軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9

◇◇◇

「……まだ、あの猫を飼っているんだね。リリ、いい加減捨てにいこうとは思わないの?」

「思いません」

ノエルを飼い始めてから、ユーゴ兄様はことあるごとに私に突っかかり、ノエルを捨てるように言ってきた。

結局兄の態度は変わらないまま。むしろより頑なになったような気さえする。

ユーゴ兄様との関係はもうずっとこのままではないか。そんな風にも思えてきた。

溜息を吐きつつ、部屋に戻る。部屋ではノエルが大人しく、絨毯の上に寝そべっていた。

「ノエル。孤児院に行くわよ」

「にゃあ」

声を掛けると、ノエルはのっそりと起き上がった。そうして私の足下へと尻尾をピンと立てて歩いてくる。

あれからすっかりノエルは私に懐き、意外に大人しいのと思った以上に賢かったことで、ユーゴ兄様以外にはあっという間に受け入れられた。

曰く、『不細工だけど賢い子だから、まあ、いいだろう』

ということらしい。

ノエルは迷惑を掛けない猫だし、普段は私の部屋にいる。

それならまあ、構わないかという話になったようだ。

意外だったのが、ヴィクター兄様だ。

ノエルを飼うことになったと報告した時、きっと色々言われるだろうと覚悟していたのだが、兄は一言「そうか」と言っただけで許してくれた。

それだけでなく、ルークからの報告によると、時折おやつをくれたりもしているらしい。

ヴィクター兄様が本当は優しい人だということを、最近、とみに感じることが多くなったように思う。

とはいえ、ヴィクター兄様は昼間は登城しているので屋敷には殆どいない。屋敷にいるのはすでに引退している父と母。そして、ユーゴ兄様だ。

両親は良いにしても、ユーゴ兄様が問題だった。

私は今、ほぼ毎日のように孤児院へ行っている。ないとは思うが、もしその隙を狙われて、ノエルを捨てられたらと思うと気が気でなく、私は結局悩んだ挙げ句、ノエルを孤児院まで連れて行くことに決めた。

最初に連れて行った時は、迷惑がられたらすぐに帰ろうと思っていたのだが、子供たちはすぐにノエルを気に入ってくれた。

「なに、この不細工な猫。お姉ちゃんの猫なの?」

「あはははっ! ぶっさいく! 足短いー! 鼻ぺっちゃんこー! 面白いー! 遊ぶー!」

「ずるいぞ! 僕が遊ぶんだ!」

「……遊んであげるのは良いけれど、虐めないであげてね」

「はーい!」

一応念のため子供たちを見ていたが、ノエルを虐めるようなこともなく、わりあい仲良くやっているように見えた。あと、クロエが大の猫好きだということが発覚し、ノエルを見た彼女は「可愛い!!」と黄色い声を上げ、ノエルに抱きついていた。

初めてノエルを可愛いと言ってくれたのが私の友達であったことが、すごく嬉しかった瞬間だった。

「何、この子、すごく可愛い!」

「でしょう? でも不思議と皆、不細工だ、不細工だって言うの。少し他の猫と違うだけなのに」

「足の短い猫なんて珍しいし、可愛いじゃない! 胴ながーい。可愛いー。ね、ブラッシングさせてもらってもいい? この白い毛並みを綺麗にしたいの」

「良いわよ。ブラシは持ってきたから使って。……でも、良かった。受け入れてもらえて。本当は連れてきては駄目かしらと思ったの。でも、屋敷に置いておくと、兄様に捨てられそうな気がして……」

正直にいきさつを話すと、クロエは眉尻を吊り上げて怒った。

「捨てる? こんなに可愛い子を? 絶対に駄目よ! この子、すごく良い子だし、毎日だって連れてきてもいいわ! ね、みんな」

「うん!」

「いいよ!」

「ノエル、良い子だしな!」

そういう感じでノエルは孤児院の皆に受け入れられ、私も二日目からは気にせずノエルを同行するようになっていた。

ノエルは本当に賢い猫で、行ってはいけない場所には絶対に近づかないし、真剣な話をしている時は大人しくしている。急に暴れ出して、子供たちを噛むということもしないので、不細工だと笑われながらも子供たちに大人気だった。

そんな生活を続けていたある日の夜、私が部屋でノエルと遊んでいると、ノックが聞こえた。すぐにルークが確認に行く。誰が来たのか確認したルークは微妙な顔をしながら私に言った。

「……お嬢様、ユーゴ様です。どうなさいますか?」

「お兄様? ……お通ししてちょうだい」

「構わないので?」

「話があるというのなら聞くわ。このままでは良くないと思っているのは本当だもの」

機会があるのなら話し合いたいし、関係を改善したい。昔ほどではなくても、せめてお互い避ける必要のない間柄に戻りたいのだ。

「分かりました」

私の決意を聞いたルークが、部屋の扉を開ける。

ユーゴ兄様が、神妙な顔つきで部屋に入ってきた。手に、何か包みのようなものを持っている。

「リリ、久しぶりだね……っ!」

私の顔を見た兄様が、猫じゃらしで遊んでやっているノエルを見て、顔を引き攣らせた。

「……話ができる状況ではなさそうですね」

「い、いや、待ってくれ。僕は……このまま帰るわけにはいかないんだ」

「兄様?」

普段とは違う声音に首を傾げつつ、それならと、私は主室にあるソファを兄に勧めた。

兄はノエルを警戒しながらもソファに座り、私に持っていた包みを手渡してきた。

「? これは?」

「良いから、開けてみてほしい」

「……はい」

何だろうと思いつつも包みを開ける。中には、猫用のおやつだと思われるものが入っていた。

「……兄様?」

「……料理長に頼んで作らせたから、危険なものは何も入っていないと思うよ」

いや、確かにそこも気になるが、そうではなく。

「どうして、兄様がノエルのおやつを?」

「……その猫にやらないの?」

「……ノエル」

このままでは話してくれないと思い、私はノエルを呼んだ。ノエルは自分の名前をきちんと認識しているのか、呼べばきちんとやってくる。

今も、少し離れた場所にいたが、私が呼ぶと素直にやってきた。

「……ユーゴ兄様が下さったの。食べても良いわよ」

一瞬、ユーゴ兄様が妙なものを仕込んでいないか疑った。だけど、なんとなくだが信じないといけないような気がしたのだ。

だから、私は兄を信じることにした。

――大丈夫。きっと兄様は卑劣なことをしたりしない。

「……」

もらったおやつをノエルは美味しそうに食べ始めた。その様子から、変なものが入っていないことが分かる。ノエルなら、妙な味がしたらすぐに吐き出すなりなんなりすると思うからだ。

「……良かったわね」

「……こうして改めて見ても、そいつ、やっぱり不細工だね」

「……喧嘩を売りに来られましたの?」

ポツリと呟かれた言葉に、反射的に返す。私の棘を感じ取り、兄が苦笑した。

「ああ、ごめん。違うんだ。そうじゃなくて……何だろう。お前に大嫌いって言われてから、僕なりに色々と考えたんだ。そして、その猫を少し遠くからだけど観察していた」

「そんなことなさっていたのですか。……ノエルは不細工なのでしょう? 美しい者以外興味のないお兄様が見ても仕方ないと思うのですけど」

兄の姿が見えないと思っていたが、実は隠れたところから見ていたらしい。呆れていると兄は困惑したような顔で言った。

「不思議なんだ。僕は、お前が思っている通り、美しいもの以外に価値があるとは思えない。それは今も変わらない。だけどね、すごく、自分でも不思議なんだけど、その不細工なはずのそいつが、時折可愛く見える時があるって気づいてしまったんだよ」

「……兄様?」

「お前のあとを一生懸命着いていこうとするところ。そして、今のように美味しそうに食事をするところ。不細工だと思っているのは本当なのに、その気持ちは変わらないのに、時々妙に可愛く見える時があるんだよ。なんだ、これ? くそっ、僕の美的感覚が狂ったってことなのかな……」

泣きそうな声で兄様が嘆く。私はそんな兄を唖然と見つめた。

――美しいもの以外を決して認めない兄が、ノエルを認めた?

そんな馬鹿な――。そう思うけれど、兄が言ったことを聞けばそうとしか思えない。

「……兄様、ノエルを可愛いと思うのですか?」

「思うわけないだろう!?」

「……ですよね」

「そうだよ! だって、見るからに不細工じゃないか! お前もそう思うだろう? こいつ、不細工だよね?」

「……ノエルはとても可愛いと思います」

たとえ、飼い主の欲目と言われても、ノエルは可愛いと私は言い切る。

はっきりと言うと、兄は顔を歪めた。

「お前……趣味悪くなったんじゃない?」

「うるさいですわよ。自分の飼い猫を可愛いと思って何が悪いんですか」

ぴしゃりと告げると、兄は微妙な顔をしながらノエルを見た。ノエルは兄のくれたおやつが気になったのか、一生懸命食事を続けている。

そんなノエルを見ながら兄が言う。

「綺麗なもの以外を認めたくない気持ちは変わらない。それはさっきも言った通りだ。だけど、僕の勝手な気持ちでこいつを排除するのは止める。むかつくけど、時折可愛く見える時があるのも本当だし、自分と他人の美的感覚が同じではないということも分かった気がするから」

「兄様……」

呆然と兄を見つめる。兄は不器用にではあるが、確かに微笑んでみせた。

「……不細工なりに可愛いところもあるんだな。不細工は、不細工なだけだと思ってた。これからは、自分の好みではないからと遠ざけたりせず、ちゃんと観察してから結論を出すことにするよ。……リリ、お前が可愛いと思っているものを捨ててこいなんて言って悪かったね。謝るから……その、たまにはこうやって餌をやりにきてもいいかい?」

「はい、ユーゴ兄様。勿論です」

兄が、ノエルを認めてくれたことが、歩み寄ってくれたことが嬉しかった。

そのまま私たちは、ポツポツと会話をしながら、二人でノエルが食事を終えるのをじっと見ていた。