軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

「アメリアさん、身辺に注意してちょうだい」

その日の納品の際、マダム・カリファはそう言った。

「あなたの学生時代の生地を求めて、

この街にも貴族の手が及んでいるわ」

「・・・それは、どうしてでしょうか」

黒髪の助手が紅茶を出してくれる。

気持ちを落ち着けるように一口飲むと、見計らったようにマダムが語ってくれた。

「虫除けカーテンを作らせたいからよ。

虫除けカーテンの技術とあなたのランタンを、

結びつけた者がいたらしいわ。

・・・黙っていてごめんなさい、私にも問い合わせが来たわ。

私が口を割らなかったから、

今度は生地屋から学生時代の情報を得たみたい」

「なるほど」

「この街にはアメリア・ハーバーという名の魔術師はいないことになっているから良いけど、用心するに越したことないわ」

黒髪の助手も口を出す。

「最近ではあなたの顔を知る人物を雇い、

探させていると聞きます。

外出は控えたほうがよろしいかと」

「どうしてそこまで・・・」

「あなたの技術がそれほど稀少だからよ」

「魔術ギルドの開発部では、

虫除けカーテンの再現に苦心したといいます。

最近『紅の隊』が招集されたと」

「ジル様が」

アメリアは『紅の隊』ジル・ロウリーズと面識があった。とにかく高火力なものが多い彼の魔道具の傍ら、周りへの被害が及ばないようフォローしていたら、いつの間にか気に入られていたのだ。

「とにかく。

納品の際は私が伺います。

生活に必要な買い物もサポートします。

マテオ君と一緒に、しばらくは家にいてください」

困ったことになったわ。

アメリアは大きなため息をついた。

ーーーーーー

「どうしましょう、不安だわ」

ダフネは部屋の中で右往左往していた。

魔術師ギルドで同情を買い、ハルバートの同僚である魔術師たちを味方につけるつもりだった。あわよくばハルバートの本命の女の情報を得て、世間に悪辣な尾ひれを付けて実名暴露してやる予定だったのに。

私と結婚しないなら、本命の女とも結ばれるなど許さない。

しかし迎え出たキースという魔術師はどこかズレた受け答えをしていた。ハルバートを連れてくると言った内容にも聞こえたが、ダフネとしてはそれでは意味がないのだ。

ハルバートと相まみえたところで拒絶されて終わるだけだ。ダフネが欲しいのは相手の女の情報だというのに。

「何するつもりかしら。

ほんっと男は駄目ね、行間を読めやしない」

そこにコンコン、とダフネの部屋を訪れる者がいた。

「ダフネ、僕だ」

やけに機嫌の良さそうな父だった。

「何ですのお父様。

もう私の持ち物はすっからかんですわよ」

「・・・実はな。

国王陛下から支援金を賜ることになった」

父は殊の外嬉しそうだ。

だがダフネは胃の底が冷えていった。

「・・・なぜ?」

「国王陛下がな、

イーヴランド侯爵子息との婚約を白紙にしてほしいと。

その代わり支援金をくださるそうだ。

案ずるな、ダフネの嫁ぎ先も斡旋してくださるそうだ」

「お父様!

まさか、そのお話をお受けになったのですか?!」

父は手を揉みながら、

「ああ、受けたよ。

ごめんな、ダフネ」

何でもないことのように言う父に目眩がした。

ダフネはまた踏みつけられたのだ。

「わ・・・私は・・・

私は、同意しません」

「ダフネ、我が儘を言ってくれるな。

支援金が貰えなくなる」

「嫁ぎ先の斡旋も要りません。

そんなことをされるくらいなら平民になる」

「それも駄目だよ、ダフネ。

嫁ぎ先からの援助の約束も取り付けてくれると、

国王陛下は仰っているのだから」

ダフネはついに涙を堪えきれなくなった。

こぶしを震えるほど握りしめ、は、は、と浅く息を吐き、

瞬きもせず父を睨みつけた。

「お父様、私のこと、どう見えているのです?

私の顔が金貨に見えているのではなくて?

私は商品ですか?金のなる木ですか?

私の意思は、尊厳は、どこにあるのですか?」

父は娘の怒りが理解できないようで、

おろおろしはじめる。

そして言うに事欠いて、

「ごめんな、ダフネ」

と大嫌いなあの台詞を繰り返した。

ダフネの目の前は怒りで真っ赤になった。

怒りのまま大声を張り上げる。

「金がないなら!

あんたのコレクションを売ったらどうです!」

「あ、あれは、大事なもので」

「私の大事なものは容赦なく売るくせに!

そしてついに私自身も売った!

あなたにとって私は猟銃以下の価値しかないのよ!」

出て行って!もう顔も見たくない!

そう言ってダフネは父を部屋から追い出した。

バタン、と閉まった扉を後ろ手に、

侍女に命じた。

「家を出ます。

あの魔術師に連絡を取って」

そうすべきだ、と侍女は深く頷いた。

ーーーーーーーーー

「やぁ、久しぶりだね、イアン」

「ああ、ヤクモさん。元気か」

服飾の街についたイアンは、真っ先に魔術師ギルドに向かった。そこで出迎えた壮年の女性魔術師と親しげに握手をしている。

「ヤクモ、彼は新しい相棒のバート。

飛行術が使えるんだ。

商品の運送を手伝ってくれてる」

「バート、初めまして。

凄いじゃないか、魔術師資格が?」

「いや、持っていないんだ」

握手を求められ、バートことハルバートは答える。

ハルバート・イーヴランドは最高峰の魔術師だが、変化した赤毛の男バートは無資格の何者でもない人物だ。嘘は言っていない。

「バート、ヤクモさんは産後魔力減退の経験者でな。

以前話したことがあっただろう?」

「おや、噂話かい」

「こいつの昔の恋人が産後魔力減退でな」

「この街にももうひとりいるよ。

シングルマザーで減退した魔力で頑張ってる」

「へえ。なんて人だい」

「魔術師クロシェ・サンドイッチっていうんだ」

「あからさまな偽名だな。通り名かい」

「そうさ。彼女はこの街の宝だよ」

「そうだ。この街、やけに虫の被害が少ないだろう。

どうかしたのか」

「そうだ。イアンなら上手く使ってくれるかもしれない。

ちょっとうちのギルド長に会っていかないか」

そう言ってヤクモは後ろを向き、「ラスタ卿は?」と尋ねた。

後ろにいたひとりの魔術師が「焚き火のところさ」と答える。

「案内するよ。こっちへ」

ヤクモに連れられた先は街のはずれだった。

大きな穴が掘られ、その中から高く炎が上がっている。

炎の先からパン、パン、と小さな花火がたくさん上がり、

焚き火なんだか花火なんだかよく分からない代物だった。

「ギルド長!」

ヤクモの呼びかけに答えて振り向いたのは大柄な男だった。

「おおイアン、久しぶりだな」

「ラスタ卿、お久しぶりです」

「聞いてるぜ。

食糧を各地に配って渡ってるとな」

「はい。この街は被害が少なそうなので、

来るのが遅くなりました」

「ああ、それでいい」

「ギルド長、例のもの、イアンに託すのはどうでしょう」

ヤクモがギルド長に言う。

「・・・なるほど。悪くない手だ」

ラスタ卿はイアンに向き直り、

「イアン君、君を信用して、

ちょっと危険な仕事を頼めるか」

「危険、ですか」

「ああ。これを見てくれ」

ラスタ卿は穴の中を指す。中で燃えさかっている炎と花火、その燃料が黒い塊であるのに気づいた。

「これは?何が燃えているのです」

「これだ」

ラスタ卿が穴の縁から掬ったそれは、魔虫の死骸だった。

あの穴に詰まっているすべてが魔虫の死骸だとすると、その量は異常に思えた。

「ひっ」

大げさに肩をすくめるイアンを見てラスタ卿は笑う。

「うちの街の被害が少ない理由はな。

虫が少ない訳じゃない。

効率的に虫を殺すことができる方法があるんだ。

この方法を君に託したい。

誰にも奪われず、必要なところへ配ってほしい」

魔術師ギルドへ帰る道すがら、ラスタ卿が語った内容はこうだ。

この街のとある魔術師が、殺虫方法を考案した。

その技術は王都へ送られたが、高度すぎて難航し、未だ大量生産には至っていない。

この街は考案者の直接指導のもと、魔術師総動員ですこしずつその技術を再現できるようになってきた。だが国中に広く配布できるほどの生産力は望めない。

この技術がこの街にあることが広くバレたら、恐らく必要な食料庫や農村に行き渡る前に貴族たちに奪われるだろう。それを避け、民の元にこの技術を届けたい。

「俺たちの壮大な隠し事に、

君は乗ってくれるか」

バートはイアンを横目で盗み見た。

「乗りましょう」

イアンは即答した。

バートもきっと、イアンならそう言うと思っていた。

その技術があれば、救われる民がいるのなら。

「ありがとう」

ラスタ卿は笑い、ギルドに着くとすぐ、

ではこれを見てくれと一枚の布を手に取った。

「これは、蚊帳ですか」

「ああ。殺虫蚊帳だ。

侵入しようとこの蚊帳に触れた魔虫を殺せる」

バサッと広げた蚊帳に、

ラスタ卿は魔力を纏わせた指で触れる。

その部分が赤く染まる。

「これが熱を持って、魔虫を焼き殺すのだ」

いや、染まっているのではない。

細く編み込まれた火魔法が発熱している。

この、細い糸のような魔法は。

『まさか、君が編んでいるのか』

アメリアに初めて会ったときの衝撃がよみがえる。

「・・・すみません、失礼」

思わずバートは二人に割り込み、蚊帳全体に魔力を篭めた。

美しく規則正しい、糸のように繊細で強い火魔法の網が浮かび上がる。

「こりゃあ見事だな。

魔術のことは分からんが、とにかく美しい。

・・・おいバート、何泣いてるんだ」

こんな物を作れる人が、そう何人もいるとは思えない。

何よりハルバートは、彼女の魔術の癖を、その精密さを、美しさを誰よりもよく知っている。

「この、この魔術を編んだのは。

・・・アメリア。アメリア・ハーバー。

彼女ですね」

ようやく見つけた。

アメリアは、この街にいる。