軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ええっ、本当に?」

「一度試して貰ってもいいでしょうか」

先日作った付与付き蚊帳を、あれからアメリアは五張り作った。

そのうちの三つを今日保育園に持ってきている。

数日自宅で使用してみた結果、比較的安全であることは確認できた。自宅と構造が近い保育園なら使ってもらえるかと思ったのだ。

「へえ、普通の蚊帳に見えるけれど。

どういう仕組み?」

「これは、普通の蚊帳に保護魔法でコーティングをして、

外側にだけ細い紐状の火魔法を付与してあります。

魔力を流すと熱を持つんです。

魔虫は酸を体内で生成するとき、魔力を使います。

その魔力に反応して、ほら」

魔力を込めて指で蚊帳をつつく。

赤く発熱する蚊帳を見て、モーリーはあらあら、と声を漏らす。

「私、火魔法は大の苦手で。

燃えるんじゃなくて熱を持つレベルのごく弱いものしか付与できないんです」

炎を出すだけならそこそこできるんですけど、付与はね、

とアメリアは苦笑いした。

「でも、ここの子供たちはみんな魔力がありますし、

コントロールもできていないと思うので、

外側に触れないようにお願いします」

「わかったわ、皆がベッドに入ってから蚊帳をかけるわね」

「お願いします」

そして、残りのふたつはマダム・カリファへ。

「たいしたものねぇ、あなた」

「でも、お店で使うにはちょっと危険かも」

「発熱するからってこと?」

「そうなんです。

生地やドレスが熱で変性したら大変ですし」

特に絹は熱に弱い。

大事な生地の在庫場で思わぬ事故があっても困る。

「じゃカーテンにするのはどう?

蚊帳の生地はもともと薄いものだし、

このままレースカーテンのように窓や入り口に掛けておくの」

蚊帳を広げてその透け具合を確かめながらマダムは言う。

「この火魔法、レースの形にも編める?」

「編めます。

でも、あまり密度が高いと熱を持ちすぎて火災になるかも」

「じゃ、粗いものでいいから模様を編んで付与してみて」

アメリアは火魔法の紐を縒り出すと、蜘蛛の巣のような模様を織って付与した。

「ちょっと不気味でしょうか」

「これはこれでいいわよ。もうちょっとある?」

今度はたゆたう水面の光をイメージし、不規則なかたちに紡いでいく。

次は格子状のパターン。王道のパイナップルレース。

「いいじゃない、これ」

マダムはにっこり笑って、店の奥にいる助手さんを呼び出した。

「店のレースカーテンを新調するわ。

すべての窓と、エントランスにもよ。

採寸と候補の生地をいくつか見繕ってちょうだい」

「承知いたしました、マダム。

街の生地屋に問い合わせます。

どのような生地でリクエストしましょうか」

「とにかく軽く、透けるものよ。

用途は虫除け」

アメリアさん、お仕事をお願いするわ。

両の肩をすくめて、マダムは言った。

「承知致しました」

助手さんが去ったあと、

「つくづく、あなたってアイデアマンよね」

「いえいえ。

何かこの街に貢献できたら良いなと思って」

これはアメリアの本音である。

この街に来た今、何か自分も力になりたい。

「うまく行くといいんですが」

「いくわよ、きっと」

ーーーーーーーー

「ダフネ嬢、お気を落とされず」

「ハルバート様がそのような不実な方だとは」

令嬢たちが口々にダフネに声をかける。

「いったいどんな女ですの?

婚約者がおられる殿方にちょっかいかけるなんて」

「わたくしも、どのような女性かは知らないのです」

ダフネはいつものように眉を下げて言った。

「探しだしてやりましょうよ!」

普段娯楽に飢えた若い令嬢たちは盛り上がっている。

「じゃぁ今、出奔したというハルバート様はその女といるのかしら」

「許せない!ダフネ嬢、そんな殿方捨てておやりなさい!」

今度は夫に不満のあるご婦人方だ。

そんな男と結婚しても報われない、と息巻いている。

「でも・・・ご縁があって結ばれたのです。

わたくしはまだ諦められない」

「ダフネ嬢、なんと健気な・・・」

「ハルバート様はこの献身に報いるべきですわ」

このところ、ダフネはあらゆる茶会や夜会に引っ張りだこだ。ハルバートが別の女に気移りしたらしい、という噂はあっと言う間に社交界を駆け巡った。

実際の『蒼の隊』は長期休暇中という扱いであるが、どうやら実家を出たらしいという事実は少しずつ浸透していったところだった。

お節介な令嬢たちは既にハルバートを捜索し始めているし、

さらに言えば相手の女の顔を見てやろうと色んな人に聞き込みをしているらしい。

『女狐め』

ダフネを囲む人垣を遠くから眺め、

子爵家令嬢であり、ハルバートとアメリアの魔術師としての同期であるルーナは憤った。

なぜ憤っているかというと、先日職場にまで令嬢が押しかけてきたからである。

「ルーナ嬢、お久しぶり」

その令嬢は魔術学校の同級生で、成績は良くなかったため魔術師にはならずに家に戻った令嬢だった。

「ご無沙汰しておりますわ。

どのようなご用件で?」

面談室に通した令嬢に向き合って座ると、令嬢は前のめりに話し出す。

「単刀直入に聞くけれど、

あなたハルバート様の情婦に心当たりない?」

「はい?」

「ハルバート様がご実家を出られたのは知ってる?

どうやら情婦ができて、婚姻を拒んでいるそうよ」

「そ、それは初めて聞きました」

「ご婚約者様のダフネ嬢がおかわいそう。

わたくし、情婦を探し出して、

ダフネ嬢の前に突き出してやると決めたのですわ」

ルーナは気づかれぬよう舌打ちをした。

魔術師としての依頼かと思いきや、くだらない。

「申し訳ありませんが、心当たりございませんわ」

「そうそう、あの孤児はどうしているの?

あの身の程知らずの孤児ですわ。

しばらくハルバート様と親しかったでしょう」

ルーナは明確に苛立った。

「彼女がどうしたというのです」

「いえね、あり得ないことだけれど、

あの孤児が情婦なのだとしたら、

今すぐにでも消してやらないとと思ったんですわ」

あんな女に心移されたとしたら、

たとえハルバート様が戻ってきてもダフネ嬢がおかわいそう。

そう言って令嬢は笑った。

「何が可笑しいか分かりかねますが、

彼女はすでに1児の母。子育てに専念していますよ」

「じゃあ問題ないわね、良かった」

そう言って令嬢は帰って行った。

本当に、貴族令嬢というものは残酷な生き物だ。

学生時代のアメリアへの嫌がらせは苛烈を極めていた。

彼女らの悪いところは、それを「正義」の名の下に行うところだ。

子爵令嬢として参加した夜会で、

ダフネを囲む令嬢たちを眺めていると、

学生時代に垣間見た彼女らのサディズムを思い起こして吐き気がした。

ダフネもダフネだ、あれは分かっていてやっている。

自分が健気に嘆いていれば、

制裁は周りが勝手にやってくれるように操っている。

女狐め。

ルーナがそう憤っていると、その横をひとりの令嬢が滑るように歩いて行った。

「『婚約者がいる殿方』ですって」

扇で口元を隠し、茶色の髪を高く結い上げた令嬢が笑いながらダフネに近づいた。

「ごきげんよう、ダフネ嬢」

「ごきげんよう」

令嬢は扇を下ろさぬまま歌うように告げる。

「ダフネ嬢、『婚約者がいる殿方』とはどなた?」

「失礼な。

ダフネ嬢のご婚約者、ハルバート様ですわ」

義憤に駆られた令嬢がダフネを庇うように言い返す。

「へえ。そうなのかしら?ダフネ嬢」

「何を・・・!」

「あなた方、婚約はされておられないでしょう?」

周りがにわかにざわつく。

「な、何を言って?」

先ほどの令嬢がさらに噛みつく。

茶色の髪の令嬢はさらに高らかに、

「長らく彼の婚約者として振る舞っておいでですけれど、

実際はまだ婚約されておられませんわよね」

ダフネは心中隠れて小さく舌打ちをする。

「ええ、仰るとおり、まだ婚約には至っておりませんわ。

しかし婚約内定の約定は頂いておりますのよ」

「へえ、ただの、内定ですのね」

ざわめきが静かに広がっていく。

「ところで、かの方が砂の国へ出立される前、

ダフネ嬢はかの方と何度お会いされたのかしら?

確かあなた方のお見合いは、

彼が出立される1週間前でしたわね」

ダフネはことさらに弱々しく、

「・・・その通りですわ。

たった1週間の逢瀬ではありましたが、

わたくしたちには確かな絆が生まれたはず」

と言い募った。

周りの令嬢たちはダフネの肩を抱き、慰める。

「で、何度お会いされましたの?

1週間の間に何度も会うなどはしたないですわね」

確かにそうだ。

初対面の見合いから次の逢瀬までは、

最低2週間は空けるのがスマートなマナーとされている。

「・・・1度ですわ」

空気が凍るのが分かる。ルーナは内心でほくそ笑んだ。

「へえ、1度だけ会って、内定止まりであるにも関わらず、

婚約者としてあれだけ振る舞っておられたの。

かの方はさぞかしご不快であったでしょうね。

長期任務から帰ってきたら、

内定止まりの方が勝手に大きな顔をして社交界にいるなど」

閉じた扇で頬を差し、令嬢はさらに言った。

「『他の女に気移りした』ってのも、

案外真実ではないのかもしれませんわよ」

それだけ言って、令嬢は去って行った。

それはその通りだ。

ルーナだって、魔術師ギルドに就職内定止まりの者が、魔術師面してほうぼう自慢して回っていたら不愉快だ。

皆が去って行く令嬢を見つめる中、人垣の中心をちらりと横目で見ると、

『おーこわ』

ダフネが鋭い眼光で令嬢をにらみつけ、拳を握りしめていたのであった。