軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第68話 賢者は突然の来訪者に見舞われる

私は城内の客室の前にいた。

扉をノックして内部に声をかける。

「入るぞ」

「ああ」

聞き慣れた旧友の声が聞こえた。

私は扉を開ける。

部屋にいたローガンは、椅子に座っていた。

手元には果実酒がある。

酒を飲んでいるとは珍しい。

あまりその印象はなかったのだが、今宵はそういう気分だったのだろう。

私はローガンに尋ねる。

「体調はどうだ」

「だいぶ回復した。迷惑をかけてすまない」

「気にするな。無理をさせたのは私だ。迷惑どころか感謝している」

ローガンは秘石探しで消耗していた。

私からの魔力供給を受けていたとは言え、心身の疲労は蓄積する。

その中でも彼は奮闘してくれた。

感謝こそすれど、責めることなどありえない。

私は部屋の窓際に移動し、夜の王都を一望した。

通りに面する区画は魔道具の照明で明るい。

少し離れた場所にも光源は散見された。

住民が増えて未使用区画は減りつつある。

窓の外から視線を外した私は、ローガンに話を切り出した。

「秘石の奪取は今夜のうちに決行するつもりだ」

「魔王軍を動かすのか?」

「グロムとヘンリーに編成を任せている。一気に侵攻して秘石を手に入れて、明け方までには離脱するつもりだ」

大精霊から課せられた期限は明日だ。

国境から真面目に侵略する余裕はない。

精鋭の部隊を率いて転移して、強襲と同時にアンデッドを増やして混乱を広げ、その隙に秘石を奪う予定であった。

特筆する点もない、いつも通りの戦法だ。

問題は魔巧国の保有する兵器だろう。

向こうにはゴーレムを始めとする最新の兵器がある。

研究所で開発される兵器は、まだ実用化に至っていない。

武器や兵器という観点ではこちらが劣っている。

鉄砲や防御魔術を使用するゴーレムには、やはりゴーレムを盾に対抗するのが一番だと思われる。

大都市ならば、アンデッドが不足することはない。

そうして戦線を押し込みながら、魔術で遠距離攻撃を浴びせていく。

幹部全員が参戦すれば、魔巧軍とも互角以上に戦えるだろう。

ローガンは果実酒を傾けながら呟く。

「……秘石を取り戻した大精霊が鎮まればいいがな」

「もし暴走するようなことがあれば、私が全力で止めてみせよう」

私は宣言する。

相手はおそらく格上の存在だが、負ける気はしなかった。

少なくとも分体ならば対処できる。

もし本体が顕現した場合でも、各所に点在する膨大な数のアンデッドを死者の谷に捧げて権能を強められる。

そうすれば、いくら大精霊と言えども只では済むまい。

瘴気による汚染は、非実体の相手にも通用する。

私の理想を阻むのなら、どのような存在であろうと滅ぼしてみせる。

それが世界の敵となった責務だ。

ローガンは口端を僅かに歪めて苦笑する。

「魔王に相応しい答えだ。人間だった頃より自信を持っている」

「世界を滅ぼす力を手に入れたんだ。自信なんて嫌でも付いてくる」

自信を持たなければ魔王などやっていられない。

私はあの人の理想を引き継いだのだ。

情けない姿を晒すわけにはいかなかった。

その時、王都に展開された結界に異変が生じた。

突如として防御魔術が破壊され、強大な魔力反応が侵入してきたのである。

それは猛速で王城に接近してくる。

「ドワイト」

「分かっている」

険しい顔になったローガンに、私は頷いて応じる。

彼も感知したらしい。

相手の正体は既に判明していた。

このような魔力反応を忘れるはずがない。

私は複数の魔術を行使させて、いつでも攻撃と防御ができるようにする。

やがて窓の外に現れたのは大精霊だった。

彼女は窓をすり抜けて室内へ踏み込む。

「今代の魔王よ。秘石は見つかりましたか?」

「約束は明日までだったはずだが」

私は若干の批難を込めて返す。

大精霊の登場は、こちらとしては非常に迷惑だった。

その場にいるだけで多大なる影響を及ぼす。

こうして無断で魔王領に侵入されると、警戒せざるを得ない。

今頃、城下街は大騒ぎだろう。

大きく混乱しているに違いない。

一方で大精霊は動じることもなく話を続ける。

「待ち切れずに来てしまいました。お邪魔でしたか?」

「とんでもない。我が国を大精霊が直々に訪れるなんて光栄だ」

本音を言えるはずもなく、私は世辞を口にする。

少し皮肉になってしまったが、大精霊は気が付いていない。

彼女は首を傾げていた。

「秘石の捜索は進んでいますか?」

「目途は立った。明日までには取り戻せるだろう」

具体的な場所については言わない。

大精霊がそれを知ると、一目散に魔巧国へ向かってしまうからだ。

そして怒り狂って人々を蹂躙していくだろう。

非常に望ましくない展開である。

今回、魔巧国に与える損害は、こちらで調整するつもりだった。

多少の破壊はもたらすが、再起不能になるほどの状態に陥らせはしない。

しかし大精霊が暴れると、その計画が破綻してしまう。

秘石の奪取は魔王軍で実行するしかなかった。

「そうですか。あなたの言葉を信じましょう」

大精霊はあっさりと引き下がった。

ひとまず信用されている様子である。

そうでなければ詳しく訊いてきただろう。

私達が秘石を入手できると考えているからこそ、大精霊は穏便な態度を保っている。

ここまでのやり取りから考えるに、大精霊は秘石探索の進捗を確かめに来たらしい。

気になって仕方なかったのだろう。

これは途中経過を伝えていなかった私の配慮不足である。

ただ、彼女の要件はもう済んだ。

秘石探索は順調だと分かった以上、王都から立ち去るはずである。

そう考えていると、大精霊が私の目の前に立った。

彼女は平坦な口ぶりで私に問う。

「魔王。少し時間はありますか? あなたと話がしたいです」

「――ああ、私も話がしたいと思っていたところだ」

私は咄嗟に返答する。

早く帰ってほしいが、正直に伝えれば機嫌を損ねてしまう。

戦闘はなるべく避けたいため、こちらから話を合わせていくしかない。

それに大精霊が私と何を話したいかも純粋に気になった。

滅多にない機会なので、対話を試みてみるのもいいかもしれない。

私の答えを聞いた大精霊は、その視線をテーブルのローガンに向ける。

「奇遇ですね。では少し場所を変えましょう。エルフの族長、あなたも同席しますか?」

「……遠慮しておく。療養中の身だ」

ローガンは苦々しい表情で述べる。

私は一瞬で理解する。

彼は厄介事の気配を察して逃げたのだ。

確かにローガンは消耗しているが、会話できないほどではない。

大精霊との会話という状況から早く脱したいのだろう。

精霊と親和性の高いエルフとは思えない判断である。

「…………」

私は無言でローガンに視線を送る。

彼はこちらを見ようとしない。

代わりに残り少ない果実酒に目を落としていた。

「それは仕方ありませんね。またいずれゆっくりとお話ししましょう。あなただけ付いてきてください」

「……分かった」

大精霊が窓の外へ抜け出たので、私はその背中を追う。

ここで断ることもできない。

室内を振り向くと、ローガンが密かに手を振っていた。

彼とは後ほど話をしなければならない。

(まったく、頼りになる旧友だな)

込み上げる言葉を呑み込み、私は夜空を浮遊する大精霊に追従した。