軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ224.さぼり魔は拒み続ける。

『ずっとネイトには家で留守ばかりさせて悪いと思ってたんだ』

『私達がいない間でも行ってみたらどう?どうせ無料なんだし、建物もすごく綺麗よ』

学校〝プラデスト〟

俺達庶民の為に国が作ったというそこは、勉強するだけなら無料で入れるらしい。

城からの公布を聞いた父ちゃんと母ちゃんもびっくりしてて、帰ってきてすぐ久々の明るい顔で俺にそれを話してくれた。

勉強に興味は無い。どうせ皆俺より馬鹿だし、いくら勉強しても生きていくのに何の役にも立たないと思う。法律を知ったってそれが俺を助けてくれるとは限らないし、今だって発明を叔父さんに売る形でちゃんと稼げてる。……いくら稼げているかは、知らねぇけど。

でもどうせ俺は発明しか取り柄がないし、発明では天才だし特殊能力もある。なら、別に他のことを学ぶ必要なんかない。だから無料で勉強できると言われても正直父ちゃんや母ちゃんみたいに興味も持てなかった。勉強する暇があったら、少しでも早く発明に取りかかりたかったし、納期が遅れたら伯父さんにまた殴られる。

『そんなに良いなら父ちゃんと母ちゃんが行けよ。俺は勉強なんて興味ねぇし』

『いつか役に立つかもしれないだろう?発明以外にも興味あることが見つかるかもしれない』

『それに父さんと母さんは無理よ。仕事があるし、それに』

発明する手を止めず、背中を向けて言った俺に父ちゃんも母ちゃんも食い下がった。

俺が一人で留守を守ってばかりになったことを心配する父ちゃんも、元々俺が発明で家を出ないことを怒ってた母ちゃんも二人で俺を学校に行かせたがった。仕事で疲れているんだから俺になんか構わず早く寝ればいのにと、母ちゃんの話も聞き流そうとしたその時。

『学校に入れるのは十八歳以下の生徒だけなんだから』

十八歳、以下。

その言葉があの時の俺には何よりも眩しかった。その後にも『だから折角の機会だし』『どんなところか聞かせてくれ』『きっと良い経験になる』と続ける母ちゃんと父ちゃんの言葉も殆ど耳に入らなくて、心臓の音だけがバクバク内側から耳に響いた。

発明中の手も止まって、目が開いている筈なのに別のことばかり考えた。学校がどういう建物かは知らない。けど、国が作った大きな建物だ。丈夫で、壊せなくて、簡単には入れない。

十八歳以下……?と遅れて聞き返した俺に、母ちゃんはもう一度説明してくれた。

学校は十八歳以下の人間しか入学できない。学校関係者以外、入学手続きを終えて〝生徒〟になれた人間しか入れない。たとえ親族でも生徒じゃない限りは校門より先に入ることは通常許されない。守衛もいるから簡単に悪人が入り込むこともできない安全性の高い建物。……十八歳、以下。

つまり、伯父さんは入れない。たとえ親族と言っても、その建物の中には入れない。つまり、俺がその学校に行くようになれば

伯父さんから、逃げられる。

行く、とそれを叫んだのは理解してすぐだった。

伯父さんとの取引を止めるつもりもないし、発明はちゃんと納期に間に合わせる。ただ、伯父さんの目から逃げられて絶対に捕まらなくて殴られない場所が欲しかった。一秒でも長く安心できる場所が欲しかった。

父ちゃんと母ちゃんも喜んで、入学手続きの日は母ちゃんが休みをとってくれた。伯父さんにも後から知られたけど、父ちゃんと母ちゃんには発明を売っていることは秘密だから俺を入学させることは止めなかった。「納期は遅らせるな」「誰にも発明は見られるな教えるな」とだけ言われてその時も殴られたけど、止められなかったことの方が嬉しかった。

ただ、寄り道だけは許さないと言った伯父さんは俺が学校から帰る時間に合わせて家に来るようになった。一度鉢合わせて「帰る時間は覚えたぞ」と言われてからは、その時間から十分以上遅れると殴るようになった。また俺が外で発明を見せびらかしていないかの確認だった。

けど、納期と家に帰る時間が遅れさえしなければ伯父さんが家に来てても殴られないし、それに学校の教師は伯父さんほど怖くはなかった。

朝と帰りの出欠だけちゃんと顔見せれば、学校に来ていることはちゃんと証明される。

もし伯父さんや父ちゃん母ちゃんに俺が授業を抜けていると知られても、学校には毎日居ることが証明されれば言い訳はいくらでもできる。発明ができて、伯父さんから逃げられて、伯父さんにその分殴られないで済めばそれで良かった。

空き教室を選べば誰にも見つからなかったし、伯父さんから逃げる為の発明もあったから隠し通せる自信もあった。途中から空き教室に次々と鍵を付けられるようになってからは、俺だけの〝鍵〟を発明すれば余計に見つかりにくくなった。内側にも鍵がついているかは運任せだったけど、見回り教師も鍵が付いた部屋ならちゃんと掛かっているかまでは確認しねぇし、問題なく発明することができた。……脳筋騎士に見つかるまでは。

一回見つかってからは何度も何度も捕まるし、何やっても逃げられねぇしすげぇ最初はムカついた。お陰で発明する時間も減ったし、いつ見つかるかもって発明にまた集中できなくなった。……けど。

『二年のジャンヌ・バーナーズよ。手荒になってごめんなさい。……ちょっとお話させてもらえるかしら?』

やっと、出口を見つけた気がした。

逃げられる。今度こそ、一生伯父さんから逃げられる。借金さえ返せば、父ちゃんと母ちゃんも毎日あんなに働かないで済む。俺だってもっと好きな時に好きな発明ができるし、痛い思いをしないで済む。

しかもジャンヌの紹介してくれるっていう〝商人〟は、ちゃんと値段の交渉も応じて高く買ってくれる。騎士も一緒に聞いていたし、なら少なくとも悪人じゃない。気に入って貰えたら定期的に俺と契約してくれるとも言っていた。伯父さんじゃなくてその商人に気に入って貰えれば、もう伯父さんに売らなくても借金は返せる。発明の催促で殴られることもなくなる。商人に発明を売って、少しずつこっそり溜めればいつかは借金全額払えるかもしれない。

今までの出口が見えない日々と比べたら天国を覗いた気分だった。あとは伯父さんにジャンヌ達や商人との取引さえ気付かれなければ良い。伯父さんへの納期は遅らせず、必ず商人に気に入って貰える発明を作ればきっと

「クソガキが。こんなガラクタをコソコソ作っていやがったのか」

……伯父さんが、今目の前にいる。

部屋の隅で転がる俺を無視して、引っぺがしたリュックを漁っている。もう何度も、リュックは見るな納期は守ってると言ってるのに伯父さんは馬鹿だから聞いてもくれない。大体今日だって昨日だってまだ納期の日じゃないのに。

父ちゃんも母ちゃんも留守の中で、まるで自分の家みたいに寛いでは俺のリュックから一つ一つ取り出しては床に転がしている。

耳は聞こえるのに、身体中が痛くて息をするので精一杯だ。リュックを守ろうとすればするほど、伯父さんはしつこく中を調べようとしてきた。なんで急にそんなにリュックが気になるんだと思ったけど

「俺に生意気言いやがって。絶対何かあると思ったんだ」

……一昨日、初めて伯父さんに言い返した。

あとちょっとで自由になれる、鼻を明かしてやれると思ってつい調子に乗った。発明はまだか、さっさと作れ、こんなんじゃ利息の足しにすらならねぇぞと怒鳴った伯父さんに、つい歯を剥いた。「言われなくても借金は絶対返してやるよ」「納期までまだ日もあるだろ⁈」って怒鳴ったら、……久々にズタボロにやられた。

誰に向かって口を利いている?何様のつもりだ、俺が口を利いてやらなかったらお前のガラクタなんてはした金にもならねぇんだぞって怒鳴りながらボコボコにされた。頭に血が上った伯父さんが、発明の為に手は怪我させないことは覚えていたのは奇跡だった。

昨日は俺より先に家に上がっていて、玄関を開けた途端に引き摺り込まれて殴られた。

昨日のむかつきが残っていると言って、父ちゃん達が仕事でいないことを知っていた伯父さんは扉に鍵を掛けて夜通し殴ってきた。「何か隠してるんだろ」と言われて、全部無いって答え続けたらとうとうリュックだ。

もう昨日から水も飲んでねぇし、夜通し殴られて叔父さんが寝てる間も動けなかったし、さっき伯父さんが起きてすぐリュックを狙われても抵抗する余裕なんて殆どなかった。発明で反撃したかったのに、もうリュックに覆い被さって掴まるしかできなかった。

また殴られて蹴り飛ばされて転がった。あの中には、ジャンヌと約束してた発明も入ってたのに。……とうとう見つかった。

「おいネイト!これは一体どうやって使うもんだ?使えそうなら売ってやる」

クソ馬鹿。まだ作り途中だし使えねぇよ。それはお前に売るもんじゃねぇ。

伯父さんに言いたくても声が出ない。舌を回したくても震えて止まる。口がバクバク小さく動くだけで、返事もできない俺におじさんは舌打ちをするとおもむろにテーブルの水差しを持って俺にぶっかけた。起きろって言われて、寝てねぇよと腹の中で思う。目が開いてるのに、寝てると思うなんてやっぱり馬鹿だ。

けれど、水を被ったお陰で乾いた口の中が少しマシになった。同時に剥けた傷が痛むけど、今はそれより声を出す。

「……それ、は……俺用……で、売り物じゃ、ない……よ」

擦れた声で何とか言葉にする。

伯父さんはそれでも唸って、「どうやって使うかを聞いてんだ」と俺の足を踏んづけた。傷口を汚い革靴で潰されて、流石に声が出る。ガラガラとした声はそれだけで自分の喉まで痛んだ。

「借金側のくせに売るかどうかをテメェが決めるんじゃねぇ‼︎……なぁネイト?前に俺が言ったこと覚えてるだろ⁇いい加減にこんなガラクタじゃなくて、まともな商売しようとは思わねぇか?」

怒鳴った後に気持ち悪いくらいに優しい声で撫でられる。……この時の伯父さんが、俺はすげぇ嫌いだ。

伯父さんが言う言葉に、学校に入るずっと前から言われていたことを思い出す。あの時も断った後にすげぇ殴られた。「作れない」と言ったのに、馬鹿な伯父さんはやっぱりそれも忘れてる。でもそれだけは死んでも絶対にしないって決めている。どんなに大金積まれても「作れない」で押し通す。だって俺の発明で

「一個くらい作って見ろよ?なぁ⁇武器って言ってもお前なんざにまともなもん求めてはいねぇんだ。特殊能力が込められていれば、ナイフでも素人の爆弾でもかまわねぇ」

「…………作れない」

「そう言わずにやって見ろ。武器なら高額で買ってくれるって客がいたんだ。もしかしたら利息の足しどころかもっと早く借金が返せるかもしれねぇぞ?煙幕弾は作れたじゃねぇか」

「つくれない」

「ッだから‼︎先ずは作ってみろっていってんだ‼︎‼︎」

ドカッと今度は腹を蹴飛ばされた。

浅かった息でなんとか吸った酸素が全部吐き出た。腹を抱える余力もなくて、壁にまで背中がぶつかった。

ちょっと前から、時々伯父さんは殴るついでに武器を作れと誘ってくる。けど、絶対にそれだけは作りたくない。作れる作れないとかじゃない。人を怪我させるようなもんを作りたくない。閃光弾だって煙幕弾だってもともと伯父さんから逃げる為に作っただけだ。売るつもりもなかったのに、勝手に見つけて勝手に売ったのは伯父さんだろ。俺は全部伯父さんから逃げたかっただけだ。人に売ろうなんて思わない。打ち所悪くて死んだらどうする?知らない馬鹿が変なところで使って、それで誰かが死んだら俺が殺したのと同じだろ。俺が作った物で、父ちゃんと母ちゃんが褒めてくれた物で

人を、殺したくない。

「…………っなぃ……!」

思った感情が言葉に出かかった。

食い縛って堪えて、伯父さんには届かず済んだ。代わりに他の物が込み上げて、また死にたくなる。力もでない筈なのに全身が震えて、口の中を噛んだ。もう、武器を作らなくたって今は方法がある。ジャンヌと組んで、発明を売って、それで稼げばもう苦しまなくて済む。泣かなくて済む。逃げないで済む。

必死に言い聞かせるように頭で繰り返して、この場を堪えることだけ考える。伯父さんは、父ちゃんや母ちゃん達が戻る前には一度家から出て行く。俺がボコボコになってても知らない振りをする為に。その間に俺は絆創膏全部使って部屋籠もって発明に取りかかる。絶対にジャンヌとの約束には間に合わせる。この機会を逃がさない。夜通しでも死んでも絶対完成させる。絶対間に合わせる。

「折角よぉ、広~い気持ちで学校にお前が行くのも許してやったんだぜ?けどなぁ、お前がこんな生意気になっちまったのも学校の所為だよなぁ?どうせお前は発明しかできねぇんだ、学校なんざ行くだけ時間の無駄だろ?」

伯父さんの気味悪い声が静かに響く。

蹴り飛ばした俺の前にゆっくり足を進め、また蹴るつもりかと頭が身構える。手も足も身体も呼吸の為にしか働いてくれない。せめて手だけは踏むなよと目だけで見上げて睨む。来週には、絶対完成させないといけない。明日にはまた絶対学校に

「いっそ、本当に一生歩けねぇ足にしてやるか」

ぞわり、と。

楽しそうなその声に全身の毛が逆立った。

言葉も出ない俺の足に、叔父さんがまた汚れた革靴を掛ける。踏まれ慣れた感覚に、今だけは身体中の筋肉が強張った。ガクガクと足が震えれば小刻みに何度も靴の裏の感触が当たる。浅かった呼吸が信じられないほど荒くなって、信じられないくらいに顔から服の下までべたついた。こういう口調の伯父さんが、本気だということを俺はもう知っている。

「アーニャ達には階段から落ちたとでも言っておけよ」

俺の名を言ったらこんなもんじゃ済まねぇぞ、と言いながらゆっくりと足に圧が掛けられる。

俺の倍以上は太い足の伯父さんに本気で踏まれればどうなるかわかってる。慌てて逃げようと手をばたつかせたけれど、手袋の先が床を引っ掻くことしかできなかった。やばい、まずい、死ぬ、死なないけど殺される!足が!足が折られる!!学校どころか家からも出られなくなる‼︎ジャンヌに会うのも、発明売るのも、何ももう、このままじゃ自由に

「伯父さんがず~っと代わりに売ってやるからなぁ?お前は何も考えずに一生家の中で発明だけしてりゃあ良い」

いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ‼︎

声が、出ない。

パクパクと口だけが動いて、芋虫みたいに床の上でうねるしかできない。身体が言うことを聞かなくて、逃げるどころか起き上がることも這いずることもできない。伯父さんの踏む力が強くなって、痛い筈なのに感じない。それよりもピシリと骨が何か響く感触が内側に響いた方が死ぬほど怖かった。汗がべたべた零れだして床を塗らすのがふっかけられた水なのか汗なのかわからなくなった。どこに逃げれば良いかもわからなくて、どうしてこうなったのかもわからなくなる。なんで、俺が足を、どうして、何が、なんで俺が、一生、歩けなくなるなんてッ

「いやだ」と、やっと恐怖に反応した喉が裂けるほどに叫んだ。自分でも馬鹿みたいな金切り声で、家にはもう誰もいないのに無駄な声で叫ぶ。一度叫んだら、もう止まらなくてガラガラで壊れそうなほど「いやだ」と何度も発作みたいに叫ぶ。叫ばないと恐怖で先におかしくなると頭の隅でわかった。馬鹿じゃないしわかってる、伯父さんがこんなふうに言っても止めてくれたことなんて一度もない、父ちゃんや母ちゃんが都合よく帰ってきてくれるわけも、誰が助けてくれる筈もない。叫べば叫ぶほど叔父さんが踏み力が一気に強まってピキピキと骨に響く感触だけが嫌なくらい頭にまで響いて息も苦しくて頭もおかしくなっ

─ バキンッ。

……息が、止まった。

視界が白くなって、あんなに叫んでいた声が出ない。心臓の音がただただ煩くて、ぐちゃぐちゃになった顔でそれを見る。

首と目だけで動かし、音が響いた方向を恐る恐る見る。俺の、足の方向だ。そこから聞こえた音にもう頭が想像することすらできなくなった。瞬きを最後にいつしたのかもわからないまま、壊れた瞼で見た先にあったのは

壊された、扉。

「ッネイト‼︎」

バタンッとドアノブが丸ごと無くなった扉が開く音と同時に、甲高い声が飛び込んだ。

聞いた覚えのある声だけど、母ちゃんじゃないことは光の中でもよくわかる。鍵も窓も閉めきられてたけど、こんなに外は明るかったんだなと思う。

誰だテメェらはと伯父さんが叫ぶ中、光の向こうで二つの影が迷わず家の中に駆け込んでくる。身体のでかい伯父さんが怒鳴っているのに、見えないみたいに真っ直ぐこっちまで来た影はぐちゃぐちゃの俺を両腕で起こして抱き締めた。

間近に迫った紫色の目が潤んでて、気が付いたらまた身体が震え出す。寒かったような、温かいような、理由もなく呼吸が戻った感覚に胸が詰まった。

何が起こったかも、どうして此所にいるのかも、何もわけがわからない。ただ

思い出した恐怖と抱き締められた安堵感に、視界が滲んだ。