軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ266.頤使少女は妥協する。

「それじゃあ私達は失礼します。三限後はもう来なくて良いわ、何か進展があったらこちらから昼休みに伺います」

予鈴と共に特別教室へ生徒が戻ってきたのを皮切りに、退場を決めた。……正確には、ハリソン副隊長が裏稼業三人組を見事な手並で回収しきってくれた後、に。

さっきまで廊下で遠巻きに見ていた生徒達が安全を確保できてから、私達は教室へと戻った。

ハリソン副隊長は流石いつも通りというか、私達に全く一目もくれずに無言で全員を回収してくれた。

あとはカラム隊長や守衛騎士に報告してくれれば問題なく衛兵に引き取って貰えるだろう。既に開校してひと月も経っていないのに、二回も衛兵を呼ぶことになってしまったことが残念だけれども。

茫然とするレイへ背中を向ける前に告げれば、瞬きが返ってきた。ただの庶民だと思っていた相手に駄目出しされたのが相当ショックだったのか、今の今まで始終無言だ。取り敢えず瞬きを彼の返事と受け止め、ステイル達と一緒に教室へ

「……奴を見つけ出したら、その時に〝恋人〟に関しても訂正を考えてやる」

独り言のような低い声が背中にかけられた。

もう一度振り返ってみれば、レイが憮然とした表情でこちらを見返していた。さっきまでの茫然とした表情ではなく、力も入った表情だ。彼なりの融通とも聞こえる言葉に、私は少し考えてから意味を早口で確かめる。

「それはつまり、少なくとも彼を見つけ出すまでは〝恋人〟のままでいろということ?」

「そうだ。良い条件だろう?これで互いに利害も一致する。俺様もお前を信用してやる」

やっぱりか。利害もなにも私には全くプラスになるものはないのだけれども。

けど、レイはもうそれが決定事項のように断じてきた。最後にフンと強気な笑みを向けてくるのを見ると、どうやら譲り気はないらしい。僅かにステイルの方から黒い覇気が感じられたけれどここはもう言い合っている時間もない。

「……わかりました。彼を見つけたら誓って誤解も解かせて貰います」

ジャンヌ⁈と、ステイルとアーサーの声が重なったけれどここは言い切る。

とにかくこれで三限目後にはまたレイの急襲はなくなるし、今すぐにでも教室に戻らないといけないのだから今は取り敢えず和平を結ぶしかない。レイからの了承の言葉を一言聞き届けた私は、今度こそ足早に特別教室を去った。

正直私からすれば、もともとレイとライアーの為に協力を願い出ただけなのに、更に特別教室の貴族と恋人というこの上なく目立ってしまう面倒な名札をつけられてしまったのだけれども、もう仕方がない。ライアーを見つけ出せば、全て丸く解決するのだから。

「……速攻で見つけ出しましょう。一秒でも速く」

階段を降り、渡り廊下の前でパウエルと別れた後にステイルが低めた声で言ったのが聞こえた。

パウエルとの時は穏便に別れを告げた筈なのに、今は黒縁眼鏡の奥がギラリと鋭い。勿論よ、と言おうとした言葉が喉の途中で変に引っかかって出てこなかった。

あれでも耐えていたのだと言わんばかりに黒い覇気がぶわりと目に見えるかのようだった。思わず肩が上下してしまうけれど、今は止めるアーサーも目付きが鋭い。「そォだな」と呟いた声はステイルよりも低かった。

「ジャンヌの〝汚名〟を払拭する為なら、手段は選びません。……多少手荒な真似をしてでも奴を引き摺り下ろしますから」

宣言にも近い声で言い放つステイルは、私とは目も合わせず進行方向を睨んだままズンズン早足で進んで行った。

私も気を抜くと置いて行かれそうな速さに意識的にもっと足を早める。もう完全に怒ってる。レイの特殊能力よりもよっぽど禍々しい気配に隣を歩きながらも顔がヒクついてしまう。……なんだか、裏稼業よりも怒る怖い相手をレイが怒らせた気がしてならない。

「あの、ごめんなさい二人とも。怒るのも当然だわ、けれどレイもそれで信用できると言ってくれたし」

「ええわかってます。それでもただただ俺達が不快で不満なだけですので、ジャンヌを責めるつもりはありません」

すっっっごい怒ってる‼︎‼︎

アーサーもさっきから背後で拳がバッキバキ鳴っていて怖い!今振り返ったら確実に足が止まる気がする。

怒るのも当然だ。婚約者候補とされている二人を差し置いて、仮にもレイと恋人ごっこなんて立場的な意味だけでなく二人……いやカラム隊長もいれて三人をレイより下に見ることになる。よりにもよってあんなに性格悪い俺様貴族のレイの!

きっと自分が侮辱されたこと以上に、親友でもあるお互いがレイより下とみられることも許せないのだろう。本当に本当に申し訳ない。

教室に戻り、またクラスメイトの視線を浴びながら肩身を狭くし席に戻る。一瞬私の方に駆け寄ろうとした気配がいくつもあったけれど、二人の尋常ではない殺気に感化されたのかすぐにその足も床に釘打ちされた。

「ええと、二人とも食事は?」

「大丈夫っす。それよりジャンヌが一口でも食って下さい」

「俺はさっき一つは食べたので。三限後に適当に食べます。……今は胃が煮立っているので」

まだ低い声ではあるけれど、アーサーがリュックから出したサンドウィッチを手早く渡してくれる。

もう授業が始まるまで二分もないけれど、折角貰ったのだしとお言葉に甘えて齧り付く。頰杖を突いて未だ苛立ちが消えないように私達から目を逸らすステイルは見事に目の奥が焦げていた。生徒達からだけでなく、二人の気まずさからも逃げるようにサンドウィッチに集中させてもらう。

「……ジャンヌは、不快じゃないのですか。あんなやつと」

あむあむと私が行儀悪くならない程度にかぶついていると、不意にステイルから消え入りそうな声で視線を向けられた。

何のことかは、聞かなくてもわかる。アーサーも気になるように机に前のめりなって私の顔をのぞいてきた。……どうやら単純に互いの侮辱というだけでなく、私のことでも怒ってくれていたらしい。

それは勿論、この上なく不満だし腹立たしいし、三人の上にレイが立っているような図式は凄く嫌だとも思う。

「勿論、すごい嫌よ。名ばかりでも腹立たしいわ。本当なら今日中に誤解も解きたかったもの。それまでディオス達に本当のことを言えないのも心苦しいし……」

口の中を飲み込んだ後、一応片手で口を隠しながら答える。

ちゃんと私も不満なことだけは伝えないと。ちょっとレイには厳しい言い方だけれどはっきり言えば、二人から息を吐く音が同時に聞こえてきた。

「けれど、ほんの少しの辛抱だから。解決すればちゃんと誤解も解かせてくれると約束したし、別に恋人らしいことまでは要求されていないし……」

当然です、当たり前ですって、と二人の声がまた重なる。

まぁそんなことを要求されたら、それこそ授業に遅刻してでも直談判を延長しただろう。流石に王女としてそこまで彼のお遊びには付き合えない。

けれど結局はレイもそういうのは求めてなくて、本当に私への嫌がらせが目的だった。……正確にはディオスと私への、だけれども。

第一王女としてだったら大事件だけれど、今は一般庶民のジャンヌだ。それなら誤解ぐらいは我慢しよう。取り敢えず鼻は一回叩き折らせて貰ったし、どうせもう問題児として大分目立ってしまっていると思えば少しだけ諦めもつく。それに

「レイを〝三人〟に加えろと言われたら流石に不快だし嘘でも一時的でも断ったけれど、所詮は偽物だもの」

その本物に失礼過ぎる状況というのは、やっぱり嫌だけれども。まぁ子どものオママゴトと思うしかない。

言い切った口でもう一口目を齧り付こうと思った瞬間、とうとう講師が教室へ飛び込んできた。全員が席に着く中、私も慌ててサンドウィッチを包んでリュックへ放り込む。全部は食べきれなかったけれど、お腹が鳴らない程度には膨らんだ。

姿勢を正し、向き直れば今日の選択授業は商業だと説明される。これにはかなりの生徒が興味を持てたらしく、前のめりに授業モードへ切り替わるのが空気でわかった。

そこでふと、さっきまで怖い空気だった二人からもそういう気配が感じられないことに気付く。

恐る恐る横目で左右を確認してみれば、アーサーからもステイルからも殺気どころか覇気の一つも今は感じられない。二人ともそれぞれ頰杖を突いて私から反対方向に顔を向けてしまって表情は読めない。それでも授業が始まった途端にきちんと気持ちを切り替えて黙していられるなんて流石だ。……耳が赤いのは見えるから、完全にお怒りが落ち着いたというわけでもなさそうだけれど。

私と違って問題行動をほとんど起こしていない二人に負けないように、私もきちんと正面を見て気持ちをレイへの不満から授業へと切り替える。

何はともあれレイから情報も納得も得られた今、今日からがライアー捜索の第一歩だ。

気持ちを新たにすれば、やる気が燃えてきたのがほんのりと周囲の空気も熱く感じられた。