軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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事件から一週間ほどで、第三部隊の隊員たちが復帰した。

壊れ、失ったものは元には戻らないけれど、ハーヴェイや二人の副団長の統率力のおかげで、表面上、騎士団としての機能は完全に回復したと言っていいのだろう。

ジュリエットもまだ空元気に見える日もあるけれど、しっかり任務をこなすようになった。

そしてあっという間に大使たちが帰国する日が迫ってきた。

出立一日前のこの日は、予定どおり二度目の舞踏会が開かれる。

アリスはハーヴェイが手配してくれた水色のドレスを着て、舞踏会に参加した。

今日は義父テレンスがアリスをエスコートしてくれる。

会場に入ってすぐ、ジュリエットの姿を見つけた。

「アリス……! 素敵だわ」

あちらも気づいて、アリスのほうへ駆け寄ってくる。

アリスと同じく父親にエスコートされているジュリエットは、フリルたっぷりのピンク色のドレスを着ていた。

「ジュリエットさんも、とても可愛いです」

「フフフッ、当たり前よ!」

ジュリエットは本当に、自分に似合う装いがなにかをよくわかっている人だ。

子世代が交流を深める中、親同士のあいだには不穏な空気が漂っていた。

「あぁ……ホールデン子爵、ご無沙汰しておりました」

「こちらこそ、お久しぶりです。ノックス男爵……」

「いつかの剣術大会で、あなたに手を抜かれたとき以来でしたか」

「そのときは確か、代わりに息子のランドルがお相手したはずですが?」

不仲というのは本当らしい。

これから決闘でも始めそうな勢いだった。

するとジュリエットがアリスの耳元に唇を近づけて、こっそり補足をしてくれた。

「うちのお父様……現役時代のホールデン子爵に、剣術勝負で負け続けていたらしいの。一度だけ勝ったけれど、あなたのお父様が本調子ではないときで、しかも決勝戦でホールデン副団長にボッコボッコにされちゃったのよ」

アリスもうろ覚えの記憶をたどる。

確か、アリスがヴァーリミオン伯爵家に戻ったあたりの出来事だったはずだ。

テレンスが戦の最中に負傷したのが五年前。

わりとすぐに、日常生活には困らないくらいの回復はしていたのだが、騎士としては引退することになった。

それでも、ホールデン流の剣術を教える指導者としては現役であり続け、四年前は剣術大会に出ていた。

けれど最盛期の頃のようにはいかずに、ジュリエットの父であるミッチェル・ノックスに敗北している。

ミッチェルは、最強だった時代のテレンスに勝利したかったのだろう。

「隠居のあなたと、現役の私……時が流れるのは早いものですな……」

ミッチェルの嫌味を聞いたテレンスの顔が引きつる。

「ノックス男爵、私はべつに隠居したわけではないし、その後もハーヴェイ殿下の剣術指南役として働いているのだが……?」

「ほほう、ホールデン子爵はまだ現役だと? ならば、勝負だ! 今、ここで」

「受けて立とうではないか!」

テレンスは上着のボタンに手をかけた。

とんでもない喧嘩っ早さだ。

「ちょっと! お父様たち、今日のお役目は娘のエスコートでしょう? 馬鹿なことを言わないでちょうだい」

ジュリエットが声を荒らげるけれど、すでに届かない。

二人で連れ立って、舞踏室の外へと消えてしまった。

(……なぜ、剣術家って……こんなにも血の気が多いの?)

出会って挨拶をしただけで決闘に至る彼らの発想が、アリスには理解できない。

二人とも剣を持っていないから、そのあたりで体術の勝負でも始めてしまいそうだ。

「ジュリエットさん、私……ランドル兄様にこの件を伝えに行きます」

「それがよさそうね」

踵の高い靴を履いているアリスでは、彼らに追いつけない。

アリスは慌てて、今日の警備責任者であるランドルの姿を捜した。

幸いにして、部下に指示を出す彼の姿はすぐに見つかる。

急ぎ事情を話すと、ランドルは大きなため息をつく。

「……ったく、なんて大人だ……」

ランドルはかなり嫌そうにしながらも、父親たちを確保すると約束してくれた。

ハーヴェイと並んで、国内最強の剣士であるランドルが対応してくれるのなら、あの二人は早々に捕まるだろう。

(というか……私、一人になってしまったんですけれど……!)

せっかく久しぶりに舞踏会に参加したというのに、エスコート役がいなければ壁の花だ。

困っていたところに、ヨルクが近づいてきた。

「あぁ……アリス殿。今宵のドレスはまるで妖精のようだ……。明日、あなたを攫って一緒に帰国したい」

絶対に悪意はないし、今日は酔っていないみたいだけれど、アリスはヴァルシュタイン帝国流の口説き文句に慣れず、困惑してしまう。

「あ……あの……」

なんと反応すればいいのかわからずにいると、急に肩にポンと手が置かれる。

そちらのほうへ視線を向けると、気配もないままハーヴェイがアリスの隣に立っていることがわかった。

「……お褒めに預かり光栄だ。ヨルク殿」

華やかな場に合わせて、今日のハーヴェイは騎士団長のマントを羽織っている。

そのせいでいつもの数倍神々しかった。

「ハーヴェイ第二王子殿下? 私は、あなたを褒めたわけではありませんよ。アリス殿を称賛し、これからダンスに誘う予定なのですが!」

「このドレス……私が選んだんだ。だから、その言葉は私がいただいておくことにする。ドレスを手配した者にダンスのパートナーとなる権利があると思わないか? すまないが、ヨルク殿にはご遠慮いただきたい」

アリスには、ハーヴェイの言動が信じられなかった。

ドレスを手配してくれた礼をしに行った際、彼はアリスを誘ってはくれなかったのだ。

毎回、困っているときに現れて、助けてくれる人だけれど、距離を取られている感覚があった。

そんなハーヴェイが、いつになくはっきりとした主張をするものだから、驚いてしまった。

「ハハハッ。なにをおっしゃるのですか? 殿下は、部下の恋愛や結婚に口を挟まないのではなかったのですか?」

ヨルクは顔を引きつらせている。

「方針を変えさせてもらうことにした」

「……なぜ?」

「第二王子、そして騎士団長としての私は、アリス殿のお相手に口を挟む立場ではないけれど、私人としては別だったと……ようやく気づいた」

心臓がドクンと跳ねる感覚がした。

アリスは、ハーヴェイに距離を置かれると悲しいし、私的な交流を望まれると嬉しく感じる。

そういう自分の想いに、ちゃんと気づいていた。

「できれば、一生失念したままでいただきたかった。……ですが、そのドレスが殿下の贈り物であるのなら、今日のところは私の負けですね」

「バルヒェット伯爵様……申し訳ございません」

アリスは平謝りするしかない。

ドレスを手配してくれた相手だからという理由ではなく、アリスは今、ハーヴェイと踊りたいと感じていた。

「いいえ。紳士は引き際をわきまえておりますゆえ……。ですが、諦めたわけではございません。次の機会まで、楽しみは残しておきましょう」

ヨルクは片目をつぶって、手を振りながらアリスたちのそばを離れていく。

明日で帰国する彼だが、パトリシアとヴァルシュタイン帝国王太子が結婚するときまで、定期的に関わることになるはずだ。

対応に困ることばかりだったけれど、会いたくないとは思わない。

本当に不思議な人だった。

ヨルクの姿が見えなくなったところで、ハーヴェイがアリスの正面に回り込み、手を差し出してきた。

「アリス・ホールデン嬢。一曲お相手いただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、ハーヴェイ殿下。よろこんで……」

アリスは迷わずその手を取る。

婚約が破談となり、苗字や住まいが変わり、騎士となってから初めてのダンスを、ここまで導いてくれたハーヴェイと踊れることが嬉しくて仕方がない。

やがて最初の曲と同時に、二人はステップを刻んだ。

目が合うと、ハーヴェイは照れくさそうにしながらほほえんでくれる。

「私は、その……君への恩を陰ながら返すことが正しいと……ずっと思ってきた。モーンフィールド侯爵との婚約解消には協力したが、それは君が彼から逃れたいと言っていたからであって、私が先に動いたわけではないんだ」

「もちろん、存じ上げております」

「だから、君が誰か新しい婚約者を得ることがあったとしても、応援しなければならない立場なのだが……」

アリスは彼から目を逸らさず、次の言葉を待った。

「ヨルク殿は悪い人ではないと思う。それなのに私は今……思いっきり邪魔をしている。どうやら、信奉心が私より薄い者がアリス殿に近づくことが許せないらしい」

「信・奉・心……?」

予想外――というか、相変わらずの言葉が出てきて、アリスは唖然としてしまう。

それでもハーヴェイは、ダンスを続けながら、至って真面目に語った。

「あぁ……だから、私よりも君を崇める心を持ち、常に君を最優先に考え、けれど君のしたいことを決して妨げず、私より強く、能力的にも勝る者が現れる日まで、どうか……そばにいさせてほしい……」

ハーヴェイは国一番の剣士である。

そして、アリスという平凡な子爵令嬢を信奉している変わった人は、今のところ彼だけだ。

だから、彼の基準を満たす人物が、アリスの前に現れることは絶対にないのだが……。

(でも……ということは、仮にハーヴェイ殿下よりすごい方が現れたら、それで満足なさって、私に関わることはなくなるの……?)

だとしたらハーヴェイの想いは愛や恋ではないのだろう。

まるで「娘はやらん」系の父親だ。

アリスはそれをどこか残念に感じていた。

「ダメだろうか?」

捨て犬みたいな顔をして許可を求めてくる彼を、困らせることなどできない。

「いいえ……そんなことはありません。これからも、よろしくお願いいたします」

アリス自身、ハーヴェイへの好意が恋心なのか、助けてくれた人に向ける好意なのか、よくわかっていない部分がある。

(だから、まぁ……今はこのままでいいのかもしれない……)

ゆっくり考える時間がもらえたのだ。

今夜は楽しいひとときを一緒に過ごせただけで、満足だった。

翌日、ヨルクたちヴァルシュタイン帝国の大使一行が帰国していった。

そこからは騎士として宮廷を警備し、パトリシアの護衛を務める日常を送る。

マルヴィナ捕縛の功績で、アリスとジュリエットには半年を待たずに正騎士となる権利が与えられたのだが、二人ともそれを辞退した。

慕っていた相手を捕まえた功績で正騎士になったとしても、誇れないからだ。

そうして、入団から半年――。

アリスたち三人は見習い期間を終えて正騎士になった。

すでにエイルマーも朱鷲騎士団の正騎士になっているはずだ。

ハーヴェイが進めた法整備のおかげで、事件の資料から剣姫の正体がバレる心配はなくなった。

知っていて教えないことに少しの罪悪感はあるけれど、アリスとしては自分の平穏を優先することに躊躇いはなかった。

このまま一生秘密は知られずに、彼との関わりはなくなる――そう、信じていた。