軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 賢者は元魔王軍と邂逅する

元奪還軍のアンデッドと共に、私は転移魔術で帰還する。

可能かどうか怪しかったが難なく成功した。

およそ二万の軍勢を一瞬で運搬できるのは便利だ。

様々な作戦に応用できる。

さすがに魔力の減りを実感するも、まだ疲弊するほどではない。

術式を集団転移に適するように工夫すれば、消耗はもっと抑えられるだろう。

その辺りは賢者の腕の見せ所と言える。

この姿へと変貌した恩恵は計り知れない。

ただ魔術の性能が上がっただけではなかった。

生前では考えもしなかった術も実現させていくべきだ。

恒久的な悪となるには、人間の枠に囚われてはいけない。

現在の力に驕らず、さらに盤石な態勢を敷いていこうと思う。

転移で飛んだ先は王都近郊だった。

城に直帰しなかったのは、少し用事があったからだ。

向かったのは死者の谷である。

そこでアンデッドの一部を死体に戻し、死者の谷に捧げた。

半ば本能的な行動で、私の魂に宿る瘴気に従った結果である。

死体を捧げた途端、力の増幅を感じた。

権能がより強くなったようだ。

私が取り込んだことで晴れ渡っていた死者の谷は、再び霧に包まれ始める。

死者の谷は私の力の源だ。

瘴気で汚染することで、相対的に私という存在が強化されたらしい。

これは有益な発見である。

今後もこまめに死体を捧げよう。

(私は死者の谷の力を取り込んだと思っている。しかし本当は、死者の谷が私という存在を取り込んだのかもしれない)

ふとそんな考えが浮かぶも、至極どうでもいいことだ。

私の行動方針に影響はない。

魔王としての力が得られるのなら手段は問わない。

念のために大型の結界魔術で死者の谷を防護し、残るアンデッドを引き連れて王都を目指した。

(今のところはすべて順調だ。何ら問題ない)

早期解決を目論んだ奪還軍は壊滅した。

各地でも同様の戦力が結集されていただろうが、今回の一件を知れば出軍を躊躇するはずである。

単に数を揃えても敵わないと悟るに違いない。

今後は調査と対策を会議を行い、私の能力を把握した上で攻め込んでくるだろう。

どういった作戦にしても、行動に移るまでには時間がかかる。

それでいい。

現状、人々が私を討伐することは不可能だ。

彼らが無為に命を散らすこともない。

私は世界の完全な滅びを望まないのだから。

魔王の脅威を与え続け、人類同士の平和を維持したいだけである。

こちらへの攻撃が無い限り、人類はしばらくは放置する予定だった。

向こうが準備を進める間、私は私でやることがある。

考え事をしているうちに王都に到着した。

私は寂れた通りを進む。

途中、此度の戦いで手に入れたアンデッドを解散させた。

使う予定もないので王都内を徘徊させておく。

私はそこから城まで徒歩で向かう。

なんとなく王都の街並みを巡りたくなったのだ。

通りのあちこちに血の跡が残り、倒壊寸前の家屋が並ぶ。

全焼して無残な姿となった建物も多い。

腐った食材は、片付ける者がいないまま変色していた。

どこも荒れ果てている。

突如として崩れ去った日常がありありと表されていた。

心は痛むが、後悔はない。

私の選んだ道である。

かつて魔王討伐に貢献した賢者ドワイト・ハーヴェルトは死んだ。

今ここにいるのは、殺戮を繰り返す不死の魔王だ。

引き返せない選択をした以上、それをやり通すのが責務だろう。

死んでいった人々の犠牲を無駄にはできない。

人々の営みの痕跡を確かめていると、やがて城に到着した。

私は何気なく城を見上げて、その外観を前に硬直する。

元は白亜の壁に青い屋根だったはずが、全体が赤黒い艶に包まれていた。

各所に青い炎が灯っている。

城は冗談のような禍々しさだけで構成されていた。

(少し目を離した隙に何が起こった?)

いや、犯人は分かっている。

私は転移魔術で城内の謁見の間へ飛ぶ。

室内にはこれといって変化はない。

玉座に座ると同時に、扉が開いてグロムが登場した。

「おかえりなさいませ魔王様! 遠視の魔術で観戦しておりましたが、素晴らしい勇姿でしたぞ! 我(わたくし) 、感動で涙が出そうになりまして……」

打ち震えるグロムは、流れるように跪いた。

彼はハンカチで目元を拭う動作を取る。

眼窩で燃える炎が、ハンカチの端を焦がした。

果たして本気でやっているのか。

グロムの性格ならありえないこともない。

判断に困るものの、今はそれどころではなかった。

私は胸中の考えを差し置くと、跪くグロムに質問をする。

「城の外観はどういうことなんだ」

「はい、魔王様の居城にぴったりなものに変更致しました。並行して防御魔術の類も張っておりますので、侵入者対策にも怠りはございませぬ。どうでしょう、気に入っていただけましたかな?」

グロムはよくぞ訊いてくれたとばかりの口調で説明する。

とてつもなく誇らしそうだ。

顔は牛の骨だというのに、よくもここまで感情を表現できるものである。

骨という点では私と同じはずなのだが、愛想に大差があった。

「…………」

私はグロムを一瞥する。

彼はそわそわと視線を巡らせていた。

褒めてほしいのだろう。

尻尾があれば振っている気がする。

城の外観に関しては勝手な真似をしてくれたと思うが、実害は皆無だ。

別に私にこだわりはない。

正直、どんな風に改築されようと困るものではなかった。

そしてグロムは、ただ城の外観を変えたのではなく、同時に防御面の底上げを図っている。

感知系統の魔術で解析したところ、膨大な数の術が使われていた。

許可なく侵入すれば、たちまち消し炭になるだろう。

それほど凶悪な魔術が多用されている。

何重もの結界が張られているため、そもそも侵入が可能かすら怪しいところだ。

世界中を見渡しても、ここより厳重な警備は珍しい。

短時間でここまでの設備を仕掛けたグロムのやる気と実力の片鱗が窺える。

やや空回りした言動で忘れそうになるが、とんでもない存在なのだ。

彼がその気になれば、大陸の一つや二つは地図から消せる。

それこそ、人類滅亡も現実味を帯びてしまうほどに。

私よりよほど魔王らしさがあった。

「城の防御は失念していた。配慮してくれて助かる」

思考の末、私は労いの言葉をかけた。

独断とはいえ、非難すべき部分はほとんど無い。

それよりグロムの努力を褒めるべきだろう。

私の言葉を受けたグロムは、眼窩の炎を激しく燃え上がらせた。

「嬉しきお言葉でございます……っ! いやはや、悩み抜いて外観を考えた甲斐がありましたな。このグロム、魔王様のお役に立てて光栄ですぞ!」

「私も良い配下に恵まれて光栄だ。ただし今後、何かする際は事前に相談してほしい」

「ははぁ! 忠実なる下僕の頭脳を利用いただければ幸いでございます」

グロムは床に額をつけて応じる。

私への絶対的な忠誠心だ。

魔王への崇拝と言い換えることもできる。

その徹底した姿に、私は胸中で苦笑した。

「ま、魔王様、大変でございます!」

二日後の夜、大慌てのグロムが謁見の間にやってきた。

よほどの事態が起きたらしい。

「どうした。侵入者か?」

「い、いえ、そうではないのですが……とにかく、直接見ていただくのがよろしいかと」

グロムにしては歯切れの悪い口調だ。

報告に困る内容らしい。

私はさっそく魔術で王都全体を感知した。

異常があればこれで見つかるはずだ。

すると、外壁の門辺りに多数の反応が引っかかる。

その数はおよそ五百。

彼らは門前にて集結している。

確かに侵入者ではない。

相手は王都へは踏み込まず、その場で待機しているのだ。

グロムが戸惑うのも納得である。

腕組みをする私は、魔術を解いて意識を謁見の間に戻した。

「――ふむ、来客らしい」

「如何致しますか。命令していただければ、 我(わたくし) が殲滅致しますぞ」

グロムが不穏な気配を発する。

憎悪と殺気を滲ませる。

私が頷けば、たちまち飛び出しそうな勢いだった。

「いや、私が出向く。ついてきてくれ」

「はッ! 承知しました!」

グロムは殺気を消して敬礼する。

心の切り替えが恐ろしく速い。

私の命令の前では、私情の優先など論外なのだろう。

それを自然に実践するのだから、グロムの忠臣ぶりには驚かされる。

私は転移魔術を行使し、グロムを連れて城の外へ赴いた。

転移先は王都の外壁だ。

正門の様子を確かめるのにちょうどいい。

私は壁の縁に着地し、グロムは隣で浮遊した。

そこから正門前の集団を注視する。

生前なら夜闇のせいで見通しが悪くなるが、この身体では関係ない。

昼間のように視認性が維持される。

眼下に集うのは魔物の群れだった。

緑色の小鬼はゴブリンだ。

大柄な鬼はオーガである。

豚面の肥満体はオークで、犬顔の小柄な体躯はコボルトだ。

捩れた角に蝙蝠のような羽を持つのはサキュバスである。

他にも様々な種族の魔物が集っていた。

「これは凄まじい軍勢ですな……直前まで察知できなかったのが不思議です」

「隠密系統の魔術だろう。別に恥じることもない。相手が相手だ」

私の言葉にグロムがこちらを向いた。

彼は少し遠慮がちに問いかけてくる。

「その口ぶり……もしや魔王様は、彼奴らの素性をご存知なのですか?」

「ああ、知っている。生前からの因縁だ」

二人でやり取りをしていると、魔物の集団がこちらに気付いた。

彼らは驚いた様子で大声を発する。

動揺は伝播し、五百の集団は収拾のつかない規模で騒ぎ出した。

それがある瞬間に沈黙する。

先頭に立つサキュバスが片手を上げたのと同時だった。

目ざとく察したグロムが顎を撫でる。

「ほう。あのサキュバスが首領のようですな。一体何者なのでしょう」

別に勿体ぶることでもあるまい。

先に話しておいた方がいいだろう。

そう考えた私は、彼の求める答えを口にする。

「彼女は先代の魔王に従っていた魔族――その四天王の一人だ」