軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八章 ごめんなさい

次の日、アルが屋敷を訪ねてきた。

まさか昨日の今日で来るとは思わず驚いたが、そんな私を見て、アルは当然のように言い放った。

「ノエルが悪さをしていないかこの目で確認しないと安心できない」

「そのために首輪を下さったのでは?」

「それはそうだけど、感情の方はなかなか納得できないんだよ。リリがノエルと一つ屋根の下に暮らしているとか、想像しただけで、どす黒い気持ちが胸の中を渦巻くんだ」

はあ、とことさら大きな溜息を吐き、アルは私の部屋へ入ってきた。部屋には朝から呼び出していたノワールと、そのノワールが監視の目を光らせているノエル。そしてお茶を運んできたルークがいる。メンバーを確認したアルは、私に耳打ちしてきた。

「リリ、ルークには言ったの?」

「いいえ。いずれはと考えていますけど。さすがに昨日は疲労が激しくてそんな気にもなりませんでした」

「それはそうだね。でも、ルークには早めに話しておいた方が良い。君の専属執事だろう? 四六時中一緒にいるんだ。すぐに襤褸がでるよ。もちろん君が事情を隠し通せる自信があると言うなら、僕はそれを信じるけど」

「……自信はありません」

そもそもルークに隠し事ができる気がしない。

即座に白旗を揚げた私を見て、アルは「正直だね」と笑った。

「じゃ、まずはルークに事情説明かな。そのあと、ちょっと僕の話を聞いて欲しい」

◇◇◇

「――それでお嬢様は、昨夜、ノエルを部屋から追い出そうとなさったんですね」

事情を聞いたルークが真っ先に言った言葉がこれだった。

私はムッと唇を尖らせながら、ルークに言う。

「どうしてそれが出てくるのよ」

「だって、明らかにおかしかったですからね。いきなり可愛がっていた猫を、単に着替えるためだけに部屋から追い出すなど、以前のお嬢様ならいざ知らず、今のお嬢様はなさらないでしょう?」

「それは……そうだけど」

「だったら、他に何か理由があると考えるのが妥当です。まさかその理由が、ノエル自身にあるとは思いませんでしたが」

絨毯の上で、我関せずとばかりに耳を掻いているノエルをルークは複雑な顔で見つめた。

そうして私に聞いてくる。

「疑うわけではないんですが、本当にこのぶさ猫があの大魔法使いノエルなんですか?」

「信じたくない気持ちは分かるけど、本当よ。私もアルも、昨日、人の姿になった彼を見たんだもの」

アルに視線を向けると、彼も同意するように頷いた。

「僕も見たし、なんならその場には僕の弟のウィルもいたよ。もちろんそこにいるリリの契約精霊もね。それでも疑う?」

「いえ……そういうわけではないんです。ただ、なかなか受け入れられないだけで。申し訳ありません」

「別に謝る必要はないけどね」

「そうそう☆ 普通の人は信じられないと思うよ。普通の魔法とは違うからねー。精霊王の呪いなんて珍しいものを経験できたのは悪くなかったけど、元に戻れないのだけが難点かな☆」

「!?」

いきなり会話に混じってきたノエルをルークがギョッとした顔で凝視する。

「猫が、喋った……?」

「だから、呪いに変えられただけの人間……じゃなかった、ハイ・エルフなんだって。ノエル、あなた分かっていて今、発言したでしょう。私の執事を驚かせるのは止めてちょうだい」

「だって面白そうだったからさ☆ 私は人の驚く顔を見るのが大好きなんだ」

「最低な趣味ですね」

ルークがばっさりと切り捨てる。そうして私に向かって真顔で言った。

「お嬢様。一つお伺いします。お嬢様は今後も彼をこの屋敷に置いておくつもりなんですか?」

「え? ええ、少なくとも呪いが解けるまではそのつもりよ。でなければ行くところもないみたいだし、一度拾ったのに捨てるなんてできないわ」

「そうですか。では僭越ながら申し上げます。お嬢様は馬鹿なんですか?」

「馬鹿って……」

流れるように罵倒され、私は言葉に詰まった。ルークが呆れたと言わんばかりの表情をする。

「馬鹿でしょう。ただの猫ではなく、呪いのかかった元ハイ・エルフの猫なんて面倒以外の何ものでもない。しかもお嬢様、私以外に話す気はありませんよね? つまり、彼に対処できる存在はこの屋敷で私とお嬢様以外にいないのです。それでやっていけるとお思いですか? 大魔法使いノエルなんて、お嬢様の手に余る存在、匿っていても仕方ないでしょう」

「そ、それはそうかもしれないけど、彼には色々と助けてもらったから。追い出すなんて、恩を仇で返すようなものじゃない。それはしてはいけないと思うの」

「お嬢様、それはそれ。これはこれという言葉があることをご存じですか」

真顔で窘めてくるルークに、アルと、そしてノワールがうんうんと頷いている。

多数決どころか、私の味方は誰もいない。それでもなんとか口を開いた。

「ノ、ノエルにはアルからいただいた首輪もあるし、悪さはできないわ。ね?」

「そういう問題じゃないんですけど」

じとっとルークに睨まれ、私は視線を逸らした。

アルが注目を集めるように手を叩く。

「はい。その話はここまでにしよう。結論自体は昨日、出ていることだしね。ルークも主人の意向には逆らえないでしょう?」

「それは……そうですけど」

ルークが返事をすると、アルはにっこりと笑った。

「ね? だから、別方向から考えようと思う。ここからが僕の話なんだけど、こうなればノエルの呪いをさっさと解いて、追い出す方向で行きたいと思うんだけどどうかな?」

「まあ……それが一番手っ取り早そうですね。お嬢様もそれなら納得してくれそうですし」

「わ、私? もちろん、呪いが解けてまで屋敷に置いておくつもりはないけど」

私の答えを聞き、アルがノエルに目線を向けた。

「ノエル。君も呪いが解けてまで僕の婚約者の屋敷に居座ろうとは思わないよね?」

「そりゃあ、呪いが解けるんなら私は大歓迎だし、喜んで出て行くけど」

「決まりだ」

アルが頷く。ルークが「あ」と何かに気づいたように声を上げた。

「すみません。一つ、問題があると思うのですが」

「問題?」

アルが目線で促すと、ルークはノエルを複雑そうな顔で見ながら言った。

「ノエルって、今までに何十匹と精霊を殺しているんですよね。そんな大罪人を元に戻しても良いものなのでしょうか。精霊王の呪い、なんでしょう? 人間が勝手にどうこうしていいものとも思えませんけど」

『別に勝手にすれば良い』

ルークの質問に答えたのは、アルではなくノワールだった。

『昨日、主にも言った。解けるものなら解けば良い。本当に呪いが解けたとして、我らも、我らが王も何も言わないと約束しよう。二度と呪いを掛けることもないともな。だが、我らは確信している。ノエルの呪いは絶対に解けない』

確信を持っている様子のノワールを見て、アルは今度は私に聞いてきた。

「ねえ、リリ。君の契約精霊。本当にそんなことを言ったの?」

「えと、はい」

そういえば、昨日、呪いの話をノワールとした時、アルはノエルの首輪を取りにいっていていなかった。

慌てて、ノワールから聞いたことを説明する。

呪いの解き方は教えないけれど、勝手にするのはすれば良い。

そんな風に言われたと告げると、アルは「ふうん」と頷いた。

「精霊たちは呪いの解き方を知っているんだね。で、解きたければ解いても良いけど、解き方を教えはしない、と。……ありがとう、リリ。それだけ分かれば十分だよ」

少し考える素振りをみせたアルは、やがて「うん、やっぱりこの方向性で行こう」と言った。

「今のリリとノワールの話で確信が持てた。多分だけどね、呪いが解けたノエルは、もう精霊を殺すようなことをしなくなっているんだと思う。だから、解きたければ解けば良いって精霊たちは言ってるし、絶対に呪いは解けないって断言しているんだよ」

そうだよね、とアルがノワールを見る。

ノワールは渋い顔をしつつも、肯定した。

『――そうだ』

「ノエルが改心なんてあり得ないと君たちは思っていると。ええと、そういう話らしいから、呪いを解いても問題なさそうだ。ルーク、これで君も賛成してくれるかな?」

「はい。協力します。ノエルが改心する呪いが解ける条件なんて皆目見当もつきませんけど」

ルークの意見には、私も同意だった。

悪心がなくなるアイテムでも存在するのだろうか。そうすれば、ノエルは人の姿に戻れる?

考えていると、ノエルが嫌そうに言った。

「止めてよ。私は自分の心を歪まされてまで元に戻りたくないけど。それなら今のままでいい。魔力が溜まれば、たまにだけど元の姿はとれるし、魔法だって使えるんだからさ。そりゃあ猫の手は不便だけど、人格を変えられるようなのはごめんだ」

アルがにっこりと笑いながらソファから立ち上がり、ノエルの首根っこを掴む。

「お前はさっさと元の姿に戻るんだよ。それに、呪いが解ける方法が『お前の意志を無理やり変えること』と決まったわけでもない。そうだね、どんな方法か分かってから考えるのでも遅くはないんじゃないかな?」

「それ、そう言っておきながら、分かった瞬間、どんな手段を使っても元に戻そうとするやつだ! 知ってる! 君、本当に腹黒いな!!」

「失礼な猫だね、全く。僕がそんなことをすると本当に思っているのかな?」

「その顔は絶対にやる!! 賭けても良いよ!」

ノエルは暴れ、アルから逃げ出した。そうして私の膝の上に飛び乗ってくる。

「ゴシュジンサマ! 君の婚約者が私を虐めるんだ!」

「……ええと、その」

「僕のリリの膝の上に乗らないでくれるかなあ。それ、とっても気分が悪くなるんだよね。成人した男性がするものではないと思うよ」

「ハハハ、猫に嫉妬とは格好悪いね、王子様☆ 私はただの猫だよ? もう少し大らかな気持ちになれないかなあ」

「お前相手には無理だ。退け」

「おっと」

アルが手を伸ばしたが、ノエルは上手く逃げおおせた。たたたと走り、アルの手が届かない高い書棚の上に上ってしまう。

「ハハハハ! この私の華麗な動きにはついてこられまい!」

「……本当にムカツクんだけど。ただの猫だと思っていた時には可愛いと思えたことも、今では全てが憎たらしく映るよ」

うんざりしたような声で呟き、アルはソファに座った。

そうして気を取り直したように大きく深呼吸をし、口を開く。

「とにかく、あの馬鹿ノエルの呪いを解く方向で行く。まずは呪いの解き方を調べなければならないんだけど……前々から言っていたとおり、僕は『あなぐら』を訪ねてみようと思ってる」