軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.義弟は決意する。

契約を交わしてからは覚える事三昧だった。

読み書きやマナーに始まり、この国の歴史や計算方法。

全てが新しいことばかりで頭がパンクしそうだったけれど、それなりに理解できた時は楽しくもあって、僕は前のめりにお城の教育を受けてきた。

僕とプライドは、勉強時間も殆ど一緒だった。

別々の教師に教わりながら、時折思い出してはプライドは今頃なにを学んでいるのかなと思う。

教師に尋ねるとプライドはとても優秀らしい。

もともと物覚えが良いのか、普通の王族や貴族の子どもよりも理解のペースが段違いに早かったという。「とはいえ、ステイル様も基礎が全く無しのところから始めたというのにこの覚えの早さは驚異的ですが」と言われたけれど、なんとも言えない気持ちになった。

補佐として、義弟としてはプライドに少し劣る程度が周りの反感も買わず理想的だと思う。

でもなんだか、プライドに負けるのは少し悔しくもあった。そのうち「私が教えてあげましょうか?」とか言われたらどう上手く断るかも何度も何度も考えた。

どうかそれだけは言われませんようにと願いながら、そう言われないようにする為にも頭の中で更にその日学んだ内容を反復していく。

次はうまくプライドと呼べるかなと頭の中で何度も何度も練習してもっと優秀になる為に覚えて理解しないといけないことが沢山あってプライドが今なにをしているのかも気になってプライドに勉強を教えようかと誘われたらどう断るかそれともやっぱり補佐として義弟として有り難く受けるべきか考えて今日は何を覚えたかも思い出さないと落ち着かなくてもう少ししたら剣の基礎も始めましょうと言われて王族の人にもどうすれば良く見られるかも考えて

母さんがいまどうしているのか考えて何度も胸が苦しくなって

気がつけば、三日後の朝には頭が沸騰するように熱くなっていた。

ダメだ、まだ考えないといけないことが沢山あるのに。寝ている場合じゃないんだ。今日も沢山勉強して、早く母さんに会いにいかないと。僕は元気だよと伝えないと。

その日の勉強は平気なふりをするのが精一杯で、殆ど頭に内容が入ってこなかった。ああ…あとでまた頭の中で反復しないと。

それでも足取りはしっかりするように、昨日プライドと約束した庭へと向かう。

プライドと過ごす時間は凄く癒された。いつも僕を笑顔で迎えてくれて、つまらないことでも嬉しそうに笑ってくれて、本当に僕の存在を喜んでくれて、まるで母さんと過ごした時間のように柔らかくて。きっと今日もプライドに会えばきっと元気が出る筈だ。

庭に着く前に、同じく勉強を終えたプライドと外でばったり会う。プライドがいつもの笑顔を向けてくれて思わず顔が綻んだ。

「そうだわステイル。追いかけっこをしましょう!お庭まで競争よ!」

プライドが駆け出す、僕が遅れて追いかける。

追いつかないと、早く、もっと早く。駆けっこも、勉強も、身長も全部全部ー…

「ステイル⁈」

気がつけば視界が真っ白になって、目を開けることもできなくなっていた。

プライドが凄い叫んでる、なのに何を言ってるかわからない。僕はいまどうなっているんだろう、ぐにゃぐにゃで訳がわからない。

ああ…僕は…今、何を考えれば良いんだっけ…

…。………

…母さん…

…夢を見た。

母さんがいる。いつものように背中を向けて僕のためにご飯を作ってくれている。

ああ…やっと会えたのにご飯なんて良いからもっと話そうよ。

母さん、元気だった?

母さん、僕いろいろ覚えたよ

母さん、王配殿下は良い人だよ

母さん、プライドは噂と全然ちがったよ

母さん、街の人は良くしてくれてる?

母さん、不自由な暮らしはしてない?

母さん、……もう泣いていない?

母さんの服の裾を掴む、ゆっくりと母さんが振り向く。ご飯は待ってね、今やってるから。そう言って笑ってる。ああ、良かった笑ってる。そう思った途端に、さっきまで料理をしていた母さんがうずくまって泣いている。もう一度、母さんの裾を掴む。泣かないで。母さん、また会いに来るから。僕ちゃんと頑張るから。母さん、聞いてる?ねぇ、母さん、母さん…

「…っく…ゔ、…ひっ、…くっ…」

まだ、泣いてる。

母さんが、そこで泣いてる。

ぽつぽつと顔に何かが滴り落ちてきている。

目を閉じたまま、ゆっくりと僕は今まで夢をみていたんだと思う。

でも、まだ泣き言が聞こえる。もしかして知らずに能力を使って母さんのところに飛んじゃったのかな。

母さん、泣かないで。僕はここにいるから。

目を開けるとそこには、大粒の涙を僕へ零し続けるプライドがいた。

「プライド…?」

まだ夢をみているのか、母さんじゃなかったのか、なんで僕がここにいるのか、なんでまたこの人が泣いてるのか。

咄嗟の言葉が出てこなくて、理解すらできずにプライドをひたすら見上げる。

プライドは堪え切れないといった表情で泣きながら僕を見つめている。そしてやっとプライドの口元が動いたと思ったら、それは…

懺悔の言葉だった。

意味がわからない。なんで、この人はまたこんなに泣いてるのか、その疑問だけが頭をぐるぐると回る。

ゆっくりと、僕はやっとの思いでそれを言葉にした。

「なん…で…?」

プライドはその言葉にまた、堪えるように口を絞ると嗚咽を混じらせながら言葉を紡ぐ。

なんで、そんな耐えるような、堪えるような泣き顔なんだ。

「…っく、…っ、…貴方、の…っ…、貴方たった一人の…っ力にすらなって上げられなくて…気づいてあげられなくてっ…ごめんなさっっ…」

そこまで言うとプライドはまた言葉にならないかのように唇を震わせ、泣き出してしまった。

そのままプライドが覆い被さるようにして僕を抱きしめる。プライドの身体が、香りが、柔らかさが、全てが僕の上に溢れてくる。何故だかすごく恥ずかしくなって、身体が緊張したように動かなくて、ただでさえ熱くなっていた身体がさらに熱を帯びてくる。

僕の肩でプライドがまた、泣いている。

なんで。

この人は既にあの夜、十分過ぎるほど僕のことで泣いてくれたのに。

プライドがいたから僕は、あんなに嫌だった城生活で笑って過ごすことができた。

プライドが居て、美味しいねと言ってくれるから食事の時間も楽しみになった。

プライドだったから、従属の契約も怖くなくなった。

プライドだったから、未来にも希望が持てた。

プライドが僕を受け止めてくれて、笑ってくれて、必要としてくれた。これを力になってくれたと言わず何というのか。

プライドは僕が辛いことを理解してくれた、気づいてくれた。

そうだ、プライドが鍵を持ってきてくれたあの夜、僕は単に母さんと二度と会えないことだけが辛かったんじゃない。母さんがいなくて寂しくて、寂しい思いをしているかもしれない母さんのことを思うのが辛くて、僕が残した母さんに何もできないことが辛くて、これから先ずっとこのまま一人なのも全部が全部辛かったんだ。

でも、プライドは言ってくれた…これ以上僕を傷つけないと。

プライドは約束してくれた…僕や母さん、国民皆が笑っていられるようにすると。

そう言って、抱きしめてくれた。

プライドは、僕が気づくよりずっとずっと前から、僕の寂しさも辛さも全部気づいてくれていた。だからあの時、ずっと我慢していた涙が流れたんだろう。

一緒にいてくれた。泣いてくれた。抱きしめてくれた。僕の幸せを願ってくれた。対等な関係だと、そういってくれた。何度も何度も名前を呼んでくれた。そして名前を呼ばせてくれた。朝は挨拶をしてくれて、夜も挨拶してくれて、図書館や庭園を案内してくれて、安らげる時間をくれた。

プライドが、僕の心を埋めてくれた。

なのに、何故謝るんだ。

僕を救ってくれたのはプライドなのに。

なんで、なんで…

気がつけば僕はプライドをそのまま抱きしめ返していた。

言葉に出来ないのが歯痒い。この気持ちがこのまま温もりになって全部プライドに伝われば良いのに。

じっとプライドか泣き止むまでそんなことを考えていたら、突然プライドの吐息が耳元に響き、続けざまに囁かれた言葉に僕は身を凍らせた。

「もし…私がっ…最低な女王に…ったら、…ちゃんとっ……私を殺してね…」

思考が、止まる。

聞き違いか、空耳か疑うまでにもかなりの時間が掛かった。

もう、プライドから衝撃的な言葉を受けることなんて二度と無いと思ってた。

なのにその言葉はまるで刃物のように、鋭く、深く僕の心臓を突き刺した。

言葉も思考も何もかもが真っ白で。

あんなに熱くなっていた身体が、今度は恐ろしい早さで汗とともに引いていく。

殺す…?

嫌だ、と。彼女の言葉をやっと飲み込みきれた時、一番最初にそう思った。

嫌だ、この人を殺したくない。

こんなに優しくて素敵な人を。

気がつけば、嗚咽も収まりプライドはそのまま寝入ってしまったようだった。

プライド…?と声をかけて背中に回した手に再度力を入れても反応がないのを確認し、天井を見上げる。

この人は何をそんなに恐れているんだろう。

こんなに優しくて、国を想って、学問にも優秀なこの人が、なんで自分を最低な女王になると思うのだろう。

わからない。でも、いつも笑顔で、僕一人なんかにも色々な責を負ってくれる、お人好しなこの人にも、恐いものがあるというのなら。

「僕が守るよ」

返事がないであろうその背中に、ステイルは一人呟く。

そして、プライドの背中をぎゅっと抱き締めて目を閉じた。

ーこの国の第一王女を細い両腕に抱き、少年は再び眠りにつく。

小さな決意をその胸に宿して。