軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◆傍観者ブラッドリー・ラドクリフ

王族と大使一行が参加した昼食会のあと、ブラッドリーは馬車に乗り、ヨルクを公爵邸に送り届ける役割に就いた。

(大変な一日だった……)

その原因はヨルクである。

彼は、五年前まで戦をしていた微妙な関係の国からやって来た大使だ。

それなのに、歓迎の行事の最中に、なぜかアリスを口説いたのである。

(友好的ならば、それでいいというわけではないのに……まったく……! もう少しご自身の立場を考えてほしい……)

帝国からの花嫁を受け入れたため、ラドクリフ公爵家は親帝国派の筆頭だ。

もし、再び二国間の争いが起こったら、公爵家は難しい判断を迫られることになる。

実質的な人質でもある義姉をどう扱うかが問題だ。

離縁し、帝国に送り返すことになるかもしれないし、最悪の場合世論が人質の処刑を望む可能性だってある。

長兄と義姉は、完全なる政略結婚で結ばれつつも、互いを尊重し合う仲のよい夫婦だ。

当然、二人は自分たちが引き離されることなど受け入れないだろう。

公爵家の家族も長兄夫妻の幸せを願っている。

だからなんとしても、二国間の友好関係を死守したいのだった。

ブラッドリーはそのために騎士となった。

そのため今回、ヨルクを守り、支えるのは当然なのだが……。

「あぁ……金糸雀……」

うっとりとした瞳で窓の外を眺めるヨルクは、大変面倒くさい。

(ヨルク殿って……こんなに変な人だったっけ? それともノックスが言っていたみたいに、ホールデンには男を面倒くさい人間に変えてしまう天性の才能があるのか?)

先月、女性騎士たちが休日を一緒に過ごした際に、ジュリエットもアリスの事情を聞いたらしい。

以降ジュリエットはアリスのことを「魔性の女」と認定し、度々からかっているのだ。

冗談だと思って聞き流していたブラッドリーだが、じつは的を射ていた可能性が出てきた。

(そういえば……ハーヴェイ殿下も、昔は普通の王子だった)

ブラッドリーはハーヴェイのいとこだから、幼い頃から親交を持っていた。

四年前までは理想的な第二王子だったハーヴェイを、剣術馬鹿の信奉者に変えてしまったのはアリスだ。

基本的に悪い方向への変化ではないから、誰も制止しないのだが、昔から彼を知っている者の戸惑いは大きかった。

そして、情熱的な男性が多い帝国人であったとしても、ヨルクは優秀な外交官で大貴族だ。

穏健派であり、かなり評判のよい人物のはずなのに、今回に限って突飛な行動を取った。

アリスは確かに、可愛らしい見た目をしているし、素直なのでそれなりにモテて当然ではあるのだが、二人の男が理性を失うほどの美貌の持ち主とは言えない。

だったら容姿以外に異性を引きつけるなんらかの要素があり、それを「魔性」と仮定することは間違っていないように思えた。

(同期で関わる機会が多いから、僕も気をつけないと……っ! あんなふうにはなりたくない……)

冷静に考えられているうちは大丈夫だと信じているが、ブラッドリーは気を引き締める。

そのあいだ、ヨルクは相変わらずの表情で、ぼんやりとしている様子だった。

まさに恋する乙女である。

「ヨルク殿……ところで金糸雀とは、どういう意味ですか?」

ほかに話題がないため、ブラッドリーは気になっていた質問をぶつけた。

するとヨルクがパッと視線を動かし、ほほえみかけてくる。

「あぁ、聞いてくれるかい? ……綺麗な金色の髪が、昔飼っていた金糸雀のエンゲルちゃんに似ていたんだ」

予想外の答えだった。

ブラッドリーは、早くもくだらない質問をしたことを後悔しはじめる。

「エンゲル、ちゃん……? 飼っていた鳥に似ている……? それを本人に言ったら、普通に嫌がられそうですが。あなたは、ペットと恋愛をするんですか?」

「私はね、ブラッドリー。大人の男だよ。……自分が不利になる発言なんて、本人の前ではしない」

「いや、さっき……『私の金糸雀』って思いっきり言っていたような……」

「エンゲルちゃんのことはきっかけにすぎない。なんというか、皇太子殿下からの贈り物を受け取って喜ぶ、パトリシア王女殿下を見つめる彼女の表情が……とても可愛らしかったんだ。正直、私も……あのようなまなざしを向けられたい」

八歳の幼女を慈しむときと同じまなざしを向けられたい……と、彼は言う。

ブラッドリーには、共感できる要素がまるでなかった。

「恋愛は自由ですし、それが両国の友好に繋がる可能性があるのなら止めはしません。ですが、時と場所は選んでくださいね?」

「……まぁ、できるかぎり、それなりに……善処する」

あまり、善処が期待できない反応だった。

ブラッドリーは、いとこであるハーヴェイを援護するつもりはない。

彼は、堂々とアリスに交際や婚約を申し込める立場にいる。あえてそれをしないのだから、本当に信奉しているだけであり、関係を進める気がないのかもしれない。

部外者は、口出しも手助けもしないほうがいいと思っている。

けれど、アリス個人がヨルクのせいで窮地に陥る事態は、同期の仲間として見過ごせない。

ブラッドリーはしばらく考えてから、アリスの事情を少しだけヨルクに伝えることにした。

「ホールデン子爵家は、反帝国派でも親帝国派でもありませんが、アルヴェリアの剣として、王家に忠誠を誓っている家です」

「つまり、王家に忠誠を誓っているから間接的に親帝国派になっているんだな? 理解した」

ヨルクの言葉にブラッドリーは頷く。

「とくに彼女はハーヴェイ殿下やパトリシア殿下と個人的に親しくて……それゆえに、大使であるあなたと揉めるわけにはいかないんです」

騎士であり、王女の侍女も兼任しているアリスの立場では、大使代表のヨルクの不興を買うわけにはいかない。

これまで王族と外交官たちが協議を重ねて築いてきた二国間の友好関係に、影響を与えかねないからだ。

「……つまり、権力にものを言わせてどうこうするな……と言いたいんだな?」

「ええ、あなたに意見できるのは王族の方々かラドクリフの者だけでしょうから。あえて言わせていただきました」

「わかった、よく覚えておく。……そんなつもりはなかったが、アリス殿を困らせていたかもしれないのだな? 少なくとも、ブラッドリー殿にはそう見えていた……。そこは反省しよう」

今度の返事は、先ほどよりも真剣なものに感じられた。

ブラッドリーはひとまず胸を撫で下ろす。

若干しょぼんとなってしまったヨルクの姿を見て、ブラッドリーは少々言い過ぎだったかもしれないと後悔しはじめた。

(身分の高い者の言葉には強制力がある……だからこそ、相手の心を知る機会がない……)

公爵家に生まれたブラッドリーにも、同じことが言える。

こちらがお願いだと思っていても相手にとっては命令になってしまう。相手の本音が聞きたくても「嫌い」という感情は決して見せてもらえない。

(だから……ハーヴェイ殿下は慎重なのだろうか……?)

だとしてもこのまま動かずにいたら、突然現れたヨルクにすべて持っていかれる可能性がある。

傍観者ではあるものの、親しい血縁者としては、見ていられない。

ハーヴェイには、積極性を持ってほしいなどと、つい余計なことを考えてしまう。

そしてヨルクには少しでいいから自重してもらいたかった。

「どうしたんだ、ブラッドリー殿? 具合でも悪いのだろうか?」

考えごとをして黙り込んでいると、ヨルクに首を傾げられてしまう。

「……いいえ、ただ……足して二で割ったらちょうどよさそうな実例が身近にあったので……」

「それ……私のことではないだろうな? 私は足せないし、割れないぞ……少しでも薄まったらそれはもう私ではないのだから。魅力が半減してしまう」

堂々と、自分が魅力的であるという前提でいるこの青年には、やはり謙虚さが欠けていた。さすがのブラッドリーもイラッとしてしまうのだった。

同時に、ヨルクという人が立てる波風は、ハーヴェイにも変化をもたらしそうな予感がしているのだった。