軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父が嬉しそうにノエルを私に紹介する。

「ルーノ先生は、とても優秀な方でな。私が娘の家庭教師を探していると相談したところ、名乗り出てくださったのだ。リリ、先生によく学ぶように」

呆然としているうちに、父は伝えるべきことは伝えたとばかりにノエルをその場に残して出て行ってしまった。

扉が閉まる。その場にいるのが、私とルーク、そしてノエルだけであることを確認し、私はノエルに詰め寄った。

「なんで! 私の家庭教師がノエルなのよ!」

「おっと☆ 私は先生だぞう☆ その態度はいただけないかな☆」

はっはっは! と笑いながらノエルは後ろに下がった。だが、そこにはルークがいる。

ルークは逃げようとするノエルの腕を容赦なく捻り上げた。

ノエルとルークではかなり身長差があるが、ルークはものともしない。

背の高いノエルの方が痛みに顔を歪めていた。

「さて、これはいったいどういうことでしょうか。日がな一日、猫として飼われているあなたがお嬢様の家庭教師というのは。きっちり理由を説明していただきたいところですね。大体、どこで公爵様と知り合ったのですか」

「痛い! 痛いってば! 離してくれないと説明もできないよ!」

「離しました。さあ、話して下さい」

「……君って、ゴシュジンサマのことになると、本当容赦ないよね。あの王子殿下とおんなじだ。あいてっ」

「余計なことを言う口はこの口ですか」

ルークが表情を一切変えず、ノエルの口を捻っている。ノエルは大袈裟に「痛い、痛い」と騒ぎ立てつつも、話し始めた。

「いや、ちょっとさ、君たちの目を盗んで城に出掛けていただけだよ。ほら、私ってあなぐらに席が残っていたようだし? なんだったら様子を見に行こうかなって。それくらいの魔力ならどうにかなったし……そうしたらあなぐらに着く前にゴシュジンサマのお父さんと会ったんだ。彼は娘の家庭教師を探しているようでね。それなら優秀な私はどうかって立候補してみたんだけど」

「しないで下さい!」

「馬鹿、しないでよ!」

異口同音に叫んだ。

ノエルはえーと口を尖らせる。

「だって、実際、私より魔法の上手い魔法使いなんていないよ? 私に教えてもらえるなんて、ラッキー以外の何ものでもないと思うけど」

「あなた……うちで飼われているって自覚はないの……」

なんだか疲れた気分になりながらも指摘すると、ノエルはキョトンとしながら言った。

「え? だからお礼も兼ねて、立候補してあげたんだけど。私が誰かに物を教えるなんて、本当にあり得ないんだよ? これでも私はゴシュジンサマに感謝しているんだ。私の正体を知っても追い出さなかったしね。首輪を付けられたのは忌々しいけど、それはあの王子様がしたことだし、私個人としては君には好感情を持っているよ」

「……」

「それに、暇だしね! 最近、魔力も溜まりやすくなってきて、人型も取りやすくなったから、何か人型になれる理由がほしかったんだ」

「それが本音でしょ」

一瞬、絆されかけたが、すぐに我に返った。ルークも深く頷いている。

ノエルはペロリと舌を出し、「ばれたか」と笑った。

「最近、たまに姿を見ないなと思うことはあったけど、まさか城に行っていたなんて」

てっきり、庭を散歩でもしているのかと思った。

ノエルはその正体を知らなかった頃から、外を散歩するのが大好きで、中庭などは喜んで出掛けていたのだ。中身がただの猫ではないと知ってからは、それこそ散歩くらい一人で行かせても問題ないので放置していたのだが、その結果が私の家庭教師とは笑えない。

「どうしよう……」

頭を抱えていると、ルークが何とも言えない顔をしながら言った。

「公爵様がお決めになったことですから、どうしようもありません。その間だけは、先生として接するしかないでしょう」

「やっぱりそれしかないわよね」

父がこうと決めたことを、よっぽどの理由がない限り覆せるとは思わない。今回の場合なら、「その家庭教師、うちの飼い猫だから!」がよっぽどの理由に相当するとは思うのだが、アルに相談して、これ以上ノエルのことは誰にも話さないと決めたのだ。

理由が言えないとなると、家庭教師が気に入らないというのは単なる私の我が儘になってしまう。

父は私がアルと婚約したことで、『まとも』な感覚を取り戻したことを、最初は驚きながらも、今は良いことだと捉えている。それなのに、以前までの私のように「この家庭教師、気に入らないから変えて」などと言ったら、きっと父は顔に出さないまでもガッカリすると思うのだ。

やはり、娘の性根は変わっていなかったのだと。

一度、良くなったところを見ているだけに、以前のように私の我が儘を笑顔で受け入れることはできなくなっているだろう。私に弱い父だから言うことを聞いてはくれるだろうが、『やはり』と思われることは間違いない。

可愛い、愛でるだけの価値しかない娘。

そんな風に父に見られるのは絶対に嫌だ。

「……断腸の思いってこういう時に使う言葉なのね。でも決まったものは仕方ないわ。ノエル、私の先生になったからにはちゃんと教えてもらうから」

「分かってるって☆ そこは大船に乗った気持ちで任せてくれ☆ 完璧に魔法を制御できるように、特訓してあげるよ」

「それなりに、で良いわよ。みっともない失敗をしない程度に教えてくれればそれで」

得意なことを勉強するのは楽しいが、苦手なことをするのは苦痛。

とはいえ、必要なことだと分かっているし、父とも約束したことだからサボったりはしないが、それなりにできるようになれば、それで十分だと思っていた。

ノエルもいつも適当なことを言って相手を煙に巻くような人だから、てっきり同意して「その方が楽だし、いいね、そうしよう☆」とでも言ってくれると思ったのだが、それは間違いだった。

私の言葉を聞いたノエルは眉を寄せ「それはお勧めできない」と言ってきたのだ。

「ノエル?」

「ゴシュジンサマが魔法をどう考えているのかは分からないけど、魔法はね、『それなり』を目指すようなものではないんだよ。生半可なことをすれば、それこそ大怪我に繋がる。やる限りは完璧を目指さないと意味がない。私は君に、完璧に魔法を制御できるようになってもらうつもりだよ」

「……」

「魔法はね、私の生涯をかけた研究テーマそのものなんだ。それを適当になんて、絶対にできないね」

「あ……」

きっぱりと告げられ、私はノエルに対し、とても失礼なことを言ってしまったのだと気がついた。

いつも適当なことばかり言っているノエル。だけど彼にも大事なものや譲れないものがあるのだ。

それが『魔法』。

そういえばノエルは、たくさんの精霊を魔法の実験材料にしたから恨まれたと言っていた。それは恨まれても仕方のないことで、ノエルが今猫になる呪いを掛けられているのはある意味当たり前のことなのだろうけど、それは『魔法が好き』『もっと研究をしたい』『突き詰めたい』という思いからきた行動なのだ。

つまりそれだけ彼にとって『魔法』とは大切なもので。

それをそれなりでいいと言ってしまった私は、彼の大切にしているものを踏みにじったのと同じなのだろう。

――私、全然駄目ね。

少しはマシな自分になったかと思う度に、気づかされる。結局、私が変わったのは外側だけで、中身は全然変わっていないのだと。

「……ごめんなさい、ノエル。私、言ってはいけないことを言ったわ」

気づいたのなら謝らなくてはならない。たとえ、許してもらえなくても、謝罪は必要だと思うから。私はそれだけのことをしたのだから。

気まずいのと、いたたまれなさで俯く。

ノエルの視線を感じたが、顔を上げることはできなかった。

ルークも何も言わない。しばらく居心地の悪い沈黙が続いたが、やがてノエルが口を開いた。

「……つまり、真面目に取り組む気があるってことだね?」

「っ! ええ!」

即座に頷いた。これで渋った日には、それこそノエルは私を見下げるだろうという確信があった。

「ちゃんとやるわ。私にどこまでできるかは分からないけれど、真面目にやる。完璧を目指す。大丈夫よ。私、完璧な令嬢を目指して頑張っているところなんだもの。完璧な令嬢なら魔法の制御だって完璧でないといけないわ。これは私の目標にも沿うこと。だから、やる」

『悪役令嬢』になりたくなくて、その反対である『完璧令嬢』を目指していた私。ウィルフレッド王子にもう『悪役令嬢』ではないとは言われたけど、引き続き『完璧令嬢』を目指してはいるのだ。

だって、アルの隣に立つのなら、それくらいでないとみっともないから。

その完璧な条件に魔法の制御も入れるのだ。そうすればそれは私の目標にもなる。手を抜こうなんて考えないはずだ。

そんな風に自分に言い聞かせていると、ノエルはククッと小声で笑った。

笑われたことに気づき顔を上げる。気味の悪いくらい整った顔が私を見つめていた。

「……君のそういうところは嫌いじゃない」

「え……?」

目を瞬かせる。彼はもう一度、今度は私にも分かるように言ってくれた。

「自分の非を認め、謝罪し、挽回しようと頑張る姿は嫌いじゃないって言ってるんだよ。……ようし! 私も仕事をゲットできたことだし、公爵様に良いところも見せないといけないからね☆ 頑張っちゃうぞー☆ おー☆」

一瞬、真面目な顔をしたノエルだったが、すぐにいつものふざけた声音と表情に戻った。

それに驚いていると、ルークが「お見事です」とノエルに聞こえない程度の小声で言った。

「――なかなか、今のは良かったと思います。お嬢様。お嬢様って、わりと人たらしなところがあるって最近気づいたのですけど……お願いですから、妙なことはなさらないで下さいね」

「妙なことって何よ」

意味が分からない。

むすっとしながらルークを横目で見る。ルークは苦笑いをしながら言った。

「分からないのなら良いです。説明したってどうせお嬢様にはわかりませんから」

「何よ、すごく失礼じゃない」

「だって、お嬢様、さっきの説明で分からなかったんですよね?」

「そりゃ、そうだけど!」

だから説明を求めているのではないか。

じろりとルークを睨む。それを適当に受け流したルークはパンパンと手を叩き、「さてそれでは勉強を始めていただきましょうか」と本来の話の流れに戻したのだった。