軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-4

翌日、アリスは普段よりも少しだけ早く出勤して、団長室のドアを叩いた。

もちろん贈り物が入った箱を抱えている。

「失礼いたします。……アリス・ホールデンです」

「アリス殿……? どうぞ」

扉の向こうからハーヴェイの声がした。

「おはようございます、ハーヴェイ殿下」

団長室には、ハーヴェイとランドルがいる。

ハーヴェイがアリスの入室と同時に立ち上がり、笑顔で近くまでやってきてくれる。

一方で、副団長の椅子に座ったままのランドルは顔をしかめていた。

彼にはすでに、アリスが真相に気づいていることを話しているし、お礼の品を準備していることも言ってある。

ランドルはきっと、ハーヴェイからドレスの件を秘密にしてほしいと言われていたため、その約束を守れず気まずいのだろう。

(私が真の依頼主にたどり着いてしまったのは、ハーヴェイ殿下のせいですが……)

巻き込まれたランドルが少しかわいそうだった。

「あぁ、おはよう。昨日は休暇だったよね? きちんと休めただろうか……?」

やや目が泳いでいる。アリスの予定を知っていたくせに、とぼけたせいだろうか。

彼は意外と、演技のできない人なのかもしれない。

「殿下のご配慮のおかげで、充実した一日を過ごせました。……ドレスの手配をしてくださって、ありがとうございました」

途端にハーヴェイが焦り出す。

「いや、その……ど、どうして、私だと思うんだろうか……?」

こんなにも挙動不審なハーヴェイを初めて見る。不敬かもしれないけれど、アリスには彼が可愛く思えてしまった。

「水色のドレスがとても素敵でした。あのようなドレスを、ランドル兄様が用意してくださるはずがありませんから」

ハーヴェイがランドルのほうへ勢いよく視線を動かす。

「ランドル!! 君はそんなに……女性への気遣いがまるでできない男だったのか? 友人として、心配だ」

するとランドルが大きなため息をついた。

「妹は女のうちに入らない。それに、俺が選ぶより自分で選んだほうがいいに決まってるじゃないか。よく考えてくれ」

ハーヴェイは大きく首を横に振る。

「いいや、そんなの紳士ではない。……私は、妹であっても、パトリシアを小さなレディとして扱っているぞ」

「殿下の中でいつ、俺が紳士になったんだ?」

ランドルなら、ドレスの手配をしても、本人と仕立屋にすべてを任せるだろう。

仮にランドルが女性のためのドレスを選ばなければならない事態となっても、おそらく趣味の悪いドレスを選んでしまうはずだ。

「そんな性格だから、恋人ができないんだ。嘆かわしい!」

「……いや、どう考えても……気遣いができるのに恋人がいない男のほうが問題あるだろう? 普通にやばいと思うぞ?」

「くっ! 否定できない自分が情けない」

言い争いは、ランドルの勝利で終わりそうだった。

「あの……それで、今日はハーヴェイ殿下にこちらを……」

タイミングを見計らい、アリスは贈り物が入った箱を差し出した。

「これは……っ!」

「お礼です。中身はティーカップとソーサーです」

ハーヴェイの目が見開かれる。

彼に箱を受け取ってもらおうとしたのだが……。

ハーヴェイの身体が震えだし、カクカクと不自然に動く。そしてまばたき一つしないまま真横に倒れた。

「ハーヴェイ殿下!?」

受け身すら取らず、思いっきり肩と頭を床にぶつけている。

「ランドル兄様! 殿下が……殿下が……っ!」

アリスは急ぎ箱を机の上に置いてから駆け寄って、頭を揺さぶらないように注意し、ハーヴェイを仰向けに寝かせた。

まずは呼吸と心拍の確認を行う。

幸いにしてハーヴェイはしっかりと息をしていた。

「……あぁ、おまえ……なんてことをしたんだ……」

のんびりとした口調でそう言いながら、ランドルが近づいてくる。

「私はなにも……」

「いやいや、崇められている自覚はあるんだろう? 殿下に過度な刺激を与えるときは、せめて座った状態でやってやれよ。繊細な人なんだから」

「そんなこと、言われましても」

贈り物を買ったことも、朝一番に渡すことも、ランドルは知っていた。

だったら、先に忠告してくれたらよかったのだ。彼もきっと、こうなるとは思っていなかったに違いない。

それならば、付き合いの浅いアリスがわからなくて当然だ。

ちょうどそのとき、もう一人の副団長ティンダルが部屋に入ってきた。

「……ふぅ……この年齢になると夜勤は疲れるな……って……これはどういう状況だろうか?」

「おはようございます。ティンダル副団長」

「あぁ……おはよう。それで、なぜ殿下が倒れているんだ?」

アリスはハーヴェイが気絶してしまった経緯を掻い摘まんでティンダルに伝えた。

すると彼はあきれながらも、ハーヴェイを壁際のソファまで運ぶ手伝いをしてくれる。

ランドルが脇のあたりを持ち上げ、ティンダルが脚を抱えて雑にハーヴェイを運ぶ様子を、アリスはハラハラしながら見守った。

「アリス、殿下に膝枕をしてやれよ」

「……やめたまえ。団長室で死亡事故を引き起こすな」

ランドルがふざけて、ティンダルがそれをたしなめる。

アリスはもちろん、膝枕をしようとは思わない。

しばらく見守っていると、ハーヴェイはもぞもぞと動きはじめた。

「ハーヴェイ殿下! ご無事ですか?」

ソファからやや距離を取りつつ、アリスは問いかける。

始めはぼんやりと天井を見つめていたハーヴェイだが、やがてゆっくりと半身を起こし、ソファに座った。

「すまない。恥ずかしい姿を見せてしまったね? 気にしないでくれ」

かつてないほどさわやかな笑顔だった。

「はい……気にしません……」

深く考えたり、どうして気絶したのかを問いただすと、面倒なことになりそうだった。

だからアリスは思考を放棄して、ソファに座ったままのハーヴェイに再び箱を差し出す。

ハーヴェイは、今度こそしっかりと受け取ってくれた。

安定しているソファの座面に箱を置いて、リボンを解き、慎重にカップを取り出す。

じっくりと眺め、うっとりとしながら長いため息をついた。

「ありがとう……家宝にするよ」

「家宝……って。王族がそれを言ったら、ほぼ国宝だぞ。アホか」

ランドルからの指摘に、ティンダルも深く頷いていた。

準騎士の給金で買える範囲の贈り物を国宝扱いにしたら、一大事だ。

「殿下。私のほうこそ……水色のドレスは大切にさせていただきます」

「うん。……アリス殿は、独身の騎士が優先して舞踏会に出席できることを知っているだろうか?」

「はい、先輩方のお心遣いですよね?」

事前にランドルから聞いていたため、そのことはアリスも承知している。

「……準騎士三人には、日程後半の舞踏会に参加する権利が与えられるだろう。そのときに、あのドレスを見せてくれると嬉しい」

「必ずそういたします」

一緒に踊ろうという誘いはない。

アリスはそれをなんとなく残念に感じている自分に気がつく。

(いけない……! 王族の方とダンスがしたいだなんて……思い上がりだわ)

アリスは調子に乗らないために、いっそう気を引き締めなくてはならないのだった。