軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-1 新しい家族と入団試験

アリスはホールデン子爵家のエントランスホールで、伯父夫妻の出迎えを受けた。

「おぉ、アリス……よく来たな」

アリスの伯父テレンス・ホールデン子爵は、長身で肩幅の広い、屈強な紳士だ。

現在五十歳だが、十歳くらいは若く見えるだろう。

任務中の負傷がきっかけとなり、騎士としての役割は息子に任せ、今は子爵として領地の管理などをしている。

それでも日々の鍛練を怠っていないことが、その体つきから察せられた。

「今日から、私たちのことを、お父様、お母様……と呼ぶのよ、アリスちゃん」

そう言ってくれたのは、伯母のルシールだ。亜麻色の髪の優しそうな女性である。

剣術とは無縁の人だけれど、怒らせたら怖い人で、テレンスやランドルは頭が上がらないみたいだ。じつは、ホールデン子爵家の権力者である。

「はい! お父様、お母様……お世話になります!」

挨拶が済んでから、私室へ向かう。

十四歳まで使っていた部屋で、最近でも頻繁に出入りしていたため、勝手知ったるという状態だった。

歳の近いメイドのヴィオラに手伝ってもらいながら、少ない荷物をクローゼットに押し込み、着替えをする。

シャツとズボン……伯爵令嬢とは思えないほどの軽装になった。

「よし!」

ドレスはしわにならないようにハンガーにかけて、裏庭に出る。

そこでは威勢のいい声が響いていた。

(ランドル兄様と……ハーヴェイ殿下!?)

非番であれば、ランドルがここにいるのは当然だ。

けれど、ハーヴェイの訪問は予想外で、アリスとしては驚きが隠せない。

真剣な様子で打ち合いをしていたため、気軽に声をかけられる雰囲気ではなかった。

アリスは、しばらく裏庭の隅で二人の様子を見学させてもらった。

(二人とも……本当に強い……!)

ハーヴェイは、すらりとした体型と長い手足を活かした素早い剣。

ランドルは、とにかく腕力で押してくる強者の剣……。

嫉妬すらできない領域に到達している者同士の戦いだった。

(ランドル兄様が強いのはもちろん知っているけれど、ハーヴェイ殿下は……)

四年前は細身で、剣術が得意なようには見えなかった。

もちろん彼が名誉職的な騎士団長ではないことは聞いていたけれど、ここまで強いとは思っていなかった。

(私、本当に……白鹿騎士団に……入れるのかしら?)

彼らの実力を見て、尻込みしそうになり、けれどかぶりを振って弱い心を追い出す。

生まれ持った体つきの違いが努力で補えないことはあるけれど、これからは隠れて剣を振るう必要はないのだから、もっと強くなれるはずだ。

それに、ハーヴェイは女性の騎士を必要としていると言っていた。

アリスにしかできない役割がきっとあるはずだ。

結局、勝敗はつかないまま、打ち合いは終わる。

そこでようやく二人と目が合った。

「アリス殿じゃないか! おはよう。いい朝だね!」

黒い髪に夜空を映した色の瞳。黙っていると冷たい印象のハーヴェイだが、アリスには全力で親しみを向けてくる。

呼称が「ヴァーミリオン嬢」ではなく「アリス殿」に変わっている。

これからはランドルと同じ苗字になるので、名前で呼ぶことにしたのだろう。

とてつもなく、恐れ多いことのような気がした。

「ハーヴェイ殿下。おはようございます。この度は、ご助力ありがとうございました。おかげ様でこうしてまた自由に剣を振るうことができます」

「君がいなければ存在していない命だ。これからも、どんどん頼ってくれてかまわない」

「寛大なお言葉に、感謝申し上げます」

先日の舞踏会でのアリスは、裏切りに遭ったせいで、平常心ではなかった。

だからつい、ハーヴェイに愚痴を聞いてもらってしまったが、本来なら許されないことだろう。

恩人だからという理由で、いつまでも図々しい態度を取ってはいけない。

とくに、これからアリスが騎士を目指すのであれば、彼は上官となるのだ。

線引きをするために、アリスは丁寧な言葉遣いと距離感を心がける。

「……」

するとハーヴェイの表情が曇ってしまった。

なにか不興を買うような発言をしてしまったのかもしれないと不安になり、アリスは焦る。

「あ、あの……?」

「私もテレンス殿に師事している。そういう意味で、君のほうが先輩だから、少なくとも私的な用件でここにいるときは、あまりかしこまらずにいてほしい。……私の希望は、負担になってしまうだろうか?」

本当に悲しそうな顔だった。

まるで捨て犬みたいだ。

じっと見つめられ、懇願されると罪悪感が芽生えてくる。

「……わかりました。殿下にお許しいただけるのなら、できる限りそういたします」

「嬉しいよ、アリス殿」

笑顔が神々しい。

ハーヴェイは少し距離感のおかしな王族で、その理由はアリスもわかっているつもりだ。

やはり調子に乗ってはいけないけれど、この屋敷にいるとき限定なら、少しくらい親しくしてもいいのだろうか。

(……そういえば、結局どうしてハーヴェイ殿下がこちらにいらっしゃるのかしら?)

テレンスがハーヴェイの剣術指南役であり、ランドルはハーヴェイの部下だ。

ホールデン子爵家とハーヴェイのあいだには確かな縁がある。

それはわかっているけれど、頻繁に子爵邸を訪れていたアリスとはこれまで顔を合わせていないので、不思議に感じた。

(もしかして、私が今日から子爵家で暮らすことをご存じでわざわざ……? いいえ、さすがにそんなはずはないわよね。ただ、二人で鍛練をしていただけだわ)

自分(アリス) のためにここにいる――一瞬、そんな妄想をしてしまった。

気をつけなければならないというのに、さっそく驕った思考になり、アリスは慌てた。

「なんで変な顔をしてるんだ? アリス……」

挙動と表情がおかしくなっていたのか、ランドルからの指摘が入る。

「なんでもないです。それに変な顔なんてしてないわ! ……それよりも、ハーヴェイ殿下とランドル兄様ってとても仲よしなんですね?」

「……べつに仲はよくないな。普通の上官と部下だ」

「寂しいことを言わないでくれ」

ハーヴェイはランドルの肩に腕を回して、少年みたいに笑う。

ランドルは必死に抵抗して、離れようとしているが、なかなか抜け出せずにいる。

だんだんと体術の掛け合いみたいなことまでやりはじめた。

「ふざけるな、この変態王子! くっついてくるなよ」

「ハハハッ、素直じゃないんだから」

一国の王子に対し「変態」と言ってしまったら、不敬罪になりかねない。おそらくランドルは私的な場で気安い言動が許されているのだろう。

(私に対してもそういうところがあるけれど、ハーヴェイ殿下はとても寛容な方なんだわ……)

いとこで義兄のランドルが、第二王子の大親友だと知って、アリスはなんだか誇らしくなった。

二人はしばらくじゃれ合ったあとに、ようやく離れた。

「じつは、ランドルと二人で、午後からの勤務なんだ。その前に軽く手合わせをしていただけだよ」

仕事の前にあんなに激しい手合わせをするなんて、アリスには考えられない。

努力の結果でもあるのだが、腕力・体力・持久力――どれも女性のアリスでは敵わなくて、二人をうらやましく思うのだった。

「本当に剣術がお好きなんですね? 私も、殿下やランドル兄様に負けないように頑張らないといけませんね!」

「いい目になったね? ……そうそう、入団試験は十日後だから、よろしく」

「十日後ですか!?」

試験があるという話は聞いていたけれど、準備期間が随分と短い。

「白鹿騎士団は三ヶ月に一度、入団試験をしているんだが、十日後がちょうどその日なんだ。おそらくアリス殿を含め、候補者は三名になると思う」

「三名!? 随分と、少ないんですね?」

アリスは一ヶ月ほど前に、朱鷲騎士団の入団試験の様子をエイルマーから聞いていた。

それによれば、あちらも三ヶ月に一度の試験で、毎回五十名ほどの応募者がいるとのことだった。そして受かるのは、十名に満たないという。

宮廷と王族を守護する白鹿騎士団と、都全体の治安を維持する朱鷲騎士団では規模が違うのは当たり前のことだけれど、あまりの差に驚いた。

「そうだね。白鹿騎士団はその性質上家柄が重視されるし、推薦人も必要だから……試験を受ける資格を持つ者が少ないんだ」

この場合の家柄とは、単純な身分の高さではなく、王家からの信頼の厚さである。

アリスは代々騎士を務めてきたホールデン子爵家の一員として、騎士を目指すのだ。

「今回は、ハーヴェイ殿下が推薦人になっているから、恥とならないように、親父にしっかり鍛え直してもらえよ。俺も非番の日は付き合ってやるから」

「はい、兄様! 私、必ずハーヴェイ殿下のご期待に応えてみせますっ!」

フンと鼻息を荒くしながら、アリスは気合いを入れる。

その日は二人が屋敷を出るまでの短時間ではあるものの、ランドルやハーヴェイと一緒に鍛練を行った。

騎士になりたいと最初に思ったきっかけは、テレンスやランドル、そして母が格好よく見えたというだけの子供っぽい夢だった。

それから、四年前の事件を経て、誰かを守れる力を誇りに思うようになったのだ。

あのとき最も守りたいと願っていた相手とはそれぞれ別の道を進むことになり、二度と交わることはないけれど、それで夢が失われることはなかった。

だからアリスは試験までのあいだ、テレンスやランドルが課す厳しい鍛練を根性でこなしていったのだった。