに得た筈なのに、余計にわからなくなった。

プライドは恋人の教室へ行ったのか、そこで何故裏稼業が出てくるのか、一体どういうつもりなのかと疑問しか出てこない。背後にいるハリソンに事実を聞きたくとも、この場でプライドやジャンヌのことを聞くわけにもいかない。せめて馬車の中まで待とうと自分を必死に押しとどめる。

そしてセドリックが戸惑っているのは、それだけではない。プライドに身分違いの恋人ができただけでも大ごとだが、もう一つの疑問がディオスの話を聞いた時から彼の頭には浮上していた。

レイに嫌がらせと侮辱しか受けていないディオスが、食事を前に兄のようなセドリックに泣きそうになりながら溢した愚痴は

『すっごい嫌な奴で、貴族だからって偉そうだし、人を見下して馬鹿にして、相手の迷惑も考えないし、全然謝らないし、俺様俺様って本当に偉そうで……‼︎』

だったのだから。

ディオスにその話を聞いた時、セドリックは周囲の生徒の誰が見てもわかるほど顔色が変わっていた。

単純にプライドが選ぶとは思えない人選ということもある。しかし何よりも彼が疑問で腑に落ちず、彼女の正気を疑いたくなる理由は別にある。

── 〝よりにもよって〟それを選ぶとはどういうつもりだプライド……⁈

まるで、過去の愚かだった己について語られたような人物像に。

改めてセドリックは何かの間違いであってくれと、心から願った。