軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして期待した。

─ 多分、一番馬鹿だったのは俺だった。

「ネイト。そろそろ片付ける準備を始めろ。すぐに帰りたいのだろう」

「!やべっ⁉︎ああくっそ!もうちょっとでジャンヌのもいいとこだったのに!!」

寮の一室で、作業に没頭していた途中で掛けられた声に慌てた。

時計を見ればあと十五分で就業時間だった。作業中は部屋に広げたい放題なのは良いけど、その分片付けるのには時間がかかるのが面倒だ。しかもカラムは「部屋を使った時よりも綺麗にするように」って言うから、散らかしたまま出るのは絶対見逃されない。

最初にリュックへ荷物全部放り込み始めながら急ぐと、ふいにカラムの背中が目にとまった。昨日は言うばっかで殆ど手伝ってくれなかったくせに、今日は窓の施錠も掃き掃除も手早くやってくれていた。

何でだろうと思ってすぐ、自分の足を思い出す。

今日の昼間にバレた怪我。怪我人に〝は〟一応騎士も優しいのかなと思いながら、気付かない振りをしてリュックに道具を詰め続ける。

片付けも終わって掃除も殆どなんでかカラムがやって、受付の手続きを入れても時間より少し早いくらいに寮を出ることができた。

─ 煩いし嫌いだし、衛兵と一緒で騎士なんかも信じなかった。

「君の家はどのくらい遠い?」

「どうでもいいだろ!それよりさっさと俺のリュック返せよ‼︎」

寮までじゃなくて校門まで付いて来た脳筋へ俺は手を伸ばす。

荷造りが終わった途端、リュックをまた奪われた。ふざけんな返せって言ったのに校門前まで運ぶって言ったまま、まだ返してくれない。

大事なものもあるしコイツもジャンヌから聞いて俺の特殊能力知ってるし、もしかしたらこのままリュックごと盗むつもりじゃねぇのかと考えた。

ジャックは怒ったけどやっぱりこんな奴、脳筋騎士で十分だ。もしこのまま没収されたら今日こそ伯父さんに殺される。昨日は調子に乗って殴られたし、もし今日も来たら絶対機嫌が悪いに決まっている。

足が痛いから騎士の手に跳ねることもできねぇし、蹴ることもできない。脳筋騎士の足下で怒鳴るしかできない俺は手だけを必死に伸ばす。それでも肩の位置にリュックを片腕で担がれたら届くわけもなかった。

すぐ渡す、と言った後にやっとリュックが降ろされた。すぐに背負おうと紐を肩にかける間に、俺の前に回った脳筋は片膝を付くようにして背中を向けてしゃがんできた。

「家まで送ろう。その痛む足では帰るのも遅くなる」

平然とそう言ってきて、耳を疑った。

ハァ⁈、なんだよそれ!、って何度言ってもカラムは背中を向けたまま立ち上がらないし、俺は足が痛いのも事実だから戸惑いながらも悩む。もし、もしも今日伯父さんが来ていたら帰るのが遅れただけで殺される。それに、今朝だって一時間以上早く家をでたけど、学校に着いたのはいつもより三十分前くらいだった。なら帰りだって絶対時間が掛かる。

─ 中でもカラムは教師の中で一番しつこくて煩かったから嫌いで。

「早く帰りたいのだろう。リュックは背負っていて良いが、あまり足に無理をさせない方が良い」

伯父さんに殴られたくないのと、騎士の背中借りるのが悔しいのと恥ずかしいのとで頭の中でグラグラ揺れた。

けど、やっぱり殴られて痛いのが嫌なのが勝って、仕方なくそのまま脳筋騎士の肩に両手を回してしがみつく。俺が乗ったとわかると「では上がるぞ」と言って脳筋は軽々と立ち上がった。

毎回俺が空き教室で捕まる度だって、リュックも俺も軽々持ち運ばれる。負ぶられれば視線が上がって、これが大人の目線の高さなのかと肩越しに思う。父ちゃんに負ぶられたのだって、それこそ伯父さんに借金作るよりもずっと前が最後だ。

─ ガキみたいで恥ずかしかったし嫌だったし気持ち悪かったけど、……ほんのちょっとだけ、泣きたくなった。

「……良い子ぶり」

「〝偽善者〟と言いたいのか?君がそう言いたいなら構わないが、……これは〝善〟ではなく当たり前のことだ」

絶対礼なんか言わねぇから。そう思いながら言った言葉も、またいつもみたい偉そうに訂正される。

首を絞めちまえと思いながら回した腕に力を込めたけど、まったくびくともしない。こういう堅物で偉そうなのが、あの時の衛兵と一緒だと思う。

大人とか、法律とか、難しい言葉を知ってるだけで見下してくる。偉そうな制服を着てるだけで俺らより偉いと思ってくる。衛兵と違って騎士全部が嫌いとは思わねぇけど、とりあえずコイツは嫌いだ。

家への方向を言いながら、でも全部教えるのはなとも考える。コイツはジャンヌとも仲良いし、ここで俺が家の場所を教えたらジャンヌにもバレる。それでジャンヌ達が馬鹿なこと考えて家まで来て、それで伯父さんに見つかったら絶対殺される。ジャンヌをずっとコイツが守ってくれるわけもない。

なら、どの家かバレねぇように近所で適当に誤魔化そうと考えたその時。

「君が助けて欲しいと望むなら、私は全力で応えよう」

言葉が、出なかった。

足だけじゃなく、腹の痣も見られたからそれでバレたのかもしれない。こいつは俺が伯父さんに殴られてるのも気付いてる。

息も止まって、心臓も一回動くのを止めた。自分でも瞬きの仕方がわからなくて、力を込めていた腕がそのまま肩ごと強張って、……一瞬、本当にここで助けてって言ったらと、少し思った。

あの衛兵は信じてくれなかったけどって一瞬だけ期待した。それでも次に頭に過ぎるのは、怒り狂った伯父さんの顔と拳ばかりで。

ギリッと音が洩れるくらい食い縛ったら、顎まで震えた。歯の音が聞こえたのか脳筋が振り向いたから、見えないように下を向いて顔を背中に埋める。誤魔化す為に言い返そうと絞り出した声は自分で思った以上に細くなった。

「…………騎士。……としてか。それとも、学校で今は働いてるから……」

「両方だ。騎士としても講師としても、君の力になろう」

助けて。

「ジャンヌ達のことも、もっと信用して良い」

……喉の手前まで声が、出かかった。

躊躇いのない返しに、包帯を巻かれた足が余計に痛む。肩に回した両手に力を込めて、全身で大人の背中にしがみつく。カラムの言葉もジャンヌのことも今は喉にせり上がるものを堪えるのに必死で届かない。両目を偉そうな団服に擦り当てて、少しだけ熱を漏らした。

もうちょっと。もうちょっとだ。もうちょっと我慢して、発明さえ完成させれば別に助けなんか求めなくたって自由になれる。

ジャンヌが紹介してくれる商人に発明を高く売って、それでたくさん貯めて一気に伯父さんへ金を返せば良い。あとちょっとの辛抱だ。

─ ……本当は、家がバレねぇように近所のどっかで誤魔化そうと思った、のに。

「足が癒えるまでは私が今後も送ろう。何か〝相談〟したくなったら、いつでも言ってくれ。学校のない日であれば騎士団演習場に来ると良い。」

「……城なんか、俺みたいな庶民が入れるかよ……」

「用事が無ければそうだろう。しかし、もし助けを求めていれば話は別だ。少なくとも城門からでも私の名を出せば、要件程度はきちんと届く」

「俺みたいなガキなんか絶対門前払いされるっ……」

「子どもも大人も関係ない。助けを求める民の元へ駆けつけるのが騎士だ」

つまらなくて……下らない話ばっか続いた。

カラムの説教も小言も全部長いし固いし煩かったけど、全部今度はちゃんと聞いた。代わりにずっと口を絞って黙り続けた。

言ったら今度こそ言わないと決めていた言葉か、ガラリとした声が零れそうだったから。……もし、ジャンヌへの発明が上手く売れなくて、大した金にもならなくて、稼げなくて、やっぱり伯父さんとのこんな生活が続くならその時は、一回くらい頼ってやろうかなと少し思った。

─ いつか、本当に。助けに来て貰える日がくるのを

「ではな、ネイト。明日も遅刻は構わないが無理だけはしないように」

結局、カラムに降ろして貰ったのは家の裏手すぐ傍にした。

最後まで煩い小言を言うカラムに、頷きだけ返して追い払った。あいつが見えなくなるまで、家に入るどころか背中を向ける気にすらなれなくて暫く棒立ちのままだった。

見えなくなって、ほっとしたと同時に寂しくて怖くなる。あの背中が学校よりも一番安全でほっとした。

やっとリュックを背負い直して家の表へと回れば、包帯を巻かれた足は昨日より痛くなかった。扉を開けて、いつもみたいに父ちゃんも母ちゃんもいない部屋に「ただいま」って独り言で言えば

「オ か エ り」

引き摺り込まれて、殴られて。

伯父さんの怒号よりも先に現実へと引き戻された。

─ 心のどっかで、……期待した。