軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-8

「さあ、こんなことがあったばかりで気まずいだろうから、ヴァーミリオン嬢は王家の馬車で送ろう。……モーンフィールド侯爵は、なにも気にしないでくれたまえ」

ハーヴェイが手を差し出してくる。

「お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。ハーヴェイ殿下」

ありがたい提案を、アリスは素直に受け入れた。

婚約の解消が決まった相手と、同じ馬車で帰るなんてさすがに無理だ。

「乗りかかった船だからね。騎士として、当然だ」

申し訳なく思いながら、アリスはそっとハーヴェイの手を取った。

社交界デビュー前に婚約していたから、エイルマー以外の男性の手を取るのは初めてだった。なんだかおかしな気分だ。

アリスはそのままエイルマーのほうを振り向かずに、東屋から離れた。

もう舞踏会を楽しむ気にはなれなくて、ハーヴェイが用意してくれた馬車に乗り、帰途につく。

紳士なハーヴェイは、馬車に同乗しきちんと送り届けてくれるつもりみたいだ。

「ところで、ヴァーミリオン嬢。……さっき、侯爵を殴ろうとしていなかったか?」

「……そんなことは……ありません、わ」

さすが、二十歳にして騎士団長を務める剣士だ。

彼は、アリスがあの東屋で、暴力行為に及ぼうとしていたことに気づいていたらしい。

けれど、殴って解決するという発想が野蛮すぎて、アリスは素直に認められなかった。

「……そう?」

にこやかな表情は「すべてわかっている」と言いたげだ。

アリスは馬車の座席に座ったまま、頭が膝につくほど思いっきり頭を下げた。

「申し訳ございません! ……それが殿下の策だと勘違いしてしまいました! 事件を起こし、エイルマーと父の両方から失望されたら、結果としてうまく行くはずだって……そう思って……」

「確かに、そういう手もあったかもしれない」

「やはり……殿下もその手をお考えでしたか……?」

「いいや、まったく考えていない。私は騎士だけれど、平和主義者だから。話し合いで解決できるものならそうするよ。ヴァーミリオン嬢は、さすがにホールデンの血族と言うべきか……」

母方のホールデン子爵家は血の気の多い一族である。

普段はできるだけ普通の令嬢でいようと思っているのだが、しっかりその血を継いでいることは疑いようがない。

アリスは、ハーヴェイの言葉を否定できなかった。

「ひとまず、頭を上げてくれないか? ずっとそうしていると乗り物酔いになるかもしれない」

「はい。お気遣いに感謝いたします」

素直に頭を上げ、ハーヴェイを正面に見据えた。

「……というわけで、侯爵とはお別れできそうだが、問題は父君のほうだ」

アリスは頷く。エイルマーから言質を取っても、終わりではなかった。

むしろ、父への対処のほうが難しい。

「はい、エイルマー……いいえ、モーンフィールド侯爵様が婚約の解消を申し入れたら、父が四年前の真実を打ち明けてしまう可能性があります。そうしたら、間違いなく侯爵様の気が変わってしまうでしょう」

やはり、仮に剣姫だとバレてもエイルマーの恋心が蘇らないくらい、徹底的に嫌われておいたほうが楽だったかもしれない。

つまり、殴っておけばよかったのだ。

「不穏なことを考えていないか? もちろん、策はあるから安心してくれ」

「……申し訳ありません」

感情が筒抜けで、アリスは顔を真っ赤にした。

「父君には、こう話せばいい……『モーンフィールド侯爵が四年も必死に捜していることを知りながら、故意に黙っていて、今更打ち明けたら……侯爵はさぞお怒りになるでしょうね』……と」

確かに、エイルマーが初恋の剣姫を捜し続ける羽目になったのは、アリスの父のせいだった。打ち明けたら、機嫌を損ねるのは間違いない。

「ですが……侯爵様は半年後に……」

黙っていても、結局アリスの父は半年後にエイルマーの不興を買う。

しかも父が黙っていた場合、エイルマーは本来結ばれるはずだった剣姫との結婚が叶わなくなる。

そのとき侯爵家と伯爵家の関係は、間違いなく壊れるだろう。

だったら、今の段階で打ち明けたほうが、父にとっては被害が少なくて済む。

アリスの父は娘の感情など無視をして、そういう計算をするに違いない。

けれど、ハーヴェイは首を横に振る。

「父君は騎士の権限を知らないだろう? ……半年後にどうなるのか、わざわざ教える必要なんてない」

「確かにそのとおりです」

もしも知っていたら、エイルマーが騎士になった時点で、相当焦り、なにか対策をしていたはずだ。

「父君は、確実に侯爵の不興を買う選択をするだろうか?」

騎士の権限を知らない父は、婚約解消で失うものを「格上の侯爵に望まれる、理想的な令嬢を育てた」という肩書きだけ――と、考えるだろう。

しかもその娘というのは、父個人にとってとくに必要のない存在。

四年間黙っていたことで、エイルマーに嫌われるよりはよほどいい。

「……もし、それでも説得材料が足りないというのなら、仮に侯爵夫人となったら、身分を笠に着て生家に嫌がらせをするかも……とほのめかしてみたらどうだろうか?」

アリスを侯爵家に嫁がせても、ヴァーミリオン伯爵家に利点はない。

むしろ損害が生じると思わせるのは、かなり有効な手だった。

「そこまでしなくて済むことを祈っておりますが、殿下の授けてくださった策で父と戦います」

「うん。ホールデン子爵家には、私から話を通しておくよ」

「……は、はい。ご配慮感謝いたします」

アリスはそう言いながら、ほんの少しの違和感を覚えていた。

なんだか、ハーヴェイに出会ってからすべてが順調に行きすぎている気がした。