作品タイトル不明
第四十一話:鉄の鳴動、稚児の咆哮
天文六年 九月 / 西暦一五三七年 九月
硝石の国産化に目処をつけた三郎が次に取り組んだのは、鉄砲本体の「規格化」であった。
当時の種子島(鉄砲)は、刀鍛冶が一本ずつ手作りする工芸品に近い。ネジのピッチも銃身の内径もバラバラで、部品の互換性など微塵もなかった。
(……戦場で部品が壊れるたびに職人を呼ぶなんて、現場の 運用(オペレーション) としてあり得ない。必要なのは、誰が作っても同じ性能を発揮し、戦地で部品交換ができる『工業製品』だ)
三郎は、三好家の抱える職人たちを集め、木の板に刻んだ「基準ゲージ」を配った。
「この隙間に通らないネジは全部ゴミだよ。作り直して」
四歳の少年にそう言い放たれた名工たちは、当初こそ激昂したが、三郎が示した「図面」通りに組まれた銃が、驚異的な命中精度とメンテナンス性を発揮するのを見て、沈黙せざるを得なかった。
この「三郎式・規格化鉄砲」の噂は、即座に経済の要衝・堺へと届いた。
莫大な利権の香りを嗅ぎつけた堺の会合衆たちは、三郎に対し、驚くべき提案を持って現れた。
「公方様。その『規格』の権利、我ら堺の商人が一括で買い取りましょう。代わりに、三好家には今後、最優先で鉄砲と弾薬を回すことをお約束いたします」
それは一見、三好家にとって有利な条件に見えた。しかし、その本質は「三郎の技術をブラックボックス化し、堺が天下の武器流通を独占する」という、技術的植民地化の提案であった。
「……断るよ。僕の設計図は、特定の誰かが儲けるためのものじゃない」
三郎の冷淡な拒絶に、商人の代表は顔をこわばらせた。「……左様でございますか。では、今後、堺を経由する『鉛』や『鉄』の価格が跳ね上がることになりますが……それでもよろしいのですな?」
堺による露骨な原材料の差し押さえ。事実上の経済制裁である。
だが、三郎は動じなかった。彼はすでに、堺を回避するための「逆転の設計図」を完成させていた。
「長慶、国友(近江)と根来(紀伊)の職人たちに、この『新規格の図面』を無料で配って。……ただし、一つだけ条件をつけて」
三郎が提示した条件は、「 三郎式規格(サブロウ・スタンダード) 」を採用する全勢力間での、部品と弾薬の相互融通であった。
(……堺が供給を絞るなら、堺以外の場所をすべて『共通規格』で塗りつぶしてしまえばいい。そうなれば、独自規格に固執して高値を吹っ掛ける堺の鉄砲は、市場から自然に淘汰される)
それは、武力による封鎖よりも残酷な、「 市場標準(デファクトスタンダード) による追放」であった。
数週間後。三郎の狙い通り、堺の商人は窮地に陥った。
三郎が図面を無償公開したことで、各地の鍛冶集団が「三郎式」で繋がり始め、堺を通さない新しい物流ネットワークが誕生したのである。
焦った堺の使者が再び羅生門を訪れたとき、三郎は試作されたばかりの「規格化鉄砲」を手に、演習場にいた。
「……おじさん。僕が言った『安全第一』は、自分の商売だけが安全ならいいっていう意味じゃないんだ」
三郎が引き金を引く。
ドォン、という重厚な爆鳴と共に、百歩先の標的が正確に撃ち抜かれた。硝煙の向こう側で、四歳の公方は冷徹なエンジニアの瞳で商人を見据えた。
「ルールを書き換えるのは、金じゃない。……物理と、それを扱う知恵だよ」
その小さな咆哮は、古い商慣習と武士の常識を同時に粉砕した。
三郎の手によって、戦国の軍事バランスは、もはや後戻りできない領域へと加速していく。