軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ233.私欲少女は決める。

「ジャンヌ!アムレット!おはようっ!」

「……おはよ」

一限終了後。移動教室で去っていったアーサーとステイルに代わってまたディオスとクロイが勉強会に来てくれた。

おはよう、と私の席前へ移動してくれたアムレットと一緒にいつものように二人を迎える。いつの間にかもう日課のようになっちゃったなと思う。二人は昨日の早退については知らないらしく、全くそれには振られなかった。

今回は最初から私以外三人分のノートを広げて机を囲んだ。

「今日はどこからやりましょうか。三人は気になる箇所とかある?」

「読解!」

「法律」

「数学かな?」

……この前と変わらない返答に、なんだか微笑ましく聞いてしまう。つまりは三人とも苦手箇所以外は自信があるということだろうか。それ以外の科目は苦手意識は無いということだから、充分良いことなのだけれども。三人とも当然ながら苦手科目がバラバラなのは解説する側としては三倍負担だけれど、悪いことばかりじゃない。それに、アムレットへの実力試験への解説も終わって通常授業での勉強会が始まった今、彼らへの課題はまた別にあるとも考える。それは

私無しでもお互いに補い合えるようにすることだ。

特待生を維持する為に。勿論、私が居なくても三人とも充分元々頭が良いし、このまま努力を怠らなければ大丈夫だと思う。

けれど、ここから授業が続いて行けば他の生徒だって少しずつ彼らに追いついてくることも当然あり得る。折角特待生三人がこうして仲良くなったのだし、このまま勉強会も双方の為にも持続していって欲しい。その為には私一人に教わるという形態が続いたら駄目だ。

昨日の勉強会でも私が教えていない時は二人で教え合っていたし、きっと上手くいけば全然仲良く三人でもお互いの疑問を埋められると思う。アムレットもディオスもクロイも教え方は上手だったもの。

何だか、数年前までティアラに女王業務を教えようとしていた時と気持ちが被るなと少し一人で可笑しくならながら私は早速三人に提案をする。

「なら、今日は順番に皆でわからないところを解いてみましょう。最初はディオスから、次はクロイ、そしてアムレットで。私も説明が難しそうになったらすぐに手伝うから」

両手を合わせながら、私は順番に三人へ視線を向けて笑い掛けた。

一人の疑問に、残り全員で答える。これなら人数が奇数になっても問題ない。休み時間は短いから、その分割り振れる時間も短くなるけれど彼らの理解力なら一周分くらいは足りるだろう。

「えっ!僕からで良いの⁈」

「別に良いけど。……それ、ジャンヌが楽する為じゃないよね?」

嬉しそうに目を輝かせて自分を指すディオスに反し、クロイからはなかなか冷ややかな視線で刺される。微妙に間違っていないところが何ともドキリと心臓に悪い。も、もちろんよ……?と良いながら微妙に笑顔が引き攣ってしまう。私が楽に、というよりも正確には私が不在に、という意味だけれど。その間にも、じとーっとクロイからの疑いの眼差しは途切れない。まさか三人にもう少しで私達は退学しますなんて言えないし……。

「……人に、教えるのも理解が深まって勉強になるから良いと思うの。今まで三人とも教えるのがとても上手だったし、きっとお互い有意義だと思うわ」

「そうね、私もジャンヌの言う通りだと思う!いつもジャンヌに教わってばかりじゃ悪いし、私もディオスとクロイの力になれるように頑張るね」

天使の助け船が‼︎

辿々しく理由を言う私に、アムレットが全力で応援してくれる。

それも言っていること全てが本当に天使過ぎる。このままだとディオスやクロイも普通にハートを持ってかれるんじゃないかと思う。

満面の笑みで援護してくれるアムレットが両拳をぎゅっと握って見せてくれると、ディオスも「僕も頑張るよ!」と同じように眩しい笑顔でアムレットに返していた。

二人で笑い合い、早速開いたノート確認し合う姿は凄く可愛い。……クロイだけは若干不服そうに何故かアムレットを睨んでいるけれど。兄のディオスと仲良しなのが羨ましいのだろうか。

「ッほらクロイも!ここの文章のとこなんだけど!」

一文字に口を結んでいるクロイを、ディオスが腕を引っ張って無理矢理注意を向かせる。

ぐいっと身体ごと前のめりになるようにノートへ近付けられると、クロイもむすっとした表情であるものの、しぶしぶ「どうせ昨日やった人物心情のところでしょ」と自分からもノートを覗いてくれた。ディオスも素直な子で本当に良かった。

私からも手を抜いていないと思われる為にしっかりとディオスの疑問点からアムレットとクロイの解説を聞いていたけれど、二人ともやっぱり説明は上手い。

アムレットが細かく解説してくれて、クロイが「要するに」と纏めてくれるから頭にも入りやすいなと聞いていても思う。

私はというと、資料がこの場にない分三人が思い出せない本文を暗唱するくらいだ。ディオスも理解力がしっかりしているから、本当にすぐ「そっか!」と納得してくれる。えへへ、とわかった途端嬉しそうに笑うディオスは教え甲斐があるなとこっそり思う。

次にクロイのノートも、ディオスとアムレットで全然問題なさそうだった。

アムレットは相変わらず丁寧な教え方だし、ディオスは説明ざっくりな分、一を聞いたら五は説明してくれる。他の法律との関連についても簡単に説明してくれるから二倍勉強になる。……クロイには冷ややかに「それ、今はどうでもいいから」と二回ほど断られていたけれど。アムレットがすごい丁寧だから、上手くバランスがとれている。クロイも理解した後だと肩から力が少し抜けて降りていた。

そしてアムレットのノートは、……うん、絶対問題ない。

ファーナム兄弟二人の解説は、前々からだけれど本当にちょうど二人で一人前で教え上手だ。この二人セットで家庭教師をやったら、それでも充分仕事にしていけるんじゃないかと思う。ディオスが一個一個説明する中、クロイが兄の補足をするように話してくれるからアムレットも受け入れやすそうだった。

時々口喧嘩する以外は全く問題ない。アムレットもわかる度に目を輝かせるて笑うのが、本当に何度教えても飽きなかったなと改めて思う。……う゛、どうしよう今から少し名残惜しくなる。

けれどこの調子なら、残り二週間で問題なく三人での勉強体制に慣れそうだなと思う。結局私は読解と法律書の生き字引程度しかやっていないもの。アムレットに関しては出番もなかった。

三人で綺麗に一周回った時には、残り時間間際とはいえ余裕をもって終わることができた。三人とも時間内で終えられたことにほっとしたのか、終わった直後にはそれぞれ全身から力を抜いて息を吐いていた。

小さく背伸びし終わったアムレットが、ふとそこでディオスに目を向ける。

「……そういえばディオス。今日のペンいつもと違うけど買い換えたの?」

可愛いね、とアムレットが指差すのはディオスの握った先だった。私も追うように視線を向ければ確かにいつもと少し違う。

元々、特待生になってから文房具を買い足した筈なのは知っていたけれど、この前までのシンプルなペンではなく今回はちょっと可愛らしいデザインのものだ。ディオスが持っていても全く不自然ではないけれど、外装からして可愛らしい色だと思う。ファーナムお姉様のものだろうか。

「あっ、これは」とディオスが口を動かしたと同時に、私の隣でクロイが低い息を吐く。へへっとはにかむように笑うディオスは、ペンを私達に見やすいように胸の位置まで持ち上げて見せてくれた。

「同じ教室の子がくれたんだ。可愛いねって言ったら、一本あげるって」

良いでしょ、と嬉しそうに笑うディオスに、……何となく察してしまう。

アムレットが「良かったね!」と笑う中、ディオスはその時のことを簡単に説明してくれた。

女の子友達同士でペンを見せ合っていた中にディオスがちょうど通りかかった際、可愛らしいデザインにディオスも自然と会話に入ったらしい。今世はただでさえそこまで文房具に大きな差は無いしあまり男子が女子の筆記用具に興味を持つってないと思うけれど、もうこの時点でディオスらしい。そして、そのペンを見て彼から一言。

『キャロルに似て、すごく可愛いね』

……その後、一本同じのが余っているからという理由でお揃いをプレゼントしてもらったらしい。

ディオスとしては自分達が貧乏なのを皆知ってるから優しいと言っているけれど、少なくともその女の子は絶対違う。久々に〝流石攻略対象者〟という言葉が頭に浮かんできた。

アムレットも聞いていてすぐに察したのか、笑顔で返しながら僅かに肩が片方だけ上がっていた。クロイからは早々と二度目の溜息が洩れる。

「皆、すごく優しいんだ。特に女の子はお菓子とか手作りとか可愛いノートとか」

「ディオスはどの子からも貰いすぎ」

「ッくれるなら嬉しいだろ‼︎クロイなんて全部断ってばかりで皆がっかりさせてるくせに!」

一刀両断するクロイにディオスが牙を剥く。……けど、クロイの気持ちもよくわかる。そしてディオスにプレゼントしまくっている女の子達の気持ちも。

十四才とはいえ二人とも中性的で整った顔立ちだし、女子に人気が高くなるのは予想できていた。しかもディオスは愛想も良いから余計に愛されるだろう。

プレゼントする度にディオスが嬉しそうに満面の笑みでお礼を言ってときめく女子達の姿が想像できる。クロイも断っているだけで需要はあるのだろう。ただ、お菓子とか貰っているとか聞くと気分的には知らない人についていかないか心配になる事案だけれども。何より、ディオス本人は完全に親切心と思っているのが恐ろしい。

二人がワンワンと喧嘩する中、そ~っとアムレットが苦笑気味の顔のまま机沿いの低姿勢で私に顔を近付けてきた。口元の横に手を添える仕草に、私からも耳を近付ける。

「ディオスって、すごい女の子にもてるんだねっ……!」

ふふっ、とそう言った直後には楽しそうな笑顔が零れてきた。

私もその言葉に思わず笑って頷いてしまう。きっと気付いていないのはディオス本人くらいだろう。一瞬、そこで男子達からヤキモチを焼かれていないか心配になったけれど、さっきも〝皆〟と言っていたし大丈夫そうだ。

ゲームではミステリアスキャラで他の女の子達に一目置かれるくらいで贈り物とか貰うイベントすらなかったのに。現実ではかなりのモテモテな様子だ。

そのまま、口喧嘩が熱を上げそうな二人を見かねて私からも言葉を掛ける。

「素敵なペンだと思うわ。大事にしてあげてね」

「うん!貰いすぎは駄目だけど贈ってくれた人の気持ちを大事にするのは良いことだよ。他にどんなもの貰えたの?」

続いてアムレットも援護で二人の熱に水を注いでくれる。

お陰でディオスとクロイもなんとか尖った唇を一度納めてくれた。クロイが椅子の背もたれによりかかるように頬杖を突き余所を向くと、ディオスが「えっとね……」と今度は服のポケットから何か探り出した。

どうやら他にも持ち歩いているものがあるらしい。またそれはキャロルちゃんとは別の女の子だろうかと思いながら待つと

「これとか!」

…………一瞬、息が止まった。

ディオスが満面の笑顔で見せてくれるそれに、私は笑顔が固まったまま強張ってしまう。アムレットが「素敵!」と褒める中、私も枯れた声で同意するしかできなかった。

クロイが私の横から独り言みたいな声で「君と同じくらい鈍感だよね」と言うけれど、今は突っ込む気力もなかった。冷や汗が滴りそうになる中で、必死に社交界で鍛えた表情筋で取り繕う。けれど、ディオスがどういう経緯でそれを貰ったのか説明してくれると余計に顔の強ばりが悪化しそうになった。

予鈴の鐘が鳴り、二人も早々に自分の教室へと仲良く去って行った。

アムレットも最前席へと戻り、私は一人残された後に想像を絶する危機が近付いていることを改めて思い知る。いや、わかっていた。いつかはそんな時が来ると‼︎絶対いつかは来るととっくにわかってたし今まで来なかったのが奇跡だった‼︎

そうは思いながらも、考えれば考えるほど頭を抱えたくなる。少ししてから、選択授業の講師が教室に姿を現した。俯けた顔で机に視線を落とし続けていた私は、顔を上げそれを確認した瞬間

……うん、逃げよう。

生まれて初めての敵前逃亡を決断した。