軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十三話:崩れゆく権威、不燃の幻影

天文六年 十月 / 西暦一五三七年 十月

視点:足利 義晴(将軍)

京の室町御所。その奥深くで、私は冷え切った空気の中に座していた。目の前には、三好の領内から秘密裏に持ち込まれた「奇妙な塊」が置かれている。三郎という四歳の稚児が「コンクリート」と呼んだ、灰色の石の如き 礫(つぶて) だ。

「……高基よ。これが、火を寄せ付けぬというあの城の『皮膚』か」

問いかける私の声は、自分でも驚くほど震えていた。側近の細川高基は、苦渋に満ちた表情で深く首を垂れる。飯盛山城に築かれた壁の一部だというその破片は、試しに火を放ち、大槌で叩かせても煤がつくのみで、崩れる気配すらなかったという。さらにその内部には「竹の骨」が仕込まれており、衝撃を受けてもひび割れるだけで容易には砕けない。私はその灰色の塊を手に取った。重く、そして冷たい。これまでの城は、木と土で造られた「生き物」のようなものだった。火に弱く、常に手入れを要し、いつかは朽ちる。それが武士の無常観でもあったが、これは違う。これは、時を止め、死を拒絶する「無機質な怪物」であった。

恐怖は城だけに留まらなかった。高基が差し出した一挺の鉄砲は、三郎が「規格化」したという新式の火縄銃だ。これまで鉄砲の修理には腕利きの鍛冶が付きっきりで当たる必要があったが、この「三郎式」とやらは、あらかじめ作られた部品を入れ替えるだけで誰でも直せるという。高基が目の前で鉄砲のネジを外し、別の鉄砲の部品と入れ替えてみせる光景に、私は目眩を覚えた。武芸とは鍛錬によって培われる個の力であり、道具とは名工の魂が宿る一品ものであったはずだ。それが、四歳の稚児の手によって「替えのきく部品」へと成り下がった。名もなき足軽が、誰でも同じ性能の鉄砲を持ち、誰でも同じように壁を直せる世界。そこにはもはや、家柄も、伝統も、将軍の権威さえも入り込む余地がない。あの稚児は天下を獲るつもりではなく、この国そのものを、我らの知らぬ「別の何か」に作り替えようとしているのだ。

かつて、足利の血は尊貴の象徴であった。だが、三郎という存在は、その血を「道具」として利用しているに過ぎない。阿波公方の正統後継者という立場を盾に、誰も口出しできない空間を作り上げ、その中でひたすら物理という名の魔術を練り上げている。奴を京へ呼び戻し、幕府の役職を与えて御所に閉じ込めておくことはできぬかと高基に問うたが、返ってきたのは絶望的な答えだった。三好長慶は三郎を「黄金を産む神」として奉り、町衆は三郎が造った壊れぬ橋を渡り、冬でも暖かい石の家に住み、幕府の重税よりも三郎の「技術」を信じ始めているという。外から聞こえる町衆の活気ある声が、今の私には幕府への 弔鐘(ちょうしょう) のように聞こえた。私は、手に持っていたコンクリートの塊を床に落とした。カラン、と乾いた音が、静まり返った御所に響く。

三郎は、刀を振るうわけではない。大軍を率いて攻めてくるわけでもない。ただ、街道を整備し、橋を架け、壊れぬ壁を造る。それだけで、千年の歴史を持つ幕府の権威が、足元から砂のように崩れていく。足利三郎維直——お前は一体、何を見ているのだ。四歳の瞳に、何百年後の景色が映っているというのだ。私は、空虚な玉座に深く背を預けた。羅生門の向こう側で、音もなく膨れ上がる「石の巨神」。その影が、今まさに京の都を、そして私という存在を、飲み込もうとしていた。