軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アル2

「本当に、可愛いんだから」

城の、自分の執務室に戻る。誰もいないことを確認してから呟いた。

僕の婚約者のリリ。

彼女はまた、綺麗になった。

少しずつ、少しずつ、弟に聞いていた『悪役令嬢』の殻を破り、彼女は美しく羽ばたいていく。

リリは最初から僕にとっては可愛い女の子でしかなかったけれど、最近の変化はめまぐるしいほどだ。

執務があり、僕はまめに彼女と会うことができない。だからたまに彼女と会うと、その変化に驚くのだ。

最初から、彼女は可愛かった。

涙を浮かべる顔が美しいと思った。だけど、あの時の彼女なら、目を留めたのは僕だけだったかもしれない。ただ綺麗なだけの女性なら、他にいくらでもいるからだ。

だけど、最近は違う。『悪役令嬢』になりたくないのだと奮闘するリリは、その内面から輝き始めている。

友人がいなかったというリリ。そんな彼女は、ついに友達までをも作ってしまった。

彼女は、前へと進んでいく。

どんどん、僕は必要ではなくなっていく。

今はまだ、彼女に僕は必要かもしれない。障害に出会ったとき、彼女が真っ先に相談してくれるのは僕だ。まめに手紙をくれ、助言を求め、その助言に対する心の籠もった礼をくれる。

でも。

少しずつ、彼女は自立していく。僕がいなくても、彼女は大丈夫になっていく。

その時、彼女は僕を求めてくれるだろうか。

彼女に有益な助言を与えられなくなった僕に。価値を見いだしてくれるだろうか。

それが時折、すごく怖い。

見違えるように綺麗になった彼女を、近い未来、皆が振り向くようになるだろう。

その時、彼女は僕の手を取ってくれるだろうか。

増えた選択肢の方に、目が行ったりはしないだろうか。

もちろん、行かせるような真似はしないけれど。

「最初に、彼女を見つけたのは僕なんだから」

後からやってきたやつらに、リリを奪わせたりはしない。

彼女は僕の婚約者で、いつか正妃になる人なのだから。

「はあ……」

小さく溜息を吐く。

僕は、いつの間に彼女のことをこんなに好きになってしまったのだろう。

確かに一目惚れをして、そしてどんなことをしても彼女を妃にすると決めたけれども、あの頃と今では比べものにならないほど今の方がリリのことを愛している。

切っ掛けは、分かっている。

彼女が『僕でないと駄目だった』と言ってくれたこと。

あれが、きっと彼女に本気になった切っ掛けだった。

僕はずっと思ってきた。

――僕である必要はあるのか、と。

僕が求められるのはあくまでも『第一王子』としてだけで、僕個人である必要はあるのかと思い続けてきた。

僕は、何なのだろう。

『第一王子』という枠組みを外した僕は、皆にとって必要とされる人間なのだろうか。

血を分けた弟ですら、僕を『第一王子』としか見ていない。

相変わらず意味の分からない『ゲーム』の話をして『第一王子』と『ヒロイン』が結ばれることを祈っている。

正直に言えば、気持ち悪い。時折弟は、『僕』を見ていないのではないかと思ってしまう。

そう、弟も、だ。

皆、僕を僕として見てくれない。

だけど、それも当たり前のことなのかもしれない。

僕は、どうしたって『第一王子』でそれ以外にはなれないのだから。

僕自身を見て欲しいなんて分不相応な願いは、諦めてしまった方が良いのではないだろうか。

誰にも相談できない悩みを一人で抱え、眠れぬ夜を過ごす。

そんな時だった。

リリが、何気なく言ったのは。

『僕がいて良かった』と、『僕以外では駄目だった』と。

何気ない言葉だ。彼女にとっては、本当に、その場の思いつきのような発言だったのだろう。

だけど、その言葉に、確かに僕は救われたのだ。

初めて、僕個人を認めてもらえた気がした。

有り体に言えば、すごく嬉しかったのだ。

その言葉をくれたのが、僕の婚約者であったこと。僕が一目惚れして、いつか妻に迎えようと心に決めた人であったことが、すごく嬉しかった。

――ああ、僕は間違っていなかった。

涙が出そうになった。

正しく、僕は選んでいた。僕をきちんと見てくれる人を、正しく選んでいたのだ。

あの時、きっと僕は彼女にもう一度恋をした。

だからもう、絶対にリリを手放せないと思っているし、その気もない。

この国の成人は十八。男女とも、成人になれば結婚を許される。

彼女は今、十五だから、成人するまであと、三年。

いや、確か数ヶ月後にはデビュタントで十六歳になるはずだから、二年とちょっと、か。

その二年とちょっと、彼女と婚約し続け、十八になったと同時に結婚しよう。

準備があるからプロポーズはもう少し前にするけれども、僕は絶対に気を抜かない。

必ず彼女を僕の妻に迎えて見せる。

大事なのは、彼女の気持ち。

そして彼女の気持ちは、僕に向いていると思うのだけれど。

時折、妙に遠慮するような行動を取ることがある。それが何かわからなくて苛々する。

もっと僕に踏み込んでくれば良いのに。

そうしたら、もっと大事にして、甘やかしてあげるのに。

完璧な令嬢になんてならなくていい。

僕にだけ、可愛いリリでいてくれればそれでいいのだ。彼女の可愛いところなんて、僕だけが知っていれば十分。ライバルが増えるなんて絶対にご免だ。

ウィルが言う、いつか現れる運命の人なんて、それこそ心底どうでもいい。

現れるかどうかも分からない人なんていらない。

僕が欲しいのはリリだけだ。

彼女を捕まえるだけで精一杯なのだ。余裕などあるはずがない。

「まずはデートをして……少しでも距離を縮めないと」

忙しい時期ではあるが、何とか執務を調整して、早めに彼女との時間を作ろう。

ここのところ、急激に距離を縮めている、彼女の執事を思い出す。

ルークという名前の執事。

関係が上手くいかず、僕に相談してきたことがずいぶんと昔に思える。

今では距離が近すぎて、僕が嫉妬してしまう始末だ。

「……駄目だなあ」

彼女が好きすぎて、彼女に近づく男は、たとえ執事だろうと許せない。

僕が、こんなに心が狭いと知ったらリリはどう思うだろう。

がっかりする? もっと、心の広い優しい人だと思っていたのにと軽蔑する?

「ごめんね……」

それだけリリのことが好きなのだと、分かってくれると嬉しいけれど。

僕は溜息を吐きつつ、残っていた書類を手に取った。