作品タイトル不明
Ⅱ240.私欲少女は腹を決める。
「屋上……ですか」
学校からの帰り道。
エリック副隊長と一緒に歩きながら、ステイルが眼鏡の黒縁を押さえて聞き返してくれた。未だに補習ショックは抜けないけれど、まだ三日後のことだしと四限の間に少し気を取り直すことはできた。
アーサーもステイルもそこには触れないでくれるし、いつまでも裁縫のことで落ち込んでエリック副隊長にまで心配をかけるわけにもいかない。視線を向けてくれる三人に「ええそうよ」と返しながら私は四限前に決めたことを彼らにも相談する。
例の予知で一瞬だけ屋上を見た気がした。だから週明けにでもカラム隊長に協力してもらって屋上を実際にこの目で確認してみたいと。
「できれば高等部の屋上を見れたらなって。建物の角度からして、多分中等部じゃなくてそっちの方だから……」
実際はゲーム攻略時が高校生だからだけれども。
ただ、ゲームの学園はプラデスト学校みたいに細かく学年分けはされていない。だから、実際にゲームが繰り広げられていた舞台が同じ高等部の建物かどうかはいまいち自信はない。でも少なくとも高等部は他の学年とは分けられている筈だ。なら、高等部の建物も今と同じ物が指定された可能性は大きい。設計や建物に関わったのは、ゲームでも現実でも同一人物であるジルベール宰相なのだから。
「それくらいなら問題ないと思います。もし鍵が借りれなくても、最悪の場合は俺かヴァルが侵入できますから」
瞬間移動と土壁の特殊能力者、本当に心強い。
さらりと侵入しましょう発言をしてくれるステイルに苦笑でお礼を返す。ステイルも視界にさえ捉えられていれば行ったことがなくとも瞬間移動できる。高等部と向かい合った中等部の棟からであれば高等部の屋上も見えるから余裕だろう。一番はネイトの時みたいにカラム隊長が合法的に鍵を借りてきてくれることだけれど。
帰り次第頼んでみましょうと話が進みながら、協力してくれる彼らの存在が本当に支えになっているなと思う。あと一人だって会えなくても思い出すだけで良いのだからと自然と前向きな気持ちになれる。
「今日は帰ったら相談することが沢山ね」
自分で良いながら肩を竦めてしまう。
それでもさっきよりは後ろ向きではない気持ちで言えた。最後の最後でふりだしに戻ってしまったけれど、だからといって全部放り出そうとは思わない。補習以外はなんとかなる筈だと自分をなるべくプラス思考に奮い立たせ、エリック副隊長のお家に辿り着いた。
ご家族に挨拶し、一度エリック副隊長とここで別れステイルに瞬間移動してもらう。……すると。
「プッ、プライド様‼︎」
視界が切り替わって間もなく、飛び出してきたのは聞き慣れた女性の声だった。
こんなに慌てているのも珍しいなと思いながら、瞬きを繰り返し声のする方に振り返る。一緒に瞬間移動したステイルとアーサーも同じ方向に顔を向ける中、どうしたのか尋ねるよりも腕を引っ張られる方が早かった。
ぐいっ!と腕ごと掴まれたと思えば「こちらへっ‼︎」と私に叫んだ張本人であるロッテが真っ青な顔で私を子ども姿のまま部屋の外へ連れだそうとする。近衛兵のジャックまで迅速な動きでステイルと私の背中を押すから、アーサーも合わせるように視線を泳がしながら私達の背中を守った。
え、え、ええ?!と私の声が跳ね返りそうになる中、部屋の外まで出るとやっとそこでマリーが「ご無事で何よりです!」と迎えてくれた。他の侍女や衛兵も緊張の色が激しい中、私の部屋が危険地帯かのように扉をバタンと閉められてしまう。
一体どうしたのですか、とステイルが尋ねると第一発見者らしいマリーが最初に口を開いてくれた。
話によると、ついさっき私の着替えを準備してくれようとした彼女達が不審物を発見したらしい。
爆発物かも不明な為、ちょうどジャックをはじめとした衛兵が避難指示を始めたところで私達が戻ってきてしまったと。これから騎士団にも報告を……‼︎と衛兵の一人が今にも駆け出そうとする中、慌てて私は引き留める。マリーの腕を掴み、顔を引き攣らせるステイルと一緒に彼女とロッテを見上げた。
「因みに……その不審物はどこから……?」
恐る恐る今度は私から尋ねた言葉に、蒼い顔をしたロッテは扉越しに大体の位置を指して答えてくれた。
「プライド様の衣装棚から……!!」
……やっぱり。
頭を抱えるステイルと、何ともいえない表情で口端を引き攣らせるアーサーと目を合わせた私は、自室の安全を確信した。
……
「それはそれは、災難でしたねぇ」
フフッ、とそう言いながらも少し楽しそうに笑うジルベール宰相に私達は肩を落とした。
テーブルに置かれた不審物……もとい、ネイトの大発明を前に今はステイルまで口を結んで俯いている。私の部屋にポンと瞬間移動したら不審物と間違われることを想定して衣装棚に隠してくれたステイルだけれど、結果として私がそろそろ戻ることを見越して着替えの準備を始めたマリーとロッテに見つかってしまった。
ちょっと奥に隠したところで私の部屋を私以上に把握している専属侍女二人には隠しきれなかった。結果、二人には未知の物体であるネイトの発明が爆弾に見えたのも仕方が無いことだった。
屋上の件をお願いしたカラム隊長もいまはまじまじと眉を上げ、アラン隊長も面白そうにこちらを眺めている。
休息時間を取ってくれたティアラもジルベール宰相と同じようにステイルにくすくすと笑む中、こうして淹れたばかりの紅茶を私達の前に出してくれているロッテも、そしていつもは落ち着いているマリーも今は恥ずかしさで顔が真っ赤だった。
着替えの間すら「本当に大変なご無礼を……!」「大変失礼致しました……!」とロッテだけでなく珍しくマリーまで平謝りするから、私の方も謝り返して大変だった。扉の前に立っている近衛兵のジャックも耳が赤い。
ステイルもステイルで自分の爪が甘かったと、着替え終わって私の部屋に来てくれた時マリー達に謝ってくれた。帰るのがあとちょっと遅かったら騎士団を呼ばれていた案件だから、余計に責任を感じているのかもしれない。
「私もこのような発明は初めて拝見しましたから、侍女達が勘違いするのも当然でしょう」
寧ろ極めて迅速な判断です、とそのままやんわりとフォローしてくれる。
ジルベール宰相の言葉にロッテもマリーもぺこぺこと頭を下げていた。その二人ににっこりと笑顔で返すと、「手に取っても?」と私に確認んを取ってくれる。勿論と返せば、ジルベール宰相は慎重に目の前の物体を両手で取っ手四方からどんな仕組みなのか気になるように覗いていた。やっぱりジルベール宰相にも興味深いらしい。
「こちらがプライド様のご提案された例の発明ですか……」
「ええ、まだネイトが二つ目を本当に完成させるまでは試せないけれど……、間違いないと思うわ」
だって形状がそのままだもの。
そう言いたい気持ちをぐっと抑えて笑って返す。ほうほう、と珍しそうに何度も向きを変えて眺めるジルベール宰相の姿も少し珍しい。一応間違えて使用しちゃったりしないように、操作方法だけ私が口頭で説明すると何度も顔を近付けたり目立った備品を指で突いたりして確認していた。そこでふと思い出し、背後を振り返ってみたら近衛騎士で付いてくれているアラン隊長とカラム隊長も興味深そうに視線を注いでいる。今にも使って見たそうに目を丸くしているアラン隊長と、珍しく僅かに前のめりになっているカラム隊長に思わず笑ってしまう。二人とも私の視線に気付くと、再びビシッと真っ直ぐに背筋が伸びた。もしかして悪い視線だと思われてしまったのだろうか。むしろ今は興味を持って欲しいくらいだから気にしないで良いのに。
そう思いながら、ジルベール宰相から発明を一度受け取った私は、そのまま今度は振り返った先へとそれを持ち上げた。
「カラム隊長も、どうぞよく見て上げて下さい。ネイトがカラム隊長には特に自慢してどんな風に言っていたか知りたいと話していたので」
両手で高々と持ち上げて見せると、両眉を上げたカラム隊長が驚いたように受け取ってくれた。
「私にですか」と確認するような声に、アラン隊長が少し楽しそうに発明とカラム隊長を見比べる。発明を手にジルベール宰相と同じように手の中で色々な角度で眺めるカラム隊長に、ティアラもソファーに後ろ向きに膝を立てて発明を眺め出す。アラン隊長も至近距離から部品の一部一部を眺めながら感嘆の声を漏らしていた。
「本っ当に懐かれたなぁ、カラム」
「いや……懐かれたかどうかは。だが、少なくとも初対面の時よりは心を開いてくれるようになったとは思う」
アラン隊長の言葉にやんわりと謙遜するカラム隊長だけれど、最後に小さく笑んでいる。
本当に学校の先生みたいな優しい笑みに、ネイトが懐いた理由もわかる気がする。そのままネイトが学校に来てからの経緯をジルベール宰相と一緒に聞いていたカラム隊長は一言「元気そうだったならば何よりです」と穏やかな声で言ってくれた。うん、やっぱり
「やっぱり、カラム隊長を知ったら好きになっちゃうのは当然だと思います」
すとん、と。
素直に思ったことが言葉になった。その途端にさっきまで穏やかな表情だったカラム隊長の目だけが大きく開かれる。その反応に、もしかして謙遜ではなく本当にネイトにまだ好かれたという実感はないのかしらと思う。いやでもカラム隊長は人の気持ちを察してくれる人だってアーサーも言っていたし。
「だって、あれだけネイトの為に真摯に関わって下さった方ですもの。カラム隊長が居られなければネイトの家もわかりませんでしたし……それに、その後のカラム隊長は凄く格好良かったですから」
思い返せば思い返すほど、ネイトにとってカラム隊長はヒーローだ。
あの日助けて貰うより前から家を教えるくらいにネイトに慕われていた。そして本当にピンチの時に駆けつけて、あんな風に気遣ってご両親まできちんと面倒を見てくれる。アーサーを初め、騎士団皆に慕われているカラム隊長の人柄は本物だと改めて思う。
そう思いながら笑って見せれば、自分でも鼻が高い気持ちになって余計に顔が緩む。本当にネイトの件でカラム隊長に協力して貰えて良かったと心から思った。
だけど私が言えば言うほど、まさかのカラム隊長の顔色がみるみる内に火照り出していった。
隣に並ぶアラン隊長の顔が「あちゃー」と言わんばかりのまま半分笑っている。困った半分、楽しさ半分といった様子だろうか。
カラム隊長の見開いた目が水晶みうにまん丸のまま、顔色だけが変わっていく様子に私も言いながら目がだんだん吸い込まれてしまう。どうしよう、純粋に褒めただけのつもりなのに物凄く恐縮させてしまったらしい。やっぱりさっきのも謙遜のつもりだったのだろうか。
「あっあの!そのつまりは本当にカラム隊長は今回の件でもっと胸を張られて宜しいかというつもりで……恐縮させてしまったならごめんなさい」
「ッとんでもございません……‼︎……っ。お褒めの言葉、有り難く存じます。ネイトにもプライド様にもお力になれたのならば幸いです」
いつもより固めの言葉で返してくれたカラム隊長は、そのままピシッと綺麗な角度で頭を下げた。
言いながら恐縮しまくりのカラム隊長に、それでも受け取ってくれたのは嬉しくて「ありがとうございます」と最初に返す。本当は勿論よ、と言いたかったのだけれど、それは次に言わせてもらった。
顔を上げた後も額の汗ごと拭うように前髪を払い整えるカラム隊長を、横目にアラン隊長が笑っていた。カラム隊長が軽く怒るように目で睨んだら止まったけれど。
謙虚なカラム隊長にジルベール宰相までもが微笑む中、ステイルは口を片手で覆っていた。軽く「ふっ……!」と声が漏れ聞こえたから笑っているらしい。私と同じタイミングで気が付いたティアラが直後には無言でステイルの耳を引っ張った。
数秒だけ目を閉じて火照りが引くのを待つように押し黙るカラム隊長の前で、ステイルがティアラへ無言で痛そうな顔を上げながら離せと攻防する。やっとカラム隊長の顔色が戻ってからステイルから手を離したティアラが話を変えるように声を弾ませた。
「それでいかがですかっ!カラム隊長!ネイトの発明はとっても素敵だと思いますけれど、いかがでしょうっ⁈」
「ティアラ。いい加減はしたないぞ……ちゃんと座れ」
ソファーの背凭れから逆向き膝立ち且つ前のめりになるティアラに、耳を押さえていたステイルが手を伸ばす。そのまま指先で摘まむようにしてティアラの裾を引っ張った。
ステイルに窘められて、すぐに元の向きに座り直すティアラだけれど、きらきらとした眼差しはカラム隊長に注がれたままだ。突然のティアラからの熱視線にカラム隊長は僅かに顎を逸らしてから「え、ええ」と言葉を返してくれた。
「確かに。……素晴らしい出来だと思います。特殊能力を抜きにしてもこのような発明は初めて見ました。我が騎士団に所属する発明の特殊能力者とも充分に並ぶ腕前だと思います。何より、彼らにはこのような品はきっと作れませんから。やはり彼はプライド様方が見通された通りの逸材でしょう。…………本当に、埋もれる前に見つけて頂けて幸いでした」
一つ一つしっかりと衣を着せることなく真っ直ぐ褒めてくれるカラム隊長は、ふわっと最後はまるで自分のことのように柔らかく笑んでいた。
手の中の発明へ落とす眼差しがただただ優しい。カラム隊長からの賞賛の言葉にティアラが嬉しそうにほくほくとした笑顔を私に向けてくれた。「ちゃんとネイトに教えてあげなくちゃですね!」と陽の光のように笑ってくれる。
ネイトが喜ぶ言葉をちゃんとカラム隊長の言葉から聞けたのが嬉しいのだろう。そうね、と私からも笑い返しながら僅かに声が跳ねた。
あれだけ褒められるのに慣れていないネイトが、カラム隊長からの大絶賛を聞いたらどんな顔をするかと思うと、今から私も楽しみだ。
「ところでプライド様。喜ばしい御報告が私からも一つございます」
明るい声色のまま、ジルベール宰相から投げられた言葉に私は視線を戻す。
カラム隊長に発明を預けたまま、続きを促せばステイルも気になるように眼鏡の黒縁を指で押さえながら睨みつけた。そんな刺すような視線も気にせずジルベール宰相は全員の視線を確認してからその口をゆっくりと開いた。
「調査の結果、アンカーソンを議会へ掛けることが決定致しました。これで恙なく来週には再びレオン王子を学校見学にお招きすることも可能になるかと」
……来た。
流石ジルベール宰相。
「本当ですかっ!?」と嬉しそうに両手を合わせるティアラをよそに私の心臓が冷えた。いや良かった、本当に良かったのだけれども‼︎
笑顔が意識をしないと引き攣ってしまいそうな私に、今度はステイルが「これで一安心ですね」と声を掛けてくれる。ええそうね、と返しながらもジワジワと〝彼〟の首も絞められていると実感する。
彼らに任せた以上、ゆくえこの時が来るのはわかっていた。有能なジルベール宰相とステイルが知恵を出し合ってくれて更には裏側で……
「プライド様。配達人が到着致しました」
おや、ちょうど良いところに。と、ジャックの言葉にジルベール宰相が機嫌が良さそうに言葉を返す。
ステイルも「早速聞きましょうか」と客間へ移動すべく腰を上げた。一週間裏側で暗躍してくれた彼の証言も重なれば、確実にステイルとジルベール宰相も最後の最後の真実にも辿り着くだろう。
ぐぐっと奥歯を一度噛んでから、私はステイルの言葉に頷いた。ジャックがそれを受け、扉の外の衛兵にヴァル達を客間へ招くようにと指示をしてくれる。
ジルベール宰相も同行するべく立ち上がる中、私は静かに覚悟を決めた。もうこの時が来たら動くしかないと最初から決めていたことだ。
ネイトに続いてすぐになってしまったけれど、もう仕方が無い。ファーナム兄弟やネイトみたいに急を要さないとしても、ここで見逃したら次の機会が来るかとうかもわからない。ここまで犯した彼を放っておくわけにはいかない。
たとえ相応の裁きが待っているとしても。