作品タイトル不明
Ⅱ264.頤使少女は足を重くする。
「ッッンでそォいうことになるンすか⁈」
「何故そうも毎回俺達の予想を飛び越えるのですか⁈」
渡り廊下どころか中等部高等部の校舎までアーサーとステイルの怒号が響き渡る。
一体ほんの数十分の間に何があればそういう展開にまで及ぶことができるのか、いっそ二人には超常現象のようにすら思えた。
アムレットとファーナム兄弟の存在に期待していた分、彼らに罪はないとわかっていながらも頭を抱えたくなった。やはり彼らにレイの相手は重荷だったか、それともジャンヌを止めることの方が、と考えながら彼女に納得のいく言い訳を求める。凄まじい覇気を隠せず、目を限界まで見開く姿はプライドの目からでなくても怒っていた。
己より小柄な女生徒へ詰め寄る男子生徒の姿は、遠目から見れば諍いにしか見えない。
しかも男性三名に女性一人の図式は、余計に穏やかなものとはほど遠い。男女のもつれかと噂好きの生徒は別の方向で心を逸らせながらその場を通り過ぎた。それほど明らかに女生徒の立場が弱く見えた。
「ご、ごめんなさい‼︎その、レイが急に宣言してしまって……」
「つまり貴方の判断ではないのですね?!」
ぐいっ、と更に一歩分顔を前のめらせるステイルにプライドは唇を絞りながら必死に頷く。
まさか婚約者候補を三人も持ちながら他の男性と遊び目的で付き合うような王女と思われたくないと、必死に潔白を訴えた。そのまま早口且つ手短に自分との関係が何なのかと尋ねるディオスにレイが堂々と恋人発言をし、更には目配せをしてきた所為で安易に否定もできなかった旨を伝えた。
元々協力的ではなかったレイの機嫌を彼女が損ねたくないことも、彼の神経を逆撫でればどんな大火事が起こるかもわかっているステイルとアーサーもそこで一度口を閉ざした。奥歯にだけ力を込め、顔の筋肉が怪訝というには生優しいほど引き攣っていく。
プライドの発言からずっと空いた口が塞がらず目の前の現象を眺めることしかできなかったパウエルは、そこでやっと薄く声が出た。
「うわ……」と、目の前の修羅場と思える状況を前に、今ここに自分が居て良いのかすら疑問に思う呟きは、頭に血が上りきったステイル達には届かない。むしろパキッパキッと穏やかではない音にパウエルとプライドが目だけをそっと向ければ、いつもは温厚なアーサーまでもが組んだ両拳を鳴らしていた。
彼もそういう風に怒ることがあるのかと、パウエルは心の中だけで思う。レイのことは全く知らないパウエルだが、少なくともジャックなら一年上の生徒くらい喧嘩なら余裕で倒せるんだろうなとだけは確信した。
「因みにそれ、ジャンヌは誤解?のままで良いのか……?」
「全然良くないわ……。けど、ちょっと今は彼の機嫌を傾けられないというか……」
ハァ……とパウエル相手に棘も出せずに息が零れる。
本来なら自分だってレイとの今後の関係がどうでも良ければその場で全否定したかった。せめていっそパウエルと誤解されるならば、ここまで腹立たしくもなかったのだろうなとほんのり自覚する。気持ち的にはレイの耳をエルフになるくらいまで引っ張ってやりたい。しかし、今はレイの為にもそれはできない。
指先で軽く頭に触れるように押さえながら肩を落とすプライドに、パウエルも少なくとも彼女の本意ではないことは理解できた。彼女のその様子にほっと自分まで安心して息を吐けば、傍で焚き火のように怒りを燃やすステイルとアーサーに自然と視線が移った。口こそ結ばれているが、明らかな目の炎と覇気だけ語る二人は〝あくまで一方的に言われただけ〟という事実だけでは鎮火に足りないのだなと思う。
「けど、レイはどうせ他意はないと思うわ。これも多分嫌がらせみたいなもので……別に告白されたわけでもないから」
「された上でンなことあったら絶ッ対血の雨降りますって……」
確信犯じゃないすか……と、レイを弁護するように続けるプライドに、アーサーが力なく答える。頭を痛そうに抱え俯きながら、よくハリソンはその現場を堪えてくれたなと思った。
以前からプライドへの不敬について過敏な部分があった彼だが、それでも少しは堪えることも学べている。なにより、アーサーやプライドがその度に彼へ注意をしていた日頃の賜でもある。
頭に添えられた指に力を込めれば自然と短い爪を立ててしまう。ガリッと頭皮を削った途端、アーサーの頭にはまた別の不安要素が頭を過ぎった。
「まさか。……他に何か変なこととかいろいろされてませんよね……⁈」
以前、同じような愚かな振る舞いで初対面だったセドリックに何をされかけたかと思い出せば、一気にアーサーの顔色が青くなる。
ピクリと肩を揺らしたステイルも黒い覇気を溢れされながらこれには目を見開いた。まさか、と。何処かでハリソンが目を光らせている中あり得ないとは思いながらも胃が揺れる。ギラリと光った黒い眼光と蒼の眼差しにプライドはぶんぶんと激しく首を横に振りながら否定した。
「されてないわ本当に‼︎完全にただの嫌がらせだったから!しかも元はといえば私にではなくてディオスに……」
「ディオスに?」
思わずと零れた真実をステイルはしっかりと捕まえる。
的確な指摘にプライドはぎゅっと一度唇を絞った後に表情を停止させた。まだレイがディオスに聞かれたからそう答えたとしか話していない。まさかレイに王女である自分が散々好き勝手されたに飽き足らず、ディオス達にまで迷惑かけたなんてと自分で考えて喉が渇いたがそれでも隠し立てはできない。
「実は……」と事のあらましを説明しながら、立ち止まるだけでは落ち着かないようにふらふらと中等部の特別教室へと足を動かした。プライドが歩き始めれば、レイの元へ行く足の重さに逆らって彼らも続く。彼女の言葉を聞き漏らさないように距離を詰め、耳を立てた。
三人に勉強を教えることができないと断ってから、レイの登場。横暴な彼の振るまいにディオスが怒ってくれたのだと説明しながら、まさかそれが原因でディオスがレイに気に入られたとは言えないと思う。自分だってゲームの設定を知らなければ、アレが好感度の裏返しとは思えない。しかも本来であればアムレットのイベントである。
「勿論、ディオスにだけじゃなくて、お仕置きをした私への仕返しもあると思うけれど……本当にディオス達には悪いことしちゃったわ」
誤解を解いて早く謝りたいと、本心を吐露しながら歩くプライドの話にやっとステイル達も合点が言った。
同時に変なことをされていないかというアーサーの問いについて、二人は心の中でやはりあったではないかと叫んだが、そこで止める。それより今はディオスに対しての「よくやった‼︎」という称賛が強かった。レイが彼女の顎を自分へと向けあまつさえ暴言を吐いた時に唯一怒鳴り、その行いを窘めてくれたのだということに感謝する。そうでなければ、馬鹿なレイが彼女へ他にどんな悪戯や無礼を犯したかもわからない。もしくは影に潜むハリソンが耐えきれずナイフを放った可能性も充分にある。
彼女の話を聞く限りではレイがプライドに好感を持っているようには思えない二人だが、それでも気安く彼女に触れ、さらには言い返せないことを良いことに暴言を吐き続けた彼をディオスは止めてくれた。その結果としてディオスが標的にされてしまったことに関してはプライド同様にステイルもアーサーも申し訳ない気になったが、今は小さな番犬への感謝が強い。最終的にはディオスの言動によってジャンヌは恋人という肩書を押し付けられたわけだが、それでも健闘してくれた方だと思う。
「ディオスにもクロイにもアムレットに改めてお詫びをしなきゃ。……先ずはレイから誤解を解くことに合意してもらえれば何よりだけど」
「「同感です」」
プライドの言葉に、ステイルとアーサーは同時に言葉を重ねる。
プライドが迷惑をかけた分と介入してくれた分なにかディオスに謝罪と感謝したいのは二人も同じだが、誤解を解くことが一番だと思う。何より自分達が一秒でもその誤解を否定して回りたい。
しかし、もしレイが頷いてくれなければ、もしくはジャンヌが下手に出ていることを良いことに本当に付き合えなど身の程知らずな要求をしてきたら、今度こそ頭が沸騰するだろうとステイルは自覚する。今でもその図を想像するだけで、グラリと脳が軽く煮立った。アーサーもまた、同じことを考えれば自然と澄みきったはずの蒼の目が据わっていった。
「なァ、もしジャンヌに変な真似されたらぶん殴っても良いと思うか?」
「教師に迷惑だけかけなければな。たかが〝子ども〟の喧嘩だジャック」
隙あらば史上最年少騎士隊長且つ聖騎士の拳を存分にめり込ませてしまえと、遠回しにステイルは断言する。
二人ならび沸沸と覇気を醸し出す二人の背中に、パウエルは一人苦笑いを浮かべてしまう。また一面、自分の知らないフィリップの素顔を目の当たりにしながら取り敢えず怒らせた相手が悪いのだと思う。
女性であるジャンヌに酷い言葉を吐き、蔑視を向けてきたレイを思えば会う前からバチリと一度だけ弾ける音が耳の近くで鳴った。ジャンヌは自分の友人であり、そして女性。しかもフィリップとジャックにとっても大事な女性であることは明らかなのだから。
明らかに尋常ではない殺気と酷似した三つの気配に、先頭を歩くプライドも耐えきれずに小さく振り返る。既にレイに会う前から臨戦態勢の目をする三人に思わず肩が揺れた。まさか会って二秒で大決戦とはならないわよね……?と思いながら、念を押すように投げかける。
「あの、……レイに会ったら平和的にお願いしてみるから。彼は怒るとまた、その……」
「わかってます」
「勿論ですとも」
続きを言うまでもないと言わんばかりに二人の言葉が上塗る。
パウエルも能力と感情を抑えるように頷きながら口の中を飲み込めば、もうバチリという音はしなかった。まだ彼女達がレイとどういう関係なのか明確にもわからないうちから介入はできない。しかも、自分は既に前回ネイトの時にやらかしている。
しかし目を青く光らせるアーサーと、にっこりと黒い笑みを浮かべるステイルにプライドの不安は尽きない。自分に失礼な態度を取った上、ディオスを虐めたレイを優しい二人が簡単に許せるとは思えない。
そう考えながら、背筋を冷たくさせていれば「ただ」と思ったとおりステイルから続きの言葉が放たれた。一体何をと、肝を冷やしながら階段に足をかければ黒い笑みのまま黒縁眼鏡の向こうが怪しく光った。
「大事なジャンヌに一時的でも恋人ができたなんて〝お爺さま達〟に報告できないなと。だからせめて〝親戚であるアランさん達〟には相談したいなと思っただけです」
父上と母上が知ったら大変なことになりますよ。近衛騎士達には報告しますからね、と逆にステイルから念を押されプライドの顔が引き攣る。両親に秘密にしてもらえることはほっとしたが、優しい彼らもまたこの話を聞いたら大変なことになると思う。少なくともハリソンは既に何度も殺気を放っている。
「まぁ騎士であるアランさん達が何をするとは思いませんが」
最後にステイルから「勿論、最優先はレイに協力することですから」と言い切られれば、つまりは全てが解決したらもう我慢はしないの意思表示だろうなと理解する。
一刻でも早くレイとライヤーを引き合わせたいと願うプライドだが、同時に彼らの怒りが収まるまで引き伸ばしたい気持ちにもなった。
鉛二個分は重くなった足を持ち上げながら、レイの待つ特別教室へとまた一段差近付いた。