軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五章 一歩先へ

私が二回目の精霊契約に失敗して、一週間が経った。

どうして契約に失敗しているのか、ヴィクター兄様やアルが色々調べてくれているが、今のところ原因は不明で、なかなか三回目の精霊契約に挑めないでいる。

失敗しても、成功するまで何度でもやるつもりなのだ。それなら気にせず契約の儀に挑めばとも思うのだが、考えなしにただ何度も失敗するというのは避けたかった。多少は確率を高めたいと思うのは当然だと思う。

「……今日は、孤児院にでも行こうかしら」

ずっと屋敷の中に籠もりきりで気分が滅入ってきた。孤児院で子供たちと遊べば、気持ちも少しはすっきりするだろう。もしかしたら、クロエとも会えるかもしれない。

そう思った私は、さっそく出掛けることを決めた。ルークに外出の用意をさせる。

急な話だったし、連れて行く気はなかったのだが、出掛けようとするとノエルが尻尾を立てながら機嫌良く着いてきた。最近、ノエルは私がどこかへ行こうとすると、必ず一緒に行こうとする。特に悪戯をしたりするわけではないし、利口に過ごしてくれているから邪魔だとは思わないのだが、外に出るとなれば躊躇もする。

とはいえ、孤児院に行く時には大抵ノエルを同行していたので、今更かと思い、そのまま連れて行くことに決めた。

「ノエル、あなたも来る?」

「にゃあ!」

まるで返事をするかのようにノエルが鳴く。

不思議なのだが、あの日、ノエルが私の魔力を吸い取った日以降、彼の動きは明らかに変わった。何と言うか、まるでこちらが言っていることを理解しているような動きが増えたのだ。

以前からノエルは、猫にしては賢すぎると思っていたところがあったのだが、そう思うことが著しく増えた。そしてその頃から、何故か男性に触れられることを酷く嫌がるようになった。

以前は、ルークやユーゴ兄様に抱かれても大人しかったのに、今では二人が手を出しただけで威嚇したり噛み付いたりする始末。

普段は大人しいのに、私以外が触れようとすると、尻尾を逆立てて威嚇する。

これはどういうことなのだろうと思い、医者に相談してみたが、とりあえず病気とかではないそうだ。

……診断してくれたのは猫の専門医というわけではないので、断言はできないが、まあ、確かに元気いっぱいなのは間違いないので、おそらくは大人になって変わってきたのだろう。

ノエルは雄だ。同じ男であるルークやユーゴ兄様に私が取られるのではと警戒しているというのが、医師の見解だった。

ちなみにアルは、以前から大分とノエルに嫌われていたのだが、ここ最近は特に酷い。アルが近づくだけで威嚇行動を取り、近づくなとばかりに距離を取る。

別にアルが何かしたというわけではないのだが、猫にも意味もなく嫌いという感覚があるのだろうか。そうとでも思わなければ首を傾げてしまうほどの嫌われっぷりだった。

「お嬢様、ノエルをおつれになるのですか?」

ノエルを抱き上げると、ルークが気が進まなさそうな顔で聞いてきた。それに頷く。

「ええ。一緒に来たがっているみたいだし。それにクロエや孤児院の子供相手ならノエルも噛んだりしないと思うの。拾ってからずっと一緒にノエルの世話をしてきた子たちだもの。きっとノエルだって、彼らのことを覚えていると思う」

「そう……ですね」

微妙な顔をしたが、結局ルークは頷いた。

いつも通り、歩きで孤児院へ向かう。

多少遠回りになってしまうが防犯対策として、大きな道を通ることにしていた。

何かあった時、目撃者が多い方が、色々と助かるのだ。

時間は、昼過ぎ。舗装された道を荷馬車が通り過ぎていく。露店もあるが、忙しい時間ではないからか、どこかのんびりとしていた。客と無駄話に花を咲かせている店主も多い。

「平和ね……」

それが王都に住んでいるからだと分かってはいたが、思わず呟いてしまう。私の独り言を聞きつけたルークも同意した。

「ええ。皆、戦争を知りませんから。国民性ものんびりしていますしね」

「そうね」

ここ百年ほど、諍いらしい諍いは起こっていない。内乱の類いも殆どなく、とても平和だ。王都の外へ出れば、魔獣などもいるから多少は危機感を持って生活をするのだろうが、基本、王都で生きている人たちに警戒心はほぼないと言って良い。

それは、自分たちを治めるローズブレイド王家を信頼しきっているからだ。

何かあっても、王家がなんとかしてくれる。王都に住む人たちはそう信じているのだ。

「それを……アルが受け継ぐのね」

「そうですね。結婚すれば、お嬢様もその一端を担うようになりますよ」

「そう……なのよね」

恥ずかしい話だが、ルークの言った事実に、私が本当の意味で気がついたのは本当につい最近のことだ。

昔の私は、王子と結婚すれば、絶大な権力が得られ、己の虚栄心が最大限に満たされるものだと思っていた。正妃に与えられる役目など気づこうともせず、いかに皆に自慢できるかばかりに気を取られていたのだ。

なんのために、父が私に教育を受けさせていたのか。気づいた時には消え入りたくなった。正しい行いをするための土台は与えられていたのに、それに気づきもしないなんて愚かの極みだ。

「……皆が平和に暮し続けられるように、私にもできることを探さないと」

結婚するまでまだ時間はある。それまでに精霊契約もそうだが、私がアルのために、この国の為に何ができるのかを今の内に模索しておかねばならない。

「まだ二年弱ありますから、ゆっくり考えていけばよいのではありませんか?」

「そうね」

ルークの言葉に同意する。彼を見ると、まるで褒めるような目を向けられた。

年下なのに、こういう時、ルークは妙に大人びた表情をする。

「……生意気よ」

「申し訳ありません」

笑いを含んだ声で謝られた。これは全然悪いと思っていないやつだ。

……別に良いけど。

「あ、あの……!」

「え?」

突然、後ろから声を掛けられ、立ち止まった。振り返ると、壮年の男性が酷く焦った様子でこちらを見ていた。服装は、この国ではあまり見ないデザイン。もしかして他国の貴族だろうかと思っていると、ルークが庇うようにさっと私の前に立った。

「お嬢様、お下がり下さい。……それで、なんのご用でしょうか」

「い、いや……彼女に用があるわけでは……」

「?」

ルークに不審な目を向けられ、男性が慌てて言い訳をし始める。

「ち、違うのです。その……あなたのお顔があまりにもそっくりで……」

「そっくり?」

何の話だろう。身に覚えはあるかとルークを見ると、彼は否定するように首を横に振った。

「私、ですか? どなたと似てるのかは存じませんが、他人のそら似ではないかと。私には両親も身よりもおりませんから」

はっきりルークが言い切ると、男性は怯んだように頷いた。

「そ、そう……ですか。いえ、そうですよね。まさかこんなところにいるはずが……いえ、申し訳ありませんでした。ですがその……お名前をお聞きしても?」

「……ルーク・フローレス、ですけど」

警戒しつつもルークが名前を告げると、男性は「ありがとうございます」と礼を言った。

「もちろん勘違いだとは思いますが、念のため、この件は国に持ち帰らせていただきます。申し遅れました。私は、ウェズレイ王国の宰相補佐をしております、ヴィエリと申します。もし私の身分をお疑いの際は、どうぞウェズレイ王国にお問い合わせ下さいませ」

「え……」

――ウェズレイ王国の宰相補佐?

想像以上の大物の登場に私とルークが驚いている間に、男性――ヴィエリは「では」と会釈をして去って行ってしまった。

追いかけることも声を掛けることもできず、二人でぽかんとヴィエリの背中を眺める。その背中が消えたところで、私は大きく息を吐いた。

「……ウェズレイ王国の宰相補佐って、本物かしら」

「身につけていたもの、立ち居振る舞いなどは上級貴族のそれでしたね。少なくとも、頭ごなしに嘘だとは言えないでしょう」

「そうね。あの方の着ていた服、外国の流行だというのなら頷けるもの。良い生地が使われていたし、まだ新しかったわ。おそらくはウェズレイ王国の今の主流デザインなのでしょうね」

思ったところを告げると、ルークは「さすがです」と苦笑した。

「目の付け所が非常にお嬢様らしいですね。慧眼恐れ入ります。ですが、疑問が残ります。あの方のご身分が本物であるのなら、何故、私に声を掛けてきたのでしょう」

「知らないわ。それこそ私の方が聞きたいくらいよ。ルーク、あなた、本当に身に覚えがないの? ほら、知らない間にどこかで失礼なことをしたとか」

心当たりはないのかとルークの脇腹を突くと、彼は不快ですといわんばかりの顔で否定した。

「昔のお嬢様ではあるまいし。ベルトラン公爵家の名前を穢すような真似を私がすると本当に思いますか?」

その声音に無視できない真剣なものを感じ、私は軽口をきいたことを後悔した。

「……ごめんなさい。今のは私が悪かったわ。そうね、あなたがベルトラン公爵家のためにならないことをするはずがないわよね」

私に拾われてから、ルークはずっとベルトラン公爵家に、私に尽くし続けてくれている。その彼の忠誠を疑うような発言をするなど、彼に対して失礼すぎた。

従者といえど、言っても良いことと悪いことがある。冗談でも彼の忠誠を疑うような発言をしてはいけなかった。

「反省しているわ。二度と言わないから許してくれる?」

そっとルークを窺うと、彼ははあと息を吐いた。

「……分かりました。私も最近、お嬢様に対して少々気安すぎるところがあると反省していたところですし、お嬢様だけを責めるのは違うと思いますから」

「ありがとうって言いたいところだけど、自覚はあったのね」

てっきり無自覚だったものとばかり思っていたが、どうやらルークは気づいていたようだ。

ルークは気まずそうに、ポリポリと頬を掻く。

「……つい。お嬢様が本当に私を受け入れて下さるのか、気になって。どうせなら隠していたものを全部出してしまおうか……と」

「……」

言い訳にもならない言葉に、無言になった。

どうやらルークは私を試していたらしい。確かに、前までが前までだから、その気持ちも分からなくはないが、ものすごい発想だ。

「……それで?」

「その……お嬢様が許して下さるのも嬉しかったのですが、お嬢様とのやり取りも楽しくなってしまいまして、失うのも嫌で……まあ、受け入れて下さるのならこのままで良いかな、とここまできてしまいました」

「あなたねえ……」

良いかな、ではない。

思いきり溜息を吐きたくなったが、堪えた。

私もルークのあけすけな物言いが嫌いではないからだ。……というか、今更なくなられても困る。……寂しいではないか。

「……別に、今まで通りで良いわよ。もうルークと言えば毒舌だって思っているもの。それがなくなると、あなたではないみたいじゃない」

さすがに寂しいと正直には言えずそう言うと、ルークは目を瞬かせ、それから嬉しそうな笑みを浮かべた。

優雅に頭を下げる。

「ありがとうございます。それでは今後とも厳しく参りますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「……なかなか、返事しづらいことを言うわね。でもま、良いわよ」

呆れたように言うと、ルークは顔を上げ「さすがはお嬢様です」と珍しくも嫌味のない表情と声で言ってくれた。